山歩き

オサバグサの咲く山

本日は(2023年)6月11日、とうとう東北も梅雨入りしたようです。時期的にはほぼ平年並みとのこと。
これからしばらくジメジメとした日が続きますが、まあ、雨もまた友として過ごしていければと思います。
そうそう、雨で思い出したけど、雨を題材にした絵本があります。それはピーター・スピアー作の『雨、あめ』(評論社1984)。
ページをめくり終わったあとの何ともいえない爽快な気分、こどもののびやかさとすこやかさ、おとなの眼のあたたかさ…。

さて、この8日、尾瀬国立公園内の田代山湿原と帝釈山に出かけてきました。
今回のsignalは、特にオサバグサという植物との出会いを中心とした山行記録、題して「オサバグサの咲く山」です。

田代山湿原行きというのは、実は直前の思いつきです。
というのは、会津の三島町で(COVID-19による中断を経て)3年ぶりとなる「ふるさと会津工人まつり」というクラフトフェアが6月9―10日の土日に開催され、これを相棒と共に前泊して見に行く予定にしていたのです。がしかし、仕事の日程上やはりむずかしいという相棒の意向で結局はひとりで行くことになりました。
ならばと、せっかくの遠出、登山をひとつくっつけようとした、それが今回の山行です。
会津駒ケ岳にはかつて登っているし、尾瀬近くの山で福島県側から入る主な山は、あとは田代山そして帝釈山だなあとあこがれが募っていたのは確かではありましたが。
そして何より、オサバグサという植物です。地図をながめていたら、この花の名があるではないですか。これでガゼン、本気モードになったというわけです(笑い)。

我が家から福島と栃木の県境近くの田代山登山口までは175キロ、福島県の中ほどのまったくの南北縦断、朝5時の出発で(途中、会津縦貫北道路を利用し)クルマで約4時間を要しました。

下は近くまで来た旧・舘岩村(現・南会津町)の道路標識。
登山口はもうすぐ。

登山口が近づくにつれ見えてきたのはラショウモンカズラ(羅生門葛/シソ科ラショウモンカズラ属)。
登山口にもたくさん咲いていました。
ラショウモンカズラとはなんともスゴイ名前だけど、花姿を武将が羅生門で切り落とした鬼女の腕に見立てた、ということです。
登山口の標高は1,430メートル、こんな高いところにも咲くんだと思ったのだけれど、実はこの花、(たかだか300メートルほどのところの)ルーザの森にもあるのです。

登りはじめてほどなく目についたのが何本ものサラサドウダン(更紗灯台/ツツジ科サラサドウダン属)。
サラサドウダンの花期の清新な風情、これが晩秋ともなれば見事な紅葉となるわけでして。

オオカメノキ(大亀木/ガマズミ科ガマズミ属)の装飾花の白の輝き。
この白さが昆虫を引き寄せ、中央の両性花に誘うんだろうか。

登山口の標高が1,400メートルほど、田代山はだいたい2,000、約600メートルの標高差があり、ここを湿原の取りつきの小田代までは標準コースタイム1時間40分ぐらいで登るのですから、この時間にしてはかなりの勾配です。
けれども登山道はどこもしっかりと整備されていて、歩きにくさというものはほとんど感じられませんでした。(登山道整備のために伐られ、利用されたものだろう)天然木のほどよい段ステップが登山者の身になってつくられているのです。
筆者はいろんな山のいろんな登山道を歩いてきたけど、ここぐらい気持ちが入った整備というものを知りません。
感動しました。

雨がふってぬかるみになりそうなところには敷きつめられて。 

ゴゼンタチバナ(御前橘/ミズキ科ミズキ属)が咲いていました。

そちこちにムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅/ツツジ科ツツジ属)が今を盛りと咲いていました。

オオシラビソ(大白檜曽/マツ科モミ属)とダケカンバ(岳樺/カバノキ科カバノキ属)等の林を抜けるとそこは森林限界、田代山湿原です。

下は、もう少し晴れていればと思われるほどに惜しい景色。
遠くには雪をかぶる会津駒ヶ岳の連なりが。

これは麓の湯ノ花温泉に貼ってあったポスター(部分) 。
空から田代山湿原を見るとこんな感じ、山のてっぺんがまっ平、まさに台形のすごい造形です。
写真をよく見ると、平面の中央を少々右肩上がりで登山道が走っていますので、筆者は平面のやや左下あたりに取りついたというところでしょうか。
左奥に位置するのが帝釈山だと思います。

湿原の花々にはあと10日ほども早いという印象でした。
田代山の山開きは3日後(今年は11日)というのもうなずける湿原の様子でした。

それでも、ヒメシャクナゲ(姫石楠花/ツツジ科ヒメシャクナゲ属)がたくさん。
みごとな群落でした。

タテヤマリンドウ(立山竜胆/リンドウ科リンドウ属)。
(我がフィールドとしている)西吾妻では見られないリンドウ種です。
花の内部の斑点が特徴的だけど、里のハルリンドウ(春竜胆)の変種とのこと、花だけを見ていては見分けがつかぬほどにそっくりです。

広大な湿原にたったひとり。

山の中腹から湿原まで、それから山小屋から帝釈山への林床でもずっと咲いていたミツバオウレン(三葉黄連/キンポウゲ科オウレン属)。
白く見えるのは花びらではなく萼片で、黄色に見える小さなものが花びらとのことです。

コミヤマカタバミ(小深山片喰/カタバミ科カタバミ属)。
ルーザの森にあるのはミヤマカタバミ(深山片喰)なのですが、コミヤマカタバミの葉の方がよりハート形に近く、ミヤマカタバミの方はハートが少し角ばった印象です。
これは山小屋から帝釈山への道々で見たものですが、すごい数の群落。こんな数に出会ったのははじめてです。

そして、何といってもオサバグサ(筬葉草/ケシ科オサバグサ属)。
田代山の頂上付近である山小屋から帝釈山に向かおうとする出発地点、そこにもうオサバグサが現れたのでした。そこから約1キロにわたって延々と咲き誇る群落にはただただびっくりするばかりです。

オサバグサは、日本特産でオサバグサ属1属1種。
分布は中部地方、東北地方。帝釈山のように局地的な群落はあるけれど、生育地が広がっているわけではなさそうです。
やはりそれだけ希少な植物であることはまちがいありません。

オサバグサのオサ(筬)とは葉の形が、織機の筬に似ているところからの命名です。
筬は横長の櫛形のものでそのすき間に経糸(たていと)を通す部分を指しています。
葉はオサというよりも、シダ類のシシガシラ(獅子頭)の葉のようであり。

オサバグサを知ったのは裏磐梯のなじみのペンションでのこと。
今は亡き宿のご主人(“ペンションとも”の友坂豊さん)は植物のたいへんな愛好者で、裏磐梯を中心として希少な花の写真を撮り続けていました。その中にオサバグサがあり、それが新聞に紹介されていたのでした。
裏磐梯にもあるにはあるが、絶滅の危機に瀕しているとのことです。
それ以来ずっと、筆者もオサバグサを見てみたい、会ってみたいと思いつづけてきました。そして今回、とうとうその念願が叶ったというわけです。

それにしてもその数の多さ。

まだ花をつけないサンカヨウ(山荷葉/メギ科サンカヨウ属)の片隅にも。 

筆者は月山の花のガイドブック『花かおる月山』(ほおずき書籍2003)を愛読していますが、その著者の鹿間広治さんは、イワカガミ(岩鏡)を指して、「花好きな者にとっては、植物の名前に不満を感じることがある。美しい花なのに、花のことよりも他の部位の特徴から名づけられていることがあるからである」としていますが、このオサバグサも花が無視されています。

花茎の上部に、白色の4弁の花を下向きに多数つけています。
誰にも似ないオリジンの白い花の輝きのうつくしさ。
それにしても、オサバグサの群落は圧倒的でした。

帝釈山山頂が近くなって、イワナシ(岩梨/ツツジ科イワナシ属)に会いました。
イワナシはルーザの森にも普通にあるので里のものとばかり思っていたのですが、2,000メートルでも生育しているのにはちょっとした驚きでした。

岩のすき間に咲いたイワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)。
この個体はいかにも高山植物然としています。

アズマシャクナゲ(東石楠花/ツツジ科ツツジ属)。
西吾妻に群生するのはハクサンシャクナゲ(白山石楠花)です。
ハクサンシャクナゲとは風情が少々違うなあと思ったら、やはり別種、こちらの葉裏は淡褐色なのでした。

 

花は淡紅紫色から紅紫色だけど、ハクサンシャクナゲより色味が濃いという印象です。
尾瀬をうたった有名な歌「夏の思い出」の中の、「石楠花色にたそがれる」の石楠花色はハクサンシャクナゲの方がふさわしいかもしれない。
どうでしょう、天国の江間章子さん?(笑い)

帝釈山の山頂近くになって、梯子場が2箇所。

帝釈山山頂(2,060メートル)にて。
薄曇りが残念。本当は日光連山が見えるはずなのだけれど…。

かろうじて分かる会津駒ケ岳。

帝釈山から田代山を見たところ。
清新なダケカンバ(岳樺)とオオシラビソ(大白檜曽)の森の稜線に登山道が開かれています。

大風をまともに受けたものか、オオシラビソの老大木がひっくり返され、大きな根が立ちあがってしまっています。
その根回りの先にナナカマド(七竈/バラ科ナナカマド属)が根をおろして天を指していました。

倒木は死にあらず。
苔が生え…、

ナナカマドの幼木が育ち、

ダケカンバや自身の子孫が芽生え、

その木にオサバグサも。
倒れた者はさまざまな植物の苗床となっているのです。この光景は静かな感動を誘います。
ひとは樹木よりもずっと愚かだと思うけど、こうできるものだろうか。
自分は若木の苗床になれるのか、どうか。

そちこちに、オサバグサ。
会えてよかった。 

宿泊した田代山避難小屋(弘法大師堂…中に弘法大師が祀られている)。

山小屋から見たトイレ。

霧の山小屋。

もののガイドブックには山小屋の収容は10名とありますが、そこに筆者がひとり。
畳敷きのとても清潔な小屋です。
シュラフは今回新調したイスカ製の“ポカラX”、総重量が1,060グラムという軽さです。
しかも説明書きにはマイナス2℃まで対応とあるので、春先から晩秋の山小屋泊がこれで十分に可能になります。
値は張ったけど、やはり寝心地はとてもよかったです。

夜はワインとともに(笑い)。
外は台風が近づいているようで、雨も風も強くなって。

山小屋に誰か同宿でもあれば情報交換などして過ごすことは多いのだけれど、今回は(予想通り)ひとり。
だいたいにして田代山登山口から帝釈山に足を伸ばしたとして往復で7時間10分、山小屋ピストンなら4時間40分で戻れるのですから、わざわざ山小屋に泊る必要はないわけです。
でも、筆者は登りはじめの時刻が遅かったし、無理をしないということでの宿泊です。

時間はたっぷり、それで備えつけの山小屋日誌をじっくり読んでみました。

結婚記念日に山小屋泊ねえ(笑い)。
粋だよね、きっと忘れられない思い出になったことでしょう。

登山者が書き込んでいたのは、まずは田代山湿原の美しさ、それからこの山小屋の向かいに新築されたトイレの清潔さ・快適さ、そして多くが指摘する、登山道の整備の見事さでした。
筆者もそうでしたが、文面からは登山道そのものが多くの心を動かしていました。
全日本登山道整備選手権があれば、この山の登山道がグランドチャンピオンに輝くのでは(笑い)。
登山道はそれほどにすばらしかったです。

中には、「やまのぼり、たのしかったよ。わたすげ、きもちいい。なすこうげんほいくえん こう」などというかわいらしいものまであって。
保育園児がこの急登の山をねえ(笑い)。
大人になって再訪したら、湿原のうつくしさとともに連れて行ってくれた親のことなども思い出すだろう、そしてなつかしむんだろう、きっと。

下山は雨の中でしたが、快適な登山道のこと、下山の標準タイムが2時間のところ、その半分で下山したのでした(笑い)。
急いだことは確かだけど、登山道が整備されているために危険な目に合うことはありませんでした。
よい山旅でした。

帰りに、麓の素朴ないで湯の湯ノ花温泉の共同浴場に立ち寄って汗を流してさっぱりしました。

さて、今度はどこの山で、どんな植物との出会いが待っていることだろう。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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