雪国にとって春というのは、暗くて長い長い、本当に長いトンネルを抜けるがごとくです。その出口が春であり、そこに差してくる光が山菜と言える訳で。だからひとは、光を求めて山へ森へと足を向けるのです。
山菜を見つけてはひとつの春を、口に入れてはまたひとつの春を身体に取り込んで暮らしのエネルギーに変えてゆくのです。
山菜は畑での栽培とは違って、自然の天候・気候に左右されやすく種ごとに採取の期間が短く限られます。その時期を逃すともう拝むことはできません。よって、それを味わうことができるのは幸運ということにもなります。だから流通も難しいし、マーケットでの値段が高いのもうなづける話で。
本日はその山菜の紹介をしてみようと思います。
自分たちで採取し、我が家で特に食しているものを中心として。
まず、タラノメ。
春の山菜採りはタラノメからはじまります。例年だと4月22日ぐらいが出始めですが、今年は少々遅かったです。
タラノメはタラノキ(楤木)の芽です。木全体に鋭い棘を持っていて、枝の先にころころとした芽をつけますが、これが最もおいしい時のもの。
下がそれです。
タラノメは誰もが認める山菜の王様と言ってよいでしょう。
天ぷらの具材でこれに優るものなどとうてい思いつかないぐらいです。カラッと揚げて、岩塩をミルで挽いて振って……、う~ん、幸せのひと時。
でもタラノメって、天ぷら以外の生かし方って、あまりないのです。煮ても焼いても、モソモソするし(笑い)。
タラはまわりの木が生い繁り太陽の光がさえぎられるようになると、自然に消滅してしまいます。したがって、ひとっところで採取できる期間(年)というのは限られます。せいぜい、5、6年というところでしょうか。
コゴミ(クサソテツ、草蘇鉄)。
コゴミは例年であれば4月25日あたりから出始めるものですが、今年は季節の進行が遅く、28日に行ってちょうどという感じでした。
コゴミの採取期間はとても短くて、いいところ約8日ぐらいですかね。一気に出て、一気に葉が展開してしまいます。展開したら食べることはできません。
コゴミの生えている場所はここから東方に歩いて15分ぐらいの谷間です。
はじめてその場所に踏み込んだのは約10年前、ゼンマイ(薇)とワラビ(蕨)採りがほぼ終了した6月半ばだったと思います。ゼンマイは山中のY字の道を右に折れますが左は未知の世界、ゼンマイなどの出はどうだろうと新しい場所の開拓気分で左に行ってみたのです。
そしたら伸びきったコゴミの大群落ではありませんか。興奮しました。そうして翌年の春からは、そこがピンポイントのコゴミ採りの場所となったのです。
コゴミは山菜特有のえぐ味(アク、こちらの言葉で言えば“キドさ”)がなく、さっと茹でるだけで食することができます。
茹でれば淡い緑から冴えた黄緑に変わる……、それはいつもながら新鮮な感動です。
茹であがったものを冷水にとって、まずはおひたしに、そして天ぷらに煮物に、炒め物に、白和え胡麻和え、パスタの具にと、コゴミは何でもござれの万能選手です。山菜でこんな万能選手は他にいません。
おひたしは、我が家では醤油にマヨネーズ、それに鰹節をまぶしていただくのが定番です。
ペペロンチーノの具にもよく用います。シャキシャキの食感がたまらず、オリーブオイルと麺と合わさっての絶妙なハーモニー。なおこのオイルパスタの味つけはもっぱら、筆者が作った柚子胡椒です。もうはまっています。
コゴミは短時間でも大量の収穫ができますので、お世話になっている人などに発送したりします。まわりにも分けて、それでも余ってしまうことがありますが(今回もそうでしたが)、そんな時は塩漬けにします。生のまま冷凍すれば(タラノメなどもそうですが)、冬でも天ぷらとして食すことができます。
この辺では、ひょろひょろと一気に育ってしまうものを「イチヤ(一夜)コゴミ」、茎が太くて大柄なものを「本コゴミ」と言うようで、それはさも種類が違うかのように分けるのですが実際はそんなことはないのです。同じものです。
こういうのを耳にすると、なぜ調べずに信用して他にも語ってしまうのか不思議に思うのだけれど、田舎ってこういう事例が多いのも事実。伝えられてきたことを、そのまま受け流していく。
アブラコゴミ(キヨタキシダ、清滝羊歯)。
これはコゴミとほぼ同じ場所、コゴミよりも少々湿り気のあるところに出ています。
コゴミと名がついているとはいえ、同じシダ類でも種は違います。赤い茎にほわほわとした茶色の薄い皮のようなものがついています。
アブラコゴミはコゴミのように株立ちするわけではなく、一本ずつ生えますので(ゆえにイッポンコゴミの名もある)収量はそんなに多くはありません。希少なので、場所はやたらに教えないという風潮もあるのだとか(笑い)。したがって市場にはあまり出ないものです。
利用はコゴミと同じ。
アブラコゴミは名に「アブラ」とつくよう、おひたしなどでは少々甘味を覚えます。とてもおいしい山菜です。
ハリギリ(針桐)。
これは地元の人間でもあまり知らない、けれどもとてもおいしい山菜です。
よく味ではコシアブラに比較されますが、こちらに軍配を上げる人も多いです。コシアブラよりはキドさがなく、おひたしにしても天ぷらにしても抜群においしいものです。
木の姿は一見してものすごい棘におおわれ一見タラによく似ていますが、棘としてはこちらの方が強烈です。
タラはまわりの木に負けて日光が届かなくなると消滅しますが、こちらは20メートル以上もの高木に成長していきます。よって、利用できるのはせいぜい3メートルくらいまでの幼木です。
ハリギリの別名はセン(栓)。木目が美しく、家具材などにも使用されるものです。
木目は一見ケヤキ(欅)に似ていることから、太鼓製作のケヤキのまがい物としてタモ(梻)とともに使用されることもあるのだとか。価値ある太鼓の材料はケヤキと決まっているのです。
かつて、太鼓の製作者にそんなことを問うたら、「おまえ、何者?」って訝しがられました(笑い)。
コシアブラ(漉油)。
コシアブラは、5月に入ってすぐの頃に出てきます。いったん展開するとなれば一気です。ですから、採取の期間としたらせいぜい1週間ぐらいのもの、これこそ限定品です。
このおひたしこそは、ああ、春が来たんだという実感をともなわせてくれるもの、適度なキドさが何とも言えない一品なのです。当然ながら、天ぷらも美味です。
ちなみに米沢の民芸品に「お鷹ポッポ」(笹野一刀彫り)というのがありますが、これはコシアブラを材料としています。
コシアブラという独特な名前の由来は、かつて樹脂を漉して“金漆(ごんぜつ)”という塗料を得ていたところから来ているのだとか。
写真は、若葉(これが食用)。それに展開したもの。秋の紅葉の頃の葉は白っぽいクリーム色になります。
筆者たちがこの森に来てかれこれ26年になりますが、せっかく森で暮らすのだから山菜を是非覚えたいなあと思っていました。で、ひと冬を越した今頃の時期に森の中にハイキングがてら家族で出かけたのです。
そしたらいかにも町場から来ましたといういで立ちの山菜採りが、木の枝をつかんではしならせて引き寄せ、その枝先の青ものを摘むのでした。その取り方が奇妙でした。けれどその様子を見ても筆者たちには目に入るものが同じように見えて一向に木の区別がつかず、枝の区別がつかず、その先の若葉の区別もつかないのでした。それがコシアブラというものをはじめて知ったときのことです。
今思うと、我ながらほほえましくもなるのですが、素人はみんな最初はそうなのだと思います。でも何度かの場数を踏むとだんだんと違いというものが分かってくるのです。樹皮の模様はどうか、木肌はどうか、枝の形状は、若葉の色は形は……、そうして違うことと同じことを少しずつ区別していく……、そうすると種を同定していくことができるようになってゆくのです。
いったん同定してしまうと、あとは筆者たちの言葉で“山菜目”になりますので、もうそれしか目に入らなくなる(笑い)。
筆者たちにとってコシアブラは、そういう意味で山菜入門の思い出深いものです。
山菜の季節、その1はこのくらいにしておきます。