森の小径森の生活

山菜の季節、その2

山菜は春の光、春のシンボル。
続いて、山菜の季節、その2です。

タカノツメ(鷹爪)。
タカノツメ、これがこの樹木の標準和名です。冬芽が鷹の爪のように鋭いところからの命名のようです。
このタカノツメが山菜だと知っている人は地元でも稀です。
理由は定かではありませんが、コシアブラ(漉油) に樹形、枝ぶりがそっくりだけれども、発生の時期はコシアブラが終わったあとに来ます。
山菜採りにとって、コシアブラが終わるというのは次はゼンマイ(薇)という頭になりがちで、もうコシアブラのようなものには目もくれない、あるいは今まで上を向いていた目が今度は下ばかりを見るわけですから見えるはずがない、ということかもしれません。
しかし、タカノツメを侮るなかれ。タカノツメは優秀な山菜です。キドさはピカ一、そのキドさが何ともいえず山の春を象徴するのです。
利用は、コシアブラやハリギリとほぼ同じです。この間、炊き込みご飯にしたけど、香り引き立ちとてもおいしかった。
コシアブラが展開したときは一葉(ひと開き)が5枚の葉っぱ(掌状複葉)に対して、タカノツメは3枚(三出複葉)です。
色は、これ以上ないのではないかと思われるほどの照り映えるビビットな黄緑です。
秋には美しい黄葉となります。

ギョウジャニンニク(行者大蒜)。
ルーザの森にもギョウジャニンニクは自生しています。けれども、大きく育った葉、花をつけた株というものを見たことがなく、なかなか収量を得るのがむずかしいのが現状です。
で、家では猫の額のようなところに植えて株分けしながら殖やして楽しんでいます。
この葉を生で刻んで熱い蕎麦に乗っけ、冷たい蕎麦ではつけ汁に添えるなどは最高ですね。名の通り、まさにニンニクの風味が漂います。

イワダラ(ヤマブキショウマ、山吹升麻)。
イワダラはここでは希少です。なかなかお目にかかれません。筆者は近場にピンポイントで行って数株を得るのみです。
で、5月の連休明けぐらいに遠征して採ることもあります。ちょうどそこはダムを越えて、市民の山として親しまれている山の取りつきあたり。でもそこでは、採りあとがないのはみんな無視しているからでしょうか。
このおひたしのコリコリした食感は格別です。
写真は食べ頃、そして花期のもの。

トリアシ(トリアシショウマ、鳥足升麻)。
トリアシもイワダラ同様、そうは収量が見込めない山菜です。
茎は赤く、毛が生えていて鳥の足のようだからの命名と思われます。
姿かたちからしてイワダラとの区別は簡単ですが、食感はイワダラ同様コリコリとしたもので、よくふたつをくくって、「トリアシ・イワダラ」と呼んだりします。
このふたつとも市場にはなかなか出ないもので、トリアシとイワダラを覚えると“通”とでも呼ばれるのでしょうか。
下は、食べ頃のトリアシ。トリアシショウマの花。

アイコ(ミヤマイラクサ、深山刺草)。
アイコは秋田で特に珍重されるそうで、“山菜の女王”と呼ばれたりするおいしい山菜です。
名に刺草とつくよう、全草に細かい棘がびっしりついていて素手で触ろうものなら痛くてかゆくてたまらなくなります。棘の先にヒスタミンという物質を持つといい、それが皮膚に入り込むのだそうです。
よって筆者はアイコを狙うときはゴム手袋とナイフを必携します。
しかし茹でると棘はやわらかくなって気にならず、茹でて少々固い部分の皮をむいてやると食べることができます。
アイコは淡白にして滋味深い味わいです。おひたしや天ぷらはもちろん、あえ物、煮物、ところによっては佃煮にもするとのこと。
ルーザの森での採取はわずかで、食べたければこれまた遠征することになります。

ウド(独活)。
ウドもこの辺にはあまりないものです。いきおい、遠征です。
この味は多くの人の鼻と舌が覚えていると思いますが、いいですよね、ウドの香りと味。しかも山や野に天然に生えているものは香りが違います。
ウドは葉は天ぷらに、茎は味噌をつけて生で、固くなったところはきんぴらにしてなど、捨てるところがないくらい素晴らしい山菜です。

ウルイ(オオバギボウシ、大葉擬宝珠)。
ウルイはこの辺では、湿ったところや水辺に普通にあります。
オオバギボウシも小型のコバギボウシ(小葉擬宝珠)も育ってくると夏には花茎が伸びて美しい花を咲かせます。その展開前の若葉の頃、特に白い茎の部分がおいしい山菜です。
ウルイはおひたしにもしますがこの食材の最大の生かし方は鯖缶と一緒の煮物です。山形県はずっと昔から鯖缶を料理に取り入れてきた歴史があり、このウルイの煮物も代表的なもののひとつです。
ウルイは栽培が容易らしく、マーケットでも安価で目にします。

ゼンマイ(薇)。
ゼンマイ、これ以上評価の高い山菜を筆者は寡聞にして知りません。
ゼンマイは昔も今も市場価値が最も高く、完全乾燥もの100グラムで(B級でさえ)最低3,000円で売られているようです。
それゆえかつては、たとえば新潟県奥三面では山中にゼンマイのための笹小屋を掛け、ゼンマイの採取期間は一家総出でそこに寝泊まりして(学校は“ゼンマイ休み”だったという)の作業が続いたと言います。福島県奥只見、山形県小国、山形県旧朝日村でも同様なことが近年まで行われていた模様。それだけ素晴らしい食材であり、生産者にして貴重な換金産品だったということでしょう。

ゼンマイはこんな川の近くでも。この河床は一枚岩です。

ゼンマイの展開したもの。

薪ストーブを焚いて、湯を沸かして。この鍋は古い炊飯器を再利用、取っ手をつけたもの。蓋に温度計がさしてあります。

ゼンマイが他の山菜と違うのは、採取したとしてすぐあるいは短時間の後に口に入るというものではないということです。食べられるようにするまでには手間も暇もかかります。
我が家は期間中、2度か3度しか行きませんが、その一度で果樹コンテナひとつがあふれるほどの量を収穫します。
収穫すると、たいへんな処理が待っています。
まず、茎をポキンと軽く折れるところで一本一本折って堅い部分を除きます。
次は薪で焚いた屋外用のストーブでたっぷりの湯を沸かして茹でます。
生の黄緑色から少々黄土色がかった色になる頃指でつまんでやわらかさを確認し、それが程よい具合になったら、今度は簀の子に広げて乾かします。
完全に乾くまで、途中、日に3度4度と力を入れて揉みます。そうして腰を強くし少しずつ水分を抜き、からからに乾いた状態になるまで乾燥させて完成となります。この過程で重量は、元の10分の1 にまで減ります。
乾燥したゼンマイの何とも言えぬ香りの素晴らしさ。

干しゼンマイ作りで我が家でも失敗したことがあります。せっかくのものを乾燥前に腐らせてしまったのです。
ゼンマイの製品化の長丁場の前提条件は好天、途中雨の日が続いたりすれば乾ききらないうちに腐敗がはじまってしまうのです。そうなるとそれまでの苦労たるや水の泡になってしまいます。対処としては部屋に初夏ながら薪ストーブをめいっぱい焚いて乾燥させたりもしますが、太陽にかなうものではありません。
ゼンマイ作りというのは天気との格闘なのです。
こんなことをふりかえってみると、ゼンマイを採取し加工する人たちにしたら、乾燥品の現在の市場価格は最低キロ30,000円とはいえ、卸の掛値率は5.5ほどでしょうから、実際の手取りは16,000円程度というところでしょう(卸は7掛けぐらいで小売りに売ると思われ、したがって卸は1キロにつき、4,500円の儲けということになります)。単純に、100キロを取って乾燥させたとして10キロ、収益は160,000円です。
採取は限られた期間でしかも生産者の手間暇からしたらこれは、いかにも安過ぎの感は否めません。そう思いません?

ゼンマイの味の良さは格別です。
当地方では、年越しに正月、お盆に祝い事等ことほぎやハレの日にはそのたびごとにゼンマイ料理(煮物)がふるまわれるのですが、これほど人々の暮らしに密着した食材もないものです。

なお、ゼンマイに似たものとしてヤマドリゼンマイ(山鳥薇)があります。湿地によく出ます。
全体を覆う綿毛の付き方がゼンマイとは違い、取り除くにはやや厄介です。が、ゼンマイと同じように利用できますし、筆者が試したところ、味に大差はないような気がします。ヤマドリゼンマイは我が家では、ゼンマイの収量が不十分なときに採る程度です。
その群落は尾瀬を代表する風景でもあります。

ワラビ(蕨)。
ゼンマイより少し遅く、筆者はフジ(藤)の花が咲きはじめる頃と覚えているのですが、ワラビが出てきます。
ワラビの採取期間は比較的長いゼンマイと比べてもさらに長いのが特徴です。5月の第2週あたりから、ともすると7月初めまでも採れますし、そのワラビ場を草刈りでもするとさらにまた出てくるのです。
ワラビはアクが強く、そのままでは食すことができません。バットや鍋にワラビを並べ、そこに我が家では薪ストーブで出た灰を軽くひとにぎりふりかけ、熱湯をひたひたになるぐらいに注いで一晩おけば食べられるようになります。
ワラビは本当においしい。特に、おひたしが。そして味噌汁が。ぬめり気のあるシャリシャリの食感がたまらないです。
おひたしの場合、生姜醤油で食べるのが我が家の定番ですが、いつかラジオで言っていたところによれば青森では山葵醤油が一般的とのこと。当然これもありですね。試したら、やはりおいしかったです。

シオデ(牛尾菜)。
ワラビとほぼ同じ時期、同じ場所にたまに顔を出しているのがシオデです。
シオデよりぐんと細いものにタチシオデ(立牛尾菜)というものもありますが、味自体に違いは感じられません。
その味、まさにアスパラガス、シオデは山のアスパラなのです。
シオデは群生して生えるというのではなく、一本ずつしかも発生はまれになので見つけた時にはうれしくなるものです。
別名にヒデコ。都会に住む旧知のヒデコさんをいつか市中の「山菜ガーデン」に案内したことがあったけど、ヒデコさんはヒデコにたいそう愛着を持ったようでした(笑い)。

ワラビが終わると、ほどなく梅雨入りです。そうすると天元台まで出向いてのネマガリダケ(根曲竹)の採取、それからここらで採れるフキ(蕗)で山菜採りは終わりになります。山菜採りはこのサイクルです。

これ以外も、ミツバアケビ(三葉木通)の萌え(新潟県では異様な人気なのだとか)、アザミ(薊)類、ミズ(ウワバミソウ、蟒蛇草)、サンゴクダチ(ゴマナ、胡麻菜)、シドケ(モミジガサ、紅葉傘)などもここにはあります。いずれもとてもおいしいです。
ドホナ(ヨブスマソウ、夜衾草)やシャク(ヤマニンジン、山人参)もありますが、癖が強くて我が家の食卓には上りません。

あたりはもう草木という草木が一斉に芽吹いて、その立ち昇る霊気によって筆者の頭はくらくらするほどです。
その芽吹きの色鮮やかなこと、例えばイタヤカエデ(板屋楓)の芽吹きは濃い橙だし、ヤマモミジ(山紅葉)のそれには赤が混じり、山桜咲き、コブシ(辛夷)やタムシバ(田虫葉、噛柴)の花のこんもりとした白、コナラ(小楢)の白い若緑、それに圧倒的な初々しい黄緑……。こういう春の新緑の季節の色とりどりの風景、今のルーザの森はそんな感じです。一年で最も美しい季節を迎えています。

これからゼンマイとワラビの本格的な季節がはじまります。
山菜にもいろいろあるけれど、この二大巨頭(笑い。王様も女王もいることだし)の前では他は霞んでしまうのは事実。
筆者もアドレナリン噴出、興奮してきました(笑い)。