山歩き

鳥ノ海ノ山を行く 2

この(2023年)7月20日から22日にかけて鳥海山に登ってきたことはすでにお知らせ(前回のsignal)の通りです。
今回のsignalは「鳥ノ海ノ山を行く」その2として、鳥海山で出会った花たちを中心につづってみようと思います。

この記事の出発はヤマユリです。
今回の鳥海山は鉾立(ほこだて/秋田県にかほ市)口から登ったのですが、鉾立に行く起点は山形県の最北の町、遊佐(ゆざ)の吹浦(ふくら)です。
その海岸に史跡・十六羅漢があるのですが、そのすぐ近くにたくさん咲いていたヤマユリ(山百合/ユリ科ユリ属)。見事な群落でした。
このヤマユリを主として改良してつくられたのが(総称)オリエンタル・ハイブリッドというのだそうで、カサブランカという品種もこの中のひとつという位置づけのようです。
ヤマユリは、日本特産のすばらしい花です。この花を目にすると、夏だなあと思わされます。

鉾立登山口(鳥海ブルーラインの最高地点、1,145メートル)から歩きはじめてすぐに出迎えてくれたのが、ヤマホタルブクロ(山蛍袋/キキョウ科ホタルブクロ属)でした。
似たものにホタルブクロ(蛍袋)がありますが、萼片(がくへん)と萼片の間が盛り上がっているのがヤマホタルブクロ、萼片の間に反りかえる付属片があるのがホタルブクロです。
よく見ないと分からないくらいのちがいです(笑い)。

シモツケソウ(下野草/バラ科シモツケソウ属)。
栗駒山の麓でうつくしい群落に出会ったことを思い出しました。

ヨツバヒヨドリ(四葉鵯/キク科ヒヨドリバナ属)がもう少しで咲き競うというところまで育っていました。
ということは、ここにも旅する蝶のアサギマダラ(浅葱斑)がやってくるということでしょう。

クルマユリ(車百合/ユリ科ユリ属)。
茎の中ほどで葉が車輪のように輪生することからの名です。
この花、高山に行けばいつも普通に見ていた印象が強く、てっきり標高の高いところの植物と思っていたのですが、最近何と、我が家の近くでも見たのでした。
すごい標高差、それだけ強い生命力を秘めた百合ということでもあるのでしょう。

カラマツソウ(落葉松草/キンポウゲ科カラマツソウ属)。
言われてみれば、花は樹木のカラマツ(落葉松)の(特に)若葉に似ています。
もう1,000メートルを超える場所のカラマツだから、我が家の庭にも咲いているものではなくミヤマカラマツ(深山落葉松)だろうと思ったのですが、ミヤマカラマツの小葉は鋸歯(ギザギザ)になるとのこと、あきらかに鋸歯ではないゆえ、これはカラマツソウです。

ミヤマナラ(深山楢/ブナ科コナラ属)。
葉に柄がないからコナラ(小楢)ではない、それではミズナラ(水楢)かと問われれば葉があまりに小型…、ということでこれは、ミヤマナラという種だということを近年に知りました。ミズナラの、積雪地帯に多い高山型変種だそうです。
これは1,000メートルぐらいの地点でのものですが、実は我がルーザの森(約400メートル地点)にも自生しています。

ミヤマハンノキ(深山榛木/カバノキ科ハンノキ属)。
この木は貧栄養の荒廃地のパイオニアなのだそうで、そういう場所でも根づき生きてゆけるのは、空気中の窒素を固定して供給してくれる窒素固定菌と共生しているためとのことです。
んーん、植物の生態の奥深さ。

ミネヤナギ(峰柳/ヤナギ科ヤナギ属)。
綿毛で包まれた種子が特徴的です。
ミネヤナギは山地帯から高山帯にかけて生育でき、その環境によって樹形も大きく変わるのだとか。高山帯のミネヤナギは地を這うようにしています。
今回は約2,000メートルの山頂付近でも見ました。

マルバシモツケ(丸葉下野/バラ科シモツケ属)。
小さな花がたくさん集まってこんもりとした花姿になります。
西吾妻でもよく目にする植物で、栄養の乏しい砂礫地(されきち)や岩礫地(がんれきち)に多く見られました。

ご存じ、高山植物の代表選手、チングルマ(稚児車/バラ科ダイコンソウ属)。
その小さく可憐な姿からは草本に区分されそうですが、木本です、樹木です。

チングルマが草ではなく木であることがよく分かる場面に出会いました。
下は、岩に這いつくばりながら成長しようとしている図ですが、その茎(といっていいのか幹といっていいのか)と根は、やはりこれは草にするには無理がある。

チングルマは花のあとは、赤ちゃんの産毛のようね、ひげのような実(痩果/そうか)になります。いっせいに風になびく姿はとてもうつくしいです。
それから葉は、秋には味わい深い赤にかわってすこぶるきれいです。
よってチングルマというのは、花、花後の産毛またはひげ、紅葉と、“ひとつで3度おいしい”植物なのです。“ひとつぶで2度おいしい”アーモンドグリコも真っ青というところです(笑い)。
なお、花びらがことさら丸いものをチョウカイチングルマと呼んでいて、今回意識しながら見たのですがそれは見つかりませんでした。ただし今は、花びらの形の変異が連続しているのだそうで区別はしていないとのことです。

ヤマハハコ(山母子/キク科ヤマハハコ属)。
まだ蕾で白く見える部分は総苞片(そうほうへん/花序全体の基部を包む苞)、このあと頭部に黄色な花をたくさんつけます。

ニッコウキスゲ(日光黄菅/ユリ科ワスレグサ属)。
まだ群落で咲いているというほどではなく、咲きほこりはこれからという感じでした。
ニッコウキスゲの本名はゼンテイカ(禅庭花)なのに、別名の方が有名になってしまった類い。
例えればガロの「学生街の喫茶店」のように、レコードのB面が売れたという感じ?
我ながらだけど、どうにも古い話だね(笑い)。 

ヨツバシオガマ(四葉塩竃/ゴマノハグサ科シオガマギク属)。
いかにも高山植物然とした花です。
亜高山帯から高山帯にかけての風の強い場所(風衝地帯)に多いとのこと。月山にもたくさん見られました。
このシオガマに図鑑やネット情報では“塩釜”を当てるものがあるけど、正しくは“塩竃”だと思う。釜(かま)と竃(かまど)では意味が違いますゆえ。 

タカネアオヤギソウ(高嶺青柳草/シュロソウ科シュロソウ属)。
とても地味な花で見過ごされがちな植物です。
笙ヶ岳(しょうがたけ)への道で、はじめて会いました。

シロバナトウウチソウ(白花唐打草/バラ科ワレモコウ属)。
これも地味な花で、あまり目にとまらない花です。
やはり笙ヶ岳への道で、これもはじめて会いました(意識しました)。

コバギボウシ(小葉擬宝珠/キジカクシ科ギボウシ属)。
鳥ノ海(鳥海湖)の近くで。

もうだいぶ前のことだけど、子どもたちを連れて尾瀬に行ったことがありました。ニッコウキスゲの大群落を見せてあげたかったのです。
ところがその夏は非常に暑く、ニッコウキスゲの時期は過ぎてしまっていたのでした。がっかりしました。
それで、宿泊先の長蔵小屋の小屋番(3代目の平野長靖さんの息子さんだったと思う)に「ニッコウキスゲは終わったんですね、早かったですね」とつぶやいたら、「今は、コバギボウシがきれいですよ」とすぐに返されたのでした。
終われば、次!、このとりなし(取り成し)はいい。
終わってしまったことにくよくよしても仕方のないことですしね。
コバギボウシは我が家のまわりにもふつうに咲くけど、それ以来好きになった花です。

ネバリノギラン(粘芒蘭/ユリ科ソクシンラン属)。
ノギラン(芒蘭)は我が家にも咲いていてよく似ていますが、ネバリノギランには花茎の上の方や花序に腺があってネバネバしています。名の由来です。
こんな地味な植物が紅葉の季節になると、葉は目の覚めるようなオレンジ色になってとても映えます。

シロバナニガナ(白花苦菜/キク科ニガナ属)。
ここは一応、シロバナニガナとしたけど、似たようなものにタカサゴソウ(高砂草)というものがあって、筆者には区別がむずかしいです。 

鳥ノ海と笙ヶ岳。
ここは高山植物の宝庫です。

東北の名花といえば、ヒナザクラ(雛桜/サクラソウ科サクラソウ属)。
北限が八甲田山、南限が西吾妻の西大巓(にしだいてん)です。
筆者がはじめてヒナザクラに出会ったのは月山だったと記憶しています。
これは笙ヶ岳への道で。

ミヤマリンドウ(深山竜胆/リンドウ科リンドウ属)。
タテヤマリンドウ(立山竜胆)もハルリンドウ(春竜胆)もそれから飯豊連峰の特産種のイイデリンドウ(飯豊竜胆)もそうだけど、小さな青いリンドウに惹かれます。
このブルーは悲しいというのではない、気持ちが穏やかに沈潜していく色というか。

笙ヶ岳への道、それから山頂の外輪山にも多く見られました。
咲き競うのはこれからのようです。

トウゲブキ(峠蕗/キク科メタカラコウ属)。
トウゲブキはまだ走りという感じでしたが、この黄色は目立ちます。
はじめてこの花を意識したのは、この鳥海山だったと思います。外輪山への取りつきの薊坂(あざみざか)でだったでしょうか。
笙ヶ岳への道、鳥ノ海から七五三掛(しめかけ)まで広範囲に分布していました。

ハクサンイチゲ(白山一華/キンポウゲ科イチリンソウ属)。
ついこのあいだ月山で大群落を見たものでしたが、鳥海山にもかなり広範囲にみごとな群落を形成しています。
ただ、月山で目にしたものより一様に小型に感じたのはどうしてでしょう。

ハクサンフウロ(白山風露/フウロソウ科フウロソウ属)。
赤と藤色の中間のようなうつくしい色をした花です。
葉は深く掌状に切れこんで、まるでトリカブトのそれのようです。
この花を見ると高山に来たという感慨をもちます。
これもかなり広範囲に咲いていましたが、さかりはこれからだと思います。

 

ミヤマトウキ(深山当帰/セリ科シシウド属)。
この草には香気があって、親しい知人が「これは長寿の薬だ」と言っていたのを思い出します。
彼はどこから採取したものかは知らず、自宅の庭に植栽していました。

ミヤマセンキュウ(深山川芎/セリ科ミヤマセンキュウ属)。
ミヤマトウキとよく似ているけれども、葉の形にちがいがあります。
ミヤマセンキュウはミヤマトウキよりも標高がより高いところに自生しているようです。
この標本は山頂直下あたりのものです。

ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花/キンポウゲ科キンポウゲ属)。
鳥海山の山頂山域にはどこもかしこもミヤマキンポウゲというほどに咲き競っていました。

この花は南アルプスではシカによる食害にあっているのだとか(-_-;)。
そういえば、月山で聴いた話だけど、信州の美ヶ原ではシカの食害が深刻で、ニッコウキスゲのほとんどが食べられていたということでした(-_-;)。尾瀬のキスゲもずいぶんやられているらしい。
シカ君、お願いだから、山から下りてください(笑い)。高山植物というのは自然界の国宝に相当するもの、決して食べてはいけません!

チョウカイアザミ(鳥海薊/キク科アザミ属)。
鳥海山の特産種です。深い紫の重たい花が首を垂れています。
1,700メートルの御浜から2,000メートルを優に超えるところまでふつうにいくらも見られました。
鳥海山のみで単独で自生しているって、どういうことなんだろう。

下は外輪山の崖壁。
この外輪山も高山植物の宝庫、すばらしいお花畑の連続でした。

鳥海山を代表する花の筆頭は、何といってもチョウカイフスマ(鳥海衾/ナデシコ科ノミノツヅリ属)です。
鳥海山の固有種、特産種です。
山形県を代表する花のひとつで、山形県内の学校の校章に多く採用されているということです。
古くは旧制山形高等学校(現・山形大学)の校章になっていたよう。
その同窓会も“ふすま会”といっているくらいです。

チョウカイフスマは鳥海山に来るたびに見ている花で、今までは、ウシハコベ(牛繁縷)、サワハコベ(沢繁縷)の親戚ぐらいにしか感じなかったけれども、違いますね、気品が。
山形県を代表する花と言われるだけの、筆者はこの花に高貴な気品を感じるようになりました。
山頂小屋たる御室のあるあたりから外輪山の尾根づたいにたくさん咲いていました。

何という、清楚さだろうと思います。

イワブクロ(岩袋/ゴマノハグサ科イワブクロ属)。
これも今回の鳥海山山行のめあてのひとつでもありました。

外輪山の砂礫地に多く自生していました。いい花姿だ。
イワブクロは、千島や樺太、東シベリヤやカムチャッカ、アリューシャン列島、それに日本の北部の高山に生育しているとのこと。これらが陸続きであった太古の昔に、氷河期と共に南下した植物のひとつなんだろうという想像がふくらみます。
高山植物が魅力的なのは、こういうストーリーを秘めているように思うからです。

イワギキョウ(岩桔梗/キキョウ科ホタルブクロ属)。
イワギキョウは高山植物の代表、象徴といってもいいくらいの花です。今回の鳥海山山行のあこがれのひとつがこのイワギキョウでした。

イワギキョウのこの透明感のある青が何ともいえないのです。
宮澤賢治は作品の中でよく青という色を使い、そのオリジナリティから“ケンジブルー”などとも言われたりするのだけれど、勝手な物言いついでに言わせてもらえば、そのイメージはこのイワギキョウの色にオーバーラップします。

イワオトギリ(岩弟切/オトギリソウ科オトギリソウ属)が朝露に濡れていました。里に伝わる万能の薬草、オトギリソウ(弟切草)の高山型です。
外輪山を下りはじめたあたりで多くを見かけました。

ウサギギク(兎菊/キク科ウサギギク属)。
この花は1,700メートルの御浜あたりから2,000メートルの外輪縁辺に多く見られました。

ホソバイワベンケイ(細葉岩弁慶/ベンケイソウ科イワベンケイ属)。
北海道と本州北部の高山の風衝地帯の砂礫地に多いということです。過酷な気象条件に負けずに生きている、こういう中でこそ生き延びられる強さを持っているということでもありましょう。
御浜で会った青年が教えてくれたことだけど、珊瑚色の紅葉もみごとらしいです。

ミヤマキンバイ(深山金梅/バラ科キジムシロ属)。
御室あたりでたくさん目にしました。チョウカイフスマと競い合ってる姿も多くありました。
里のキジムシロ(雉筵)やミツバツチグリ(三葉土栗)、それにヘビイチゴ(蛇苺)によく似ています。
これらは兄弟姉妹あるいは近い種なのに、どれも個性的な名前をもらっているものです。いずれもすこぶる詩的です(笑い)。

新山。
新山は1801年の大噴火でできた、それ以来鳥海山のピークとなりました。
大きな岩石が無造作に積み重なった場所です。

その貧栄養もいいところの過酷な環境に入り込んだ植物たち。
ツガザクラ(栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。
はじめて意識して見ました。すばらしいです。
いかにも高山植物といった風のかがやきがあります。

オオツガザクラ(大栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。
はじめて見ました。感激しました。
筆者が新山の道すじで目にできたのは2つの小さな群落がせいぜいでした。

この植物はツガザクラと次の画像のアオノツガザクラとの交雑によってできた種という説明が散見できます。
ツガザクラ属は過酷な中で生き延びる必要に迫られるのか、交雑が多いようです。
月山ではエゾノツガザクラ(蝦夷栂桜)とアオノツガザクラとの交雑が指摘されていたものです。

アオノツガザクラ(青栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。
我がフィールドの西吾妻でも多く自生していますが、うつくしいものです。

イワウメ(岩梅/イワウメ科イワウメ属)。
本当はこの花にも会いたかったのだけれど、とき遅し、残念。もはや実(朔果/さっか)になっていました。

下は、外輪山コースも終わりに近づき、七五三掛(しめかけ)に向かっているあたりかと。

外輪山の終わりかけのあたりはハイマツ(這松)の群落がありました。その群落に、ともし火のように白く輝いていたのがハクサンシャクナゲ(白山石楠花/ツツジ科ツツジ属シャクナゲ亜属)です。
西吾妻にはシャクナゲの聖地といっていいほどの群落があります。色も白から桃色と様々ですが、鳥海山のそれは一様に白い個体が多いように感じたものです。

ダイモンジソウ(大文字草/ユキノシタ科ユキノシタ属)。
その名はまさしく花の形から。5枚の花びらが“大”の字をつくっています。
ダイモンジソウは何と、山菜でもあるのだとか。花姿がうつくしくて筆者は食べる気にはなりませんね(笑い)。

オンタデ(御蓼/タデ科タデ属)。
岩肌の砂礫地に生えるタデ。七五三掛に一気に下ろうかというあたりだったと思います。

コバイケイソウ(小梅蕙草/シュロソウ科シュロソウ属)。
コバイケイソウは鳥ノ海のほとりにもうつくしく咲いていましたが、これは外輪山コースの端あたりで。
こうして霧に浮かぶコバイケイソウもいいものです。

あとはぐんぐん進んで、鉾立口に戻りました。

ということで、鳥ノ海ノ山の山行が終わりました。
今年はじめに願った月山、それから鳥海山の山行、どちらも叶って思い残すことはありません。
実にすばらしかった。
またいつか、かならず戻っていきたい山です。

家に戻ると、それはもうみごとなヤマユリが咲いていました。
株がふたつ、その1本ずつにちょうど10ヶの花がついていました。よって、ひとっところで20ヶもの花です。
年々数が多くなっているのは知っていたけど、すごいね。

でも、どうでもいいけど、キミね、そんなに飛び回ってていいのかい?
原稿書きがあるって聞いてたけど、進んでんの?
ハイ! ごもっともなことで、もう逃げたりいたしません!(笑い)

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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