森の生活

メスティンの実力

もう2年前(2020年)の夏だったと思うけど、あるチェーン店でちょっとした異変があったのでした。
それは、100均の(今ではずいぶんと値の張るものもあるけど)ダイソーで発売された小ぶりな500円のメスティン。
それが発売ほどなくしてほぼ完売、筆者もそれに惹かれて地元米沢はもとより近隣の南陽市、それに県内でも最大級の売り場面積を誇る山形の成沢店にも出向いたのですが、やはりどこも品切れでした。

そのうち、ニトリで普通サイズのメスティンが1,000円ほどで出されている情報を得て、地元の店に行ってはみたものの、これも完売でした。
さらには、ダイソーメスティンがネットオークションに次々にかけられ、800円とか1,000円とか1,500円とかで取引きされはじめたのでした。

なんだろう、この現象。

そもそも筆者が知っていた“メスティン”という言葉は、スェーデンの有名なアウトドアメーカーのトランギア(trangia/since1925)の四角い弁当箱のような、鍋のような、調理器具の商品でした。“メスティン”とはてっきり、トランギアの商品名と思っていたのです。
けれども“メスティン(messtin)”は一般名詞で、英語で飯盒(はんごう/携帯用炊飯器・食器)のこと。元々は〈mess=軍隊での食事〉と〈tin=ブリキ製の容器〉というふたつの言葉からの合成語で、本来は兵士の食器を指すとのことです。

トランギアは野外生活が好きな者にとってはあこがれのブランド。
そういう筆者は山登り用として900ml.のケトル(カップ麺2ケ分の湯が沸かせる)を愛用しており、いつかトランギアのメスティンもと思っていたものです。
アウトドアの専門店では当然ながら、この発祥ともいうべき本家トランギアのメスティンも品切れでした。
ちなみに本家メスティン(普通サイズ=1.5合炊き)は1,600円です。

で、しばらくしてネット上にまがい物の数々のメスティンがあふれてきました。
秋口だったと思うけど、筆者もそれを購入しました。
普通サイズの本体とポケットストーブ(メーカー品として有名なエスビット製なら600円ほど)とメッシュバット(蒸し物や燻製にも利用できるトレー)もついて、何と1,000円。驚きの値段でした。
安価は、ここは商機と見ていろんなところで過剰なまでに生産した結果のようでした。

購入した品はノーブランドとはいえ製品自体は確か。
本家では買ってすぐに(ケガをしないよう、サンドペーパーでの)縁のバリ取りが必須なのに、こちらはすでに出荷時点でそれは済んでいて、それだけでもかえってこっちの方でよかったとさえ思ったものです。

それからというもの、我が家ではこれまで、もう100回を超えるぐらいにメスティン炊飯をしてきたのではないでしょうか。
メスティン炊飯は何度やっても、飽きるということがないのです。楽しいのです。その魅力を少々。
今回のsignalは、題して「メスティンの実力」。

我が家の(自作の)調味料トレーに、“メスティン炊飯”のカードが入っています。
炊飯器に残っているご飯の量では夕飯にはちょっと足りないと予想される場合など、相棒のヨーコさんは出勤前にこのカードをテーブルに置いておくのです(口で言うのはもちろんですが、筆者がパタパタと動いているうちに忘れないようにという意味で)。
それから、筆者が昼食でご飯ものをとる予定にして夕飯時に足らなくなると思われる時にも自分でカードを置いておくこともあります。
そうすると筆者は朝食後の茶碗洗いついでに米を研いでおき、浸水させ、午前の工房の仕事(あるいは外仕事)から上がって昼食の準備にかかろうかという正午、メスティン炊飯も同時に行うことになるのです。

メスティン炊飯一式は(もらいものの)ビール(350ml.6本用)の保温バッグにコンパクトに収まっていて、窓際のフックに掛けてあります。

中に入っているのは…、
保温蒸らし用のタオル、

革製ハンドルカバーつきのメスティン本体、

ステンレス製受け皿、

メスティンの中にはポケットストーブ、

そして、器の内側に収まる“メスティン折り”のクッキングシートです。

メスティン折りシートはなくてもいいのですが、これがあると炊飯後の洗いの手間がすごく楽になります。
野外でこれをもとにカレーライスでも作ってそのまま食器として使ったとして、その処理たるやシートを捨てればそれでよいわけですし。


このクッキングシートは下の展開図に沿って折っていきます。
この作業は筆者には夕食後のラジオを聴きながらのちょっとした息抜きとか、何か無性に手を動かしたいときなどに打ってつけの時間となります。
一度に10枚ほどを折ってビニールケースに保管しておきます。要する時間は1枚につき1分というところでしょうか。

クッキングシートを折るというのは表面がツルツルしていてちょっとした難しさはあるのですが、(穴あけパンチなどの)重しで一方を押さえると折りは徐々に自在になってきます。
ポイントは、安価な薄めのクッキングシートを用意すること。高いものはツルツル感がすごくて折りがずれやすく、厚いものは折りを邪魔します。

メスティン折りはすぐれもの、この偉大なるものを特許も取らずに(笑い)公に開放している考案者をここに記しておきます。
ものの情報によれば、考案者は“tomioka architect office”さん(富岡設計事務所さんでしょうか)、公開は2018年のようです。感謝です。

下はもう30年くらい前に筆者が作った米櫃(こめびつ)。

フロントの“米”の下の“Oryza sativa L”というのは、植物としての米(稲)の属名と種小名です。まあ、デザインとしてのカッコつけです(笑い)。
賢治童話で重要な「グスコーブドリの伝記」には米(稲)の表現で“オリザ”が登場しますが、ここから来ていますね。それから劇作家の平田オリザの名もここからですね。

これは笑い話の類いだけど、山形県には“つや姫”という食味格付けの“特A”を取り続ける米の銘柄があって(確かにおいしい。冷めてもおいしい)、その名称募集のときに筆者も軽いノリで応募したことがあるのです(笑い)。
それは、“やまがたオリザ”。
今もって自信作なんだけど、端にも棒にも引っかかりませんでしたね(笑い)。
山形県は見る目がない、選択を誤ったものです(笑い)。

米の計量カップはだいたいが1合用、それでメスティンに合わせて1.5合用はないかと探しました。
ありました、ありました、セリアに。300ml.のプラコップが。
このコップすりきり一杯でほぼ1.5合です。

米を研いで300ml.の水を張って数時間の浸水。
研いだ米をメスティンに盛っているのは李朝の作というスッカラという真鍮製スプーン。掬(すく)いの部分が浅くて広くて重宝します。

燃料はアルコール固形燃料です。旅館の一人用鍋によく使われていますね。
100円ショップで3ケ100円ですが、筆者はさらにコスパのよいものをネットで購入しています。

火器は他に携帯用のアルコールストーブとかCB缶装着のバーナーとかも考えられますが、何といっても固形燃料がよいのは、燃え尽きイコール炊飯の終了ということです。これがすごいです。

ステンレストレーを受け皿にポケットストーブを設置して、固形燃料を置き、

吹きこぼれ防止のために重しを載せ(山では温めのために缶詰を載せることも多い。一石二鳥)(筆者の場合はコーヒーメーカー=マキネッタの一部とどこぞの海で拾ってきた珊瑚)…、

点火です。

あとは待つこと約20分、なにもしないでほったらかしです。
火加減の管理や見張りはまったく不要です。それでご飯が炊きあがる上、米はふっくら粒立っているし味も極上なのです。

これはまるで魔法のようです。これこそメスティン炊飯の最大の魅力、醍醐味というものです。
原発由来電気(原子力発電のことを韓国では“核発電”と言っていたけど、こっちの方が実相を反映してますね)や化石燃料由来電気を使うことなく実に原始的だけど、これぞまさしく自動炊飯というもの、これこそまさに文明の到達点と言えましょう(笑い)。

当然だけど、炊き込みご飯もOK。

筆者はたまに、かに飯とかキノコご飯なんかも作ります。
このアレンジの工夫も楽しい。

炊きあがったら、タオルにくるんで、

 

保温バッグに収納して蒸らします。
これで出来上がり。簡単、カンタンです。  

そうして用意したご飯の、ある日の夕食。

そうして用意したご飯の、ある日の朝食。
ワオー、シンプル!(笑い)
下はおかずがフキやワラビの山菜がメインなので、これは5月末のものですね。

当然のことながら、我が家にも炊飯器はあります。
でもご飯の出来具合と言ったら、メスティンは高価な炊飯器に勝るとも劣らないと思います。

最近の炊飯器は高級志向のようで、“土鍋炊き”とか“かまど炊き”とか“おどり炊き”とか、“料亭炊き”とか“炎舞炊き”とか、“糖質カット炊き”とかの変わり種もあってキャッチコピーはにぎやかです。

で、キャッチコピー中“おどり炊き”というのは本当なのかにチャレンジしたのが新興家電メーカーとしても頭角を現してきたアイリスオーヤマでした。その記事を興味深く読んだことがありました。
“おどり炊き”というのは、炊飯において釜内部に熱が加わることによって、水に沈んでいる米が舞い踊るように攪拌(かくはん)されるイメージです。そう、パスタやそばが熱湯の中で踊るように。本当に米は踊るのか。

そこでアイリスオーヤマ君は、米を3等分して赤黄青の3色で染め、3層にして浸水させてスイッチを入れたのです。「踊る」というなら、3色が入り乱れたご飯ができるはずと。
その結果は…、
3層そのものが3層のまま変わらずに炊きあがったということです。

いいですね、こういうの。
常識のように思いこまされていることに小さな疑問を投げかけ、あーだこーだとは言わず語らず、ただ黙って実験で証明するという姿勢が。
これで、“おどり炊き”なんて真っ赤な嘘、デマであることがはっきりしたのです。

情報には何であれバイアス(偏り)がかかっていることをまずは疑いたい。
極端な例なら、プロパガンダのように事実を意図的に粉飾し、捏造(ねつぞう)し、改竄(かいざん)してまるで正反対のことを伝える場合さえある。
バイアスを除く工夫と知性、事実を見つめる目がそれぞれに求められているということでもありますね。現代って、情報の洪水ですし。

メスティンは単純素朴にして素晴らしい調理器具だけれど、この4月1日発売のPEAKSという雑誌に何と“アイアン・メスティン”が付録として付くというではありませんか。
この鋳物製のメスティンならダッチオーブンのような使い方ができると直感し(薪ストーブの火の中に投入して調理することも可能)、これは急がなきゃ、と思って市中の書店に電話して取り置きを願ったのです。
そして、受け取ったその場で感動し(重さが何と1.9キロ)、さらにもうひとり用にと店頭のたったひとつになっていたものも即買いしたのです。

定価は結構値が張って2,970円、それでも魅力は勝りました。
普段ぜいたくなどしない筆者にとって、ふたり分6,000円弱というのは清水の舞台から飛び降りるような勇気を要することであり、ああドキドキした!(笑い)。

 

案の定です、かつてのダイソーのメスティンと同様、全国で発売即売り切れ状態。
まだ発売日から2日とたっていないのというのに、もはやネットでは4,500円、5,980円、8,500円と値が吊り上がりはじめました。
やっぱりね、という感じです。

で、はじめに戻るけど、なんでメスティンや今回のアイアン・メスティンが注目され、一大ブームになるのかということです。
それは第1に、COVID-19であきらかになった、ひとがごちゃごちゃと集う場所はヤバイという感じが多くのひとの(特に若いひとの)皮膚感覚に訴えたこと、せめて空気の流れのある野外で気を晴らしたいと、第2に、何もかもが便利になり過ぎて工夫の余地というものがなくなって、それに息苦しさに感じるようになったこと、キャンプや野外炊飯などにそれを見出したということ、つまりはアンチ都市生活というのがこの現象へのワタクシの見立てです。

ひとって、日々課題を見つけ、それに対して工夫をして課題を克服しながら過ごしていく、これが暮らしの醍醐味だと思うのですが、もはやそういうことがどんどんと浸食されているのが現代なのだと思います。
ご高齢できわめて元気に過ごす方が筆者の周りにもいますが、共通なのは日々がこの、課題-工夫-課題解決というサイクルになっていることにも重なります。

今般のメスティンひとつに表れる野外活動ブームは、森で暮らすという決意に至らないまでの、ちょっとした非日常を味わってささやかな幸いにひたりたいという素朴な願いでしょう。
でも本当に本格的に、金ではなく知恵と手がものをいう暮らしをしたいのなら、舞台は森(あるいは自然)というフィールドだと思いますよ。
そういう思いを持つひとが疲弊する中山間地域社会を救うことでもあると思うのだけどなあ。
どうぞ、移住してきてください。森の生活はいつも新鮮、飽きなどはないです。
人生は充実すると思いますよ、素晴らしい人生請け合いです!(笑い)

ひとのことはどうでも、さて今日も希望を紡がなくちゃ、紡ぎ直しをしなくちゃ。
遠くでは惨たらしい虐殺が今も続いているらし。武器や兵器、ひとを殺す道具って本当にいやだね、寒気がする。
今はここではただ、平和を祈るしかないのだけれど…。

それじゃあ、また。バイバイ!

 

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