山歩き

花の山、月の山 1

昨年(2022年)9月の末のこと、“紅葉の月山”のキャッチコピーに魅かれて月山に登りました。
ルートは八合目の弥陀ヶ原湿原からのいわゆる羽黒コース、つまりは北の方角から南の山頂をめざす道でした。
登山道の右手の先には日本海、ふりむけば鳥海山がそびえ立っていて、その壮大なパノラマには圧倒され通しでした。こういうロケーションの登山道はそうあるものではありません。
そして、途中で知り合った地元の登山者に頂上に着いてから案内されたのは、月山の花の代名詞である(当然もう終わってしまっている)クロユリ(黒百合)が咲く現場でした。ちょうど山開きの7月1日過ぎの頃が一番の見ごろということでした。
ということで、この7月3日、未だ見ぬクロユリに会いに行ってきたのです。

そこで今回のsignalは、題して「花の山、月の山」です。
見どころ多く、感じること多く、分量がたくさんになりそうなので、テーマを異にして2回に分けようと思います。
その1は、山行つれづれの記、山の風景などを中心として。

下は、愛読している月山の植物ガイドブックの、鹿間広治著『花かおる月山』ほおずき書籍2004。
これは通常のガイドブックとは趣を異にし、作者の月山への思い入れがあふれたエッセイ風のものです。
中にはそれぞれの植物にまつわる古歌や現代詩などの引用もあって感性を刺激します。
今回、山旅の友として携えていきました。

時間的な余裕もあって、登山口に着く途中に志津野営場わきのブナ(山毛欅)の森に立ち寄りました。
標高は750メートルとか。
うつくしい池(地蔵池)のまわりには遊歩道が整備されており、ゆっくりと歩いて20分ほど、気持ちのよい散策をしました。
ちなみにここは、月山の絶好の撮影スポットだとか。

今回は昨年秋とは逆のコース、南から北の頂上へ、つまりは夏スキーで有名な月山スキー場のある姥沢口からのコースです。あえてリフトを避けて登ることにしました。
今回は頂上小屋で宿泊の予定、リフトを利用せずとも登るのにはわずか1時間と少しの時間が余計にかかるだけのこと、それよりもその途中途中のまだ見ぬ景色やうつくしい植物に会えるだろうという期待の方が大きかったのです。

実は月山行はだいぶ前から計画を練っていたのですが、梅雨のこの時期の天気予報は毎日のように変化して困りました。
宿泊先の頂上小屋には最初は(宿泊は)2日と告げ、次には4日に変更してほしいと頼み、しまいに(3日前に無理を言って)3日にさせてほしいと願ったのです。
宿にはいい迷惑だったでしょうが、雨の中の登山だけは避けたかったもので。

とはいえ雨は落ちずとも天候は曇天、雪渓はすぐに現れて、アイゼンを装着したはいいもののガスが雪渓をおおって先が見えなくなっていました。

下は、下山する登山者の様子です。
頼りは雪渓上に張られた細いロープ、これが登山道の心細い目じるしなのです。
こんなところで道をはずれたらたいへん、遭難してしまいかねません。ここは慎重に、慎重に。
雪渓は山頂までに大きなもので4つくらい現れたでしょうか。そのたびにアイゼンは着けはずしです。
視界がよければ気持ちのよい雪渓歩きなのでしょうが。

姥沢口からのコースは短いとはいえ、(1度登っているので分かるのだけれど)牛首からの頂上までの約1時間の急坂(鍛冶月光/かじがっこう、というのだそうな)は身体にこたえるはずなのです。
けれどもあたりは一面の霧の海、10メートル先さえ見えないのは逆に気を楽にもするもので、足元ばかりを見つつ、1歩また1歩ととにかく足を前に出していればいつの間に急坂が終わっていたのです。
ということで、まったく疲れは覚えませんでした。

下は、頂上近くの鍛冶小屋跡あたりを外国人が数人混じったパーティーが通り過ぎたところ。

月山の植物については次回の“その2”でくわしくつづるつもりですが、まずもっての驚きはヨーロッパアルプスの名花エーデルワイスにもっとも近いとされているヒナウスユキソウ(雛薄雪草/キク科ウスユキソウ属)がそこかしこにあったこと。
月山は全山が花の山とは予想していたことだけど、このヒナウスユキソウの大群落にはびっくりです。

月山は、たぶん日本有数の風衝地帯。ときにひとが吹き飛ばされるような風が吹くことでも知られています。
筆者も頂上に至る急坂の鍛冶月光を通っているときもものすごい風に吹かれていたのですが、足元のハクサンイチゲ(白山一華/キンポウゲ科イチリンソウ属)はものともせずに立っている姿が印象的でした。身体の大きさに比して揺れ幅が極端に小さいのです。感動しました。
ハクサンイチゲは強風にも耐えうる力を持ったからこそ、月山に大きな群落をつくることができたのでしょう。

そして、月山が誇るクロユリ(黒百合/ユリ科バイモ属)。
とうとう実物に会えました。いやあ、うつくしいです。
今回の月山行はクロユリに会うために来たようなものですから、うれしいのなんの。
これでもう家に帰ってもいいようなものです(笑い)。 

頂上小屋で売っていた登山バッヂもクロユリがあしらわれていました。すぐにゲットです。
ちょっとGassanの“G”の意匠が分かりづらかったけど、よくよく考えてみれば、月山の月に掛けて三日月にピッケルを合わせることで “G”なんですね(笑い)。
この黄色とクロユリの黒の取り合わせもなかなかです。

霧に浮かぶ、月山頂上小屋。

小屋で通された部屋は8畳間ぐらいだったでしょうか。
宿のひとに「本日は3人の相部屋でお願いします」とまず言われたのですが、次には「5人で」に変わっていました(笑い)。
新潟からいらしたという70代半ばと思しき仲良しのおふたり、HさんとTさん、千葉からのUさん、そして埼玉からのKさんと、5人はすぐに打ちとけて、もう真昼間から酒飲みになってしまいました。
こんなはずではなかったのです(笑い)。

新潟のおふたりは陽気な方たち、1リットルほどのペットボトルにブラックニッカをいっぱいに詰めてきていて(笑い)、しきりに勧めるのです。
筆者は単純だからついその気になって飲んでしまって(笑い)、他のふたりもその気になって(笑い)。
オカワリ!(笑い)
お代わり!(笑い)

カンパーイ!(笑い)。それぞれの山歩きの人生にカンパイです(笑い)。
オヤジーズだからこうなるんですね!(笑い)
おかげで、夕食の前には不覚にもできあがっていたのです(笑い)。

夕食は、聞きしに勝って豪華でした。
月山筍(ネマガリダケ)を姿そのもの皮ごと炙ったもの、そして月山筍の豪快な天ぷらに味噌汁はまったくのぜいたくの極みです。
筆者もネマガリダケ(吾妻筍)を採るけれど、(客人に出すものとして選んでいることは確かでしょうが)これだけボリューム感のあるものに出会ったことはありません。さすがは月山です。
Hさんに言わせると同行のTさんは山菜採りの名人だそうで、そのTさん曰く「脱帽!」。そうと言い放って顔色を失くしていました(笑い)。その気持ちは十分に分かります(笑い)。
それに、ゼンマイ(薇)とブナハリタケ(山毛欅針茸)の煮物、庄内独特の利用法のイタドリ(虎杖)の酢のもの、そして庄内名物の胡麻豆腐もと、どれもとてもおいしかったです。

そして、Kさんが言ったのです。
「これからは晴れてきますよ、今夜は満月ですよ。明日は朝から晴れです」と。
そして夕べには言葉そのままに暗い霧は払拭されて、ものすごかった強風も収まって、その通りになってきたのです。
外はすばらしい景色が広がってきました。

下は、小屋の窓から見えた草原台地。

台地が高層湿原ゆえの池塘。

朝日連峰を背景として。

そして夜半、寝具から静かに這い出して外に出てみました。
頭上に満月です。ヘッドライトが不要なほどの明るさです。
月山で満月を見るなんて予想外、想定外。もううれしくて、その壮大な風景にビビりまくりでした(笑い)。
3日の登頂と山小屋泊はまったくの正解、それこそ幸運というものでした。

山小屋を照らす満月。

話はちょっと逸れるけれども、この2月に筆者が工房の一室で製作に勤しんでいるとき、何気にラジオのチューナーを回していたらFM山形に同調して、そこから聴いたこともないいい声のメロディックな歌が流れてきてドキッとしました。
聴いているとそれは、作家の新井満が師と仰ぐ森敦の小説「月山」の冒頭部分に曲をつけ、新井自身が歌っている「月の山」という歌でした。
今は故人となった新井って、うつくしい声の持ち主だったのですね。素直に感動しました。
番組名は「新井満~月山に魅せられて」というもの。
それで、案内役の出演者が出羽庄内地域文化情報誌(筆者も読んでいる)『Cradle』の編集長の小林好雄さんで、読者の誼(よしみ)で(笑い)、番組全体の録音媒体を要望し、つくって送っていただいたのでした。

ながくながく庄内平野を転々としながらも、わたしは肘折の溪谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。そのときは、折からの豪雪で、危うく行き倒れになるところを助けられ、からくも目ざす溪谷に辿りついたのですが、彼方に白く輝くまどかな山があり、この世ならぬ月の出を目のあたりにしたようで、かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。
小説「月山」冒頭 森敦

下は、酒田の町の灯かりと満月。


新井満の歌には感動しました。そして、それを酒田出身のシャンソン歌手の、かの岸洋子がカバーしていたのです。
岸ののびやかなアルトには身体全体が震えるがごとくでした。こちらにも深く感動しました。
筆者が月山に思いを募らせたのには、こんなこともあったということです。
なお、新井と岸の「月の山」の歌声がyoutubeにアップされています。興味の向きは、ぜひ聴いてみてほしいものです。

月のひかりだけで撮った月山本宮。
左手にはうっすらと鳥海山が見えていました。

一面のお花畑が月のひかりに煌々と照らされて。

下は、早朝4時少し過ぎたころ。
遠く栗駒山の方角から朝日が昇ってきました。

月山本宮の後ろには鳥海山が控えています。

午前4時40分の月山山頂(1,980メートル)。

山頂より望む、羽黒コース方面。

こちら側の雪渓もだいぶ大きなものです。

本宮より山頂小屋を望んで。

日本海に至る山並み。  

このうつくしい時間帯を逃すまいと、みなさんが早朝よりお出ましです。
Kさんは持参の法螺貝を吹いています。

 

静岡からおいでだというYさんと。

Uさんと。

朝食後に、ゴキゲンのHさんとTさん。
もうすっかりアルコールは抜けたようで、よかったです(笑い)。
このあと、お世話になったおふたりとは固い握手をして(笑い)、お別れをしました。
よい時間でした。感謝です。

一期一会とはよく言ったもので、たのしい時間は過ぎて、それぞれとの別れは少々感傷的になるのは仕方のないことです。
筆者は若い日の北海道の旅からそういう経験を何度してきたことでしょう。

筆者も、気持ちよく過ごせた頂上小屋に礼を言って山を下りはじめました。
登りとは打って変わっての晴天、日差しも強くなって首のあたりがヒリヒリです。レインスーツは脱ぎ、サングラスの姿で。

ほぼ南方向、遠くに朝日連峰が見えます。 

全山が下のような姿のお花畑。
ちょうどチングルマ(稚児車/バラ科チングルマ属)の花真っ盛りでした。

アオノツガザクラとよく似た、こちらはピンクの花うるわしいエゾノツガザクラ(蝦夷栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。
この種は北海道の他には本州では岩木山と早池峰山、それにこの月山にしか分布がないということです。
これもはじめての出会いでした。 

遠くに朝日連峰。

湯殿山ルートとの分岐で。
もうすぐ姥ケ岳です。

姥ケ岳山頂(1,670メートル)は高層湿原。
リフトを使ったのちに急坂を登り切った登山者が続々とやってきていました。
この平坦地でまずはひと息というところでしょう。 

筆者のゴールはもうすぐ。
最後の雪渓の下にはリフトの上駅が見えます。

お別れにふり向き仰いだうるわしい山、月山。
また来ます!
今度は、花の時期を少しずらして、7月半ばがよいかもしれない。
そうしていと惜しむようにゆっくりゆっくり、山を下りたのです。
大切に登った山には、歌があったでしょう。
串田孫一『若き日の山』実業の日本社1955

上は、筆者がその文章世界に淡いあこがれをもっていた(登山家で文筆家の)串田孫一のうつくしい一節です。
月山とは、串田の言うところの、歌が流れていたように思うのです。
よい山でした。

下山後に向かった先は鶴岡出身の(小説家の)藤沢周平ゆかりの地の鶴岡市の郊外、湯田川温泉。
出発が教師だった藤沢の最初の赴任地がこの湯田川だったのです。
ここに“正面湯”という雰囲気のある共同浴場があって、汗を流しました。

そうしてめざした先は、新潟県山北(さんぽく)地方(現・村上市)の名勝・笹川流れの一隅の今川の磯浜。
昨年9月の月山からの帰りも同じ場所だったけど(あのときの夜は大雨だったなあ)、家路につく前の最後の一夜はうつくしい景勝地でテントを張ってのキャンプをしたく思ったのです。
運よく釣り人もいず(あるいは時間的に引けていたのかも)、粟島を間近に望むうつくしい海辺で過ごす時間の心地よさよ。

下は、筆者考案の軽トラテント。荷台が即テントサイトという優れもの(笑い)です。
何気なくテントを張っているように見えて、(雨仕舞のための床のスノコ敷きとか)これでいろんな工夫もしているのです。

粟島に夕日が落ちてゆきます。
粟島は今川の海岸からはおよそ20キロの距離です。

夕食はアルファ米(湯をそそぐだけでご飯ができあがる優れもの=“尾西の白米”)とレトルトの煮込みハンバーグで。
野外食にしたらちょっと豪華な夕餉(笑い)、言わずもがなだけれど、とてもおいしかったです。

それから、湯田川の酒屋で買ったワインを少々。
沈む夕日を見ながらのふくよかな時間が過ぎていきました。

 

目が覚めれば、うつくしい凪いだ海が広がっていました。そこで、いただきものの特別のドリップコーヒーを。
んーん、いい香り。
朝の海辺にコーヒーの香りって、いいね。

そうして、2泊3日の月山行を終えたのです。

原稿書きの仕事が頭にあっての、逃げるようにしての山行だったけど(笑い)…。
オイ、もう観念だな!(笑い)

以上は、後日にアップ予定のsignal「花の山、月の山 2」に続きます。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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