森の小径

冬ざれの森

 

5月はじめから7か月もの月日を費やしてこしらえた軽トラ用の車庫、“リス小屋”。
リス小屋とは、小屋にリスの絵のサインボードを飾ったが故の愛称です。
実際にここにはリス(ホンドリス/本土栗鼠)がたまに遊びに来たりします。

小屋を作るというのはそれまで、身体の細胞と意志や感情の半分以上を確実に占領していたわけなので、それが終わったというのは心の中にぽっかりとした空洞ができたのは当然のことでした。
でも、時間をかけて為して、空疎になる、また課題を見つけて、それに向かって進んでいくというサイクルは好きだなあ。
ふりかえってみると、自分というのは少年の頃からそうだったような。言わば、性癖?でもあるような(笑い)。

そして今は糸の切れた凧のよう、漂うクラゲのよう、心定まらずのフラフラ。
こういうときには歩くに限ります。
筆者にとって歩くというのは、身体の健康のためというよりもいい気分転換なのです。歩けば落ち着くというか、心の座りが定まってくるというか。
ということで、ここ3日ばかりは家の周辺を西に、北へ、東にと歩いてきました。
そうして、冬ざれの森へ。

妖精の巡視くまなく冬の森    安部苑子

久しぶりによい歌うた(川柳)に出会いました。冬ざれの風景を句とともに。

上の句は、冬の森は妖精が巡視しているのだという、しかもくまなく。
妖精の巡視とは言いえて妙です。ゆえに冬の森は凛とした美しさを湛(たた)えているのでもあり。

あたりはうっすらと雪のかかった枯れ野原。
早春にはフクジュソウ(福寿草)やカタクリ(片栗)が咲き競い、ついてはワラビ(蕨)やシオデ(牛尾菜)がおいしそうに(笑い)顔を出していたのはこの野原です。

植林のために皆伐された森に1本だけ残されたコブシ(辛夷)の上に月が。

若々しいみどりを湛えていたハンノキ(榛木/カバノキ科ハンノキ属)の林。今はすっかり葉を落とし、誰も彼もが裸木です。
ハンノキは水分を含んだ谷地と呼ばれる土壌が好きで、この林はかつての水田跡に形成されたものです。

下は、(ちょっと不確かだけど)スナゴケ(砂苔/ギボウシゴケ科シモフリゴケ属)でしょうか。
冬ざれの山肌にあって、このみどりは何とすがすがしい面持ちにさせることか。

ハナゴケ(花苔/ハナゴケ科ハナゴケ属)。別名にトナカイゴケ。
よくよく見るとトナカイの角を思わせる形です。
北極海周辺ではこの苔がトナカイ(カリブー)の餌になっているのだとか。角のイメージというよりはこちらの方が命名の理由かもしれない。

常緑の落葉低木のイワナシ(岩梨/ツツジ科イワナシ属)は年中この色で。
高さが5センチほどでも、立派な木の分類になります。

シシガシラ(獅子頭/シシガシラ科ヒリュウシダ属)のみどり。
シシガシラの名は、獅子舞のお獅子様の頭の前髪のイメージからでしょう。

このあたりは標高350メートルにして、これより高くにはイワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)が広範囲に自生しています。今はすっかり葉を臙脂(えんじ)色に染めて。
筆者たち家族がここに越してきて28年が経つけど、当時、イワカガミの自生はうれしい驚きでした。

下はイワカガミととても似ているけれども、ヒメイワカガミ(姫岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)。
こちらは紅葉はせずにみどりの葉のままに冬を越すのかもしれない。どの葉にも少しも赤味が差していません。
イワカガミの花がピンクなのに対してこちらは真っ白です。最初は、イワカガミの突然変異かと思ったのでしたが。

ツルリンドウ(蔓竜胆/リンドウ科ツルリンドウ属)。
冬ざれの森にあって、このルビーの実はひときわあざやかです。
この実を割れば、やわらかくて真白い果肉の中にたくさんの小さな種が入っています。

冬枯れの野に火の色を置いてみる 山路恒人
朱を溶かそうかこの冬ざれに   森吉留里惠

枯れ色や飴色や無彩色は生命の萎えや死を、一方の赤を頂点とする暖色こそは生命の象徴です。
冬は雪に閉ざされる地方にとって、この燃えるような暖かな色は希望でもあり。

下は、カンボク(肝木/レンプクソウ科ガマズミ属)の赤い実。枯れ野にあってこの赤があざやかです。
6月のはじめには雪が降りつもったような白い花を身体いっぱいにつけます。
このカンボクの葉枝を煎じたものは切り傷や打ち身の民間薬として利用されてきたのだとか。“肝木”の名の由来のようです。

寂しさ漂うアシ(葦/イネ科ヨシ属)の枯れ野。

編み棒の先へ先へと冬がくる   鎌田ちどり
かごめかごめ後ろは誰もいない冬 井丸昌紀

冬の、あるいは冬への心持ちや心の在りようを、“編み棒”、“かごめかごめ”を小道具して詠んでいます。寒くて身が縮こまる…、寂寥の…、冬。
さすがは練達の柳人(川柳作家)の文学的感性を思います。
これが俳人だったら、どんな小道具を持ち出すものかは興味のあるところです。

我が家のすぐわきの、“広場”と呼びならわしているコナラ(小楢)の林もすっかりと葉を落として、飴色の絨毯を敷きつめて。

ヒュッテの煙突(右)からは薪ストーブの煙。

収納場所をなくしてしまって、割らずに冬を越すことになった薪材。コナラやクリなど。
ここには街中の住宅展示場わきの伐採した樫の木(種類は分からなかった)をもらってきたもの、それから町内の方にいただいたサイカチ(皀)の木も含まれています。
これらふたつは工芸・工作用にと保管していたのだけれど、今後生かせるのかどうか。

と、 先の広場の南端から少し下ると小さな川(橋の下の天王川の支流)があるのですが、そこになんとおいしそうなナメコ(滑子/モエギタケ科スギタケ属)が出ていました。
もう筆者は冬ざれの風景の撮影どころではなくなってしまって(笑い)、さっそく取って返してハケゴ(腰籠)をくくり、専用の採り棒と脚立を抱えて川際に下りたのです。そしてたんまりと(大きなボウルでふたつほどの)ナメコを収穫したのでした。
それは早速にも、大根おろしや味噌汁の具に、それから卵あんかけになりました。食べきれないものはとりあえず冷蔵庫に、それ以外は塩漬けにまわしました。
それにしても、ナメコが12月半ばまで発生するとは。

 

シャベルを2種用意して、雪に備えました。
この鉄製角形とアルミ製角丸シャベルの2種を用意するあたりが雪国であることの証明です。雪の降り方や雪の堅さによって使い分けるがためです。

質草がもうなくなった冬の空   宮内多美子
君も僕も記号となった冬の景   瀧 正治
寂しさのかたちで眠る冬の足   菅原孝之助

“質草”、“記号”、“足(脚)のかたち”で冬を詠む、この小道具の遣い方の上手さ、イメージの豊かさ。
17音の句の、寒く、冷たく、寂しく、侘しく、暗く、重く…、厳しい冬の心象風景は見事です。

家の北側すぐのホオノキ(朴木/モクレン科モクレン属)は天を衝(つ)いて。

近くの山に少しばかり登ったところにある、木膚美しい株立ちのアオハダ(青膚/モチノキ科モチノキ属)の遠方には我が家の赤い屋根が。

フユノハナワラビ(冬花蕨/ハナヤスリ科ハナワラビ属)は青々と。
その下はワラビ(蕨/コバノイシカグマ科ワラビ属)の枯れたホダ(穂先)。
フユノハナワラビは冬の色味が違うだけで、形はそっくりです。

ミヤマナラ(深山楢/ブナ科コナラ属)の、落ち切らない枯れ葉。
こんな低山(ここは標高400メートルほど)でミヤマナラに出会えるなんて、と、ご一緒した植物のオーソリティが驚いていたっけ。
ミヤマナラは専門的には、ミズナラ(水楢)の矮性変種と考えられているそうです。

こちらはマルバマンサク(丸葉万作/マンサク科マンサク属)、めずらしく落ち切らない枯れ葉の個体。
早秋の候、真っ先に黄色な小さな縮れた帯状の花をつけるのはこの木です。

コバギボウシ(小葉擬宝珠/キジカクシ科ギボウシ属)の枯れ様。岩肌にへばりついていました。
山菜の、いわゆる“ウルイ”の冬姿です。

ムキタケ(剥茸)に取りつかれたコナラ。こうなるとあとは倒れるしかない運命です。
ムキタケ(ナメコもそうだけど)は緩慢に緩慢に、しかし急速に、そして確実に木の命を奪っていきます。

敷きつめられた枯れ葉の絨毯に白い木屑が散乱していました。アオゲラ(青啄木鳥)の仕業です。
キノコに取りつかれた木はやがて生気を失い、その頃にアオゲラが盛んに突(つつ)きにやってきます。
アオゲラにとっては単なる遊びのためのドラミングではないはずで、こうした萎えた木に昆虫などの卵や幼虫が潜んでいるものやら。きっとそれを狙っての突きなのでは。

家のすぐ近くで動物のフンを見つけました。
疑いは、いずれも生息が確認できているキツネ(狐)、タヌキ(狸)、それにクマ(ツキノワグマ/月輪熊)に絞ってみました。
まずタヌキの場合は異臭がひどいとのこと、でもこれには匂いがほとんどありません。キツネにしては排泄の量があまりに多すぎます。ということで、残るはクマですね。
10日ほども前のもののようです。
種が表面に見え隠れしていましたので、きっと鳥たちが残したガマズミ(莢蒾)のおいしい赤い実を食べていたのでは。でも内容物の多くはクリ(栗)とかコナラのどんぐりでしょうね。
もうすぐ本格的な雪が来るけど、冬の備えとしての“食い溜め”は十分だったのだろうか。

冬ざれの窓辺に透かす正誤表 渡辺 梢

冬ざれの窓辺に正誤表を透かしてみるという。
冬ざれの窓辺というのは虚栄や虚飾を取り去った透視装置という意味の比喩だろう。
自分の1年の、あるいはこれまでの来し方の在りようを歳末に確かめようとする。

下は、いつもの散歩コースに入っている鑑山(かがみやま)の岩場から。
冬ざれの森の景色の中に、ポツンと見える赤い屋根が我が家。
この日は12月15日だったけど、こんなに遅くに登ったのははじめてのことでした。

以下には冬ざれの水の風景を。

笊籬橋(ざるばし)から見た谷川(天王川)の上流。

笊籬橋のすぐわきの笊籬沼より注ぎ込む滝。

深い静寂を湛える笊籬沼。

冬眠もいいなラジオを連れとして 鏡渕和代
銀世界みんな無罪にしてしまう  鏡渕和代
耐えている周囲を冬の海にして  鏡渕和代

ネット上に現れた冬ざれ(または冬)のさまざまな川柳を眺めていてちょっとしたショックを覚えたのは鏡渕和代という柳人の言語感覚でした。察してご高齢と思われるが、その豊かさたるや。
特に筆者の目を引いたのは、「耐えている周囲を冬の海にして」。
この句の発表は最近2021年の10月だそうで、これはコロナ禍によって沈んでしまっている社会や巷の世相を詠んでいると思います。たとえそうでないとしても、耐えているひとびと(あるいは諸物)の景を冬の海になぞらえるという秀逸な発想、これぞ川柳だと思います。感動しました。

こちらは、東方の山の中の(勝手に笊籬淵と名づけている)いつもの淵。
この小さな静謐な淵の美しさといったら。
春、夏、秋、冬とそれぞれにこの淵に会いに来ているけれども、いいなあ。

そうして17日夜より、もう逃げることなどできやしない本格的な雪がきました。
こちらはこうなるともう根雪、来春まで土を拝むことはかないません。長くて暗く重い冬の時間のはじまりです。これが雪国の宿命です。
筆者もまた動物たちと同じように、これからしばらく、この宿命にしたがって暮らしていきます。

それじゃあ、ごきげんよう。バイバイ!
Merry Christmas! そしてよいお年を!

 

※川柳の出典は、主にWeb「川柳データバンク」に拠っています。
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