製作の時間

軽トラに住まいを 8 竣工

シリーズ「軽トラに住まいを」は、今回の第8回にて最終回。長く続いた軽トラのための車庫の建築過程の終了がテーマ、題して「竣工」です。
“竣工(しゅんこう)”とは建築工事の終了のことで、“落成”とか“完工”ともいいます。

南面(背面)への下屋(げや)=張り出し小屋の追加工事や本体の内装もまったくの手つかずの状態ではあるけれども、ここらで大きな区切りとしたいと思います。
なにせもう雪が来てしまって、大工仕事は思うように進まなくなり(雪というのは本当に大きく活動を制限してしまう)、残った仕事のほとんどは来春の雪解けまでお預けです。


かつてここにあった薪小屋を解体しはじめたのは5月3日のことでしたから、完成の12月3日までにはちょうど7か月を要したことになります。長い長い道のりでした。
でも、思い描いたものに向かってそれを具体化させるための意識は一度も切れることはありませんでした。
「自分が出品している展覧会がある。来て!」とか、「〇〇さんと〇〇さんが来て、我が家でバーベキューをするんだけど」とか、「講演会があるんだが」とかのお誘いもいくつかあったのですが、それらについてはほとんど欠礼してしまいました。つきあいの悪いヤツです(笑い)。
本当は、観たい映画やこちらから出向きたい講演会やコンサートもなどもあったのでしたが。
それは、ひとつの仕事の区切りならともかく、筆者は、熱中し根を詰めているときには何も頭に入らなくなる傾向があるから。そういうときの誘(いざな)いは意識の途切れにつながってしまいがちです。それが怖かったのです。
意識が途切れたら、大工仕事が安直な方法に流れたり、やっつけ仕事になったり、あるいは最悪、投げ出すことにもなりかねませんので。

ひとつの段階を終えた大きな区切りにはリフレッシュのために休暇を取って山に行きました。相棒と、友人と、そしてひとりで。それから、友人と小旅行もしましたし。
手軽には、我がフィールドのルーザの森を幾度となく散策しました。
それから、春のコゴミ(屈)やワラビ(蕨)やゼンマイ(薇)などの山菜採り、秋深まってのキノコ採りにはずいぶん出かけたなあ。これらは実に楽しい気分になる、いい気分転換です。こういう時間によいアイデアが浮かぶことが多いのです。
そうしてただ突き進むだけではなく、バランスを取りながらの7か月だったように思います。

7か月前といえば、まさしく薫風の中でした。そして今は雪が降りはじめました。薫風と雪と、その間に酷暑の日差しがあって涼やかな風も立って、そこに流れた濃密な時間でした。

11月4日のこと、集団検診があってそのあとにワインとビールが切れそうなので(笑い)酒屋に寄ったのちに帰ろうと路地に入ったのですが(往来激しくすぐに右折ができないために一旦左折してほどなく右折して)、入ってまもなく、何と車庫の解体現場に出くわしました。
興奮しました。アドレナリンが噴出しました(笑い)。
筆者の目が少女マンガの主人公の大きな星ピカリの目のように輝きだしました(笑い)。
なぜって、ほぐされた(解体された)材料が現場わきに山になっていたからです。しかも、見るからにせいぜい築20年ぐらいしか経っていないと思われる良材の山。これは、得も言われぬ宝物です。

それでさっそく、現場にいた70歳くらいと思(おぼ)しき責任者に話しかけると、「どうぞ、どうぞ!」のふたつ返事でした。
筆者の不意な問いかけにかかわらず、責任者の声は上ずっていたと思います(笑い)。彼もうれしかったのです。
なぜって、解体業というのは廃材の処分までを込みで請け負いますから、処分場に持ち込む量が減れば減るだけ費用が浮くという算段ですから。

その材料の価値はと言えば…、
たとえばホームセンターなどで、3寸5分(約10.5センチ)角9尺(約273センチ)柱1本なら、3,000円弱もするのではないでしょうか。それを30本ほどいただきました。
筆者はこれは柱として使うだけではなく、挽き割って分厚い板にも小割の角材にもしていきます。
それから、1寸5分(約4.5センチ)×2寸5分(約7.5センチ)×6尺(約182センチ)弱のタルキ(垂木)材を30本ほど。そして構造用合板(12ミリ厚のベニヤ)を20枚ほどをいただきました。
タルキにしたらこのぐらいで1本1,000円弱だろうし、構造用合板ときたら近年の極端な値上がりで(コロナ禍が大きく影響しているらしい)1枚につき2,000円ほどもするようになってきています。
さらには幅1尺(約30センチ)厚さ3寸5分で10尺(約303センチ)の重量のある梁も1本もらいました。こんなのは値段など想像できないくらい。

ということで、今回の新車庫の建設も含めて今後に使える材料をできるだけ多くもらい受けました。
2日をかけ計5回、(距離にして12キロほどの)町場と我が家を往復しました。

もちろん、材料には釘がずぶずぶです。その釘抜き作業は小屋の建設をいったん中断して行いました。もらった材をいつまでもそのままにして放っておくわけにはいきません。
釘を抜いてしまえば整理して収納することができますから。

下は、幅が2尺(約60センチ)厚さ3寸5分の梁材。
他ではとても見られないような立派な、それを(業者が)移動しやすく運びやすいようにぶった切ったものもすべてもらってきました。

これは焚き物にするためのものですが、実はちょっと躊躇もしたのです。というのは、薪小屋をつぶしてしまったし、もう1棟の小屋ももはや満杯だし、収納が不安だったから。
でも、針葉樹でさえごろっとしたものなら燃料用の薪として魅力は十分です。
それで、チェンソーでさらに切断し、あとは斧を振るって割りました。それをリビング南のベランダに積みました(実際はさらにあって、積みきれないものは他の場所に保管しています)。


これで、少なくとも来年1月半ばぐらいまではリビングのストーブの燃料は間に合うと思います。
ということは、薪小屋の貴重な(火持ちのする、火力のあるコナラ/小楢やクリ/栗などの)広葉樹の薪を節約できます。
薪ストーブを4つ備える我が家としたら、冬を越すための薪は生命線なのです。

夕暮れが早くなって、4時半過ぎには建築現場に灯かりをともして。
解体材の釘抜きは日が落ちてから、主にここで行っていました。
雨を遮る屋根のありがたいこと。
灯かりをともすことのできる空間のありがたいこと。

片や、夜の工房には火を入れました。おが屑や端材、残材を燃料として。
もうどうにも用を為さなくなったものが最後の用途として熱に変わる…、こういう使い方は胸のすく思いです。

その工房で、屋根を葺いてもらった残りのトタンで、“水切り”を作りました。
水切りは外壁の一番下に取りつけられる役物(やくもの)です。これは土台部分への水の侵入を防ぐ重要な役目を担うものです。
土台が傷む、腐るなんて、建物としては最悪ですからね。
ホームセンターに行けば既製品も出ていますが、こちらは端材で作ることができます。作るに越したことはありません。

近年トタンの規格が変わり、鉄に対してスズ(錫)の混入率が増え、厚さは0.35から0.38ミリになったとはお世話になった建築板金のSさんからの話です。
材質もさることながら厚さが0.35から0.38ミリになったというのは大きな変更です。
筆者は旧素材での作業経験から比較することができますが、曲げる・折るという作業はやはりやりづらくなったことを実感しました。

下は自作の、板金折り曲げ治具を用いて。
板金は上と下を木材などでしっかり挟んでやれば、あとは手のひらを添えて力を加えれば折り曲げができます。
最後はゴムハンマーで叩いて、角がシャープになるようにしています。

できた水切り。
これを2間(けん)(約364センチ)分、作りました。

実際に水切りを取りつけたところ。
これが済んで、外壁を張りはじめました。

もらってきた(釘を抜いた)材料とすでにあるストックも含めて、材料収納部に収めたところ。
棚は長さにして2間弱で上下4段になっているので、工夫次第で部材ごとに分けて収納することが可能になっています。まだまだ余裕があります。

材料収納部にも正面(北側)にも外壁が張られました。

想像がつきにくいと思いますが、妻側(勾配屋根のかけられた建築物の棟に、直角方向に平行材が渡される両側面)の外壁張りは、板の上部一枚いちまいに角度がつくので少々厄介です。
また、桁(けた。棟に平行の、屋根掛けタルキの下地)の上部分はどうしても覆うことができません(ここを覆うためにはのちに端の処理が必要になります)。

外壁が張られ、板と板の隙間をふさぐ目的で小割(幅40ミリ厚さ14ミリ)の細材を張っています。
このタテ張りの意匠は絵本作家にして造園家として有名なターシャ=テューダー(1915-2008米)の納屋にも見られます。
筆者は、このタテ張りのデザインが好きです。

外壁を張ってから、窓枠にガラス窓を入れました。
この作業が済むと、一歩前進という感じがしました。
この窓は懇意にしているK工務店を頼ってもらってきた白いペアガラス。きれいに水洗いし、ていねいにマスキングして黒スプレーで塗装を施したものです。
これで、明かり取りと通風ができます。

下は、来春に下屋(薪収納部)を作る予定の背面(南側)。
屋根の下に空いている穴は、下屋のタルキを載せるためのもの。
3本の柱の上下2箇所ずつの(9箇所の)穴は下屋の土台と梁が接続されるホゾ(臍)穴です。
この処理をした上で覆いをしていきます。
柱のホゾ穴はドリルとノミの作業で、ずいぶんと時間を要しました。

外壁張りが完了し、次に取り組んだのは冬分の雪囲いでした。
材料収納部は夏分は風通しよく開放しているものの、しかし冬分には閉じてしまう必要があります。
両脇に既製品の金具を設置し、そこに一枚いちまいの板を渡すというやり方も考えましたが、それではどうしたって隙間ができて、吹雪の際には多量の雪が入り込んでしまいます。
2間という大きな壁面を効率よく機能的に(そして美しく)覆うにはどうすればよいのか…、こういうクリエイティブな想像は実に楽しいことで、ときに我ながら自分の発想とデザインに驚き興奮することがあります(笑い)。
そこで考えついたのが両脇の部材に溝をつけて、板そのものを落としていくやり方でした。

下は、落とし板による覆いの試しの前後。
幅140ミリ厚さ15ミリの板を作って、順次落とし込んで壁を作っていきます。
覆った最上部もしまいには隙間が出ないようにしました。

下は、正面(北側)左の材料収納部の壁面。
側面(東側)と同じように、板を落として覆いました。
左の上部に長い穴がありますが、板の差し込みはこの穴を通して行います。

落とし板をステイン系の塗料“キシラデコール”で塗装しているところ。
ステイン系塗料は木材に塗膜を作るのではなく材質そのものに染みこんでゆくゆえ、木材の呼吸を妨げないのです。
この塗料の優秀なことといったら何とも素晴らしいです。

筆者たちの主屋は今年11月で築28年になりますが、外壁は総無垢板(スギ材)ゆえに木材保護の目的でこのキシラデコールを塗っています(建築足場が掛かっているうちにすべて筆者が塗ったもの。1993年)。
その後のメンテナンスで足場が掛けられたときにも塗っていて全体としては計2度(西面の妻側は西日で退色著しく、2連梯子を掛けて3度)塗っていますが、古びほころびを感じさせません。

近年の建築では外壁はアルミ系やセラミック系それからプラスチック・ビニール系などの新建材が主流となっているとかで(素材がプラスチックやビニールとはビックリ。ここまできたかという驚き)総無垢板というのはなかなか見られないと思うのですが、無垢板というのは塗装さえしっかりすれば、想像以上に持ちこたえるものです(プラスチック・ビニール系の新建材というのは10年20年と持つのだろうか)。
主屋はこのまま(築後)50年は張り替えなしで済みそうです(ということは筆者は87歳。もうこの世にいないだろうけれど…笑い)。

木材が持つのは、それもこれも塗料の防水・透湿・防腐・防カビ・防虫などを含めた耐久性能によっています。
ゆえ、このキシラデコールはとても高価(4リットル缶で9,000円ほど)です。でも、背に腹は代えられません。
ここにおける落とし板の塗装の黒も、この後に壁面を覆うみどり(タンネングリーン)も同様のキシラデコールです。
なお、キシラデコールは当初ドイツから輸入していましたが、現在はライセンスを得て国内製造をしているとのこと。
“ガードラック”という製品も同様の性能を持っているらし。
いずれも文化財にも使用されているそうで、それは性能の折り紙付きということです。

ちょっとここで休憩、コーヒーブレイク。

11月はじめ、ルーザの森ではめずらしくも霧が深く立ち込めた日でしたが、懇意にしている近くの栗園でたくさんの柿の実がついている枝が切り落とされていることに気づきました。電線に枝がかかって“支障木”扱いとなって、電力会社が切っていったもののようでした。
ちょうどそのころ、三重の友達が放置されていたという甘柿をもいで送ってくれたのですが(天然の甘柿のおいしいことと言ったら! 渋柿の焼酎抜きに慣れている身には新鮮な食感と甘さでした)、その時の電話で、“柿栖”(=柿酸/柿酢)”の話になったのです。
「柿があるなら、甘柿でも渋柿でもなんでも、決して洗わずに切って、ただ容器に入れておけば、天然の酵母が作用して酢ができるよ。天然の酢を作るなんて簡単!」というのです。

それならとオーナーに話せば、柿の実はいくらでも「どうぞどうぞ」のふたつ返事。
というわけでもらってきて、気分転換に柿酢づくりをはじめたというわけです。
工房で、愛用のオピネルのカーボンナイフを使って。
単純に四ツ割りにし、落下で傷んだ部分はていねいに取り除きました。

下の容器をほぼ満杯にして仕込んでもうすぐ1か月、今後が楽しみ。

それからもうひとつ。

所用で山形市に行った際に、とある園地で植栽されたシナノキ(榀木/アオイ科シナノキ属)を発見しました。
シナノキの葉は左右非対称のハート形をしており、似たようなカツラ(桂)の葉とも区別できます(カツラの葉は同じハート形でも、左右対称)。
9月はじめに鶴岡旅行をした際に、帰りに温海(あつみ)地区の山間部の関川集落に立ち寄ってシナ織り(全国を見渡してもきわめてめずらしい、シナノキの皮を利用しての織物)の工房を見学したのですが、そのときに案内してくれた織姫が「いい匂いがするから」と容器に入った葉の匂いをかがせてくれたものです。そしたら何とそれは、バニラの香りじゃないですか。
それを思い出して、黄葉した葉をもらってきて乾燥させました。やはり、バニラの香りがしてきました。
こういう楽しみもある。

下は、とても特徴的な、シナノキの実。
この実が枝から離れると、くるくると回って美しい円を描いてゆっくりと落下します。その動きの妙と言ったら…。

と、11月24日の夜に、冷たい雨は霙(みぞれ)に変わり、ほどなく雪になったのでした。2021年の初雪です。
きれいです。特に、我が家のシンボルツリーのトウヒ(唐檜/マツ科トウヒ属)に降る雪は。
筆者はうれしくなって、飽かず眺めていました。

翌朝のトウヒの姿。

片や、とうとう雪が来てしまった、これから車庫の作業は大きく制限されるなあという悔しい気持ちがわいたのも事実。
雪が降れば寒くて身体が震えるし、手指が縮こまって動かないし…。塗料の乾きも遅くなるし、ということは塗装した落とし板などを動かす必要があって触れば塗料が手についてしまうし…。

下は、ヒュッテの玄関の窓より見た新車庫。

主屋の2階より見た景色。
左にヒュッテ(兼、工房)、右に新車庫。中央にトウヒ。

雪も止んで、本格的に外壁の塗装をはじめました。
こうして、塗料の缶を持って脚立の上り下りの3日間。脚が疲れました。
その果てといったら、寝床で、両方の脚の付け根より先が痙攣してツッてしまってまいりました。脚の付け根から先がツルなんてはじめての経験、つらくてしばらくウーウーと唸っていました(笑い)。

高い脚立から倒れそうになってビクッとしたこともありました。
それは脚立接地面に注意を払わずいい加減だったことが原因していますが、脚立が倒れそうになっても(自分が怪我するよりも)高価な塗料ができるだけこぼれないように庇っていたのは我ながらいじらしく(笑い)。
こぼれたのはわずか、セッ、セッ、セーフ!(笑い)
そんなこともありました。

ガラス窓部分はマスキングして。
むずかしいところ、神経を使うところを先に、そのあとは大胆に、というのが塗装の基本です。

マスキングを取れば…。

ガラス窓の雪囲いも、落とし板式にしました。 

材料収納部の雪囲い。

背面(南側)を正面から。壁面は不要となった波トタンのリサイクルです。

下は、林の中の広場を見下ろせる位置からの、新車庫(手前)とヒュッテ(兼、工房)。

塗装が完了して、竣工なった新車庫の全景。

車庫内に置いていた雪囲い用のベニヤ板などを撤去し、掃除をして木くずや釘などを除き、そうしていよいよ車庫入れをしてみました。

愛車スズキのキャリーもようやく落ち着き場所を与えられてうれしそうです。
これからは、過酷な環境から解放されます。
納車から12月半ばでちょうど1年、ずいぶんひどかったと同情します。
灼熱の日照りの日も酷寒の日も、土砂降りの雨の日も猛吹雪の日も、ずっと屋外でしたからね。たいへんでした。

小屋中央の上部には、「鳥獣保護地域」の文字の入ったリスのスチール看板(北海道の土産物)をつけてみました。実はこれは今まで主屋の下屋につけていたものです。
よって今後は、この小屋を“リス小屋”と呼びならわすことにしたいと思います。

完成を記念して、控えめにガッツポーズ!(笑い)。
クイズ、タイムショック!(笑い)

シリーズ「軽トラに住まいを」は今回で終了です。
連続8回を通しておつきあいいただいたギャラリーの皆さん、心からの感謝です。
どうもありがとうございました。

ようやくコロナ禍も明けそうな気配だし、来年2022年はきっと(3年越しとなる)第2回のルーザの森クラフト展が開催できそうです(10月末に現地にて開催予定)。
この冬は、それに向けての製品の研究や開発などを主とし過ごしていきたいと思っています。
また、念願の日本有数のクラフトフェア「ふるさと会津工人まつり」(福島県三島町)も来年は開催されそうです(6月第2土曜、翌日曜)。出店の準備もぬかりなくしていかなくちゃ。

薪ストーブのかたわら、降り続く雪の日の長い長い静寂…、そこで木に向かって製作できることの喜び…。そういう冬がやってきます。

それじゃあ、今日はこのへんで。
バイバイ!

 

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