春には美しいサクラを見たいと思うのは人情というもの、であれば紅葉も同じこと。冬が来る前に、それはそれは美しい紅葉を目に収めたいとずっと思っていたのです。
それは、1年の3分の1ものあいだ冷たく寒い無彩色に閉ざされる雪国の民にとっては冬を食いつなぐために食糧を塩漬けにしたり乾燥させたりして保存するのと同じに、(心の貯蔵庫への)たくわえの彩りであるのかもしれず。
それから、時間が限られている者(意味深そうに聞こえるかもしれないけれども、筆者はあと10年がいいところと常々思っている)には、思い残しは禁物なもの。
筆者は日々、「思い残し禁物!」を肝に銘じているわけでして。
で、その美しいシーンをずっと狙っていたのだけれど、筆者の車庫つくりの大工仕事は雨の落ちない時間は貴重なものとなり、雨が降っても工房やタープテントの下でできる作業を続けているので区切りともならなければ時間は取れずじまい。
一方の相棒のヨーコさんはというと常勤の仕事上思うように休暇が取れず、取れても天候が不順ときて叶わず、それで紅葉の山行きは伸ばし伸ばしになってしまっていたのでした。
そしてそれはとうとう、天元台のリフト運行の最終日の10月24日となりました。
今までの経験では、(ロープウェイ終点から乗り継ぐ)3基のリフト(標高1,300~1,820メートル)の紅葉の見ごろは10月10日あたりより半ばまでのこと。
したがって当日はリフト付近の紅葉はもう望めず、リフトトップより上はもはや寒々しい荒涼とした風景であるのは間違いないことでした。
でも思い直して、無彩色になる前の、晩秋の深い飴色・枯れ色の風景もいいかとも思ったのです。
が、西吾妻はもう、冬でして雪でして。
*
西吾妻はもう、冬でして雪でして。
下は、上りのロープウェイの窓より。
去年もそうだったけど今年の紅葉もパッとしないです。赤の出が極端に弱い気がします。
これもこの夏の異様な暑さが影響しているものかどうか。
ロープウェイの高原駅に降りるとそこはもう銀世界なのでした。
となると、リフトでぐんぐんと標高を上げていけばどうなるかは想像がつくというものです。
下はリフトから。
わざわざというべきか、若いカップルがスキーゲレンデを歩いて登っておりました。
今季初めての雪の上を歩くうれしさは分かるなあ。キックキックトントン、キックキッククックッです(笑い)。
きっと、雪の感触を一歩一歩踏みしめて楽しんでいるんだろう。
ふたりのそんな時間がいいんだろう。
もうすっかり雪化粧のダケカンバ(岳樺/カバノキ科カバノキ属)。
西吾妻を代表するオオシラビソ(大白檜曽/マツ科モミ属)はどれも腕をダラリと下げはじめて。
これからずんずんと降り積もる雪へのウォーミングアップをしているようです。
こんな天候にひとはまばらではと想像したのですが、それがどうしてどうしてなのです。
筆者たちは始発より第2便のロープウェイに乗ったのですが、リフトの係員に聞けば、我々の前にはすでに60人ほども入山しているとのこと。グリーンシーズンよりずっと多いです。
気温は風景の寒々しさに反してそうでもなく、2℃ほど。
こちらは歩いて動いているし、それなりの(インナーとアウターの)程よい着合わせをしているので寒いとは感じませんでした。
行き交うひとや我々を追い抜いていくひとも多いのですが(7~8人のパーティーも何組かあって)、みんなはとても声が弾んでいるのはどうして?
相棒も心なしかうれしそうで。
筆者もこの歳にしても、はじめての雪はうれしいものです。
ましてや都会からの諸君の喜びようといったら。
まったくまったく、この1年半のコロナ禍による閉じ込められようといったらなかったでしょうし、バーチャルばかりが頭を占領していたはず。こうした生身の皮膚感覚はきっと細胞レベルでうれしいはずなのです。
いつもは、ここより西に雄大な飯豊連峰が見えるのですが。
1,940メートル地点の、かもしか展望台にて。
山形市よりおいでのご夫婦としばしの立ち話をしました。
「下界は晴れていたので楽しみにしてきたんですけどねえ」と言いつつ、おふたりともうれしそうじゃないですか。
下は、その夫君に撮っていただきました。
筆者のあごひげも風雪によって凍って。ノーノーノー!(笑い)
雪庇(せっぴ)の美しさ。
一方的に吹く風に、天ぷらのえびの尻尾のような雪氷がどんどんと伸びて。
コメツガ(米栂/マツ科ツガ属)の若いみどりと白い雪の取り合わせ。
まるで、クリスマス絵本の名作、レイモンド=ブリッグズの「スノーマン」の世界のようです。
雪のケルン? スノーマン?(笑い)
当初の予定では西吾妻山頂までをと思っていたのですが、雪がかぶった大きな石の急坂が続く登山道ではそれはどう考えても無理。
それでは展望台より通常30分ほどの人形石ぐらいまではと思ってはみたものの、(人形石と西吾妻山の)分岐より先の人形石に続く道に足跡がないではないですか。踏み抜き(木道や道と思って足を置くと雪の下に沈んでしまう)を警戒してそれも断念しました。
結局は、分岐で引き返してきたのですが、それは正解だったと思います。無理は禁物です。
と、麓におりて汗を流した温泉でくつろいで地元の新聞に目を通すと、前日には人形石を越え縦走路を東に向かって滑川温泉に抜けるコースの登山者が遭難し、救助を求めたという記事が載っていたものです。
無雪期でさえも道を外れそうになるコース、地理感覚のない都会からの登山者ではさもありなんです。助かったようで何よりでしたが。
リフトで下りれば季節は真冬から晩秋に戻り、ダケカンバの美しい白い木肌と黄葉と…、
ナナカマド(七竈/バラ科ナナカマド属)の赤い実が青空に映えて…。
下は、第1リフトの終点の展望台から。
深まりゆく秋、晩秋、そして初冬のグラデーション。
と今度は、下りのコースを若い娘さんと一緒のご夫婦がゲレンデを嬉々として下っているではありませんか。娘さんは飛び跳ねていますし(笑い)。
みんなみんな、雪の上を歩くのがうれしいんだ。
装備さえ怠らなければ、雪もまた楽し、です。
ノウサギ(野兎=トウホクノウサギ)もうれしそうに跳ねていたようで。
眼下に米沢の町が。
今、天元台の紅葉はロープウェイの湯元駅あたりに下りてきているようでした。
それにしてもこのクルマの数。
下は上下段のふたつの駐車場風景ですが、他に5つ6つある駐車場という駐車場がすべて満車なのです。こんな光景はいまだかつて見たことがありません。
きっと、長い長いトンネルのようなコロナ禍からの解放感ゆえ?
この数からして天元台には本日、東北を中心に全国から、300人とか500人とかの利用があったのかもしれない。
ただし訪れたひとの服装を見れば、この6割ぐらいはロープウェイの往復のみ、さらに2割はリフト往復のみで、その先を歩く人はまれだったと思いますが。
*
家に戻れば(当たり前だけど)元通りの秋で、ヤマウルシやコマユミらが色づきはじめておりました。
ルーザの森の紅葉のピークまではあと1週間というところです。それからあたりは徐々に飴色に枯れ色にと変わり、そう遠くない時期に雪がやってきます。
下は、庭に自生しているヤマウルシ(山漆/ウルシ科ウルシ属)の紅葉。
秋にヤマウルシがなければ、世の中はどんなにかつまらないだろう。それほどに美しく紅葉します。
コマユミ(小檀/ニシキギ科ニシキギ属)の独特な赤い実がつきました。
紅葉しはじめたコマユミ。
すぐ近くのウワミズザクラ(上溝桜/バラ科ウワミズザクラ属)も色づいてきました。
それにしても、紅葉の頃にして雪を踏みしめる経験というのは今後そうあることではないように思われます。
今回の山行は、10月半ばから12月末への一気の時間旅行、そして真冬から秋本番への一気の逆戻り…、そういう意味ではとても思い出に残る時間となりました。
エネルギーはしっかりと充填(じゅうてん)したし、また明日から新鮮な朝を迎えられそうです。
それじゃ、また。バイバイ!
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