言の葉

約束

約束

 

川で生まれた鮭たちは
三年も四年も海で過ごして
また 故郷の川に帰る

あの人は
約束しておきながら還ること叶わず
定まった生命を潔く生きて
そして死んだ

今年は台風が
早々にもいくつもいくつもやってきて
そのたびごとに庭の
青々とした板屋の葉は落ちた
それでどうするのだと見ていたならば
もぎとられた葉の根元からは
夏だというのに新しい芽を出し
やがてまた緑の葉を繁らせた
それなら寒い季節が来たならば
色をかえることなく枯れてしまうのではないかと思ったらば
そうではなくて
いつもの美しい黄色となった

木を伐ってはいけないなんていうのは
気候のよい時に
年に何度か足を踏み入れるだけの
普段は便利を浴びるほど享受し し放題の都会の者が言うこと
木を伐らなければいずれ山は痩せてしまう
木は二十年三十年四十年で伐るのがよい
そしたら
伐られた根元から彦生えが噴き出して
森はまた
若い生命に満ちてくるのだよ
木を伐ってから十年ぐらいの森に来てごらんよ
覆い被さる雪に耐えかねた
若木の惨たらしさ
真っ直ぐになど立つことできず
ぐにょぐにょ曲がりくねった醜い姿
でもね
そんな木々が屋根になって 柱になって
次につづく生命を守り
やがてその木が立派に育つのだよ

今年も会ったよ
上溝桜がセザンヌの絵のような美しい葉を散らせはじめるころ
深い笹藪の中の
ぽっかりと空いた窪地に
何人もの小人が手をつないだかのような
生えいずる 薄紫の若い湿地

森の神に感謝して
そうして今夜は
湿地の味噌汁なのです

 

 

ホンマテツオ/2003 初出