森の小径

梅雨の散歩道

雨の季節に雨が降るのは当然で、でも今年ほど梅雨らしい年もないのかもしれない。
それにしても毎日毎日、よく降りますねえ。気温も高くて蒸し蒸しして、作業をすればほどなくして下着は汗でべったりで、いやぁ、まいります。
数時間しては着替え、また着替えと洗濯物はどんどんと増えて。しかもこの湿気で洗濯物もなかなか乾かず、トホホです。
スカッとした青空などもう何日も見ていない気がします。

九州を中心として大雨のニュースが刻々と伝えられ、「心が苦しくなって(テレビ画面を)見ていられません」という届いたメールが物語るよう、甚大な被害が出ている模様です。一日も早く天候が落ち着くことを願うばかりです。

それにしても昨年の台風19号が端的なように、近年の雨の、ゲリラ的な降りようはどんなものだろう。筆者には、きっとこれも人間の度を越した経済活動のせい、地球環境に影響を及ぼしていることのしっぺ返しのように思われて仕方ないのです。だとすれば、今後ますます増えていくのだと思います。なぜって、今もってヒト属に根本的な反省の色がないから。それはもう本当に、どうしようないほどだ。

筆者はこのところずーっと工房にこもって仕事をし続けていて(もう身体がミリミリ、腰にもきて、これはいかん!)、気分転換にと雨の上がった朝に家の周りや馴れ親しんでいる森を歩いてきました。やはり歩くのは気分がいい、せいせいします。

庭のサンショウ(山椒/ミカン科サンショウ属)は今年もたわわに実をつけました。
実(青山椒)は今年も“ちりめん山椒”を作るためにたくさん収穫し、そのほとんどを熱湯処理して冷凍にしました。これで、ちりめんじゃこ(縮緬雑魚)が手に入れば(ネット通販でB級品をキロで購入)いつでも作ることができます。
“ちりめん山椒”は我が家では1年中テーブルに上ります。これがご飯とよく合うのです。
青山椒は我が家だけで使い切れるものではなく、友人・知人に摘みに来てもらったり、お届けしたり、遠方に送ったりもしましたが、それでもまだ大量に残っています。

そして、この木を食樹・食草として育ったと思われるカラスアゲハ(烏揚羽/アゲハチョウ科アゲハチョウ属)が連日筆者の工房前を訪ねては乱舞しています。多い日ともなると、一度に5頭も来たりしますが、こうなるとすごい風景です。
このカラスアゲハと思しき揚羽はともするとミヤマカラスアゲハ(深山烏揚羽/アゲハチョウ科アゲハチョウ属)かもしれないのだけれど、どう比較しても筆者には判別がつきません。

と、家の西側に植えている(野生のものを移植した)ダイオウグミ(大王茱萸/グミ科グミ属)には、ナミアゲハ(並揚羽/アゲハチョウ科アゲハチョウ属)がじっとしているではありませんか。この蝶の食樹・食草もサンショウなのだろうか。それとも、このダイオウグミなのかどうか。
実はこのナミアゲハは、筆者の知る範囲では今回がはじめての訪問です。なじみではないためじっくり見ていましたが、ほれぼれするほどの美しい文様です。
エリック・カール(Eric Carle  1929-)の有名な絵本に『はらぺこあおむし』(1969/偕成社1976)があるけど、作者は卵から幼虫、蛹(さなぎ)を経て、羽化して成虫になるという完全な変態におおいに感興したんだろうね。あの最後の場面の美しい蝶は、揚羽からの着想なのでは。

下は、敷地に咲いているアスチルベ(ユキノシタ科チダケサシ属)。
本当はこういう園芸種のむずかしい名は頭に入ってはこないのだけれど、これは特別。宮澤賢治が詩〔北いっぱいの星ぞらに〕でこの花の名を使って星を表現しているからです。
その詩句 “Astilbe argentium/Astilbe platinicum”は、「銀のアスチルベ/白金のアスチルベ」の意として登場するのだけれど、一般にアスチルベというのはピンク系が多いもの。ここで賢治が使っているアスチルベはショウマ(升麻)やアワモリソウ(泡盛草)などの野生のものを指してのことのようです。実際はヤマブキショウマやトリアシショウマをイメージしたものではと思います。それにしてもすごい発想です。

ヤマブキショウマとトリアシショウマのこのふたつ、実は“イワダラ”と“トリアシ”として若い芽はともにおいしい山菜だけれど、賢治クンは食べたことはないと思うなあ(笑い)。食べるひとというのは、そののちの花を星のイメージに重ねるなんてできない(笑い)。
ちなみにアワモリソウとしてのアスチルベを朝日連峰の以東岳登山の途中で見かけた記憶があるけど、濃いピンクが美しかったなあ。

下は、ヤマブキショウマ(山吹升麻/バラ科ヤマブキショウマ属)。秋田駒ケ岳(2009年8月)のもの。

下は、トリアシショウマ(鳥足升麻/ユキノシタ科チダケサシ属)。以東岳(2013年8月)のもの。

クサフジ(草藤/マメ科ソラマメ属)も繁茂して。
兎や山羊などはこれをおいしそうにほおばるんだろうな。

ヤマノイモ(山芋/ヤマノイモ科ヤマノイモ属)。
秋になってむかごをたくさんつけて、それを集めて“むかごご飯”にするのは楽しみのひとつです。

で、ヤマノイモとすごく似ているのが薪小屋にからみついているトコロ(野老/ヤマノイモ科ヤマノイモ属。別名にオニドコロ)です。
このトコロの芋はヤマノイモと違って食に適さないと言われていますが、ドッコイ、青森県では道の駅や産直、朝市にも並ぶというのです。徹底してあくを抜いて、苦労して調理して食べるんだろうけど、青森県にはかつての救荒食の名残りが食文化として受け継がれているとも思えるわけで。

下は、サボンソウ(石鹸草/ナデシコ科サボンソウ属)。
市中の松川(最上川)堤防に自生していたものからの移植。
このサボンソウの名は、この植物を搗(つ)きつぶして水に入れると泡立つことからのようです。美しい花です。キアゲハ(黄揚羽/アゲハチョウ科アゲハチョウ属)がこの花の蜜を吸いに来ます。

下は、道端にあったものを庭に移植したクサレダマです。ここらへんでは道々よく見かける植物です。
音(おん)からして、“腐れ玉”を連想する向きもあろうかと思いますが、さにあらず(笑い)。
クサレダマは“草連玉”、草の連玉(れだま)、サクラソウ科オカトラノオ属の草本です。落葉低木のレダマに似ていることからの名です。
地味だけど美しい花です。
このクサレダマ、先日歩いてきた裏磐梯の雄国沼湿原にもありました。

ヘリアンサス、別名コヒマワリ(小向日葵/キク科ヒマワリ属)。
北アメリカの原産の園芸種でありながらけっこう野生化していて、これは野にあったものを移植したものです。
この花、今は、仏壇にお供えしています。

オカトラノオ(丘虎尾/サクラソウ科オカトラノオ属)。オカを省略して、単にトラノオと呼ぶことが多いです。
白い集合花が茎の先端に房状について、それが虎のしっぽに見えるという見立てです。白い星がたくさん集まっているような美しい花です。

トラノオには個人的な思い入れがあります。
というのは、筆者が主宰するサークル(宮澤賢治の読書会「米澤ポランの廣場」)のメンバーであったHさんが病魔に抗しきれずに、59歳の若さでこの世を去ったのが2003年の7月19日のこと。悲しくて悲しくて、オイオイとずいぶん泣きました。筆者のバックボーンでもありましたからね。
そのHさんの忌日を筆者は勝手に“虎尾忌”と名づけて呼びならわしているのですが、それはこのトラノオこそはHさんが教えてくれた花だったから。そして、その花咲く頃に彼は遠くに逝ってしまったから。
集いのメンバーがいずれもHさんの年齢を越えたのも感慨深いことです。
一度きりの人生、彼の分も楽しまなきゃ、という思いはいつも筆者の胸にあります。


ここでコーヒーブレイク、ちょっとひと休み。素敵な絵本の紹介を。
この梅雨の時期に筆者が必ず手にするのが、ピーター・スピアー(Peter Spier  1927-20017)の『雨、あめ』(原題はRain)1982/評論社1884です。
この絵本には一切の文字がなく、漫画のように多くはコマ割りで物語が進行していきます。絵に力あり、ストーリーに豊かな興ありです。
姉と弟と思しきふたりが雨が降ってきたことを喜んで、傘をさし合羽を着こんで外に飛び出しては雨ならではの様々な光景に出会って心弾ませていきます。遊びの果てに家に戻れば、母親は満足そうな子どもをほほえましく迎え入れる……。子どもの無邪気な行動と、親としての愛情と……。筆者はどれほどこの絵本に教えられ、あこがれを持ったことか。
コロナ禍のさなかに連日の雨降り、なかなか外に出れない日にはこんな絵本をめくるのもいいかも。


笊籬溪(ざるだに)は夏の緑。

笊籬溪近くに、ウツボグサ(靭草・空穂草/シソ科ウツボグサ属)が咲いていました。
ウツボグサの青紫はあざやかです。梅雨のさなかにあっては貴重な青系の色です。
この高山型としてタテヤマウツボグサ(立山靭草)があります。
名の靭・空穂(うつぼ)は弓矢を濡らさぬように収納するものだそうで、この花穂が枯れた後の姿からきているとのこと。

やはり笊籬溪近くに、ママコナ(飯子菜/ハマウツボ科ママコナ属)がたくさん咲いていました。花弁にふた粒の白い飯つぶがついているように見えることからの命名でしょう。
この高山型にミヤマママコナ(深山飯子菜)がありますが、先端の苞(ほう)に針状の毛があるのが里型のママコナ、毛がないのがミヤマママコナです。飯粒は白に対して、こちらは黄色です。

ノリウツギ(糊空木/アジサイ科アジサイ属)の白が映える季節となりました。枝の先に白色の小さな両性花が円錐状に多数つき、その中に花弁4枚の装飾花が混ざります。
ノリウツギはその樹液を、和紙を漉くための糊に利用したということからの命名です。
なお、和紙工人は糊を“ネリ”と呼び、このネリは接着剤なのではなく、紙のもととなる(例えばコウゾ-楮などの)繊維を漉舟の中で沈殿させずに浮遊させるためのものだということです。これは今回、はじめて知った事実。目からうろこです。

ヤマウコギ(山五加木/ウコギ科ウコギ属)。
名君と謳われる米沢藩9代藩主・上杉鷹山(治憲。1751-1822)が領民に奨励したというウコギはヒメウコギ(姫五加木)です。
地元米沢では今なお生垣としてウコギを植えて、春に若芽を摘んでおひたしやご飯に混ぜて食す習慣が残っていますが、これを摘むのはちょっと厄介。棘がけっこうあってたいへんです。
一方のヤマウコギの方は棘がまれにあるもののほとんど気になりません。ヤマウコギはヒメウコギ同様の利用もできるようです(筆者はまだ食していない)。

雪が降り積もったように真白い花をつけていたカンボク(肝木/レンプクソウ科ガマズミ属)が実をつけはじめました。やがて実は真っ赤に色づいていきます。

タカトウダイ(高灯台/トウダイグサ科トウダイグサ属)。
茎も葉も花も緑で目立たないけど、よくよく見ると趣があります。

オオダイコンソウ(大大根草/バラ科ダイコンソウ属)。
根生葉(根の基部から出ているの葉)が大根の葉とそっくりだというところからの命名。花のあとに実となれば、実にはたくさんの毛がつくようになります。

モミジイチゴ(紅葉苺/バラ科キイチゴ属)のたわわの実がそちこちに。
ツキノワグマ(月輪熊)の生態のひとつに“苺別れ”というのがあるのだそうで、ずっと行動を共にした子どもと母親ですが、子どもが木イチゴを夢中になって食べている最中に母親がそーっとその場を離れていくことをいうとのこと。子どもの独立の光景に木イチゴが寄り添っているというのは詩的で抒情的です。
その木イチゴはこのモミジイチゴあるいは真っ赤に熟すクマイチゴ(熊苺/バラ科キイチゴ属)ではと思います。藪を形成するクマイチゴの実もたわわにつきます。このふたつ、とてもおいしく、クマが我を忘れて夢中になるのは無理もないことです。

動物の角を思わせるツノハシバミ(角榛/カバノキ科ハシバミ属)の実。
この実が枯れ色を帯びてくると食べ頃です。食用ナッツとして有名なヘーゼルナッツの実がなるセイヨウハシバミ(西洋榛)はこの近縁種とのこと。
実はなるほどヘーゼルナッツの味がしますが、ごくわずかな実に至るまでの皮むき、殻取りはたいへん。こんなことしてまでとブツブツ(笑い)。


と、久しぶりに会った知人から「梅がたわた。取りに来ないか」といううれしい誘いを受けて、それに甘えてたくさんの実を収穫してきました。
今までは青梅が手に入ればすべてを果実酒に回していたのですが、今回のものは少々黄色く色がさしています。これはもう、なんてったって梅干し用と張り切ったのは相棒のヨーコさん。
さて、どんな梅干しができるやら、楽しみがまたひとつと増えて。
部屋中にいい香りが漂って。

タチアオイ(立葵/アオイ科ビロードアオイ属。別名にホリーホック)は下から花をつけていくもの。この花がてっぺんまで来たら梅雨が明けるというけれど、どうだろう。
はやく明けてほしいな。晴れやかな青空を心から、見たい!
写真は、懇意にしている近くの栗園のもの。

ヒグラシ(日暮/セミ科ヒグラシ属)の大合唱がはじまる頃となりました。
ヒグラシはお盆の頃のイメージが強いかも知れませんがどうしてどうして。今年の初鳴きは6月30日のこと。例年の梅雨明けの7月25日前後にその鳴き声は最高潮に達します。

そうしてこうして森は正直なもの、時は刻々と夏に向かって進んでいきます。

そいじゃあ、また!