山歩き森の生活

ネマガリダケ礼讃

南東北(東北南部。筆者たちの住む地方を単に“都からの方角”だけで表わす感覚ってどうしたもんだろう)が昨年より一日早く梅雨入りしたという11日、晴れ間を縫って天元台高原に行ってきました。相棒のヨーコさんともども。
本当なら、リフトトップの北望台(1,820メートル)から高山植物の宝庫である大凹(おおくぼ)や人形石(1,964メートル)までは行くのだけれど、工房の増築が佳境に入っていることもあり、リフト半ばで折り返しました。大きな声では言えないのですが、“タケノコねらい”です(笑い)。

なぜ大きな声で言えないのかといえば、西吾妻登山のベースである天元台高原は磐梯朝日国立公園を形成する磐梯吾妻・猪苗代地域にあり、国立公園にあっては植物等の採取は厳しく規制がかけられているからです。環境保全目的あるいは研究用とはいえ、採取は環境省からの許可を必要とします。
ところがです。天元台高原発行のリーフレットには「天元台高原では竹の子を採ることができます。お汁にして食べると絶品!」などと宣伝しているし、NHKニュースでも、6日のロープウェイとリフトの営業開始とともにタケノコ採り客が訪れている様子を伝える始末(笑い)。
変なの!
つまりは国立公園内といえどもタケノコ採りは暗黙ならぬ公然の了解なのです。(これはこと天元台だけのことではないと思うのだけれど。“禁止なのに平然と”いうのは世の中にはけっこうあるよね)。
ならちゃんと付則にうたうべきだ。「国立公園とはいえ、ネマガリダケ等の食に供する植物の採取は規制の限りではない」と(笑い)。

ネマガリダケ/根曲竹は、標準和名はチシマザサ/千島笹(イネ科タケ亜科ササ属)。標準和名よりも別名が知られているケースですね。このケースでは、ニッコウキスゲ/日光黄菅もそう。これはゼンテイカ/禅庭花が標準和名のようです。

ネマガリダケの呼び名はいろいろですね。
ネマガリダケを地元米沢では吾妻山に出るので“アズマ(ホソ)ダケ/吾妻(細)竹”、山形県の中央部に行けば“ガッサンダケ/月山竹”とか言われています。福島県の会津では“バンダイヒメタケ/磐梯姫竹”またはなぜか“ガッサンダケ”、秋田では単に“タケノコ”、岩手と山陰地方では“ヒメタケ/姫竹”のよう。新潟や信州では“ネマガリダケ”が通称のようです。
ネマガリダケの名の由来は、豪雪によってまっすぐに伸びることができず根元が曲がってしまうことからです。

下は、ネマガリダケの密生地。背丈は2~3メートルに達します。
今回は、竹(笹)薮の中にあまり入ってゆかないで、(スキー場の)コースの確保のために刈り払った部分を中心に動きました。

下は、採り頃を迎えた若いタケノコ。これを根元からポキンポキンと軽やかな音立てて折っていくのです。

密生しているネマガリダケの藪の中を歩いて進む場合は容易なことではありません。株それ自体が倒れているために直立して歩くことができず、常に屈んであるいは匍匐(ほふく)の姿勢を強いられるため、すぐに腰に来てしまいます。
下は採集バッグにたまってきたネマガリダケ。

9時半頃から採りはじめて11時に終了。まずまずの量を得て、あとは高山植物を愛でながらリフトのひと区間を歩いて下山しました。

あたりはエゾハルゼミ(蝦夷春蝉。セミ科ハルゼミ属)の大合唱。
ムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅。ツツジ科ツツジ属)のピークは、例年よりぐっと早いかも。

ツマトリソウ(褄取草。サクラソウ科ツマトリソウ属)、7弁の美しい花は今が盛りです。

マイヅルソウ(舞鶴草。キジカクシ科マイズルソウ属)は、咲きはじめのようで。

常緑小低木のアカモノ(赤物、別名イワハゼ/岩黄櫨)も咲きはじめです。実は甘みがあって食べられます。

それにしてもよいレジャーでした。こういうのって、かのレジャーランドの“ビッグサンダーマウンテン”なんかよりはるかに興奮すること請け合いです(笑い)。
収穫のあとの汗は麓の温泉で流して。
江戸時代から変わらぬ石の湯船の白布(しらぶ)高湯温泉の西屋にて。

西屋の入り口にあった風情ある竹の樋と石をくり抜いた水溜まり。
まわりのあざやかなみどりは山菜のミズ(ウワバミソウ/蟒蛇草。イラクサ科ウワバミソウ属)。


晩飯のあとに処理にかかりました。ネマガリダケは採るのもひと苦労ながら、処理はさらに難儀します。
収量は、ふたり合わせて約5キロ。この大鍋で3回、茹でました。
沸騰してから投入して、約13分でほどよく茹で上がります。

茹で上がったネマガリダケの皮を剥きやすくするため、先の方に斜めに包丁で切れ目を入れます。
この作業で、ネマガリタケの身に添ってカッターナイフで切れ目を入れるひともいるし、ピーラー(皮むき器)を使うひともいるよう。筆者は一通りやってみたけど、先端に包丁で切れ目の方法がなじんでいます。
下は、うまく剥きあがったところ。

採ったネマガリダケは全身すべてが食べられるわけではありません。1本まるまる利用できるものはまれで、たいがいはどこが食べられるものかどこから先がやわらかいものか、1節1節を確かめながら包丁を入れるのです。そうした手探りの連続です。堅い節の部分はていねいに取り除きます。

食に適するやわらかいところを集めると下のようになります。堅い部分を採り除いた細切れが多いのが分かるでしょう。

下処理の全景。

少しずつ少しずつため込んでこのぐらいにまでなりました。
収量約5キロに対して、皮を取り除き、堅い部分を省くと剥き身の合計は1.6キロ。トホホですが(笑い)、これが実際です。

茹ではじめたのは8時半過ぎで、すべての処理が終えたのは12時を過ぎたころでした。そうまでして、食べたいのです。
処理のあいだ部屋中に広がる庄内特産の“だだちゃ豆”を茹でたときのような芳醇な香りがまず何とも言えません。
時どき、やわらかさを確かめる意味もあって、小さな節をポリポリと(笑い)。

温泉旅館の湯船で一緒になったタケノコ採りのプロとしゃべったところ、いい時で地元の物産館にキロ1,300円くらいで出すとのこと(本場秋田での相場はキロ3,000円ほどで売られているよう)。彼がどのくらい採ったのか知らないけれど、ロープウェイやリフト代を払い湯船で汗を流して、キロ1,300円では小遣いにもならないのではないか。労働にしたら絶対に割に合わないものです。

採集や処理の難儀さを地元の人間は知っているので、ネマガリダケは乾燥ゼンマイにも匹敵する金品のような扱いになります。我が家でも家で食べ切れない場合は友人や日頃お世話になっているお宅に届けたりしますが、いつにもまして低頭の礼です。

このネマガリダケ、栄養価などはどういったものかものの情報にあたってみると、ビタミンB、C、K、カルシウムを多く含み、デンプン、タンパク質、脂肪なども含まれているとのこと。特に、含有するビタミンB12は、美肌効果があり疲労回復によく、便秘を抑え毒素を吐き出し、古くから喘息や心臓病に効くと言われているということです。ホントかな? そんなにスゴイの?
ともあれネマガリダケは、優れた健康食品であることにはちがいなし。(参考;「森と水の郷あきた」より)。

ネマガリダケの保存というのはとてもむずかしいです。冷凍では風味が落ちてしまうし、昨年は本格的に水煮に挑戦したけど、ほとんどをだめにしてしてしまいました。とてももったいなかったです。ビンの煮沸も脱気もしっかりやったつもりだったのになあ。今年は塩蔵も考えていますが。
南会津や秋田の仙北市田沢湖町には家庭の(ネマガリダケなどの)素材を持ち込める缶詰工場があるらし、うらやましいなあ。こういうのが地元にあったらいいなあ。

それからネマガリダケとクマについて触れておきますね。
基本、ネマガリダケの生えるところにクマ=ツキノワグマ/月輪熊の姿あり、です。だって、ネマガリダケはクマにとっても好物であり、そこがクマの居住地、本拠なわけですから。そこにひとがわざわざ出かけるのですから、遭遇も多くなります。
かつて筆者は米沢の東端、板谷地区の山中で採集をしていた時期がありましたが、よいものが採れるけれどもクマのまだホヤホヤな落とし物をよく目にしていたのも事実。こちらはクマ鈴をつけて警戒しながらの採集でしたが、心穏やかではありませんでした。
筆者が採集の場所を西吾妻山系の天元台に場所を移したのは、クマのこともあります。西吾妻山系にはどうしたわけか不思議とクマがいないのです。

この日、素朴な労働のご褒美に、剥いてすぐのネマガリダケを醤油マヨネーズでいただいてみました。もう、天国にも昇るがごとくです(笑い)。

でも、ネマガリダケの真骨頂は何と言っても、鯖缶を入れた筍汁です。これにありつきたいがために苦労を厭わないのです。

ネマガリダケを入れて厚揚げを入れて、味噌で味を整え鯖缶を汁ごと入れて、筍汁の出来上がりです。簡単です。
鯖缶というのは、ネマガリダケの筍汁を食べるために商品化されたようなもの(笑い)、そもそも鯖は神様が筍汁のためにお創りになった魚ともされているほどです(笑い)。
ネマガリダケの筍汁は幸せの極致、この上ない快楽の境地です。筍汁の味をまだ知らないひとは、一度口にしたら人生観が変わるかもしれない(笑い)。まさに礼讃(らいさん)ものなのです。

こうなると、ネマガリダケを食材としたレシピのオンパレード。
翌日に、ネマガリダケの筍ご飯。

ネマガリダケのチンジャオロース。

さらに1品、加わりました。鰊と凍み豆腐を加えて煮て。
器は日本民藝館からの購入だったかなあ、美しいやちむん(沖縄陶器)。

こちらでは当分、幸せな日々が続きます。
これが知恵と労働こそがものいう森暮らしの醍醐味というものです。

ネマガリダケの成長した稈(かん。イネ科植物などに見られる中空構造の茎)は実に強靭な素材です。
下は、裏磐梯の雄国沼(おぐにぬま)特産のネマガリダケ細工の上げ底籠。家では、(イタリアンコーヒーの定番)マキネッタの水切りに使っています。


さて梅雨に入り、庭にウツギ(空木=卯の花。アジサイ科ウツギ属)の白い花が咲きはじめました。

森を歩けば……、
榛(はん)の木の林は夏の色。

サンコウチョウ(三光鳥。カササギヒタキ科サンコウチョウ属)が今年もやってきていました。
鳴き声の「ツキヒーホシ、ホイホイホイ」が“月・日・星”に聴こえることからの、実にありがたい命名です。

NPOフォレスターズかがわ 

久しぶりに、カモシカ君と散歩をご一緒しました。
君、ボクを仲間と思っているね! ありがとう。

それでは、バイバイ。