山歩き

秋色の蔵王高原

夏が過ぎたのは分かったのだけれど、それでは秋になってこれまで秋らしいさわやかな日がどれほどあったのだろうと思うと何とも心もとないのです。
上の、ルーザヒュッテ上空は9月26日のこと。下の、黄色なキクイモ(菊芋。キク科ヒマワリ属)の空に映えるは翌27日のこと。

筆者にとって10月はデザイン展への出品とか、さらには工房の増築のことが重なってあわただしく過ぎています。
こと工房の増築にあっては、できるだけ自前で部材をそろえようと(買えば、柱1本の材木とてとても高価なのです)、ストックしていた古材を引っ張り出しての格闘となりました。大きな梁から柱を取ったり、材料の反りを除いたり、歪みを正したり…。でもこまめにストックしておいてよかった。
工房幅3間(けん。1間=182センチ)につき1間の張り出しだけで、約1間ものの柱と梁がそれぞれ4本、土台回しが5間分、母屋が垂木のそぎ継ぎ箇所の支えを含めて3間超ものを3本、垂木1間ものを15本、それから間柱や筋交いを必要とします。土台や母屋の長さの足らないものは継ぐ必要があるわけで、アリ継ぎのオスメス仕口を整えなければならないわけですから相当の集中力と時間を要します。その目途がようやくついてほっとしています。残るはわずかです。
大工仕事は約6年ぶりのこと、ようやく勘が戻ってきました。

暮らしにはアクセントが必要です。こんな時こそ山に行かなくちゃ。秋色の山を歩かなきゃ。
ということで、(天気予報を見定めて)この10日に相棒のヨーコさんと蔵王の高原を歩いてきました。今回はその山歩きの様子。

下は、もう25年も前に発行された山形蔵王の絵地図。そこに番号を付して行程を記してみました。
0は蔵王中央ロープウェイ温泉駅(標高870メートル)、1はロープウェイ終点の鳥兜駅(1,387メートル)、2は片貝沼、3は五郎岳、4はドッコ沼、5は瀧山(りゅうざん)、6はヒュッテ・ヤレン。
鳥兜駅の歩きはじめが9時前で、ロープウェイ温泉駅に戻ったのが14時ぐらいでしたので約5時間の山歩きでした。

※絵地図は、山形市観光協会・蔵王温泉観光協会1994より

今回の目当てはのひとつは地肌が赤茶けて見える瀧山。というのは、ガイドブックを見ていてはじめて知ったことですが、蔵王は御釜がある中央部と、瀧山のある北西部、屏風岳のある南部の三つの火山帯に区分され、それぞれが爆裂火口を持っていること、このうち北西の瀧山と南の屏風岳の火山活動は有史以前のものだということです。ということは8月末に歩いた屏風岳とともに瀧山もまた火口壁の一部、ということはさらに蔵王温泉とは火口の底だということなのです。驚きました。何気に親しんでいた温泉街が火山の爆発の現場そのものだったとは。

下は、上山側からの蔵王エコーライン入口と蔵王温泉を結ぶ蔵王ラインから見た瀧山と直下の蔵王温泉街。温泉街が火口の底だったということがよくわかるアングルです。

散策路の入口近くの施設の庭にあったタカネイバラ(高嶺薔薇。バラ科バラ属)。ハマナス(浜茄子。バラ科バラ属)にそっくりだけれども実が違います。これは品種改良された園芸種かもしれない。

何度も来ている蔵王高原だけれども散策らしい散策ははじめてのこと。散策路は標識がしっかりし、整備がなされ、どれもとても歩きやすい道でした。
片貝沼を抜けてすぐのあたりのブナ林。若い木が多いのは、伐採後の二次林、三次林のため?

この時期の紅葉の代表のひとつはミネカエデ(峰楓。カエデ科カエデ属)でしょう。黄色がとてもきれい。赤になるものもあります。

オオカメノキ(大亀木。レンプクソウ科ガマズミ属)の赤には紫がさします。

ウツボ沼。その周辺の紅葉。見ごろまでには少しだけ早いでしょうか。

紅葉の代表のもうひとつはハウチワカエデ(羽団扇楓。カエデ科カエデ属)でしょう。ミネカエデ同様、黄色になるもの赤になるものがあります。これは鮮やかな赤。
緑から赤に変わろうとする途中のハウチワカエデもあり。

散策路上から、わずかに登ったところにある五郎岳(1,412メートル)にて。
地蔵岳や刈田岳などの蔵王の主峰、遠くに吾妻連峰の眺望が楽しめます。

歩きはじめて約1時間ばかりで着いたドッコ沼。ここは蔵王高原の一番の景勝地、いつ来ても落ち着きます。筆者たちもここで一息。
もう少しすると沼は錦の織物に包まれることでしょう。

ドッコ沼畔に生えるシナノキ(榀木。アオイ科シナノキ属)。どういうわけだろう、ここにたくさん生えています。
この木の特徴はまず、葉です。ハート形をしていますが左右非対称、左右でふくらみが違うのです。木肌は白く、タテにたくさんの亀裂が入っています。
この木はとても有用で、かつては皮をはいで繊維をとって強力なロープにしていたとか、アイヌはこの繊維で織物をこさえていたとか。この織物・榀織りは山形県庄内地方の関川という集落で現在も作り続けられています。

ドッコ沼を過ぎて瀧山をめざすとなると、もはや散策やハイキングではなくなります。山頂までの約2時間の登山道が続きます。

ブナ(山毛欅。ブナ科ブナ属)の、少しばかり黄色みを帯びてきた葉。

途中で見つけたヤマブドウ(山葡萄。ブドウ科ブドウ属)の熟れた実。甘酸っぱくておいしいです。けれど、実はまばらなつけ方でここにも今年の秋の全般的な不作が見て取れるよう。
子どもたちが小さかったときに、よく蔵王の坊平(ぼうだいら)に家族みんなで繰り出してヤマブドウ採りをしたものです。実はジュースに(滋味豊か)ジャム(とても美味)に、それから焼酎につけてヤマブドウ酒(絶品)を作りました。そんなことを思い出しつつ。

間近に見る瀧山の赤茶けた山肌。

最後のきつい急坂を登り切って着いた瀧山。瀧山(1,364メートル)山頂にて。
瀧山は、ここにあるよう“竜山”とか“龍山”とかの表記も見られますが、以前は“瀧の山(たきのやま)”と言われていたといいますから、正しくは“瀧山”なのではないでしょうか。“竜”や“龍”なら意味そのものが違ってきますよね。

ロープウェイの添乗員が言っていたことですが、本日は素晴らしい晴天、こんな日はまたとないとのことでした。そして瀧山からは、村山地方の寒河江や河北町越しの鳥海山、そして山形市や山辺町をまたいだおおらかな月山が見え、南に目を転ずれば親しい吾妻や飯豊連峰が一望なのです。いやあ、まったく素晴らしい。この眺望のためだけでもここまで来てよかったとつくづく実感したのです。
下は、遠くに、鳥海山。そして月山。

下は、下山途中より見降ろした温泉街とスキー場。中央のやや左には高梨沙羅選手も飛ぶジャンプ台・蔵王シャンツェが見えます。
しかし、それにしてもこの光景は人間の業(ごう)の深さの象徴ですね。美しい山がこんなにこんなに傷めつけられて。

瀧山山頂付近に多くみられたリンドウ(竜胆。リンドウ科リンドウ属)。
平地にも見られる種ではあるけれど、花の少ないこの時期の山頂を彩るものとしてとても貴重な花でした。ルーザでも見られます。

これも山頂が近くなって現れてきたオヤマボクチ(雄山火口。キク科ヤマボクチ属)。一見、アザミに似ています。これはルーザにもわずかながら自生しています。
奇妙な名のボクチは、花後の綿毛が火おこしのための着火剤の役目を果たしたことからのよう。
この葉は食用として特に珍重され、(ヨモギの代わりに)草餅の材料にしたり、長野県飯山では蕎麦のつなぎにもするとのこと。根は漬物にし、一般的に“ヤマゴボウ”と称されるのはこのオヤマボクチなのです。

標高を下げていくとミズナラ(水楢。ブナ科コナラ属)の林が現れ、登山道にもたくさんのどんぐりが落ちていました。
このミズナラの実の豊作の様はこのへんだけのものなのか、どうなのか。途中相当の距離のブナ林を歩いてきたけれどもブナの実はさっぱりだったので、これは意外な光景ではありました。

そうして、辿りついたのは上の台ゲレンデ。そして何と、かの白洲次郎の別荘のヒュッテ・ヤレンに出くわしたのです。次郎が蔵王の地に別荘を持っていたというのは知っていましたが、それが上の台ゲレンデ直下であったとは。
ヤレンというのは次郎のやんちゃな命名、「やってられん、やれん」からとのこと。それをアルファベットでドイツ語風に表記しています。東京は町田に残る茅葺屋根の邸宅の“武相荘(ぶあいそう)”は「不愛想」からで、これも同じですね。気になっている家屋だけに、いつか行かなくちゃ。
なぜ蔵王なのかといえば、次郎は戦後の1951年、48歳にして東北電力会長職に就いたのを機に山形支店へのたびたびの出張があったようで、その際に蔵王が気に入ったということでしょう。
次郎といい妻の正子といい(彼女のモノへの美意識は格別だと思う)、日本の戦中・戦後の大いなるコスモポリタンと言っていいのかどうか。立場や思想はともかくとしても、大きな人物像であったのは確かでしょう。

温泉街に下りてラフランスソフトクリームをペロペロ(おいしかった)、それから湯につかってさっぱりとした次第。
そうして秋のひと日の束の間の休暇が終わりました。