森の生活

シンプルクリスマス

もう12月も半ばに差しかかりました。
例年通り雪は降り、さっそくにも除雪車がお出ましになり(積雪10センチから15センチが予想される場合に市役所より指令が出る)、現在の積雪はやや落ち着いて約30センチです。このぐらいだともう、すっかり消えることはないでしょう。もう、根雪でしょう。ということは4月の半ばまでの4か月というもの、黒い土を見ることは叶いません。お日さまなどめったに出ないどんよりとした鋼色の空の連続、吹雪、白い魔界、冷たい日々、ずんずんと嵩が増す雪……、ここは奥羽脊梁山脈の西麓、典型的な日本海側気候なのです。
でも、12月の雪って、いいものです。飽かず眺めていたくもなるもの。眺めていると、天にも昇ってしまいそうになるもの。

この頃、我が家でもクリスマスを迎える飾りつけをします。小さな子どもがいるわけでもないのに、これは毎年、変わることなく。
クリスマスはキリストの生誕のお祝いとはいうものの、北欧の太陽神信仰=冬至の祭り=ユール(yule)でもあるというところがストンと落ちるのです。冬至を迎えるということは、日中の日足がそれ以降、1ミリでも長くなるということ、こんなうれしいことはありません。太陽は、万物の希望そのものですので。
冬至に小豆南瓜、これもいいけどね(笑い)。冬場に不足しがちなビタミンの補給という意味でも。

玄関口の扉にはトウヒ(唐檜)の枝(その年によってモミ=樅の木の場合もある)を配して、木彫のサンタクロースを下げます。吹雪にでもなれば、枝もサンタも綿帽子。

室内のツリーもいたってシンプル。だいぶ前に遊びがてらに作った木製のヌードツリーに点滅式の灯りを巻きつけて。
このシーズン、部屋には、イタリアの作曲家コレッリ(コレルリ。1653-1713)の「合奏協奏曲(含「クリスマス協奏曲」)」を流したりします。これはずいぶん昔からだなあ。森閑とした森の中のコレッリはいいです。

飾りはいたってシンプルでも、子どもが小さかった頃にはそれなりに絵になっていたと思います。24日の晩には、手作りのケーキをメインに、幾たりかの手も行儀よく並んでテーブルはにぎやかでしたし。
妻が台所で料理を作っている間、娘は膝の上に乗って小生の読む本に耳を傾けてもいて。読んだのには、オールズバーグの『急行 北極号』、ピーター=コリントンの『天使のクリスマス』もあったと思う。

そして、レイモンド=ブリッグズの『スノーマン(ゆきだるま)』。これは名作だなあ。
絵本もいいけど、アニメはさらに秀逸でしたね。絵本同様全編台詞はありませんが、終わり近くに流れる挿入歌“Walking In The Air”もよかった。これは歴史上で、最も美しいアニメーションのひとつと言っても過言ではありますまい。
スノーマンと一夜を過ごした少年の夢のような時間、翌日にスノーマンが溶けてしまったことの深い悲しみ……、少年の通過儀礼を思うと、その悲しみの時間はとても美しくもあり。
下は、親しんだ絵本、そしてオルゴール。

そしてクリスマスといえば、筆者には何を差しおいても(娘もとても好きだった)エーリヒ=ケストナー(1899-1947)の少年小説『飛ぶ教室』。ケストナーにはたくさんの名作があるけれども、やはりこれが一番だと思う。高橋健二(1902-98)の名訳の日本初版が1950年(実業之日本社版。同じ訳出で1962年に岩波書店版がある)とのこと、それ以来、どれだけの少年少女がここを通過したことだろう。『飛ぶ教室』を通過したかどうか、たぶんその後の歩みに大きな違いが生じるのではないか、筆者はそんなことさえ思います。

ケストナーがこの本を出版したのは1933年、ナチスドイツの支配下にあった時代です。当時のドイツは作家が書く自由が奪われ出版には厳しい制限がかけられていましたが、ケストナーの書くものは人気があって優れていたことから児童文学に限って発行が許されたとのこと。そういう時代にあって、ケストナーがこの書に含意したものがにじんでいるのは確かです。筆者はその滲みに、今も思いをはせるのです。
物語の舞台はドイツのギムナジウム(高等中学)、個性豊かな少年たちの、悲喜こもごものクリスマス物語です。親に捨てられたのに明るく生きる文才あるヨーニー、母思いのマルチン、腕っぷしの強いマチアス、それから気弱なちびのウーリー……、そして彼らを支える正義先生と禁煙先生……。学校で起こる様々な出来事を寄宿舎に暮らす生徒たちが知恵と勇気をもって立ち向かっていく様はハラハラドキドキもの。笑えるエピソードあり、そしてホロリと涙を誘う場面もあって。

さらに、この本で欠かせないのがワルター=トリヤー(1890-1951)のさし絵です。
画風は、ユーモアをたたえほほえましくもありそしてリアル。特に筆者は、たばこが好きな“禁煙先生”が、住まいの禁煙車両(通称の由来)のかたわらで本を読んでいるシーンが好きです。この絵ゆえ、禁煙先生に憧れもしました(笑い)。そして、今もそれに近づこうとしているかもしれない(笑い)。彼の人生が実に素敵なので。
この絵に誘われて、禁煙先生同様、蒸気機関車の車両を購入し、草むらに横たわって本を読む自分の姿を本気で想像したこともあったものです(実はこの話、ここに移り住む1993年に実現しそうになったのです。郊外に放置してある古い車両=3等客車と手荷物車が一緒になった車両を見つけ、持ち主を探し出して交渉したのです。所有者から提示されたのは、車両、レール付き、運搬賃込みで50万という金額でした。今にしたら安い買い物という感覚ですが、当時は家の新築のことなどを考えて踏ん切りがつかなく実現に至らなかった)。子どもたちが家を離れてからも、この時期、『飛ぶ教室』のページを繰るという倣いです。

なお、NHKはこの高橋健二訳をベースにしたラジオドラマを制作し、1999年の2月11日に放送したものです。このラジオドラマは原作の醍醐味を裏切らない素晴らしい出来でした。あえて、“2月11日”にぶつけたあたりがつぶされそうになる放送マンの良心の意地でもあったものか。

仙台から米沢に越してきて市中住まいを4年ほどしたのですが、その最初の冬にもサンタクロースはやってきたのでした。子どもは当時、4歳と2歳。朝方、玄関口に何やら不思議なものが置いてあったようで(サンタは煙突ではなく、玄関から入ったみたい。その証拠に、玄関に通じて足あとが一筋ついており、何と、とって返す足あとまで! 笑い)、ドタドタと廊下を走る音と子どもの目のパチクリ、パチクリ、特に息子のチンプンカンプン。子どもたちはサンタクロースからの贈り物だとは分かったようだけど、包装を解いてもそれが何だか分からない様子でした。それはプラ製のそり(橇)。ふたりにとってあたり一面の雪のある冬は初めてのこと、そりというものが分からなかったのです。そんなこともあったなあ。
サンタクロースは目には見えないけれども確かにこの世にいて、そう信じる子どもには贈り物があるということを疑わない、親はそのような思い込みをさせたいと思っていたのは事実。“大切なものは、目に見えない”とはアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』のテーマのひとつだけど、サンタクロースというのもこのよい例、子どもの頃にその深淵な入口があるというのはよいこと。幼い日にその寓話の中にあったというのはよいこと。

今、リビングにはリンゴの匂い。

玄関口に、小さな陶器のツリー。

玄関の突き当りに、燭台と、筆者の木彫りのラ・フランス。

ドアリラのtree(試作品)は、リビングのドアに。

外は、しんしんと雪の降りしきる。