製作の時間

おまたせ tree!

パット=ハッチンスの秀作絵本に『おまたせクッキー』というのがあったけど、こちらは、クッキーならぬドアリラのtree、“おまたせtree”です。品切れになってからも数件の依頼があったこともあり、気合を入れて新たに作ってみました。ようやくのこと、この20日に完成。併せて、C-02 hornのアレンジの新作、D-05 horn leftもできました。

作業の取りかかりが11月27日でしたので、木取りから完成までには3週間強を要したことになります。ホームページには完成の見通しを12月半ばと公表していたこともあり、日によっては朝食後すぐに工房に入り、夕食をとってからも10時ころまで詰めてもいました。普通なら1か月から1か月半くらいは要するような作業だったと思います。はじめから取りかかるとなると時間はかかるのです。

今回のsignalは、「treeの木取り」の続編という位置づけです。
前回は、木取りから表面の板の加工、中材の製作までをかいつまんで説明しましたが、以下はそれ以降のことです。

表面の板ができ底板もでき、次に行うのが、中材の欠き取りです。
ドアリラは弦を張りますが、その弦は左右のピンで支えられます。そのピンを打つための土台を作る、それが中材の大きな役目です。ピンの土台をしっかり残しつつ、しかもできるだけ空洞を拡げる、その妥協点が中材の事前の欠き取りなのです。したがってドアリラは、ギターなど外周を薄い板で覆う曲木とは構造を異にします。
下はE-02 sakuraの原図ですが、5角形に組み合わされているのが中材で、斜線を入れているのが欠き取る部分ということになります。次に続くのが、底板と中材との接着です。
ここで、中材同士が接する面、これが直角でなければなりません。でないとしっかり接着しているようでも隙間が生じてしまいます。ここの接着作業は目立たないものですが、ドアリラの出来を左右する核心のひとつと言ってよいと思います。

下の機械はバンドソー。底板、中材、表板を貼り合わせたものを輪郭線に沿って切り抜いていくものです。これで、ドアリラの形が決まっていきます。
当クラフトが使うバンドソーのブレードには幅3ミリから19ミリまで数種類あり、これは材料の厚みと切り方によって使い分けていきます。切り方とは、直線切りか曲線切りか、曲線でもどの程度の曲がり具合かということ、急なカーブには3ミリのブレードでなければ対応できません。けれどもこの3ミリブレード、値段が高い割りに稼働による金属疲労からの折れもたびたびで、よく替えなくてはなりません(1本3,500円ほど!トホホです)。でも背に腹は代えられないので常にストックしています。
2番目は、切り抜いているときの様子。
糸鋸ではこのような厚みのあるものを切るのは負荷が強すぎて不適、まず無理、ジグソーなら結構な厚みの材料も切り進むことができますが、底面に対して直角を出すことは難しいものです。その点バンドソーは、厚みも何のその、曲線切りも自在でしかも直角も取れるのですから申し分ありません。
ドアリラの製作においてバンドソーは、必要欠くべからざる機械と言えます。

下はスピンドルサンダーという機械です。
円柱形のサンダーが中央で回るだけでなく、上下動もする優れものです。これには様々な径のアタッチメントがあって底の平面に対して凹曲面を直角に仕上げられるので重宝しています(凸曲面なら、右奥のベルトサンダーで大丈夫)。この機械がなければ曲面の直角研磨はいちいち手作業になるだけに、おかげで能率がグンと上がっていきます。

しかし、機械に頼るのはここまで。
最後はやはり手がものをいいます。この、手の研磨で100番、120番、220番、280番と徐々にきめ細かい紙やすりを専用の台座に巻きつけて曲面の肌を整えていきます。巻きのための台座は、凹面、凸面の様々なカーブに合わせていくつものものを作って用意しています。おおざっぱに言って手による研磨は、1点につき約1時間を費やします。
写真はtreeと同時並行で作っていたD-05 horn leftの側面の研磨。

研磨の後の、ピン打ちの土台のためのボール盤による穴あけ作業。

ドアリラ上部は専用の角のみを用いて、四角な穴をあけていきます。ここに木球を吊り下げるための木製のピンが打たれます。

これを終えてから、表板への手による研磨が行われます。

続いては、トリマーによる裏面へのキーホール加工の様子です。トリマーの先端に専用の刃先(キーホールビット)を取りつけて行います。
キーホールは単なる穴ではなく、釘や木ねじを引っかけると抜けない構造になっています。身の回り品の例として、掛け時計の裏の掛け穴はこの形状ですね。
この作業は難しく、ちょっとでも手ブレが生じると形状がいびつになります。それを少しでも防ぐため、専用の冶具を作っています。この冶具にトリマーを当てて動かして加工していきます。

キーホール加工を終えたのち、工房での最後の作業は、焼印押しです。
この焼印、当クラフトのオリジナリティーと責任の証として、ドアリラ製作と同時に発想していたものです。で、当初は真鍮材を使って自分で彫刻して作ることも検討したのでしたが、なかなか思うようにいかず、どうせなら精度の高いものをと考えて結局は業者に発注したものです。
これは電気ごて式になっていて、適度な温度になったのを見計らって作業を行います。でも、人の手によってきちんときれいな焼印を押すのは至難の業、こてを製品に直角に下ろさなければきれいには押せないのです。よってこれはドリルスタンドを改良して取りつけ、レバーの上下で作業を行えるようにしています。

外は森閑として、雪の降りしきる。

ここからは、アトリエと呼んでいる主屋内の第2の作業場に場所を移します。ドアリラのような繊細な工芸品を作る場合は、粉にまみれる場所とほこりのない清潔な場所のふたつがどうしても必要になります。

先の工房もそうですが、このアトリエも筆者がほぼ一人で内装を手がけたもの(天井板の作業は大工にお願いした)。
主屋建築当初ここはもともと作業部屋で、ここにボール盤やら簡易な丸ノコ盤、それに工具を収納する棚なども置いていたのですが、いろんなものを作っているうち何せ6畳の狭い空間ではとてもじゃないが作業どころではなくなりました。そこで作業は野外へ、簡易な作業小屋へ移り、そして現在の工房に至るのですが、機械類を引っ越したあとは、単なる物置になっていたところです。そこに単なるコンパネ張りだったところに相欠き加工を施した床材を張り、腰板を取りつけ、壁は薄いベニヤの上からさらに4ミリ厚のもらったベニヤを張りつけて漆喰風に塗ったのです。そして、ここにも薪ストーブを置きました。こうした内装は、アトリエと同時にギャラリーも兼ねるというのが当初からのイメージだったからです。
工房は5年をかけて2013年に完成、こちらのアトリエは2015年に数か月かかりました(筆者は当時勤め人であったため、土日の作業ということで)。

で、アトリエでの作業。アトリエに移っての最初の作業は塗装です。
塗装と塗料について知ろうとするととても奥が深く(塗装が専業として成り立つ意味が理解できます)、様々な塗料を使って仕上がり具合や肌の風合いを試しました。そして落ち着いたのが、ダニッシュオイルによるオイルフィニッシュという方法でした。木地が最も美しく映えるように思ったからです。
この方法はまず、たっぷりと塗料を載せたあとに、浸透の時間を置いてからウエスで擦り込むように入念に拭き取ります。表面が乾いたあとにさらに塗料を重ね、今度は濡れている時間内に耐水ペーパーを使って塗装面を研磨し、さらに拭き取って終了となります。
この塗料は表面を被膜で覆うのではなく木材の中まで浸透していくので材料の呼吸を妨げず、さらに材料を硬化させる役目を担います。
乾燥は約24時間とされていますが、1日おいても余分な塗料が表面にしみ出すことがあり、その場合はさらに拭き取ります。そうして当クラフトでは3日ぐらいは放置して乾燥を待ちます。そうすると、非常に落ち着いた、ほどよい温かみのある地肌となっていくのです。

湿度を調整する意味と暖房のために、薪ストーブを焚いての作業です。意外でしょうが、梅雨の頃も薪ストーブを焚いて湿度を調整します。ドアリラは繊細な工芸品であるため、製品の管理には気を使っています。

気の抜けない作業が続くときにはラジオはかけず、部屋にはもっぱらCDで音楽を流しています。
最近はクリスマスが近いためか、コレッリの「合奏協奏曲」あるいは友人からもらったドイツで入手したという「クリスマスキャロル集—ドレスデン合唱団」を聴いています。これらは静かな冬の森にとても似合って落ち着きます。もう20年以上聴いているけど、飽きないなあ。下は、角のみで彫った穴に、そこに球を吊り下げるための木製のピンを打ち込んでいるところです。
ピンは自作です。この自作のピンを生かすために、専用の角のみを導入したのです。丸ピンなら入れ込む穴はボール盤で間に合うけれども丸ピンの元となる丸棒は自分では製作できず、角ピンなら自分で製作できるけれども専用の道具がないとできない。したがって、両方のピンを生かすためには丸ピンの材料の丸棒は購入し、角のみを購入したという訳です。
丸ピン(ブナ材)はgroup AとBに、角ピン(主にミズナラ材)はgroup C以降、DとEの製品に使用しています。
ピンに当てているのは、ピンの高さを同じにするための補助具。

下は、チューニングのためのサポートピンを打ち込んでいるところ。このピンは真鍮製で自作。Ø5ミリ400センチの棒を購入して45ミリに切断したものです。穴は町工場に依頼しました。
ここにもピンの高さを同等にするための補助具を使っています。

そうして弦を張り、球を吊るします。実はこれも一筋縄ではいかない難しい作業です。吊り下げのためのコードの長さをミリ単位で決めなければなりませんので(コードの両端を例えば105ミリの長さに玉結びするとして、あなたならどんな工夫をします?)。
しまいに音を調整して完成となります。

D‐04 treeの今回の製作では、底板には従前のシナベニヤからセン柾目の突板(つきいた)を使用、球の上のビーズには従前のグラスから木製を採用しました。

D-05 horn leftについては、球の上のビーズは大玉のグラスを採用。底板はD‐04 tree同様セン柾目の突板を使用しました。これで、完成です、終了です。ようやくホッと一息です。

これまでのことをざっくりと、示しますね。
それは、下の分厚いハルニレの板が、ひとつひとつのドアリラに変わっていくということ。何でもそうだけど、中(途中経過)を抜くと、まさにマジックですね。この途中経過に寄り添えるようになると、ものの本当の美しさを感じることができるようになる?

製作がひと段落して、今日22日は冬至。1年で最も日の短い日、そして明日からは少しずつ少しずつ日足を伸ばしていくという喜ばしい節目。
この日我が家は、柚子湯ならぬ檸檬・花梨・柚子の豪華黄色御三家揃い踏み湯です。これはヨーコさんのアイデア。いつもはスーパーマーケットでユズを買って湯舟に浮かべるのだけれど、今年は亀山から送っていただいたユズとレモンがあり(ご近所の庭になっていたもののいただきものと言う)、さらに家にはカリンがあるということで。それぞれが個性ある香りを放って、すがすがしい湯舟です。日本の冬至の風習もいいもの。

外は森閑として、そして雪の降りしきる。
もうすぐ、クリスマス。

 

※作業をしている筆者が写っている写真は、妻の撮影。他は筆者