しばらくデスクワーク(筆者たちのサークルの30周年記念誌の編集)が続いて頭はパンク状態、ようやく印刷所に入稿してやっとひと息ついたのです。そのご褒美にと8月9日、今年初めての西吾妻山(2,035メートル)まで足を伸ばしてきました。
西吾妻は今年になってもう3度行っているけれども、いずれも西吾妻最大のお花畑である大凹(おおくぼ)と人形石(1,964メートル)での植物の観察が主目的だったので、大凹の水場より先には行ってはいなかったのです。
今年の立秋は8月8日とのこと。この“立”は、考えようによってはおもしろい。
下界では、秋が立つとはいっても連日の猛暑続き、寝苦しくて疲労がたまるばかり。筆者の家にはクーラーなんてものはないし、暑ければ水風呂という気楽さで暮らしてはいるものの、身体に堪えるのは事実。何が立秋なんだ、となるわけです。
“立”を数学に置き換えれば、“1”ではなく“0”ということ。何もはじまっていない、これからはじまろうとする起点、これが“0、ゼロ、零”なわけです。つまり、秋とは名ばかり、夏そのものであるわけだね。“1”に相当するのがお盆過ぎということなんだろう。
この、何もはじまっていないけれどもこれからはじまろうとする起点、これを“0”として認識することを発見したのは6世紀のインドであったとか。新しい概念なんですね。
実は、立秋の西吾妻に行った記憶はあまりなく、この時期にはどんな花が咲いているのか、風景としてどんな特徴があるものなのか、そういう意味では楽しみな山行きとなりました。そして大きくは、渡りの蝶、アサギマダラ(浅葱斑)の飛来はどうかと。
全長1,500メートルものリフトを乗り継ぎ、その終点(標高1,820メートル)から歩きはじめてほどなく、アザミを見つけました。ナンブタカネアザミ(南部高嶺薊)です。ハチはトラマルハナバチ(虎丸花蜂)ですかね。蜜をおいしそうにして。
アザミは何でもそうだけど、その若い時期はおいしい山菜です。
西吾妻全体に言えることだけれど、西吾妻の道というのはとても歩きやすいものです。というのも、石がすべらないから。前夜にはたぶん局地的な大雨に見舞われたはずですが、歩きに影響はありません。
コバイケイソウ(小梅蕙草)。葉が少しずつ、枯れ色です。小さい秋ですね。
コバイケイソウは花がたくさんつく年とそうでない年があるのだそうで、今年はあまり花は見られなかったです。栗駒山でもそうでした。
ヤマハハコ(山母子)の大群落。
イワオトギリ(岩弟切)も花期を終えそうです。
現在の大凹。
イワカガミ(岩鑑)やチングルマ(稚児車)、ヒナザクラ(鄙桜)、イワイチョウ(岩銀杏)など様々に彩られた大凹のお花畑ももうほとんどの植物の花期が過ぎていました。
チングルマの名の由来ともなった花後の様子。果穂はこれはこれで美しい姿です。
モウセンゴケ(毛氈苔)がありました。
モウセンゴケは食虫植物の一種で、葉から粘液を分泌して昆虫を捕獲するということです。足らない栄養分をこうして補う生き方に感心です。
そして、今が見頃と言ってもいいのかもしれない、あちこちに青い星のミヤマリンドウ(深山竜胆)。
ちょっと見ではタテヤマリンドウ(立山竜胆)にすごく似ていますが、花の中に点々模様がありません。根生葉(根元から出る葉)のロゼットがないのも特徴とのこと。
ミヤマリンドウはとても美しい花です。この花は、大凹にも、山頂付近、西吾妻小屋付近、それから人形石までの道々にたくさん咲いていました。
ネバリノギラン(粘芒蘭)。
ノギラン(芒蘭)は我が家にもあるけれど、これは高山型。茎を触るとネバネバして粘着感があるのです。
ムシトリナデシコ(虫捕撫子)という花があって、これも茎の途中にネバネバの部分がありますが、こちらは(蜜を盗むだけ盗んで受粉に寄与しない)アリの侵入を防いでいる様子。ムシトリナデシコにとってアリはありがたくないということだね。
では、ネバリノギランのネバネバは何なんだろう。
オゼミズギク(尾瀬水菊)。尾瀬に多いのでつけられた名のよう。茎の赤と花の黄色が鮮やかです。
大凹の水場。ここの水は涸れることがありません。いつも冷たくておいしい水を恵んでくれます。
「山の泉 ここにあり とわに 清し」。この魅力的な看板はあとどれぐらい持つんだろう。
水場より梵天岩(2,005メートル)まで少しばかりの急登です。
途中にコスギゴケ(小杉苔)の美しい群落が。
ハイネズ(這杜松)は若い実をつけて。
東方は、吾妻連峰の峰々。
なお、この吾妻連峰の東端の一切経山(1,949メートル)がよく耳にする噴火情報の発信源です。
一切経山は非常に若い火山なのだそうで、山頂は岩礫で覆われています。筆者も何度か通っているけど、大穴火口近くはゴウゴウという音まですごいものです。(通行には、注意情報を確認の上で!)
ミヤマアキノキリンソウ(深山秋麒麟草)。
登山道の登りはじめの地点から西吾妻山山頂までの登山道にずっと寄り添っていたのはこの花です。今が盛りという感じです。
岩そのものが魅力的な、梵天岩。
オオシラビソ(大白檜曽)はマツ科モミ属の常緑針葉樹。別名アオモリトドマツ(青森椴松)。
いわゆる樹氷(アイスモンスター)はこの木に雪がくっついて作られるものです。その若い木にたくさんの青い球果。
天狗岩を越えたあたりから望む西吾妻山。
ウメバチソウ(梅鉢草)が草原帯に咲いていました。この白さが清楚です。蕾もけっこうあって、これから見ごろを迎えるようです。
クロヅル(黒蔓)。蔓には違いないけど、葉が枯れても蔓は黒くはならないのだけれど、どうして黒なんだろう。
もうすぐ山頂です。付近のオオシラビソが矮小化しています。
セルフで。
ここが吾妻連峰の最高峰の西吾妻山山頂なのだけれど、ご覧の通り、一切の眺望なし。
百名山に数えられ、遠くより登山者の多い山だけれども(この日も関東を中心とした多くの登山者に会いました。ソロも多かったけど、中年のご夫婦の姿も多く)、この眺望のないことでガッカリされるのも事実。これは如何ともしがたい。
頂上より西に少し下ると西吾妻小屋(避難小屋)が見えてきます。
左手が西大巓(にしだいてん)、正面がちょうど白布峠(しらぶとうげ)にあたるのでしょうか。もう少し下ると南に檜原湖が見えるはずですが、ガスがかかって見えませんでした。残念。
小屋付近の草原帯に、キンコウカ(金光花)が群落をつくっていました。
歩きはじめが9時40分頃で、山小屋着が11時10分。ちょっと早い昼食です。
このストーブ(バーナー。イワタニ製)は何年使っているんだろう。もうかれこれ20年以上だと思うけど、一切の故障なしです。このストーブがよいのは普通にコンビニにでも売っているブタンガスのカセット缶が使えること。しかも筆者は(パッキングの)容量を抑えるために、常に小型缶を携行するのだけれど、安価で手に入る大きな缶から内容物を移し替えて(!)使っているのです(笑い)。この裏技については、ネット情報を参照あれ。その材料たるやすこぶる安価で、意外に簡単にできます。
やかんはスエーデンのトランギア製。山用具にくわしい人なら、トランギアのやかんは憧れなのでは。
カップ麺の水の量はこのタイプでだいたい270ミリリットルほどです。
山で食べるものって何でもうまいのだけれど、身体が食べたいと渇望する状態になるからだろうか。本当にうまいよね。
山小屋を出て天狗岩に向かう途中の草原帯にはエゾオヤマリンドウ(蝦夷御山竜胆)の若い株がたくさん。開花には、あと2週間ほどですかね。
エゾオヤマリンドウは、西吾妻を代表する秋の花です。
美しい岩海広がる天狗岩の有名な風景、吾妻神社。
素朴な原始神道のようで、これはこれで好ましくあり。
人形石にはガンコウラン(岩高蘭)が黒熟した実をたわわにつけはじめていました。山にはいろんなおいしい果実があるけれど、このガンコウランの右に出るものはあるんだろうか。その甘酸っぱさ、そのジューシーさのすばらしさ。
背丈は10センチほどだけど、草ではなく常緑小低木、れっきとした木なのです。ちなみに、チングルマもコケモモ(苔桃)も木です。
人形石から登り口に向けて北回りコースを歩きはじめると、エンレイソウ(延齢草)に黒い大きな実がついていました。はじめて見ました。調べると、この実も食用なのだそうで、割ればたくさんの小さな種が入っているのだとか。
でも、名の由来の“延齢”とはどこから来ているんだろう。
登山道を歩きはじめてすぐからすでにあったのだけれど、サンカヨウ(山荷葉)にはたくさんの青い実がついています。北回りコースにはこんな群落も。少しいただいて口に含むと、精気が出る甘さです。
ベニバナイチゴ(紅花苺)の大きな実。これもとても美味しかった。野苺(木苺)でおいしいのは、クマイチゴ(熊苺)と双璧ではないでしょうか。
名前にベニバナとあるけど、花がベニバナ(紅花)に似ているわけではなく、花の色が濃い赤紫(和名で臙脂色、洋名でクリムソン、クリムゾン)の口紅の色に似ているからでしょう。
ここでクマイチゴを引き合いにしたけど、これはルーザのような里山にもあります。種が少々気になるけれど、ジャムにするととてもおいしいです。全体に棘があって藪を作っていて、採るのは少々手こずりますが。
クマイチゴはクマの好物だからということからの命名だと思うけれど、クマの行動に“苺別れ”というものがあります。母クマは子どもと過ごす(2回目の)最後の夏に、木苺に夢中になってむしゃぶりついている子グマにそっと別れを告げて立ち去っていくのだとか。独立を願う親心にして、なんかウルウルくる話だよね(笑い)。この木苺がクマイチゴなのでは。
リフトから。ガスがでてきて、ダケカンバ(岳樺)もオオシラビソも幻想的な風景の中に。
で、1,500メートルというとても長い距離のリフトの移動の間に、たくさんのヨツバヒヨドリ(四葉鵯)が見られます。ヨツバヒヨドリは一見、秋の七草のひとつに数えられるフジバカマ(藤袴)にとてもよく似ているけれども、フジバカマは基本的に関東以西の植物です。このあたりで野生で見ることはありません。
このヨツバヒヨドリに、渡りの蝶として有名なアサギマダラがやってくるのです。けれども、まだ時期が早いのかどうなのか、リフトでずっと目をこらして観察したところによれば、発見できたのは7羽だけでした。乱舞している状態なら1本目のリフトで降りて2本目のリフト区間を歩いて撮影に当てたいと思ったのですが、残念でした。
ものの情報によれば……、アサギマダラは春から夏にかけては本州等の標高1,000から2,000メートルほどの涼しい高原地帯を繁殖地とし、秋、気温の低下と共に適温の生活地を求めて南方へ移動を開始し、遠く九州や沖縄、さらに八重山諸島や台湾にまで海を越えて飛んでいくのだという。海を渡って1,000キロ以上の大移動をするのです。台湾にまで飛んだことも確認されており、これなどは何と2,000キロ以上の渡りです。
また逆に冬の間は、暖かい南の島の洞穴で過ごし、新たに繁殖した世代の蝶が春から初夏にかけて南から北上し、本州などの高原地帯に戻るという生活のサイクルをきちんと守っているという。季節により長距離移動(渡り)をする日本で唯一の蝶、とのことです。何と不思議な、何と神秘的な生活なんだろう。
(※参考:HP「八ヶ岳の東から」、Wikipedia)
アサギマダラの写真はいずれも2017年の撮影。
もう少ししたら、また行って観察してみようと思います。
また、ひと仕事を片づけて、片づけて!