筆者たち家族が(住み慣れた仙台の街を引き上げ)4年の米沢市中住まいを経てこの森にやってきたのは1993年の晩秋のこと、あれこれちょうど四半世紀の歳月が流れました。ここで子どもたちは育ち、それぞれが巣立ってゆき。
はじめての冬を越して(それは厳しい冬でした。でも家族というのは何かと助け合うもので、その厳しさを決してつらいとは思わなかった)、何か移住の記念にしようと、ひとつ、カリン(花梨)の木を植えました。さらに翌年から、収穫も当て込んでウメ(梅)とイチジク(無花果)、それからシラカバ(白樺)も植えたのですが、この三つは雪から守ることはできませんでした。このカリンにしても、背丈が伸びて積もった雪の重さに傾いては雪に埋もれ、埋もれては掘り起こしてという作業を何度かして守ってきたのです。何せ、最大積雪深は平年で180センチ、200センチ超えもざら、近年の多い時で265センチという土地です。
周りは樹高が20メートルにも達するかのようなコナラ(小楢)の林立、カリンも日光が欲しくて欲しくてそれに負けじとひょろひょろと背だけがよく伸びました。けれど、5年しても10年しても、15年が経過しても花のひとつもつけませんでした。そういうものかなあ、ここは環境が厳しいし、と思っていました。
ところが2010年を迎えた頃に花をひとつふたつとつけはじめたのです。感動でした。そしてその花の色の美しさは格別……、伝統色で言えば中紅花(なかくれない)か紅鶸色(べにひわいろ)に相当するものか、わずかの紫を含んだ明るい桃色なのです。それは春の日を喜ぶ心のような色!そして5年ぐらい前にとうとう実を結びました。それだけでうれしくて、冬中ずっと部屋に飾って見ていました。
それが年々2個3個と増えて、今年は何と16個もの大粒の実をつけたのです。それはまるで、大器晩成型の人生を映すよう。そして実の多さは、豊かな面持ちにしてくれます。そう、つつましやかな生活を旨とする私たちには、金銭では決して換えられない、この上ない豊かさ。
一個は玄関の上がり場に、多くは笊に入れてリビングのしつらえにしています。得も言われぬいい香りが部屋いっぱいに漂い。
ここでちょっと、注釈。
このへんでカリンはよくマルメロ(榲桲)と間違えられ、八百屋でも平気で「カリン」と表示してマルメロを売っていたりします。区別は簡単です。実全体に毛(腺毛)があるかどうか。あるのがマルメロ、ないのがカリンです。マルメロの花は白ですし、葉には細鋸歯がありません。
カリンは、果糖、リンゴ酸、カロリン、アミグダリン成分を含み、効能としてゼンソク、咳止め、新陳代謝、強壮、疲労や病後の回復、美容に効くという(ホントかな。マルメロも成分にカロチンのかわりにクマリンが加わる程度でほとんど変わらず、効能もほとんど同じ)※『果実酒・薬酒―作り方 楽しみ方』清水大典、安藤博著、家の光協会1991
収穫したカリンの一部は、今年もそのうち妻が果実酒として仕込むでしょう。今は、昨年に漬け込んでできたものを毎晩、少しだけグラスに注いで氷で割って楽しんでいます。これから雪が降って重い季節が来るけれども、カリン酒は労働の疲れを癒しもしましょう。
それにしても、これは地上のルナだ!