森の小径

初夏の峠をこえて(上)

本日は(2023年)5月27日、お日さまは東西の両翼をどんどんと広げ、南中高度も角度を上げています。
あと1か月もせぬうちに夏至がやってくる、もうそんなところまで来ました。
あたりは文字通りの万緑…。

万緑や空を歩いてみたくなる   森木道典

どこで聞き覚えたものか、あたりはこの句にぴったりの風光です。
空を歩いてルーザの森を俯瞰したらどんなにかうつくしいだろう。

我が家ももうすっかり初夏の装いです。

と、例年のことながら、ニホンミツバチ(日本蜜蜂)の分蜂集団がやってきました。22日のことでした。
あたりはもう鳥の声・蝉の声をかき消すように羽音でいっぱいでした。
筆者はミツバチの巣づくりを決して喜んでいるわけではないのです。
この巣をめざしてキイロスズメバチ(黄色雀蜂)がやってきますし、それよりも蜂蜜の甘い香りを遠くからでも嗅ぎつけてツキノワグマ(月輪熊)が近づいてくることも考えられますので。ある学者によれば、クマの嗅覚はひとの数億倍なのだそうで(笑い)。
でもこれも、筆者たちが自然のど真ん中に住んでいることの証明です。
とても高価だという、ニホンミツバチの蜂蜜を効率よく採れるだけならいいのだけどなあ(笑い)。

そんなハプニングがあったあとの24日、在野の植物研究者の神保道子さん(以下、ミチコさん)とご一緒しての植物観察をしました。
お忙しい中を時間を割いてくださっての、今年2回目の野外実地特別集中講義(笑い)。
今回のsignalは、峠越えの植物観察の前篇、題して「初夏の峠をこえて(上)」です。

出発の前に、主屋に隣接するコナラ(小楢)林の中を見て歩きました。
下は、筆者がヤブタバコと思い込んでいた植物、ミチコさんはすぐにこう言いました。

〔これはサジガンクビソウですね。スプーンのような葉っぱです〕と。
以下、〔太字〕はミチコさんの発言です。

これで、また新しい名前をひとつ覚えました。サジガンクビソウ(匙雁首草/キク科ガンクビソウ属)。
サジガンクビソウはやがて、首を伸ばして地味な花をつけます。
この植物は林の広場への切通しにしか見当たらないのだけれど、来客が靴底にでも種をつけて運んできたものか。自分がどこからか持ち込んだものなのか、どうか。
タネは旅する、です。

ノギラン(芒蘭/キンコウカ科ノギラン属)の若葉が初々しく出はじめていました。

これはアズキナシ(小豆梨)と思っていたものでしたが、

〔アズキナシ? いえ、これはアオハダですね。葉柄の下に詰んだような葉痕があるでしょう。(アオハダは雌雄異株だけど)ただもう少し大きくなって花をつけないと雄株か雌株かはわかりませんね〕。

これが鑑山の途中にある株立ちのうつくしいアオハダ(青膚/モチノキ科モチノク属)のようにスクスク伸びればいいがなあ。
それには樹勢衰えたコナラを伐って天井にホールを開け、日が差すようにしなければならないのかもしれない。
アオハダは、若葉は山菜、葉を乾燥させれば茶にもなるという有用な木でもあります。

北斜面に(記憶が乏しいのだけれど)自分が近くの山から移植したのだろう、イワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)がどんどんと増えて今を盛りと咲いていました。

〔あれ?、ウスバサイシンだ。最近これ、名前が変わってトウゴクサイシンというんですけどね。これがあるということはヒメギフチョウがやってくるかもしれないということですね。食草ですし〕。

ルーザの森にウスバサイシン(薄葉細辛)があるのは確認済みだけど、筆者の敷地内にあるなんて今までまったく気づきませんでした。
それで最近、名前が変わった? はて?
植物の形態形質のちがいが明らかになって標準和名が変更される、同時に世界共通の認識となって学名も変わる…。
それでこの植物を調べると、従来ウスバサイシンと思われていたものを形質のちがいでふたつに分けることとしたとのこと。雪国に多く、花の内壁の色が白くなっていることをひとつの特徴とし、2007年にトウゴクサイシン(東国細辛/ウマノスズグサ科カンアオイ属)とするようになったとのことです。
植物の世界って、研究によっては今後も動くということですね。

トウゴクサイシン。葉の茎の下に、小さな茶褐色の花が。

花の萼筒の内側が白くなっています。
これがウスバサイシンからトウゴクサイシンを分離させた特徴のひとつ。

小さいながら、何ともすごい迫力、グロテスク! 

林の広場や家周りの植物をひととおり見たのちに出発しました。

今回たどったコースは…、
米沢の我が家から広域農道(ブドウマツタケライン)を通って北に隣り合う高畠へ、
高畠の東端の二井宿峠をこえて宮城県七ヶ宿の湯原(ゆのはら)に出、
そこから山道を縫って稲子(いなご)というかつての木地集落に至って(まるで林道のような)国道399号に合流し、
あとは下って福島県は摺上(すりかみ)川ダムのある茂庭に抜ける、
そして栗子峠を経由して我が家に戻るというものでした。
約110キロの道のりです。

行程中、ところどころに咲いていたタニウツギ(谷空木/スイカズラ科タニウツギ属)。

〔タニウツギね、これ、昔、ダニバナと言ったのです。そう教えられてきたので、ダニがいっぱいついているんだろうかと思ってました(笑い)。ダニはダミから来てますね。ダミはここらで葬式のことを指す。ダミは荼毘(だび)から来ているんでしょう。ダニバナは昔、この木の枝で骨を拾ったことからの言われのようです。だからこの美しい花を、このへんのひとはみんな不吉な花だと思っている。庭に植えている家なんてどこにもない。それこそ因習ですね〕

そうなのです。
この地方で庭にわざわざタニウツギを植えている家なんてどこにもない。
でも、そういう言い伝えのないところで育った(福島県伊達郡梁川町、今の伊達市梁川町出身の)相棒はうつくしいからと近くの野辺から手折ってきて、玄関先にリビングにと今、飾っています(笑い)。

タニウツギは全国的には北海道西部から東北、北陸、山陰地方の日本海側気候の地域に分布し、花色がきれいなため、古くから庭園などに鑑賞目的で植栽されることも多いとのこと。
タニウツギは田植えの時期に咲くことから“田植え花”と呼ぶところもあるようです。
宮澤賢治は詩〔Largoや青い雲滃やながれ〕※滃はかげ)、タニウツギを「田植花」として登場させていますので、少なくとも岩手花巻あたりでは忌み嫌われる花ではないようです。

本当は高畠から国道399号を通って鳩峰峠(標高785メートル)を抜け、そこから直接に稲子集落に出て福島市茂庭に抜けようと思っていました。が、がけ崩れの法面補修のために通行止め。したがっていったんは宮城県七ヶ宿町に出ることにしたのです。
いったんは七ヶ宿に出るけど、また399号に戻ることになるので、まあ少々の回り道という具合です。

なぜこの峠越えのコースを選んだのかといえば、ミチコさんはずっと気にしていながら未だ通り抜けたことがないとのこと、彼女の新しい道への興味から。
そしてもうひとつは山形と宮城と福島の県境に当たるこの峠筋は日本海側気候と太平洋側気候のせめぎあっている場所、それが植生にどう影響しているものなのかはミチコさんも筆者もとても興味があり共通の思いだったのです。

通行止めの表示。
でも、まず行けるところまで行ってみました。
林縁にて。

〔これ、シナノキですね。葉の基部がハート形です。左右がやや非対称の〕。

シナノキ(榀/シナノキ科シナノキ属)。
標高の高いところにあるとばかり思っていたシナノキですが、(場所のおよその標高)350メートルほどでも普通にあることが知れてよかったです。
シナノキはこの樹皮から糸を紡いで布を織ったという記憶を刻む大切な樹木。
シナ織りはかつてはアイヌ民族に伝わっていた技術ですが、現在は全国的にもいずれも山奥の集落、新潟県村上市山熊田地区と山形県鶴岡市の関川地区に伝承されるだけとなっています。

下は、関川で購入したシナ織りの名刺入れ。

〔ヤマガシュウじゃないですか。サルトリイバラに似ていますが、サルトリイバラの葉の主脈は3本、こちらは5本です。トゲがあるけど、こちらはサルトリイバラのように鉤状じゃなくて幹にたいして直角、さして気にならない。サルトリイバラは赤い実、こちらは黒い実がつきます〕。

サルトリイバラの葉を使って三重の友人が茨餅をつくって送ってくれた、そのサルトリイバラ。

〔三重の茨餅? 関西では柏の木がないから5月の節句の頃の柏餅ができません。三重も関西圏にも入りましょう。カシワの葉の代わりにサルトリイバラの葉を使うのです。サルトリイバラの葉は殺菌作用があるし、向こうの葉はこちらとちがって丸くてひとまわり大きいし〕。

ヤマガシュウ(山何首烏/ユリ科シオデ属)ねえ。

比較のためのサルトリイバラ(猿捕茨/サルトリイバラ科シオデ属)。

〔ハシバミ? ツノハシバミかしら?〕。

シャク(杓/セリ科シャク属)が群生して白い花を咲かせていました。
山菜のひとつ。別名にヤマニンジン(山人参)。

フタリシズカ(二人静/センリョウ科チャラン属)。
お久しぶりです。

〔ハナイカダがありますよ。これは雄花〕。

ハナイカダ(花筏/ハナイカダ科ハナイカダ属)。
葉の中央に小花をつける様子が特徴的で、葉を筏に見立てて、花は船頭のようだと。
ハナイカダとは、なかなか詩的な命名なものです。

筆者の今回の植物観察の大きな目的のひとつは、“こめごめ”の自生種を見つけることでした。
ありました、ありました。“こめごめ”ことミツバウツギの自生種が。
筆者のところと今回見つけた高畠の自生地は15キロほどと近いのに、ここより南(つまり米沢側)には自生はないのです。
高畠町に隣接する七ヶ宿町にはあり、それから先日通ってきた福島市の中野や大笹生それから高湯温泉あたりにはあるのに、なぜ米沢にはないのか、これはとても不思議なことのひとつです。
よって高畠や七ヶ宿の地元ではミツバウツギを“こめごめ”と呼んで身近なのに、米沢にはその言葉さえ伝わってはいないし、当然自生がないわけだからその利用法もまた知らないのです。
筆者とて3、4年ばかり前に七ヶ宿の物産店ではじめて知った次第なのです。
この植物の若い葉は山菜として利用されるとのこと、高畠や七ヶ宿では干したものは“干こめごめ”として珍重され、冠婚葬祭やあらゆる行事に使われる代表的な保存食なのだそうです。

“こめごめ”ことミツバウツギ(三葉空木/ミツバウツギ科ミツバウツギ属)。

〔さして環境は違わないのに、“こめごめ”が高畠にあって米沢にないのはホントに不思議です。高畠では冠婚葬祭、特に不祝儀では必ずと言っていいほど“こめごめ”の料理が出されるようです。このたくさんの白い花は真っ白い米に似ているでしょう。ここから“こめごめ”という名前(俗称)が生まれたのでしょうね。つまり、亡くなったひとがあの世に行っても食べるもの、特にご飯に困らないようにという願いが“こめごめ”には込められているのではないでしょうか。高畠の嫁はこの“こめごめ干し”をきちんとつくれなければ、“ズグダレ嫁”と言われたそうですよ(笑い)。“こめごめ”とはそれだけ大切な食糧だということです〕。
※ズグダレは能無し、怠慢な、だらしがないなどという意味がある当地方の方言。

ズグダレ嫁、ねえ(笑い)

後日、七ヶ宿の店で購入した“こめごめ”。
我が家でも試しに食材として使ってみたいと思います。
若い店員さんの話では、
「“こめごめ”は自分の家の敷地にも生えているし、足りなければ近くの山にも採りに行きます。花の蕾がつきはじめる4月末に摘んで、軽く湯がいて天日に干します。乾き具合で軽くもんで仕上げます。不祝儀でも必ず出る料理ですが、亡くなったひとがあの世に行ってもご飯に困らないようにという意味はないと思います。なぜなら、仏壇には実際のなま米をお供えするので。我が家では1年を通して食べています。ぬるま湯で約30分ほど戻した“こめごめ”と糸コンニャクやニンジン、さつま揚げなどとをまずゴマ油で炒め、それから煮て水気を飛ばします。ゼンマイの利用に似ていると思います」とのこと。
“こめごめ”は地元の若いひとにもしみこんでいる味ということのようです。

スギの林床に、ヒメアオキ(姫青木/ガリア科アオキ属)。
秋に熟した実が真っ赤なままに残ってついていました。万緑にあって赤は特に目立ちます。 

比較のために、最近撮影したヒメアオキの雄花。

オドリコソウ(踊子草/シソ科オドリコソウ属)。
外来種のヒメオドリコソウ(姫踊子草)に対して、こちらは在来種。こちらの方が気品があるなあ。
通行止めのため国道399号で鳩峰峠を通り抜けるのをあきらめて、引き返して二井宿峠を通って七ヶ宿に抜ける道で。 

コンロンソウ(崑崙草/アブラナ科タネツケバナ属)。七ヶ宿の道端で。
花の白さを中央アジアの崑崙山脈の雪のように見立てたという説が有力のようではあるけれど。

オランダガラシ(阿蘭陀芥子/アブラナ科オランダガラシ属)。
いわゆる香味野菜のクレソン。
コンロンソウのわきで見つけました。

これから、七ヶ宿の湯原から約7キロほど、稲子峠を通って稲子集落をめざします。

ああ、植物観察は楽しや。
芽吹きの頃もよかったけど、初夏もなかなかです。

以下、signal「初夏の峠をこえて(下)」につづきます。

そうそう、24日の夜にヨタカ(夜鷹)が鳴きました。
あの賢治童話の「よだかの星」のよだか。
キョキョキョキョキョキョキョという、一度聴いたら忘れない特徴的な鳴声。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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