山歩き

彩りの西吾妻、秋冬篇

西吾妻の四季の移ろいをふりかえる2回シリーズのsignalは、前回が雪解けの頃からお盆頃までを扱ったのに対して、今回はその後篇、お盆以降をつづってみようと思います。
題して「彩りの西吾妻、秋冬篇」です。

浄土平エリアの東吾妻にせよ裏磐梯からの南側にせよ、西吾妻にせよ姥湯や滑川温泉あたりからの北側にせよ、吾妻連峰の全体はオオシラビソ(大白檜曽)の原始林でおおわれているといってもよいと思います。
筆者にはとてもありふれているので何気にしか見ていませんが、日本でオオシラビソの広大な原始林というのは数えるきりなそうで、吾妻連峰は八甲田山と八幡平につぐ規模だということです。
分布は北端が青森の八甲田山、西端が白山、南端が南アルプスまたは富士山とのこと。

下は、8月末のオオシラビソ(大白檜曽/マツ科モミ属。別名アオモリトドマツ/青森椴松)の生え変わりの若葉。
西吾妻は樹氷でも知られているけれど、この樹氷を形づくるのもこのオオシラビソです。

長さが10センチほどにもなる大きな紫藍色のオオシラビソの球果。
やがて1枚1枚のうすい切片となって風に飛ばされ、タネが拡散していきます。

オオシラビソとよく混生しているのが、米沢市の市の木に指定されているコメツガ(米栂/マツ科ツガ属)です。
コメツガも同様に、若葉が照り映えていました。
なお、分布は北は青森から南は九州の山岳地帯の広範囲にわたっていますが、オオシラビソと同様に北海道にはないとのこと。しかしながらツガ属の化石が発見されていることから絶滅したものとされているようです。

1.5~2.5センチくらいの小さな球果をつけるコメツガ。

お盆の頃に目立つ花はウメバチソウ(梅鉢草/ニシキギ科ウメバチソウ属)です。
この花の白さといったらなく、日差しを受けたこの花を見ると目がチカチカするほどです。
写真を撮るのもむずかしく、自分の身体で全草をおおって光量を調整してシャッターを切ります。

 

白さといったら、このノリウツギ(糊空木/アジサイ科アジサイ属)も同様です。混じりけのない装飾花の白がビビットです。
我が家の近くにもいくらもある木ですが、花のつき方が普通は円錐形なのに西吾妻のものは小さな両性花がまったく目立たず尖っている感じはしません。
本当にこれがノリウツギなのか疑ったぐらいです。
なお、“糊”というのは紙を漉(す)く時に用いるもので、ノリウツギの樹液を漉き桶に入れると紙の素の繊維が沈み込まないのだそうです。

9月の声を聴く頃になると噴き出すように一斉に咲くのが、西吾妻を代表する花のひとつのエゾオヤマリンドウ(蝦夷御山竜胆/リンドウ科リンドウ属)です。
背丈はせいぜい高くて40センチほどです。
この花の青は何と心が沈潜するのだろうといつも思います。
青というより、ウルトラマリンとか瑠璃(るり)色といってもよいのかもしれない。

エゾオヤマリンドウという植物は名前にその特徴があらわれています。
まず低山に分布があるエゾリンドウ(蝦夷竜胆)という種は茎のところどころから葉と一緒に花が出るものを指します。背丈は50~80センチほどといいます。
店で売られるリンドウはこのエゾリンドウの園芸種です。
もうひとつ深山に分布があるというオヤマリンドウ(御山竜胆)は茎のてっぺんにのみ花がつくもの。
したがって、エゾオヤマリンドウというのはエゾリンドウより背丈小さく、オヤマリンドウのように頂部にのみ花がつくものの高山型ということになります。
なお、この種はかなり扱いが軽いと見えインターネットのwikipediaに項目がなく、筆者がよく参考とする分厚い図鑑の『日本の野草』山と溪谷社1983にも記載はありません。
自生の南限は山形県としているガイドブックがあるけど、筆者は磐梯吾妻スカイライン(浄土平付近)でも見ているので、吾妻連峰とするのがよいと思います。

強い日差しを受けるとわずかに開花します。

天元台スキー場(以降、スキー場は天元台を指す)斜面には超広大な群落が形成されています。圧巻です。 

大群落の中にエゾリンドウの特徴をあらわすものもありました。
これはエゾリンドウなのかそれともエゾオヤマリンドウの変異種なのか個体差なのか…、この群落にはこういうものもあるのです。

このエゾオヤマリンドウでうすい菫(すみれ)色のものを発見したのは数年前です。これはとてもめずらしいと思います。
西吾妻小屋から天狗岩に至る木道のわきなので、これを知っているひとは多いと思います。
「今年も咲いたね」と声をかける登山者を目にすることもあります。
この希少な菫色の株をみんながいとおしんで見守っているのです。

そして今年、別のルートできわめて白に近い株を発見しました。
とてもうれしかったです。


それで、ではいったい膨大な株の中に、上のような変異種や変種は他にないものか、それを探しに、そのためだけに歩いたことがありました。

けれども、何十万何百万もの株を見ても(見渡せば色違いならわかる)、紹介したふたつ以外に変わった色味のものは発見には至りませんでした。
上の株はそれだけ貴重なものと思います。
どうぞいつまでもそのままの姿を見せてほしいと願わずにはいられません。

スキー場斜面を中心として、ヨツバヒヨドリ(四葉鵯/キク科フジバカマ属)の群落が見られます。
中大巓(なかだいてん)の標高の高いところにも見られますし、裏磐梯側のグランデコスキー場斜面にも大群落があります。
さらに我がルーザの森のような場所(ほぼ350メートル)にも(少し山に入れば)出会うことができます。

この花があると必ずや寄ってくるのが、渡りの蝶として有名なアサギマダラ(浅葱斑)です。
一説には直線距離で1,500キロとか、1日に200キロという距離を移動したという記録もあるようです。
ヨツバヒヨドリ(あるいはフジバカマ/藤袴)にはピロリジジンアルカロイドという物質が含まれているのだそうで、性フェロモン分泌のためにオスが摂取しているということです。

蔵王のお釜付近にヨツバヒヨドリの大群落と乱舞するアサギマダラを見たことがあったけど、そこは有名な飛来地らしく、秋田からわざわざクルマを飛ばしてやってきたという若いカップルに会ったこともありました。

以下には、おいしい実のなる植物をいくつか。
シリーズ第1回(前篇)の「春夏篇」を参照するとなお理解がスムーズかと思います。

下は、ベニバナイチゴ(紅花苺/バラ科キイチゴ属)。
タネが少々大きいですが、甘くてとてもおいしいです。

下は、オオバスノキ(大葉酢木/ツツジ科スノキ属)。落葉低木。
この果実は和製ブルーベリーの1種で、とてもおいしいです。実はほぼ球形です。

クロウスゴ(黒臼子/ツツジ科スノキ属)。落葉低木。
この果実も和製ブルーベリーの1種。これまたおいしいです。
実の形として、先端が臼のように大きくくぼんでいるというのが特徴とのこと。これで名に、“臼”の字が使われているようです。

前回の「春夏篇」にも記したことだけど、オオバスノキとクロウスゴの見分けは本当にむずかしいです。頼りは、実の先端部分の形に着目ということでしょうか。 

そして、クロマメノキ(黒豆木/ツツジ科スノキ属)。落葉低木。
背丈は80センチほどになるものもあるそうですが、西吾妻の場合は強風と大量の積雪のためか地面を這うようにして生育しているのを見ることが多いです。
この果実は大きさといい味といい、和製ブルーベリーの王様です。
流通するブルーベリーよりもこちらの方が野性味があって甘さも酸っぱさも濃い感じがします。

ガンコウラン(岩高蘭/ツツジ科ガンコウラン属)。常緑小低木。
この黒く熟した実は液果にふさわしく本当にジューシーです。

コケモモ(苔桃/ツツジ科スノキ属)。常緑小低木。
甘酸っぱくてとてもおいしい果実です。
ずいぶん昔のことだけど、北海道は知床でコケモモのジャムや果実酒が売っていて(緯度が高いゆえに国立公園外でも採取できる環境にあるのだと思う)、絶品だったことを思い出します。
北欧やカナダのひとびとにとってはこのコケモモ摘みは冬を迎える大切な労働のようで。


ここで少し、コーヒーブレイク。
高山植物について思いをめぐらせることがあります。

そもそも高山植物とは、狭義には森林限界を越えた植物群と定義されているようですが、実際には亜高山帯(吾妻連峰では1,500~1,900メートル。オオシラビソやコメツガの針葉樹林帯)の植物も含まれるようです。
そして森林限界を越えた典型的な高山植物であるたとえばガンコウランやコケモモ、ミネズオウやコメバツガザクラのことを思ってみると、ここに共通するのは樹木であるのにきわめて小さいこと、地面に這いつくばるようにして生育しているということでしょう。
察するにこれは、強風と極端な気温差、長期間にわたっておおいつくす分厚い雪という生命にとっては厳しく劣悪な環境に耐えうるよう適応した姿だと思います。

で筆者は最近まで高山植物を、環境厳しく養分少なくやせた土地で、それでも生きて命をつないでいかねばならないので、短い夏の間により目立とうと身丈のわりに花を大きくあざやかに咲かせている…、そうでなければ受粉を助けるべくハチなどの昆虫はやってこない…、そうくくっていたふしがあります。だから、美しく魅力的なのだと。
それはまちがってはいないことです。
けれどもその上で最近思うのは、そのタネはいったいどこから来たのかということです。
そうして情報を集めて整理し、端的な解説として腑に落ちたのが次のもの(一例)です。

(ガンコウラン、コケモモ…など)これら植物はかつて北方寒地に生えていたもので、氷河期の頃に気候が寒冷化するとともに南下し、(略)その後氷河が退いて、気候が温暖化すると共に一部は北に帰り、一部は北方と気候の類似した高山に残ったものである
石栗正人著『吾妻連峰の花』ぶなの木出版1987より

そうなのです。
たとえば、飯豊連峰や朝日連峰、月山や鳥海山でもここ吾妻連峰西吾妻と同じ種の高山植物がたくさん見ることができるのだけれど、それは、氷河期が去って「北方と気候の類似した高山に残った」からというわけなのです。よって高山植物というのは氷河遺存種であると。
遠く離れて、山の上にぽつんぽつんと生育している…、それはまるで海に浮かぶ小さな島々のごとくの風景です。

列島の寒冷化にともなって北方の植物が南下したとはいえ、植物にはもとより移動手段がありません。その“南下”にどれほどの時間を要したことなのか。退いて高山に残るまでにどれほどの時間が流れたのか、それを思うと壮大な地球時間が横たわっていることに気づかされます。
そして今日私たちがそれを目にするのは、そうした膨大な時間の中に厳しい環境をしなやかかつしたたかに生き延びてきた希少な末裔(まつえい)たちということです。
美しいと感嘆する裏にある、気の遠くなるような宇宙のような背景です。

実のなる植物をもう少し。

ツルシキミ(蔓樒/ミカン科ミヤマシキミ属)。常緑低木。
筍採りの頃は群生するネマガリダケの中にツルシキミの花をつけたものをよく見かけたものです。秋には赤い実をつけます。

ナナカマド(七竈/バラ科ナナカマド属)の赤い実。

オオシラビソ(大白檜曽)の若々しいみどりとの対比も美しいです。

アカモノ(赤物/ツツジ科シラタマノキ属)の赤い実。常緑小低木。
食べることはできますが、そうおいしいとは思いません。

タケシマラン(竹縞蘭/ユリ科タケシマラン属)。
食用にはあらずです。

ゴゼンタチバナ(御前橘/ミズキ科ミズキ属)の赤い実。
ゴゼンタチバナの実は葉が6枚に成長した株につくということです。
そういえば葉は6枚と4枚のものが混在しています。葉はこれからどんどんと臙脂(えんじ)味を帯びてきます。

クロマメノキの紅葉。
ハイマツ(這松/マツ科マツ属)のみどりとのコントラストの妙。
なおハイマツは、温暖化とともに取り残されて高山に逃げた氷河遺存種のひとつ。

たぶん、クロウスゴの紅葉。

スキー場斜面でのスナップ。
クロウスゴかオオバスノキの紅葉かとも思うのですが、幼木ゆえにさらに分からず。

ハナヒリノキ(嚏木/ツツジ科イワナンテン属)の紅葉。むらさきにくろを混ぜたような濃い色になります。
“嚏”はクシャミの意味。
かつて葉や茎を乾燥させたものを粉末にして、汲み取り式便所の蛆(うじ)殺しとして利用したということです。その粉末が鼻に入るとヒリヒリすることからの命名です。
この木は中大巓(なかだいてん)等、森林限界を超えて生育するものもありますが、我がルーザの森にも普通に生えているきわめて垂直分布の広い植物です。

イワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)の紅葉。
照り映えながら濃い臙脂色に染まります。臙脂というよりもグレープの方が近いかもしれない。

ネバリノギラン(粘芒蘭/キンコウカ科ソクシンラン属)。
葉は、ゴールデンオレンジともいうべきあざやかなだいだいに紅葉します。
我が家の敷地の近縁のノギラン(芒蘭)も同様です。

ネバリノギランのゴールデンオレンジとイワカガミの濃いグレープ、そしてチングルマ(稚児車/バラ科ダイコンソウ属)の赤との競演です。

チングルマと、スギゴケ(杉苔)と目されるみどりとの美しいコントラスト。

チングルマとミネズオウ(峰蘇芳/ツツジ科ミネズオウ属)の美しい混在。

ミネズオウのかすかな紅葉。
高山の紅葉というのは里の紅葉のあざやかさともまたちがった美しさを湛(たた)えています 。

ヌマガヤ(沼茅)がおおう湿地にエゾオヤマリンドウの青が映えて。

10月はじめの大凹(おおくぼ)にて。

オオシラビソの濃いみどりとミネカエデ(峰楓)であろう紅と、チシマザサ(千島笹)の若みどりの入り混じりは錦のパッチワークのようであり。
これが西吾妻の山上の代表的な紅葉の風景です。 

この日、古くからの友人と山頂登山をご一緒しました。 

青空を映す池塘(ちとう)の美しさ。

大凹に1カ所だけグンと延びるヌマガヤ(沼茅/イネ科ヌマガヤ属)の株がありました。

イワイチョウ(岩銀杏/ミツガシワ科イワイチョウ属)の葉も枯れ色になってきました。

シラタマノキ(白玉木/ツツジ科シラタマノキ属)の葉もほんのり色づいて。 

10月10日過ぎの山上風景。もはや晩秋の趣きの大凹です。
老夫婦がベンチに腰を下ろして晩秋の景色をしばし眺めていました。

小凹(こくぼ)風景。
奥に控えるは藤十郎です。

ヌマガヤの飴色とハイマツのみどりのコントラスト。

ガスもかかりはじめ。
あとは雪が来るのを待つだけという寂しさが漂ってもいて。

山上の晩秋の景色を目に収めてリフトを下れば…。
時に、彩りをもとめて歩きつつ…。

ミネザクラ(峰桜/バラ科サクラ属)の葉の彩りの美しさ。

山々の紅葉風景に欠くことのできないオオカメノキ(大亀木/レンプクソウ科ガマズミ属)。
うすい黄色から濃い赤や臙脂までさまざまな色を発します。

赤に染まるサラサドウダン(更紗灯台/ツツジ科ドウダンツツジ属)。

紅葉の主役ともいうべき、ミネカエデ(峰楓/ムクロジ科カエデ属)。
ミネカエデと名のつくのには、他にコミネカエデ(小峰楓)やナンゴクミネカエデ(南国峰楓)というのもあります。
正直を言えば筆者はこの区別にかなり困惑します。ガイドブックの説明が端的ではないからです。ミネカエデよりコミネカエデの葉の方が縦長だといわれてもねえ。
それで筆者は今のところ、秋に変わる色によって見分けていますがどうだろう。
つまり黄葉するのはミネカエデ、紅くなるのはコミネカエデ、火炎のような赤はナンゴクミネカエデと。

これなら典型的なナンゴクミネカエデ。
でもこれをコミネカエデとするひともいると思います。 

これは典型的なミネカエデだと思いますが…。

赤味のさしたものはミネカエデだと思うのですが。

ハウチワカエデ(羽団扇楓/ムクロジ科カエデ属)も紅葉の重要な樹木。彩りあざやかです。
ハウチワカエデはルーザの森にもあります。

ナナカマド(七竈/バラ科ナナカマド属)。
下は、典型的ではないと思います。もっとあざやかなスカーレットにもなるものもあります。

コシアブラ(漉油/ウコギ科コシアブラ属)の黄葉。
もう少し進むとレモンイエローから徐々に色味が抜けていきます。

ダケカンバ(岳樺/カバノキ科カバノキ属)の黄葉。
この淡い黄色も美しいものです。

斜面をどんどんと下りながら…。
この彩りを目に焼きつければ、しばらくははつらつとして暮らして行けそうです。
彩りがひとにあたえる感化とはそういうものです。

 

下2枚は、昨年(2021年)の10月24日のかもしか展望台。
もうこの日の西吾妻は冬でした。
今年もそう遠くない日に雪はやってくるのだろうと思います。

 

いとおしいガンコウランやコケモモ、ミネズオウやコメバツガザクラたち、たくさんの高山植物たちはもう、雪の覚悟をしているのでしょう。
そして、長い長い雪のトンネルを抜けたときのあたたかな春の夢を今から見ているんだろうと思います。

また、来年6月に会いに行きます。

 

本日はこのへんで。
それじゃあ、また。
バイバイ!

 

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