森の小径

春はこうして

本日は5月の2日、少し気を抜いていたらもう5月に入ってしまっていたという感じです。
今回のsignalは前回の「いつもの、春のならい」にひき続く、その後の春の進行の様子です。
題して「春はこうして」。

春はこうして。
散歩道の水たまりに、まるで約束したように今年もヒキガエル(蟇蛙)が卵を産みつけていました。
しかし水たまりが干からびてしまったらどうするんだろうと心配にもなるんだけれど、そこは山からしみ出してきた水の通り道ということをきちんと計算済みのようで。
この、静止しているけれども蠢(うごめ)き様の図は確かに春です。
卵からちっちゃなオタマジャクシとなって柔らかなゼリーの紐?から飛び出してくるのも間近。

春はこうして。
鉈(ナタ)は山暮らし、森暮らしの必須の道具です。
山暮らし・森暮らしというのはある意味、自然から身を引いてもらわなければならない場面は多くあるから。
山や森(自然)とひとの関係は、お互いが、押して—引いてが基本、このバランスが崩れるとどちらかが手痛いしっぺ返しを食らうことになります。

刃物は切れなければ意味はなく、切れが鈍くなったらその都度研ぐ必要が出てきます。
下は、慣れ親しんだ砥石を使って愛用の鉈(ナタ)を研いでいるところ。シュッシュッシュッシュッと気持ちのよい振動が身体に伝わります。
筆者は定期的に月の最初に台所の7、8本ある包丁を研ぐことにしていますが、鉈も含めて刃物を研ぐというのは気持ちがよいものです。

これから行こうとするコゴミ場の道の確保にはこの鉈が一番、左手で邪魔な枝をしならせ、そこに角度よろしく振り下ろして切断していきます。
鉈を使う…、これは山暮らし・森暮らしをはじめた頃のあこがれだったなあ。

春はこうして。
本当は5月の連休少し前の恒例行事にしていた美化看板の設置を今年は4月13日に行いました。というのは、春の進行がとてもはやく、山菜目当て(たぶんコシアブラとタラノメねらい)の、県外、特に福島ナンバーのクルマがちらほら見受けられるようになってきましたので。
なぜ福島? 福島市中心部からでもここ米沢市中より東部の郊外は30キロほどしかなくとても近いのです。それから雪のほとんど降らない福島にはよい山菜が育たないこともあります。
それからそれから、2011年3月の原発事故による放射能汚染が続いていて、野のもの山のものは今もって食べられないから。原発というのはまったくひどいものです。

この看板設置はもう10年ほどもやっていることだけど、かなりゴミは減ってきているような。
でも、こんな啓蒙活動をしゴミ拾いをしなければうつくしい環境を保てないなんて、日本の民のモラルってこの程度ですよね。自分さえよければそれでよく、ひとの手を汚して保たれる環境に思いをはせない。

相棒がシャベル(シャベルとスコップのちがいって知ってます? 足を掛けられるものがシャベル)の取っ手を杭の頭に添えて、地面に対して垂直を取っているところ。これなら危険がなく垂直を取りつつ不安定な杭を支えることができます。
さらに言えば…、シャベルで杭を支える相棒から見た垂直と掛矢(カケヤ。木槌の巨大なヤツ)を振り下ろそうとする筆者から見た垂直は違うわけです。その最低2方向から見て修正してはじめて、「よりましな垂直」が出せるのです。
ふたりがそれぞれに思った垂直というのは「思いこみの垂直」なわけです。実際はいい加減なのに、垂直だと思いこんでいる!
これって、ふたりの関係(夫婦とか、友人同士とか、同僚とか)に似ていますよね(笑い)。だから、同じことを最低2方向から検討することが必要になると。

春はこうして。
早春の象徴であるコブシ(辛夷/モクレン科モクレン属)が咲いたのは、例年よりぐっと早く4月14日のことでした。たぶん10日は早い。
そして、同じマグノリア(モクレン科モクレン属)のタムシバ(田虫葉)も少し遅れて、追って咲きました。
青い空に映える白いマグノリアはまったくうつくしいです。

宮澤賢治の(筆者がもっとも気に入っている)童話に「なめとこ山の熊」というものがあります。その佳境ともいうべきは早春の谷の熊の母子の風景、それを引用してみます。

なんべんも谷へ降りてまた登り直して犬もへとへとにつかれ小十郎も口を横にまげて息をしながら半分くずれかかった去年の小屋を見つけた。小十郎がすぐ下に湧水のあったのを思い出して少し山を降りかけたらいたことは母親とやっと一歳になるかならないような子熊と二ちょうど人が額に手をあてて遠くをめるといったふうに淡い六日の月光の中を向うの谷をしげしげ見つめているのにあった。小十郎はまるでその二疋の熊のからだから後光が射すように思えてまるで釘付けになったように立ちどまってそっちを見つめていた。すると小熊が甘えるように言ったのだ。
「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなっているんだもの。どうしても雪だよ。おっかさん」
 すると母親の熊はまだしげしげ見つめていたがやっと言った。
「雪でないよ、あすこへだけ降るはずがないんだもの」
 子熊はまた言った。
「だから溶けないで残ったのでしょう」
「いいえ、おっかさんはあざみの芽を見に昨日あすこを通ったばかりです」
 小十郎もじっとそっちを見た。
 月の光が青じろく山の斜面を滑っていた。そこがちょうど銀ののように光っているのだった。しばらくたって子熊が言った。
「雪でなけぁ霜だねえ。きっとそうだ」
 ほんとうに今夜は霜が降るぞ、お月さまの近くで胃(コキエ)もあんなに青くふるえているし第一お月さまのいろだってまるで氷のようだ、小十郎がひとりで思った。
「おかあさまはわかったよ、あれねえ、ひきざくらの花」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ」
「いいえ、お前まだ見たことありません」
「知ってるよ、僕この前とって来たもの」
「いいえ、あれひきざくらでありません、お前とって来たのきささげの花でしょう」
「そうだろうか」子熊はとぼけたように答えました。小十郎はなぜかもう胸がいっぱいになってもう一ぺん向うの谷の白い雪のような花と余念なく月光をあびて立っている母子の熊をちらっと見てそれから音をたてないようにこっそりこっそり戻りはじめた。風があっちへ行くな行くなと思いながらそろそろと小十郎は後退りした。くろもじの木のが月のあかりといっしょにすうっとさした。

この雪とも見まごう白いものが「ひきざくら」で、これはコブシ(またはタムシバ)を指しています。
まちがいを指摘し子どもを諭す母、その母もまたまちがったことを言っているおかしさ(ちがったものを指している可能性はあるが、きささげの花はこの時期には咲かない。賢治の勘違いの可能性もある)。

春はこうして、こんな物語にも寄りそっているのです。

コブシ。花の根元に小さな葉が1枚ついています。

タムシバ。小葉はつかない。

春はこうして。
庭にイワウチワ(岩団扇/イワウメ科イワウチワ属)が咲きました。
これは飯豊山の麓の広葉樹林の林床(国立公園の指定区域外)から数株を掘り起して10数年前に移植したものです。イワウチワがルーザの森の気候風土に合ったからなのか、あれからずいぶんと増えました。
うすい赤味を宿して咲くイワウチワも早春のシンボル。我が家の名花。

春の野に出ました。山を歩きました。
時に、在野の植物研究者と一緒に。

下は、アケビ(木通/アケビ科アケビ属)の花。

下は、ミツバアケビ(三葉木通/アケビ科アケビ属)の花。
アケビは葉が5枚、ミツバアケビはその名からして3枚です。

こちらで普通に多く目にするのはミツバアケビの方で、当地方では秋に収穫してその皮を調理して食する風習があるのだけれど、これに関してはアケビよりミツバアケビの方が肉厚でやわらかくておいしいです。
この「あけびの肉詰め姿焼き」は絶品です。たぶんこれを食したことのない呑兵衛が口にしたら、その美味さに卒倒するのでは(笑い)。

我が庭に自生するトウゴクサイシン(東国細辛/ウマノスズクサ科カンアオイ属)。
筆者はこれを長くウスバサイシンと覚えていたのですが、2007年に独立種として認定されたのだとか。
トウゴクサイシン(またはウスバサイシン)は貴重な蝶として有名なヒメギフチョウ(姫岐阜蝶)の幼虫の食草で、この蝶は米沢でも確認があるとのことです。
それにしても花がグロテスク。

雪解けから間もない頃、最初に咲くスミレがこのスミレサイシン(菫細辛/スミレ科スミレ属)です。
葉が薄く波打っているのが特徴のひとつ、この花びらの青には惹きつけられます。
我が家の庭にたくさん咲きますし、特にコゴミの出る頃の半日陰の林床にも数多く見かけます。

オオタチツボスミレ(大立坪菫/スミレ科スミレ属)。
花びらのうしろの天狗の鼻のような突きでた部分(距/きょ)が白いのがオオタチツボスミレ、白くないのがタチツボスミレ(立坪菫)とは最近教えてもらったことです。今まではあいまいなままでした。

エンレイソウ(延齢草/シュロソウ科エンレイソウ属)。
山の半日陰の林床に今、あちこちで咲いています。
いずれ直径2センチ大のボールのような実がつき、黒塾すれば食べられます。甘いです。
この延齢草という名は、中国で根が高血圧、神経衰弱、胃腸薬などの民間薬として知られていたことからとのことです。

ご存じカタクリ(片栗/ユリ科カタクリ属)。
まさに、春の妖精ですね。 

ニリンソウ(二輪草/キンポウゲ科イチリンソウ属)。わずかながら、我が家の庭にも咲きます。
これは山菜のひとつでもあるけれど、猛毒トリカブト(鳥兜)の葉にきわめて似ていて注意を票します。
食べる場合は必ずこの白い花のついている株を確かめることが肝要です。

オクノカンスゲ(奥寒菅/カヤツリグサ科スゲ属)。
夏の高層湿原の風物詩にワタスゲ(綿菅)があり、あの綿のようなワタスゲの実は有名でも花の方はあまりなじみがないのでは。ワタスゲの花はこのオクノカンスゲのブラシ様の花にそっくり、地味なものです。

庭に咲いたヤマブキ(山吹/バラ科ヤマブキ属)。
近くに自生している株を庭の一角に移植したら、どんどんと増えてきました。
東北の春にあって、自生種のヤマブキの黄色というのはとても目立つしうつくしいです。
庭には園芸種の八重もあって、これももうすぐ花をつけます。

チャルメルソウ(哨吶草/ユキノシタ科チャルメルソウ属)。
研究者とご一緒した植物観察の折に紹介された植物、チャルメルソウの実物をはじめて見ました。
哨吶の名は、果実が熟して上向きに開いた様子が中国のラッパに似た楽器であるチャルメラに似ているからということです。

サルトリイバラ(猿捕茨/サルトリイバラ科シオデ属)。
この植物の棘は強烈、衣服にでも引っかければ裂けてしまいかねません。
関西ではサルトリイバラの葉で餅を包んで「いばら餅」をつくるらし、関西に近い三重の友人がつくって送ってくれたことがありました。
このいばら餅はこちらのかしわ餅に相当する、端午の節句の縁起物のようです。
名をサンキライ(山帰来)とも言うようで。 

今うつくしく咲き競っているのがハルリンドウ(春竜胆/リンドウ科リンドウ属)。
この青って、何か心に沈潜するというか。ケンジブルー? 実に魅力的です。
西吾妻山にもたくさん見ることができる高山植物のミヤマリンドウ(深山竜胆)にそっくり、その里型という趣きです。

春はこうして。
雄花序(ゆうかじょ)をつけたヒメヤシャブシ(姫夜叉五倍子/カバノキ科ハンノキ属)。
葉が茂ると、葉には葉脈が深く刻まれるようになって特徴的です。
ヒメヤシャブシはやせ地でも生育するので、砂防や緑化樹として利用されてきたとのことです。

雄花序をつけたイヌコリヤナギ(犬行李柳/ヤナギ科ヤナギ属)では?
ヤナギ科は数多く、この同定には自信がないです(-_-;)。

雄花序をつけたバッコヤナギ(跋扈柳/ヤナギ科ヤナギ属)では?
これも自信がないです(-_-;)。

雄花序をつけたオノオレカンバ(斧折樺/カバノキ科カバノキ属)。

下は10日前、4月16日に観察したときのものだけど、1本の雄花序の先が分かれているものもありました。

とても特徴的な、オノオレカンバの樹皮、皮目。
この材は非常に比重が大きく、希少価値があって堅牢なので高値の取引があるとか。高級印材にも使われているらし。

雄花序垂らすウリハダカエデ(瓜膚楓/ムクロジ科カエデ属)。
この雄花序が目立つ頃のウリハダカエデのみずみずしさは格別です。
秋の、個体によってちがう深紅から橙に染まる紅葉も見事です。

雄花序垂らすアカシデ (赤四手/カバノキ科クマシデ属)。新芽が赤いことからの命名らしいけれど、これももう少しするとその特徴的な姿になるのだろうと思います。
これは研究者に紹介されたもの。
この辺におけるシデ類は、アカシデを含めイヌシデ(犬四手)、クマシデ(熊四手)、サワシバ(沢柴)の4種を覚えればよいとのことです。
筆者は今、近くにあるサワシバ以外は分からない(区別がつかない)状態です(-_-;)。

オオバボダイジュ(大葉菩提樹/シナノキ科シナノキ属)の初々しい若葉。ハート形の葉が少し非対称です。
コゴミ採りの道中で発見したものです。 

ヤマナラシ(山鳴/ヤナギ科ヤマナラシ属)。この樹木の若々しさ。
ヤマナラシというのは、秋に風が吹くと硬質の葉が擦れ合って音を鳴らすことからの名です。蝋を塗ったような光沢のある葉です。
この材からマッチ棒や割りばしになるのだとか、うつくしい立ち姿の割にそれぐらいにしかならない、利用価値の低い樹木。

フジ(藤/マメ科フジ属)。
ヤマフジ(山藤)というものもありますが蔓は左巻き、フジは右巻きです。ヤマフジの自生種は中部地方以西ですからここ東北地方にはありません。
フジなのに白花、これはニセアカシア(ハリエンジュ)ではない、れっきとしたフジです。野生種でも稀に、こうした白花があるのです。ここから約1キロ先の道路わきで。
この花、昨年はひと晩にして花がきれいさっぱりに全部食べられ、串状になっていたものです。誰かが、おいしいおいしいと食べたのです。
犯人はカモシカでしょうか、サルでしょうか。貴重な花、今年はそのままにしてほしい。

 

アカイタヤ(赤板屋/ムクロジ科カエデ属)。生まれたての葉が赤色を帯びています。

下は我が家のシンボルツリーのひとつのアカイタヤ。
黄色な花がうつくしく咲きました。

イタヤカエデ(板屋楓/ムクロジ科カエデ属)。
筆者には、花だけをみればアカイタヤとイタヤカエデの区別はつきません。
このイタヤカエデ(アカイタヤも含め)は、サトウカエデからできるメープルシロップの代用になるとのこと。日本で事業化しているところもあるようです。

オクチョウジザクラ(奥丁子桜/バラ科サクラ属)。
日本の野山に自生するサクラは10種あるそうで(11種という説もあり)、その中でも、東北の雪国で最も早く咲くのがこのオクチョウジザクラです。
木自体が大きくならずせいぜい高くて2メートルぐらい。このサクラは楚々としてうつくしいです。

オオヤマザクラ (大山桜/バラ科サクラ属)。これも自生種のサクラのひとつ。
サクラ類の中で最も色味が濃く、花径がもっとも大きくて、大きさは500円玉ぐらいでしょうか。

ギョイコウ(御衣黄/バラ科サクラ属)。江戸時代中期から見られる園芸種のサクラ。
この御衣黄という名は、花が貴族の衣服の萌黄色に近いからということのようです。
米沢の近隣の高畠町の民家で。研究者からの紹介のひとつ。

春はこうして。

ちょっと遠出をしての山菜採り、その近くのダム湖で。
湖面が水鏡よろしく春の山を映しています。

家の近く、ルーザの森に位置する大石山の春。

ほぼ同じ場所の風景の変わりよう。
歩いてすぐ近くの、4月22日の森、それから6日後の森。ここでゼンマイ採りをします。

ルーザの森の第1のビューポイントの笊籬橋からの風景。
上から、4月13日、22日、26日。眼がクルクルと回ってしまいそうな速さで推移しています。
今はさらにグンと進んで、アオダモ(青梻)の白い花が咲いています。

コゴミ採りやゼンマイ採りの帰りに立ち寄る笊籬淵。筆者の憩いの場所です。
この清冽な流れと水の色。すべてが飲むことができるおいしい天然水。
ここに来ると、落ちつくのですよ。

そうしてルーザの森は今コナラの銀の若葉で埋め尽くされているけれども、それも束の間です。
2、3日後には黄緑の絨毯が敷かれているはず。

こうして春は、ひとつ、ふたつと足跡を残しながら、足早に駆けていっています。

それじゃあ、また。
バイバイ!

 

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