山歩き

花の山、月の山 2

今回のsignalは、前回に引き続いての「花の山、月の山」、その2です。
7月3日4日と過ごした月山で出会った植物を中心につづっていこうと思います。

姥沢登山口の手前の志津野営場のブナ(山毛欅)の森の中の散策路で出会ったギンリョウソウ(銀竜草/イチヤクソウ科ギンリョウソウ属)。腐植土の上に生える腐食植物、日の当たらない湿り気のあるブナの樹下にたくさん見かけました。
かつてあるひとがギンリョウソウを指して、「あの幽霊みたいなものは何だろう」と言っていたけど、そういう印象もさもありなん、別名はユウレイタケ(幽霊茸)です。

姥沢口の駐車場から、リフトを使わずにすぐに登山道に入りました。そしてほどなく出会ったのがノウゴウイチゴ(能郷苺/バラ科オランダイチゴ属)です。お久しぶりです。
この実は小さいだけで栽培の苺とまったくのソックリさん。味も甘くておいしいものです。

一瞬、里や低山の日陰によく見るクルマバソウ(車葉草)かなと思いましたが、念のため図鑑に当たると、輪生する葉が6枚であることから、たぶんこれはオククルマムグラ(奥車葎/アカネ科ヤエムグラ属)だと思います。
クルマバソウは確かに葉が6枚のものがありますが10枚までさまざまですし。

登山道を歩きはじめて間もなく小流れに出ました。
そして雪解けを待ちかねたように、リュウキンカ(立金花/キンポウゲ科リュウキンカ属)が明るく咲いていました。

リュウキンカのすぐ近くに咲いていた名残りのミズバショウ(水芭蕉/サトイモ科ミズバショウ属)。
この花は、江間章子の詞と中田喜直の曲による「夏の思い出」によってグンと株を上げたことでしょう。これは筆者も愛唱するいい歌です。
地方によってミズバショウは、葉の形から、“ベコノシタ”(牛の舌)とも言われているそうな。

ルーザの森にも自生するガクウラジロヨウラク(萼裏白瓔珞/ ツツジ科ヨウラクツツジ属)が寒さに震えていました。
ガクウラジロヨウラクは日本海側気候の多雪地帯に分布が多いとのこと、逆にいえばこの木があるということはそこは多雪地帯の証明にもなるというものです。

オオバミゾホオズキ(大葉溝酸漿/ゴマノハグサ科ミゾホオズキ属)が雪田のわきに咲いていました。
先のリュウキンカもそうだけど、雪国にあって黄色は、春を告げる色です。

 事前にガイドブックを見て知ってはいたけれど、まさか出会えるとは思っていなかったのがエゾイチゲ(蝦夷一華/キンポウゲ科イチリンソウ属)でした。
この植物は名前のとおり北海道に自生があるものの、本州においては山形県、しかも月山にのみにしか確認されていない貴重な植物だそうです。
風情としては、西吾妻にも自生するヒメイチゲ(姫一華)に似ているようであり。
北海道と月山にしかないのは分かったけど、それはどうして? かつては氷河時代に南下して東北の日本海側の高山および中部山岳地帯にあったものが条件によって消滅したから? それで環境厳しい月山にだけ生き残ることができた?

ここでちょっと、コーヒーブレイク。

筆者は山にはいつも地図を携えますし、事前にながめてはそこからたくさんの情報を得ています。
ルート上の水場の確認だとか、どこそこにどんな代表種の植物があるかだとか、等高線の詰まり具合やのび具合で登山道の斜度を想像したり…。
今回使用した地図『山と高原地図⑧鳥海山・月山』(昭文社2023)の執筆者の斎藤政広さんが付録のルート案内の冊子のあとがきにこう記していました。

(山を歩いていると)いつとはなく自然の中に友達ができます。“やあ”と声かけることもあれば、“やあ”と声をかけられることもあります。それは出会う人のことも、虫や花や樹木、空行く雲たちのこともあります。こうして友達(自然)に包まれて歩いていると、人も自然の一部、自然に守られて、私たちもあるのだなと思えてきます。そうして、あるとき、山や森、自然が、奇跡の星といわれる地球がせつないほどに大切に思えるときが生まれるでしょう。

山や森を歩く、咲く花々を愛でる、自然に語りかけ語りかけられる、自然に感謝する、この星が愛しくなる…。
筆者が山を歩くことが好きなのは、斎藤さんが語るとおりなのです。だから、山で、そういう感覚を持つひとに会って思いを共有していくことのうれしさは格別だともいえるわけで。

ヒメイワショウブ(姫岩菖蒲/ユリ科チシマゼキショウ属)。これも高山ならではの花です。
吾妻の弥兵衛平湿原にも咲いています。
似たようなものにイワショウブ(岩菖蒲)がありますが、イワショウブが1節に3個の花がつくのに対して、こちらは1個とのこと。 

ハクサンイチゲ(白山一華/キンポウゲ科ハクサンイチゲ属)。高山植物の代表格のひとつ。月山のこの大群落には大いに感激しました。
ハクサンイチゲは豪雪にして風衝地帯という最も厳しい環境をあえて選んだかのような、力強い植物に思えてきました。

なお、高山植物にはハクサンの名がつくものが多くありますが、これはかつて山岳宗教が盛んだったころ、江戸文化圏に最も近いそれが石川県の白山であり、ひとびとが高山植物に最初に接した山だったからということです(参照;鹿間広治著『花かおる月山』)。
まあ、今に横行する、いわゆる“東京基準”のいい例、そのさきがけですね(笑い)。

ハクサンイチゲに花びらはなく、白く見えるのは萼片です。

朝日に照らされたハクサンイチゲ。

今回の月山行において、事前に調べていた植物で会いたいと思っていたひとつがウズラバハクサンチドリ(鶉葉白山千鳥/ラン科ハクサンチドリ属)でした。ウズラの卵のような斑点模様が葉についているのです。
ハクサンチドリ(白山千鳥)は地元の西吾妻でも見ることができますが、それに斑点があるものはありません。
ウズラバハクサンチドリの東北における自生は飯豊連峰と朝日連峰にわずかあるぐらいで、とりわけ月山がその中心のようです。そういう意味では月山を代表する貴重な花のひとつでもあります。

こちらは斑点のないハクサンチドリ(白山千鳥/ラン科ハクサンチドリ属)。

ヒナウスユキソウ(雛薄雪草/キク科ウスユキソウ属)。別名に、ミヤマウスユキソウ(深山薄雪草)。
ヨーロッパアルプスの名花エーデルワイスに最も近い種とされるひとつが、このヒナウスユキソウです。
その名が示すとおり、うっすらと雪がつもったような綿毛の風情が愛らしく、ことに霧におおわれたヒナウスユキソウには水滴がついて、さらに魅力が増しているように見えます。ヒナウスユキソウとは、よい命名をしたものです。
花びらのように見えるのは苞葉(花芽を包む特殊化した葉)、花は中央に集まった黄色な部分です。

それにしても月山のヒナウスユキソウの大群落はどうでしょう。

早池峰山の近縁のハヤチネウスユキソウ(早池峰薄雪草)にしても、礼文島の近縁のレブンウスユキソウ(礼文薄雪草)にしても、飯豊・朝日のヒナウスユキソウにしても、近くの鳥海山のものにしても、これほどの数を筆者は見たことがありません。
月山はヒナウスユキソウの聖地といっていいのかもしれません。

まだ若く、これから開花がはじまるヒナウスユキソウ。

山頂の草原台地にもあふれんばかりのヒナウスユキソウの大群落があって、登山者の中に懸命にこの花を写真に収めている姿がありました。
「写せずにはおれないです」というつぶやきは心からの声だったでしょう。

 

ちなみにですが、本場スイスの自生するエーデルワイスの画像をネット情報から拝借して、紹介します。
やはり、似ています。こちらの風情もよいです。

web スイスエクスプレス

さらにちなみにですが、近縁とはいえ似ているとはいえないウスユキソウ(薄雪草/キク科ウスユキソウ属)はこちら。
標本は磐梯山。やっぱり、風情がねえ。

もうひとつ、ミネウスユキソウ(峰薄雪草/キク科ウスユキソウ属)はこちら。
標本は船形山(御所山)です。やっぱりこちらも、風情がねえ。

キタヨツバシオガマ(北四葉塩竃/ゴマノハグサ科シオガマギク属)。
ヨツバシオガマでもさまざまなタイプがあるようで、とんがった花姿から、東北と北海道に多いのがこのキタヨツバシオガマとのことです。

ミヤマシオガマ(深山塩竃/ゴマノハグサ科シオガマギク属)。
筆者にすればたぶんはじめての出会いです。
ニンジンのように細かく裂けた葉と濃い赤紫のふんわりとした花姿が印象的です。
山頂の草原台地にたくさん咲いて目を楽しませてくれました。

これも今回の月山行の思い出深い花になりました。

ホソバイワベンケイ(細葉岩弁慶/ベンケイソウ科キリンソウ属)。雌雄異株。
上に、キリンソウ属と記したけど、図鑑によってはイワベンケイ属としているものも見受けられます。この植物は分類においては今もって定まらずに動いている感じです。
月山をはじめ鳥海山や早池峰山など東北北部の山に多いということです。

ヤマガラシ(山辛子/アブラナ科ヤマガラシ属)。頂上小屋付近に咲いていました。
これが高山植物かなあと首をかしげるような、里にもありそうな姿です。

ヤマガラシと同居するように頂上小屋付近に咲いていた花。
いままでははじめて出会う種でも図鑑やネット検索でだいたいの見当はついていたのですが、これは分かりませんでした。
それで後日、月山の花にお詳しい、著書もお持ちの頂上小屋オーナーの芳賀竹志さんに電話で問い合わせました。そしたら即、「ハクサンハタザオでしょう」との答えでした。
ハクサンハタザオ(白山旗竿/アブラナ科ハタザオ属)。

ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花/キンポウゲ科キンポウゲ属)。
花がつやつやした印象です。葉がトリカブト(鳥兜)に似ています。

頂上の草原台地に咲いていたコバイケイソウ(小梅蕙草/シュロソウ科シュロソウ属)が朝日を浴びて。

今回の月山行の第一の動機と目的は、クロユリに会うことでした。やっと会えたという感じです。
クロユリ(黒百合/ユリ科バイモ属)、またはクロユリの北方型変種としてのミヤマクロユリ(深山黒百合)。
花は暗紫褐色で、花びらには黄色の細かい斑点があります。

図鑑には東北では飯豊連峰にも産するとあるけれども、かつて登ったときに見かけることができなかったのは時期がぐっと遅かったせいかもしれません。

図鑑の説明では、クロユリには悪臭があって、英語ではskunk lily(スカンクユリ)とも呼ばれているとのこと。
花姿に見とれて、においをかぐのを忘れていたなあ(笑い)。

北海道には低地にも見られるとのこと。
そういえば最近会った旭川の友人とクロユリの話になり、「庭に咲いているけど」とサラリと言っていたっけ(笑い)。

クロユリを存分に堪能しました。実に、満足至極です。

ミヤマクロスゲ(深山黒菅/カヤツリグサ科スゲ属)。
我がルーザの森にあるオクノカンスゲ(奥寒菅)を思わせる姿です。
ちょうど、クロユリの咲く場所に混生していました。 

チングルマ(稚児車/バラ科チングルマ属)こそは、それこそ高山植物の代表格ともいうべきものでしょう。
樹木に分類するには似つかわしくないと思うけど、落葉小低木です。

下は、姥ケ岳に向かう途中だったと思うけど、全山がチングルマという圧倒的な様相を呈していました。
花後は花柱が伸びて紫褐色の羽毛状となり、それがいっせいになびく姿も美しいものです。

ミネズオウ(峰蘇芳/ツツジ科ミネズオウ属)。常緑小低木。
西吾妻で見るものよりも花の色が濃い感じがします。
和名の蘇芳(すおう)とは樹木のイチイ(一位)のこと、そういわれてみれば、葉はイチイにそっくりです。
このミネズオウも高山植物の代表格です。

アオノツガザクラ(青栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。 これもいかにも高山植物然とした趣です。

そして、エゾノツガザクラ(蝦夷栂桜/ツツジ科ツガザクラ属)。
今回の月山行でこの花に会えたのもうれしいことでした。
この植物は北海道と東北のごく一部の高山にしかないそうで、月山が南限とのことです。とても貴重な植物のひとつなのです。
それにしても、花の色がちがうだけで、エゾノツガザクラはアオノツガザクラにそっくりです。

そして地元の、花にくわしい方の説明では、このふたつは交雑している可能性がある、その中間種が多く見つかっている、ということでした。
ともすれば、下も交雑したものかも知れない。

東北の名花、ヒナザクラ(雛桜/サクラソウ科サクラソウ属)。
ヒナザクラの北限が八甲田山、南限が西吾妻の西大巓です。
図鑑(『日本の野草』山と溪谷社1983)には「ヒナザクラは日本の植物学者が学名をつけるようになった最初のもので、これ以降に発見された植物は、すべて日本人によって学名が付されるようになった」という記述があります。ということは、ヒナザクラは日本の植物分類学上のエポック的な存在と言えるのでしょうか。

姥ケ岳に登ろうかというところで出会ったウサギギク(兎菊/キク科ウサギギク属)。
根元の葉がウサギの耳に似ているからということからの命名です。

そして、ミヤマカラマツ(深山唐松/キンポウゲ科カラマツソウ属)。
カラマツの若葉のような白い花が輝いていました。 

月山は約35万年前に噴火活動がはじまり、長い年月をかけて現在の山容となった成層火山です。
今回筆者がルートとした姥沢コースの、特に西側の牛首から山頂にかけての急坂は爆裂火口壁による荒々しい姿をしています。それに対して東側はたおやかでまどかな姿をしています。月山は荒々しさとおだやかさを背中合わせに持っている独特な地形の山なのです。
冬季は西側からは猛烈な風雪が襲い、けれども強風のために雪は峰を越えて東側に積もり積もって大雪田が形成されます。この厳しい自然環境こそが多種多様でうつくしい植物を育んでいるように思います。
花の季節はこれからが本番です。
筆者は今後、コースを変えながら、時期も少しずつずらしながら月山の植生に親しんでいけたらと思っています。

今回の月山行は、たぶんいつまでも心に残る花の山旅になるように思います。

これでsignal「花の山、月の山 2」は終わりにします。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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