森の小径森の生活

春は爛漫

本日は(2023年)5月1日、暦の変わり目です。
5月はいいなあ、日は降りそそぎ、みどりが目にやさしいし、空気もさわやか、薫風も吹くし、野鳥のさえずりのシャワー….。(こんな5月に5月を愛した寺山修司が鬼籍に入ったし、親しかった筆者の父親がこの世を去ったのも5月。ある意味、これも感慨深い)。

春はめまぐるしく進行し、蠢(うごめ)きうごめき、ものみなうつくしい季節になってきました。
時々刻々の移りかわりで、筆者はもうどうしてよいものやら分からず、息がハアハアです(笑い)。
やはり今という時間は一年の中でも特別の特別なのです。
今回のsignalは、春も真っ盛りに差しかかった森の様子のふたつみっつを書き留めておきたいと思います。
題して、「春は爛漫」です。

長かった冬を抜け出して、日は降りそそぎ、野山の春は爛漫…。

この(4月)27日のこと、植物のオーソリティーとして筆者が私淑(ししゅく)している神保道子さんとご一緒する機会を得ました。冬場からずっと、春のひかりと同様、望んでいたことです。
オーソリティーといっしょに春の野山を散策しながら植物を観察する、植物について教えを乞う、それはどんなに素敵なことか、どんなにか幸せなことか。

コースは、国道13号の米沢は万世町梓山(ずさやま)地区の、福島に向かう坂の手前を基点として北に走る広域農道(ブドウマツタケライン)全線。つづら折りの山中を、高畠町に抜け、蛭沢湖のわきを通って南陽市赤湯に至る総延長にして約25キロほどの道のりです。
気になった場所でクルマを停めては観察、少し歩いては植物を見て回るという具合の5時間ほどの行程でした。

さっそくにも教えていただいたのが、ルーザの森に今いくらも自生する基本野生種のサクラの区別、オクチョウジザクラ(奥丁字桜)とカスミザクラ(霞桜)とオオヤマザクラ(大山桜)についてです。

下は、オクチョウジザクラ(奥丁字桜/バラ科サクラ属)。


この3つについては、その花の大きさ、花の色、木の立ち姿などから自分でもだいたいは区別はできるのですが、具体的に説明するとなるとやはりあいまいです。理解が浅いのです。
それに対してミチコさん(以降、こう呼びましょう)は…、
オクチョウジザクラの場合は花が下を向いていることがひとつ。名の由来、“丁字”の逆の形。
オクチョウジザクラの花序(花のつき方、花をつける茎の部分)はほとんどが2本で、ジャンケンのチョキのよう。それに対してカスミザクラは花柄が途中で分蘖(ぶんけつ)して3本になることも多い。カスミザクラは全体的に毛が多く、別名ケヤマザクラとも呼ばれている、とのこと。
カスミザクラとオオヤマザクラは似通った時期に咲き、交雑も進んでいて、花の色味とか立ち姿でも区別はつかない場合がある。その場合は、花序の根元をさわってみると、べたつくのはオオヤマザクラ、とのことです。
実に、具体的です。

下は、オオヤマザクラ(大山桜/バラ科サクラ属)。

下は、カスミザクラ(霞桜/バラ科サクラ属)。

カスミザクラについてレクチャーするミチコさん。

カスミザクラの皮目。 

箒状に生える典型的なカスミザクラの樹形。 

下は、冬を越した姿をとどめるイワガラミ(岩絡/アジサイ科アジサイ属)の若葉。
両性花が集まる花序のまわりに大きな白色の装飾花が縁どりますが、これは枯れてそっくり残っています。
この若葉を噛むとキュウリの味がします、とミチコさん。サラダにいいみたい。

以下は、イタヤカエデ(板屋楓)についてです。
筆者は今までイタヤカエデ(板屋楓)とベニイタヤ(紅板屋)の区別があいまいでした。それをミチコさんがビシッと指摘してくれました。

下が、ベニイタヤ(紅板屋/ムクロジ科カエデ属)です。
若葉が赤いです。

ベニイタヤの花。
ベニイタヤが点在する山肌にあっては、この時期はまるで菜の花畑のように黄色があざやかです。

下が、イタヤカエデ(板屋楓/ムクロジ科カエデ属)。若葉がみどりです。
筆者は若葉がみどりのイタヤカエデをはじめて意識しました。
そして何と、イタヤカエデの葉は浅く7裂、ベニイタヤは5裂なのでした。

そうしてみると、我が家のシンボルツリーのひとつ、今までイタヤカエデと思いこんでいたものは実はベニイタヤだったのです。
正しいことを知ることができて本当によかったと思います。
人生、何事、まちがったことを思いこんだままズーッと過ごすって多いですからネ(笑い)。

途中、ヤマナラシ(山鳴/ヤナギ科ヤマナラシ属)のすっくとした立ち姿に会いました。
このヤマナラシ、葉柄の断面がタテ長なので葉は横に大きく動くのです。しかも葉は表面にワックスが塗ってあるようにつややかで硬質、よって風が吹いて葉と葉が擦れ合う時にはカラカラという大きな音を出すのです。山鳴しのいわれです。
それにしても、青年のように若くてはつらつとした春のヤマナラシ。

アオダモ(青梻/モクセイ科トリネコ属)の、ポシャポシャとした花がもう咲いていました。
ルーザの森なら5月の半ばあたりの開花なのですが、あまりに早い。
ミチコさんに言わせれば、ここは温泉地(赤湯温泉)の近く、地熱が高いのかもしれないという推測でした。ヤマツツジ(山躑躅)の赤い花も咲いていましたし。

車中、「植物に興味を持たれたのは何がきっかけでしたか」と聴いたのです。
それに対してミチコさんはこう答えました。
「草の花がきれいなのは分かるけど、木にも地味ながら花がそれぞれにあって、中でもツノハシバミ(角榛)の春先の赤い花を見たときに、うつくしいと思った。感動しました。それからですかね、植物全体に魅かれていったのは」。
ツノハシバミの赤い花…。想像すらつかず。

下は、ネット上にあるツノハシバミの花。ミチコさんが魅了されたという赤い花。

web;六甲山系の森林

と、帰路の途中、カモシカ(羚羊/ウシ科カモシカ属)に会いました。
お久しぶりです、カモシカ君!
君も春の日を浴びて気持ちよさそう、新鮮な木の芽はとてもおいしそうです。
それにしても、よい目をしているものです。

そうしてたのしい一日は終わりました。
聴きたいときに聴けるひとがいるというのは本当に幸いなことです。
またいつか近いうち、植物観察をご一緒したいものです。次回は、初夏がいいなあ。

長かった冬をくぐり抜け、日は降りそそぎ、森の春は爛漫…。

ルーザの森一帯をおおうコナラ(小楢/ブナ科コナラ属)が芽吹いてきました。
同属のミズナラ(水楢)の芽吹きが橙(だいだい)ならこちらは銀です。
したがって今、鳥の目で俯瞰するなら、ルーザの森は銀の森なのです。

近くの、笊籬淵(ざるぶち)のある谷間。
上方、銀色に見えるのは一帯がコナラだからです。
この透明なルーザの森の空気感は伝わるものだろうか。

ヤマハンノキ(山榛木/カバノキ科ハンノキ属)の立ち姿。すっくとしてうつくしいです。

エゾユズリハ(蝦夷譲葉/ユズリハ科ユズリハ属)は常緑小低木。
エゾユズリハは雪国に多く、ヒメアオキ(姫青木)やユキツバキ(雪椿)らと一緒に広葉樹の林床を明るく照らしています。

まるで天然のサーキュレーターのようなホオノキ(朴木/モクレン科モクレン属)の若葉。
先のミチコさんに言わせれば、ホオノキの若葉は天ぷらにするとおいしいよ、だそうで(笑い)。

ミズナラ(水楢/ブナ科コナラ属)の若葉。
雄花序(ゆうかじょ)も垂れ下がっています。

今年は4月下旬にして早くも山菜の季節の訪れです。昨年よりは10日ほど、平年よりは4、5日は確実に早くやってきている感じです。
ということで筆者たちも29日に野山に繰りだしました。
森の天井にはツツドリ(筒鳥)の平和なホーホーの声が響いて。

ねらうはコゴミ(屈)なのですが、タカノツメ(鷹爪/ウコギ科タカノツメ属)もそのひとつ。
タカノツメは落葉高木で、秋の黄葉はうつくしいクリームイエローです。
この若葉が何ともいえずおいしいのです。

細い枝をたぐり寄せて若葉を摘み取る相棒のヨーコさん。

タカノツメの、今が旬の若葉。

コゴミ(屈=クサソテツ/草蘇鉄/オシダ科クサソテツ属)。
マーケットとか通販では下の写真なくらいに伸びたものまで摘んで商品にしているようですが…、

筆者たちの基準は、下のようなもの。
ぜいたくといえばぜいたくな採り方ではあります。

今年はコゴミならずアブラコゴミ(油屈)の大群落に出会って興奮しました。
アブラコゴミの標準和名はキヨタキシダ(清滝羊歯/オシダ科メシダ属)で、コゴミとは別種別属です。
第一に、コゴミのように株立ちすることなく1本ずつ生えています。よって収量を得るのは容易ではないのですが今年は出会ってしまったということです(笑い)。
なぜアブラコゴミなどと呼ばれるのかといえば、姿も味もコゴミに似ていること、味はコゴミよりも少し甘くて油っぽい感じがすることからです。

山菜バッグはすぐに満杯になって、リュックに移し替えました。
そしてほどなくまた満杯になったのでした(笑い)。
アブラコゴミは地場産品を扱う道の駅でもなかなかお目にかかれない希少品。
来年もこうなら、市場への出荷も考えようと思います。冗談!(笑い)

コゴミ場の途中に、シドケ(モミジガサ/紅葉笠/キク科コウモリソウ属)が出ていました。
これも山菜の代表格ではありますが、ここらの森にはほとんど見かけないものです。

コシアブラ(漉油/ウコギ科コシアブラ属)。
これは外に出かけなくても、敷地内で十分に採れます。
10分20分もすれば山菜バッグがいっぱいになるくらいの量が。
今マーケットではパック詰めされた天然のコシアブラがさかんに出ているけれども、350円くらいのパックの量なら、筆者はものの5秒で採れるでしょうか(笑い)。
5秒で350円として1分で4,200円、ならば1時間で252,000円、1日8時間労働として2,016,000円…。それを1か月20日として40,320,000円! 我はたちまち大金持ちなるゾヨ!
ハッハッハッハ!(笑い)

下は、米沢の誇る民芸品のひとつ、笹野一刀彫の “笹野花” というものです。
雪に閉ざされる冬にせめて花をと考案されたのだろう笹野花、見事な造形です。
この花はサルキリという特別な刃物1本で木を削ってつくってあるのだけれど、この材料がコシアブラの木なのです。

長かった冬から這い出して、日は降りそそぎ、森の春は爛漫…。

山菜が出はじまる頃、山の道には花がいっぱい。
下は、キバナイカリソウ(黄花錨草/メギ科イカリソウ属)。
花が白く見えるけど、実際は薄い黄色味を帯びています。
花は独特、船の錨の形をしています。

キバナノアマナ(黄花甘菜/ユリ科キバナノアマナ属)が山中にも。

ルイヨウボタン(類葉牡丹/メギ科ルイヨウボタン属)の花もちょうどこの頃です。
ルイヨウボタンのボタンはボタンの葉から、それと「だいたい似ている」ぐらいの意味のルイヨウ(類葉)です。

スミレ類もたくさん。

スミレサイシン(菫細辛/スミレ科スミレ属)。この青味の強い瑠璃色はひときわ目を引きます。
サイシンとは(うつくしいアゲハ蝶の一種で個体数がいちじるしく減少している希少種の)ヒメギフチョウ(姫岐阜蝶)の食草として知られるウスバサイシンの葉に似ているということからの命名です。
ヒメギフチョウはウスバサイシンの葉しか食べないのです。

ちなみにですが、ウスバサイシン(薄葉細辛/ウマノスズクサ科カンアオイ属)はルーザの森にも自生しています。
ということは、ヒメギフチョウがいるということです。
一度だけですが筆者も目にしていますし。 

山中で久しぶりに会ったエイザンスミレ(叡山菫/スミレ科スミレ属)。
切れ込んだ葉があまりにも特徴的です。
我が家の名花のひとつでもあるけれど、こうしてひとしれず咲くエイザンスミレに会うのはうれしいことです。

エイザンスミレをちょっと図鑑にあたったら、現在、朝ドラ「らんまん」で話題の牧野富太郎の発見、命名なのですね。さらに親しみがわいてきました。

ナガハシスミレ(長嘴菫/スミレ科スミレ属)。
花の後ろに突き出た距(きょ)が長いくちばしに見立てられています。

大きな三つ葉が特徴的な、エンレイソウ(延齢草/シュロソウ科エンレイソウ属)。
根茎が胃腸薬等に利用されていたことから命が延びるという名につながったようです。
これも牧野富太郎の命名です。
牧野が長命だったのは、エンレイソウがため?(笑い)

オヤマボクチ(雄山火口/キク科オヤマボクチ属)。
花姿がアザミによく似ていますが、トゲがないことで分かります。
写真のような若い葉はヨモギと同様(餅や団子に混ぜ込む)の使い方もでき、地方によっては蕎麦のつなぎにもするんだとか。
とにかく生活に身近な植物です。

と、コゴミ採りの帰り、みずみずしい若葉に出会いました。
すぐには分からなかったのですが、調べればそれは何とシナノキ(榀木/アオイ科シナノキ属)でした。
葉は基部の(少し非対称の)ハート形が特徴的です。
自生するシナノキというのは、筆者には標高が1,000メートル前後というイメージがあったので(例えば蔵王中央高原にあるドッコ沼周辺に多く自生している。標高は1,400メートル)、ここは400メートルあるかないかの場所なのです。でも、まちがいなくシナノキです。
まわりを見渡しても同様の木があるわけでなし、どうしてここに1本だけ、しかも(胸元で)直径7センチほどしかない幹の若い木があるのか、まったく不思議なことです。

筆者がなぜこれを貴重なものとするのか、それは日本の三大古代織(芭蕉布、葛布、シナ布)の材料のひとつだから。シナ布とは、この木の皮の繊維を取り出して縒(よ)って糸にし、その糸を編みこんでつくられるのです。
シナ織りが今に伝わっているのは、全国でも(新潟県)村上市山熊田地区と近年訪れた(山形県)鶴岡市関川地区の2地区のみに限定されています。
シナノキは、この木の皮で衣服等をつくっていたといういにしえ人の知恵と手わざの記憶を宿すのです。

大切に見守っていこうと思います。

でも、すごいなあ、谷間に響くミソサザイ(鷦鷯)の強烈なさえずり。

そうして帰りしな、いつもの笊籬淵に寄ってしばしのいこいのときを持ちました。
いつもながら、ここはこころ落ち着きます。

長かった冬から解き放たれて、日は降りそそぎ、我が家の春も爛漫…。

我が家に今年もエイザンスミレが咲きました。

シュンラン(春蘭/ラン科シュンラン属)が咲きました。

ユキザサ(雪笹/ユリ科マイズルソウ属)。
これは野原から移植したもので、本来は山菜ですが、食べるのはもっと株が増えてからにします。

サンショウ(山椒/ミカン科サンショウ属)の若葉。
我が家にミヤマカラスアゲハ(深山烏揚羽)が多数飛来するのですが、この木の葉を食草としているためと思われます。
今年もたくさん実をつけてくれそうです。

ブナ(山毛欅/ブナ科ブナ属)の葉がぐんぐんと大きくなって繁茂しだしました。

窓の外のコナラ(小楢)がCHURYO(佐藤忠良)の彫刻ポスターに重なって。
ああ、春です。春は爛漫です。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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