森の生活製作の時間

燻製のはなし

今日は燻製の話です。

もうあれこれ20年も経ったものか、町内会の行事(芋煮会だったか地区運動会のごくろうさん会だったか)に近くに住むYさんが一斗缶を持ち込んで炭をおこし、そこに(サクラだったか)落ちていた木の枝を折って投げ入れて手作りベーコンを燻(いぶ)し、みんなにふるまってくれたことがありました。それは素直においしかった。ちょっとした感動でした。

またある時(これもだいぶ前)、かつての職場つながりで知り合った山形市のSさんが我が家の焚火をたいそう気に入ってくれ、泊りがけでおいでになったことがあったのだけれど、彼もまた一斗缶を使ってその場で燻製をしはじめるのでした。
材料はこちらは手軽なもので、確か海産物やソーセージに混じってせんべいもあったと思います。彼曰く、「燻製はなんだってできる。安いせんべいが高級品に変わる」。
焚火の前で、燻した品々を肴に酒を飲む、いやあ、おいしかったのなんの。

そうなのです、燻製は魔法です。高級食材はさらに抜群の味に、つまらない食材でも驚くほどの変身を遂げるのです。これを魔法といわず何とする。

燻製のメカニズムを簡単にいえば……、木材などを燃やすと煙が発生し、その煙の分子中のホルムアルデヒドやフェノールという物質が食材のたんぱく質と反応するということです。これが味を劇的に変えてしまうよう。またホルムアルデヒドやフェノールは殺菌・防腐作用のある成分であるため、表面の微生物が死滅し保存性も高まるとのこと。
“ホルムアルデヒド”って、建築基準法で規制数値が表示されるなど悪玉のイメージがあったけど、こういうところにも顔を出すのですね。知りませんでした。

で当時、ふたりの燻製の実演に筆者も興味をそそられたのは確か。
ただ、あまりに安直な一斗缶が気に食わなかった(笑い)。缶は薄汚く歪んで変形して、決して美しくなかった。美しくないものには興味が半減する、これが筆者の悪い癖、玉に瑕(きず)なのです(笑い)。

燻製への再度の興味は意外なところからやってきました。

愛着のあったリビングの鋳物の薪ストーブ(デンマークの名品アンデルセンの模刻もいいところの、台湾製の安価なストーブ)の胴体にひびが入ったのです。ひびが入ったのでは使用の限界です。使いはじめてから13年が経過していました。
それで、次は造りがしっかりした本格的なものをと思い、最終的にはノルウェーのヨツール社製のものとアメリカのバーモントキャスティングス社製のものを比較し、結局はバーモントキャスティングス社製“イントレピッドⅡ”を選択しました。
フロントのガラスにかかるデザインがよかったこと、それから薪を上から投入できるトップローディング方式が気に入った理由でした。2007年のことです。
(今度買うなら、ベルギーのネスターマーティンかなあ)(笑い)。

さあそれからです。
煙突がØ120(直径120ミリ)だったものが機種の変更でØ150に変わりました。ということは、壁を貫くための穴(眼鏡石)の径を拡張する必要があります。眼鏡石の材質はケイ酸カルシウムらしく作業はしやすく、ノミやノコギリを駆使して拡張は叶いました。
次は、肝心の煙突の立ち上げです。
煙突の高さはそれまでの軒下までの高さとは違い、屋根のトップぐらいまでを意識したのは、より強い空気の吸い込みを期待してのものです。煙突は高ければ高いだけ空気の吸い込みがよく、したがって性能がよいのです。

そこで煙突の立ち上げのために、あなたならどんなことを考えるでしょう(第一、普通こんなことを考えようとしないよね)。
筆者は次のように考えたのです。

煙突は(業者に頼らず)自分が設置する→
長くて重量のある煙突を安定させるにはハシゴに抱かせれば解決する→
ハシゴは外壁からL字鋼を加工して固定する→
入手できる市販のハシゴの最長は5メートルほどのもの、煙突を抱いたハシゴの下から地面までは2メートル30センチほどが足らず、そこをレンガ(煉瓦)を積んで底上げをする、としました。
で、レンガで底上げするのであれば、そこを燻製窯にしようと思ったのです。これは我ながら異様な発想だと思います(笑い)。
相当の時間を要して燻製窯として作ったはいいものの、あまりに本格的過ぎて、窯が完成した頃には燻製熱がすっかり冷めてしまっていました(笑い)。またしても、おバカです(笑い)。

燻製窯はトップまでの全高250センチという巨大なもので、たかが燻製ごときになぜに不似合いな大きなものを構想したかのというと、燻製をするのであれば“冷燻”に限るという思いがあったからです。燻製には、“液燻”、“熱燻”、“温燻”、“冷燻”があり、その最上級が“冷燻”なのです。
液燻は論評を要さず、煙に似せた訳の分からない調味料に浸して燻製風の味付けをする方法。市販の“燻製風味付けゆで卵”がこれですね。
熱燻は燻製器内の温度が80~140℃、コンロなどの熱源の上に鍋やフライパンを載せ、そこに燻煙材のチップを入れ、その上に網を渡して食材を載せて燻すもの。先の一斗缶の例は、この熱燻に相当すると思います。
温燻は30~80℃ぐらいの温度を保つもの。冷燻は15~30℃ぐらい。
当然にして、熱燻は数分からせいぜい1時間くらいまでで短時間、温燻は1時間から8時間、冷燻は1週間から数週間と長時間を要します。それは当然にして、保存時間に膨大な開きが生じます。
アイヌやイヌイットなど、自然とともに生活があった民族の燻製による保存法はおしなべて冷燻なわけです。
日本に今も残る代表的な冷燻品は、堅牢な“鰹節”、それに秋田名物の“いぶりがっこ”(燻製大根漬け)ですね。

最近、また別の知り合いが燻製をはじめたらしく、筆者の持っている燻製チップ(何のことはない、木工作業で出たカンナくず)がほしいと言ってきました。チップはふんだんにあることだし、さて自分もやってみようかなと再々度、燻製に気が向きだしたというのが正直なところ。今回のきっかけはそんなことです。

実際の燻製は既にある燻製窯を使用するのではなく、手軽にしても本格的にできる燻製器を作ろうと考えました。
材料は20リットルのオイル缶です。懇意にしている町内のガソリンスタンドからもらったものです。

このオイル缶は使い出があります。
残っているオイルの処理は少々厄介だけど(何度も布で拭き取っては布をゴミ袋に捨て、クレンザーで洗う。今回は拭いてから火をつけて焼き切り、それから洗った)、きれいにして表面に塗装をかければもはや立派な容器に生まれ変わります。

こうして我が家はいくつかのゴミ入れ(黒がプラスチックゴミ用、シルバーが燃えるゴミ用)や(薪ストーブから出る)灰入れなどにして活用しています。なおこの灰は、ワラビの灰汁抜きに、花壇の土の改良剤としても利用します。

適切なものかどうかは知らないけれど、筆者のトータルな燻製のテキストは下のもの。
読んでいて思うのは、燻製には正解がないということ、この正解のない燻製の魅力をどのようにして伝えるか、これはむずかしい分野だと思います。

オイル缶を用いて燻製器を作るということで構想したのは、ふたを外し、ふたつのオイル缶の底を(ジグソーでくりぬいて)取り去り、底と底をドッキングさせて高さを出すというものでした。高さが肝心です。
ふたつの缶は三つの爪をつけてズレないようにしていますが、簡単に外せる構造です。
缶の持ち手は、捨てられてあった幼児の木製の数え玉、これを上下の缶それぞれにつけています。

下は、電熱器の上に下の缶を置いたところ。
電熱器の上に出ている3本の細いボルトは汁受け用です。燻製中に食材の油や水分が抜けて滴り落ちて燻煙材を湿らせたり、電熱器を汚したりしないためのものです。
上部の3本のボルトは、ここに網をおいてブロックベーコンや1匹まんまや開きの魚など長さのあるものを吊るすためのものです。さらに網の上には食材を置くことができます。

下は、下の缶の最上部に網をのせ、さらに金属のざるを置いたところ。

上の缶にも2段の高さのボルトを取りつけたので、上下の缶で3段の平置き、ひとつの吊り下げ空間ができるという具合です。
燻製器はコンパクトにしてスマート、と思います。

なお、ふたは分厚いブナの合板(パチンコ台の基盤にする材料を安価で買い置いていたもの)を丸く切って、つまみには(100円ショップで買った)プラスチックのものを取りつけました。
ふたには温度管理ができるよう穴をあけ、15センチの棒温度計を差し込むことができるようにしました。
これで高さは73センチ、このぐらいの高さがあると、器内の温度は急に上昇したりしないと思います。熱の上昇スピードをできるだけ避けるという意図です。

燻製器の製作は都合3日を要して、11月7日に完成しました。
ほぼ構想通りで、ピースです。

11月26日までの間に、実際に3回の燻製をやってみました。
食材は、最初は下処理なしにできる、出来合いのベーコンブロック、ウインナーソーセージ、練り物やチーズなど。
2回目は、定塩(低濃度食塩水に2日ほど漬け込んだもの)紅鮭、ソミュール液(食塩などからなる漬け汁)に漬けて寝かせたホタテ、販売品の生ソーセージ、水分を抜いた豆腐、味付けしたゆで卵などを。
3度目はお客さんが予定されていたのでふるまおうと、とてもおいしかったベーコンブロックを再度、チーズ、マグロフレーク、ピーナッツやアーモンドなどのナッツ類を燻製してみました。
いずれも試しの範囲を越えないけれど、いろいろと分かってきました。

下は、下処理したり、冷蔵庫から出してすぐのものに風を当てて表面の水分を飛ばしているところ。
燻製前の表面乾燥、燻製にはこれが肝要のようです。約1時間程度。

燻煙材。
これはドアリラの製作において出たサクラ材のカンナくず。
他に、ナラ材、クリ材、ブナ材、めずらしいところではアカスモモ材があり、以前に買っておいたものとしてクルミ材も備えてあります。
3回の燻製ではおもにサクラを使い、3回目では燃焼の継続としてナラをつけ足しました。
ただ、この燻煙材と食材の相性については今は正直分かりません。場数があまりに足らないからです。これからの課題です。
なおクリは日本では一般的ではないらしく、イギリスにおいて普及している燻煙材とか。

分解掃除した電熱器(ごっそり捨ててあったものから2台を頂戴していた。1台は友人に)の上に、燻煙材を。

燻煙材の上に、下の缶を設置。ブロックベーコンの下に、汁受け皿を置いています。
この網の径は24センチ、この径の網を探すのは実は苦労しました。この製品は100円ショップのセリアにあったもので、近ごろは廃版になったものか見当たらなくなりました。

ベーコンを吊り下げた網の上にステンレスのざるをのせて、そこに市販(生協)の生ウインナーと練り物を。

ステンざるをスポンと覆うように上の缶を設置して、下段に紅鮭を。
ガイドブックには、身が網にくっつかないようにするには網にオイルを塗っておけばよいとありましが、見事にくっつきました。
これを防ぐのは、クッキングシートの活用がいいですね。そのために、もう20枚ほどもこの網の径に合わせた円形のシートを作っています。

上の缶の上段に水分を抜いて塩コショウをした豆腐、それに下処理をしたホタテを。

ヒュッテの前で。
んーん、いい景色!

順調に煙がモクモクと出て。

下の缶はといぶかる相棒のヨーコさん。どうかなあ?

晩秋の朝の美しい光の中で。
んーん、いい景色!

いい煙だ!

温度は徐々に70℃を越えたけど、それ以上は上がりませんでした。
んーん、いい感じ!

夜にもやってみたのです。
雨が落ちてきて、工房の出入り口付近で。

燻製が終了し燻製器(缶)を除くと、燻煙材の燃えカスが。

そうして約80分の燻製(第2回目)ののち、出来上がったのがこちら。
んーん、いい色!いい感じ!
のどがなります、つばが出ます(笑い)。

はじめての燻製の11月8日以来というもの、毎日のように食卓は燻製品が並ぶようになりました。

下は、ある日の夕食。
ホタテに豆腐の麹味噌のせ。大きな皿は、大分の素朴な陶器の小鹿田(おんた)焼きです。
(筆者が九州旅行をするとして、大分の小鹿田集落を訪ねるのはささやかな憧れです)。

ある日の朝食の、ベーコンにウインナーソーセージ。こういう肉の加工品の燻製は絶品です。
サラダには燻製のマグロのフレークが散らしてあります。これもグッドです。

ベーコンにかかっている粉末は、自家製のサンショウ(山椒)の実をミルで挽いたもの。これが抜群に合うのです。
この香辛料は何もウナギに限ったものではないことを実感、焼き魚にも実によく合います。マヨネーズベースのサラダにも。

左が6月に収穫して冷凍保存していた青山椒を取り出して、この秋に乾燥させたもの。
右が樹上で赤化した実(赤山椒)の、種を取り除いて皮だけにして乾燥させたもの。
種を取り除いて皮だけにした方が香りが強いのは確か、でもピンセットを使って種を取り除くというとてつもない面倒さを思えば、種つきのままに挽いてもあまり差し支えないことが分かりました。

ミルはダイソーでコーヒーミルとして売っていた500円商品。これがけっこうなクオリティなのです。
挽きの粗さ細かさの調整が自在で、挽いたものをガラスポットに受けられるのもいい。

で、燻製をはじめて暮しがどう変わったかというと、素朴な幸いがまたひとつ我が家にやってきたということですかね。食の豊かさはさいわいを確実にふやします。

3回の試しの燻製をやってみて、燻製に必要な物品とそうでないものが分かってきました。
必要なものを工房のテーブルに並べたところ。

下は、その物品収納の機能をデザインに落とし込んで作った収納箱。(11月)27日の完成です。
上面と底部および側面の板は柱材の切れ端の角柱を小割に挽いて貼り合わせたもの。こうするとしっかりした材料による幅広の板を取ることができます。
フロントとバックの板は、選挙用ポスターの掲示板のベニヤです。何ごと、再利用です。

そうして、収納箱の上に燻製器を載せて。
これでいつでも燻製はでき、そしてしっかり片づけもできるというものです。
収納時の大きさはというと、収納箱の幅と奥行きがともに32センチ、収納箱の高さが(取っ手部分を抜いて)62センチ、燻製器が73センチ、計135センチです。

燻製に慣れてきたら、憧れの冷燻をめざして、いつの日かレンガの窯で燻してみたいと思っています。
今後、燻製については続報があるかも。

明日(12月4日)は雪のよう。もう、冬です。
じゃあ、バイバイ!

 

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