製作の時間

日誌5。内外装とレイアウト

ルーザの森クラフトの、工房の増築日誌5(最終回)。内外装とレイアウト。

山菜の季節は過ぎて、道端にワラビがわずかに出ているばかりの6月のはじめ、さわやかな空気。
今年もずいぶんと山菜を採りました。今年特に目の色変えて採ったのがシオデ(牛尾菜、別名にヒデコ)です。ここでは大人の男性の手の親指ほどもある太いものも採れるのです。
シオデは山のアスパラ、サラダにパスタの具に、汁の実にと大活躍です。
相棒のヨーコさんなどはシオデに目がくらんで、同属ではあるけれどもサルトリイバラ(猿捕茨)までも採ろうとするのですから(笑い)。
花壇には、ウンベラーツム(オオアマナ/大甘菜)の輝く白い花が咲きました。これ、キリストの生誕地にちなんで、“ベツレヘムの星”なんて言われているそうです。

そんな季節に、筆者が金切りバサミを持って切っているのはトタン板です(正確には、バルバリウム鋼板。アルミニウム・亜鉛合金めっき鋼板)。
トタンを切って、手作りの専用台にはさんで、たたいて、曲げて、“水切り”という“役物”を作っているところです。


水切りは現代の木造住宅の外壁の下に必ずついているものと思いますが、外壁を伝って流れ落ちた雨が土台に回らないように、外に排出する役割を持っています。こうした特殊な位置に特別な役目を持つものを、役物といいます。
水切りは一部大手のホームセンターなどでも市販されていますが、こうして自分で工夫して作ることも可能です。自分で作るなら、まったくの安価で済みますしね。
これを見た屋根葺き職人のSさんは、びっくりして大笑いしていました。こんなの見たことない!って(笑い)。

下が、ネコ土台に水切りの下地の小割を打ちつけたもの。
続いて、下地の小割に作った水切りをかぶせて、塗装したもの。

6月も半ばを過ぎて、高山ではサンカヨウ(山荷葉)が咲きはじめていました。

そんな日に、強力な援軍です。
筆者は電気についてはまったくの素人、電気工事士のYさんが電気関係の作業の手伝いに来てくれました。Yさんは手際よく新スペースの配線・結線をしていきます。さすがはプロです。
工房(兼ヒュッテ)建設の時にも来てくれて、ブレーカーの設置をはじめ電気全般についてお世話になったけれども、その仕事ぶりには無駄というものがありません。そう、職人って、無駄な動きをしないのです。もし、失敗があったとしてBの案、それがダメならCの案と、かならず背後に予備を携えているというのも特徴です。まさにYさんもそのひとり。
筆者がアルチザン(職人)という語が好きで、そうありたいと願っているのは、そうした行動の在り方へのあこがれでもあります。

お礼にと、昼食に筆者が腕によりをかけて(笑い)アーリオ・オーリオ(にんにくオイルパスタ)をふるまったのですが、これはレストランの味!、商売ができる!とか何とか、ずいぶんな言葉で持ち上げていたっけ(笑い)。
それにしても当方が困っている時、必要としている時に声がけひとつで駆けつけてくれるというのは本当にありがたいものです。持つべきは友です。感謝です。

指示にしたがって、這わせた電線。

指示にしたがって、取りつけたLED照明器具。

外壁の板は元のものを利用し、足らない分は製材所から購入したものを張りました。
板材の大方は手持ちのストックから木取りしたものだったのでなかなか同一規格が取れずに幅12~15センチとまちまちですが、ただし美しくあるようにと同規格の板は左右対称に配りました。板と板の継ぎ目に4センチ幅の細い板を張りつけています。
このタテ板張りというのは日本ではあまり見かけないものですが、アメリカの古い納屋からのインスピレーションです。ターシャ=テューダーの農園の納屋もそうでした(ただしこれは古いものではなく、ターシャ好みに古めかしく息子が作ったもの)。タテ方向の板材の流れが意匠的です。

塗装がだいぶ進みました。
塗料は、元の工房と同じキシラデコールという製品のタンネングリーンという色です。
この製品はとにかく高価ですが(4リットルで8,000円ほど)、防虫防腐塗料としては抜群の効果を発揮するのは主屋で実証済みです。主屋は全面上塗り2回だけれども(すべて筆者が塗ったもの)、27年という歳月にしっかりと耐え続けています。この塗料は文化財にも採用されているとのことです。
木材の保護という観点から、塗料の効果を侮ってはいけませんね。

壁ができてつくづく感じるのは、雨や風からの影響のことです。
当たり前のことですが、壁は雨や風などの外の気候を遮断し、室内に外の気温をそのまま持ち込まないのです。でも、この当たり前を実現するまでには人々はどんなに試行錯誤を重ねたことでしょう。
建て物を作っていく作業というのは、普段は何気に恩恵を受けていることに立ち止まって感謝する行為でもあります。

そうこうしていると、夏の花の代表ともいうべきヤブカンゾウ(藪萱草)があちこちに咲きだしました。

外壁を仕上げたあとは、内装にかかりました。
下は、間柱と間柱の間に断熱材を入れ、タッカー(ホッチキスの建築版といったところ)で留めているところです。
元の工房(兼ヒュッテ)のすべての断熱材は建築現場などからもらい受けたものでしたが、それは使い切っていてもうありません。この増築分については、新たにホームセンターから購入したものです。2坪分で5,000円くらいだったでしょうか。
壁に断熱材が入るか入らないかでは、冬の室内気温がまったく違います。

断熱材が入れば、あとは“構造用合板”を張って内装の完了です。
構造用合板というのは、それを張ることによって構造それ自体を強固にしていくものです。考えてみれば、四角形の板を張りつけるということは、いくつもの三角形を作るということでもありますね。四角形は三角形を内包しているわけですから。
合板はいろいろ出ているけれども値段はまちまちです。1枚1,000円くらいの安価な針葉樹合板はやわらかくて精巧な作業には向かず、安いものはそれなりの品質だということを今回実感しました。

内装を終えて、収納のための棚を四つ作りました。材料は解体材の梁を工夫して丸ノコで挽いて、細くして何本にもしたものを使っています。
東側の1間(けん)分には部品や小間物を種類別・用途別に分けた規格のコンテナボックス(100円ショップで購入。もう廃番になっているそうで残念)専用に、西側はドリルやジグソーなどの電動工具の収納用です。
これぐらいの収納スペースがあると、すっきりとし、使いたいときに使いたいものがすぐに取り出せると思います。

この、使いたいときに使いたいものをすぐに手にすることができるというのが、アルチザン(職人)としては大切なことだと思います。とかく、木工に携わる者は用具・道具類が多く、部品や小間物が多岐にわたっているのでそれらをどういうふうに収納できるかは仕事をスムーズに進める上でとても重要です。

そうして工房は完成しました。完成記念にと壁掛けのペン入れとメモ用紙入れを作ったので、完成はこの日7月14日ということにします。
これで、昨年(2019年)9月20日頃からはじまったルーザの森クラフトの増築工事はようやくのこと終了です。

今後、新装なった工房のこの状態でこれまで同様ひとりで工房を切り盛りするとして、新たなスペースの増設はもう必要なし、新たな工作機械の導入というのも考えられない。もうこれで、ものを作っていくことにおいて筆者に足らないものは何もないということになります。実に、満足です。
(仮に、製品が売れに売れて、家内制手工業から工場制手工業(マニュファクチュア)に発展し、さらには工場制機械工業へ発展となった場合は別ですよ……、あるわけない(笑い))。

これを足掛かりとして、ルーザの森クラフトの主品目であるドアリラのクオリティをどれだけ高めていくことができるか、さらにはどんな製品をプラスして作っていくことができるか。
このぐらいの設備であると、(商売にするつもりはないけれども)家で使う家具なども余裕をもって作れそうです。
楽しみが広がります。

下は、ドアリラの製作で最も重要な機械のバンドソーと壁面に整理してクランプを並べたところ。
2段になっているクランプの上部(Fクランプの上)は、製作工程を工夫する中で独自に考案した締めつけ道具。これはラチェットレンチで締めつけていきます。安価で作れしかも機能的で、今では板を接(は)ぐ際には欠かせない道具となっています。
壁には、リスペクトする彫刻家のイサム・ノグチの思い出の展覧会のポスター、それに赤い盤面の筆者の作品「正しい楕円形の描き方」(ドリルで膨大な数の穴をあけて描線のようにして、図形を描いている)を掲げています。

下は、スペースが広がって動作が自由となった自動カンナ(左)と丸ノコ盤。いずれもマキタ社の製品で、筆者が信頼を置く基本の木工機械です。ずいぶんと長いこと連れ添ってくれている友だちです。
作業台の位置取りも余裕ができ、安全な作業ができそうです。

工房拡張の大きな要因となったドラムサンダー。専用のテーブルを作って載せ、自在キャスターをつけたので移動が自由です。

新スペース南コーナー西側の、電動工具専用の保管棚。

かつて用具棚があった壁面に、頻繁に使う定規類をレイアウトして。

記念の鉛筆立てとメモ用紙入れ。

コンテナボックスには、ラベルを作って貼りました。これで、用具や部品や小間物の帰りつく場所が確保されました。
すべての物って、いつも帰りつく場所を欲しがっているのだと思います。場所を確保してやると、落ち着くことができて安心しているようにも思います。
整理整頓が苦手で乱雑なひとっているけど、物の気持ちを想像してみるのはいいことだと思います。

新スペース北の東側。テーブルに、ボール盤、(ドアリラの製作には欠かせない)角ノミ盤、ベルトサンダーが並んでいます。
テーブルの下には、ベルトグラインダー、糸ノコ盤、角ノミ機などがそれぞれキャスター付き台車に載って収納され、いつでも簡単に取り出せるようにしています。

新スペース北側から南側を見たアングル。

6月も下旬となって、梅を採りに来ないかといううれしいお誘いがあって。
これは、梅干し作りをしなきゃ、と張り切るヨーコさん。そんな時期ともなって。

もともとこんな姿だったのでは、と自分でも疑ってしまうほど増築分がなじんでいる新装なった工房。
外壁と基礎の壁。
そして、掲げ直した工房の看板。上部の光っている“lusa”のロゴは、捨てられていたシンバルをもらって糸ノコ盤で切って作ったもの。“ルーザの森クラフト”の文字も糸ノコ盤によるくりぬきです。

 

完成を祝って、建築の際に出た残材の切れ端やおが屑などを燃やして。片手にビール(笑い)。
焚火の火というのはいいものです。どこまでも心に沁み入ってきます。
ようやく大きな仕事がひとつ、終わりました。

そしてあらためて、増築の前後の工房。

話は少々逸れるけれども、今回のコロナ禍について、コラムニストの辛酸なめ子が興味深い指摘をしていました。
「コロナ禍で大きく変わったと思うのは、“リア充”生活が封印されたこと。ハレの場がなくなり、おしゃれなカフェに行ったり、パーティーで盛り上がったり、“インスタ映え”する写真をSNSに投稿できなくなった。それは、東京で華やかに見える生活を送っていた人にとっての“没落”かもしれない。(こういうことで)地方の人に優越感を覚えていたというのに」と。*2020.05.01朝日新聞より
まあもちろん、これは若い人の、特に女性の立場から見た暮らしの一面であり断面ではあると思うのだけれども、暮らしというものをこんな風につまみとって定義していることに筆者は立ち止まるわけです。
筆者からすれば、これって、大海を漂う木の葉のよう? 自然や基層文化から離れた人工の薄い薄い表皮? だから今回のような未曾有の事態にあたふたするんだと思うなあ。

コーヒーを淹れる、テーブルに広げて新聞を読む、食糧を探しに野山へ森へとくりだす、山菜を摘む、キノコを採る、食事を作る、食べる、しっかりと汗して働く、製作する、行動する、アクセントとして山に登る、相棒と語らう、たまに仲間に会う、会って飲む、湯につかる、本を読む、音楽を聴く、ワインを飲む、寝る……、これが筆者の生活のおおまかな輪郭です。
筆者にとって日々くりかえされる(森や山を背景とした)暮らしはどんなことよりもダイナミックであり魅力的です。なぜって、ここでの暮らしは知恵と手がものをいうから。筆者は、知恵と手がものをいう暮らしの中にこそ本当の豊かさがあると思っているのです。大いに独断的ですがね(笑い)。

さあて、工房が大きくなったことだし、また新しい生活をはじめようと思います。

これで、ルーザの森クラフトの工房の増築日誌も、この5「内外装とレイアウト」をもって終了です。
つぶさに読んでいただいた方には、長いおつきあいとなりました。感謝です。


ルーザの森クラフトの工房およびギャラリー(ドアリラの展示スペース)は、見学可能です。
筆者は常駐していますが、当方としては製作のことがあって当面、火・木・土・日の午前中の訪(おとな)いを希望しています。
おいでの際にはまずは事前の連絡をお願いします。連絡先は、℡0238-28-3982です。

それでは、また。じゃあね。

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