森の小径

秋口のルーザ

相棒のヨーコさんから申しつけられるままに、ヒュッテ前のブナ(山毛欅)の木の下のミョウガ(茗荷。ミョウガ科ショウガ属)を採りました。もう白い花をつけていて実(み)は少しばかり硬さを失っていたけどまずまずの収穫でした。もう10年も前だったかホームセンターから買った2個3個の根を埋めていたのがずいぶんと株を増やして。
このミョウガ、素麺の薬味に、みそ汁の具に、煮物に、酢漬けに、それから山形の郷土料理“だし”の材料にと結構使えます。これって、日本で生まれ育った者にしか分からない独特の感覚の野菜かもしれない。それから、「どんなときに大人になったと感じる?」の問いに、「ミョウガが好きになったとき」と答えた人があったっけ(笑い)。確かに。
このミョウガ、実(じつ)は山中の奥深くにも自生するものに出会って驚くことがあります。けれども厳密には野生種というものはないのだそうで、栽培したものが遠く遠くへと拡散したのでしょう。

仕事の合間の気休めに、この秋口の6日、ひさしぶりに鑑山(かがみやま)に行ってみました。もうすぐあまりうれしくない賑わいが来る、その前の静かなときに。
あと1週間もすればここら一帯は、早朝よりざわつきはじめます。キノコ採りがまだあたりが真っ暗な4時半ともなると山に入るからです。
なぜそんなに早く? それはマツタケ(松茸。キシメジ科キシメジ属)目当て。マツタケは目で見て採るというよりも、手を目にして採るといった方が正しいから。つまり、薄明りの微妙な光であたりの凹凸を見分け、犬にでもなったようにして鼻をクンクンさせ、さわって土のふくらみを確かめつつ採るのです。よって光が強くなるとマツタケはとたんに採りにくくなり、朝日が昇るころには皆退散していきます。

マツタケは地物店頭価格100グラム6,000~8,000円が相場といいますからね。店に引き取ってもらわないにしてもそれはまったく金品にちがいはないのです。色めき立つわけです。
それではおまえは採りに行かないのか、って? 目が血走った姿がどうも性に合わず、時間の無駄をこさえるのも嫌で(行けば採れるというわけでもないので)、もう20年ほど前に何度か山に入って1本を採ったきりあとは行っていません。
筆者のキノコ採りは(まわりに出るものは別として)、マツタケの季節が終わる10月半ば以降です。ムキタケ(剝茸。ガマノホタケ科ムキタケ属)とかクリタケ(栗茸。モエギタケ科モエギタケ属)とかです。そうそう、本日、食菌の第1号のナラタケモドキ(楢茸擬。キシメジ科ナラタケ属)が庭に出ていました。さっそく汁の具にでもしましょう。

由々しきはキノコ採りのマナーの悪さ。一概には言えないにしても、マツタケを採ってはタバコの吸い殻や食べ物のカス、飲み物の缶やペットボトルのゴミをところかまわず捨てていくのです。それを相棒と筆者がていねいに拾っては処理して美化に努めている、それがゆえの美しさなのです。悲しいですが。

チカラシバ(力芝。イネ科チカラシバ属)が朝の光に輝いていました。

ツリガネニンジン(釣鐘人参。キキョウ科ツリガネニンジン属)ももうそろそろ終わりが近づいていますね。

里の、秋口の代表選手は何といってもアキノノゲシ(秋野芥子。キク科アキノノゲシ属)でしょう。あちこちでどんどんと花を咲かせています。

笊籬橋(ざるばし)のたもとに根を下ろしたヤマナラシ(山鳴。ヤナギ科ヤマナラシ属)の幼木。
一見ポプラの葉に似ていますが同じ科と属です。外国から持ち込まれたヤマナラシ属またはハコヤナギ属をポプラとしているらしい。
なぜ“山鳴らし”などという名前かというと、この葉は秋深くなると表面に蝋でも塗ったみたいに堅牢になり、風が吹けば葉と葉が擦れ合って山が鳴っているようにカラカラと音を立てるのです。葉の柄の断面がちょうどタテに長く、葉はそれにそってヨコに大きく動いて擦れ合うのです。
筆者たちがルーザにやってきたのは1993年の晩秋だったけど、この木の美しい紅葉を見て感激した覚えがあります。木によって赤くも黄色くもなる美しい木です。

笊籬溪(ざるだに)の今。

同じキク科ながら、アザミのように見えてこれはタムラソウ(田村草。タムラソウ属)。アザミ属が全体に棘があるのに対してタムラソウ属にはありません。
名前は、“多紫”からではと思うのですが……。秋口の美しい花です。

高山の湿地にも見られるアブラガヤ(油茅。イネ目カヤツリグサ科アブラガヤ属)。
ちょうど鑑山登山口にあります。

いかにもシソ科のイヌトウバナ(犬塔花。トウバナ属)がひっそりと。
植物に“イヌ”の名のつくものがいくつかあるけれど、有用なものに対してそうではない、まがいもの、劣っているという意味があるようです。ヒエ(稗)に対して“イヌビエ”、ムギ(麦)に対して“イヌムギ”などと。イヌゴマ(犬胡麻)、イヌナズナ(犬薺)、イヌタデ(蓼)、イヌホウズキ(犬酸漿)などと。
イヌはイナ(否)からの転化らしいけれど、犬にしたらいい迷惑!

オトギリソウ(弟切草。オトギリソウ科オトギリソウ属)。
この物騒な名前は、秘薬であるこの植物を弟が他にもらしたとして兄が切り捨てたという平安時代の伝説から来ているとのこと。葉に赤黒い点々がついているのだけれど、これを弟の血になぞらえているというわけですね。
実際、オトギリソウの焼酎漬けの液を傷口に塗るとたちまちの効果があるよう、筆者も小瓶に作っていて何度か使用しています。民間薬になる有用植物です。
ちなみにだけれど、これによく似たものにコゴメバオトギリ(小米葉弟切)という外来種があります(このあたりでは国道沿いに見かける)、これは(特に西欧では)(精神)薬学研究の対象になっているようで、取り扱いは注意を要するようです。

鑑山の登山口、相棒がしっかりと体重を載せて渡り(笑い)、つづいて筆者がちょっと足をかけたら?バリッといってしまった(笑い)一本橋。
そのままにしてはおけないと、さっそくふたりで新しいものにつけ替えました。杉の丸太の両脇にはいくらかでも載る重量を分散させようと太い竹をそえました。8月13日のことです。

登山口から入ってすぐにも、ハイイロチョッキリ(灰色短截虫。甲虫目チョッキリゾウムシ科)君(さん)の仕業です。もう道という道にどんぐり付きのコナラ(小楢)の葉っぱが落ちています(ということは、コナラのある至るところ)。それでコナラの木をよく見ると、何と、実がほとんどついていないのです。まずいですよ、これは。
チョッキリ君(さん)たら、卵を産みつけるったってやり過ぎなんだから。君には、ほどほどということを知ってもらう必要があります。

※ハイイロチョッキリの生態については、前回の記事「森の小径、9月1日」に触れている。

ホツツジ(穂躑躅。ツツジ科ホツツジ属)は今が盛り。美しいです。

ナツハゼ(夏櫨。ツツジ科スノキ属)が現在はこんな感じです。
もうしばらくすると黒熟し、そしたら収穫して“夏櫨酒”を作ります。これは果実酒の中でも絶品です。筆者はこれまで野生の果実で30種類ほども試してきたと思うけど、これに勝る果実酒はあまりないと思っています。

登り口から頂きまでの中間地点に位置するアオハダ(青膚。モチノキ科モチノキ属)。すっくと株立ちするのが特徴で、そのたたずまいが美しいです。雌雄異株で、残念ながらこれには実がつきません。笊籬溪には白い花をつけ赤い実を結ぶものがあります。
黄葉が美しく、葉を落とすと今度はみごとな赤い実が目立ちます。

スギゴケ(杉苔)とハナゴケ(花苔。別名トナカイゴケ)。
なんだか世の中、“女(じょ)”ばやりだけど、“苔女”もいるらしく。

頂からの、飯豊連峰と吾妻連峰の間に位置する飯森山。堂々たる山座です。
飯豊連峰はこの右端よりつらなります。

頂からの、現在のルーザ。赤い屋根が工房のある我が家。いつ来ても清々するいい眺めです。
家からここまでが、普通の足で15分、早足で12分足らず。遠そうに見えて近いのです。いい散歩コースです。

わずかではあるけれど、マルバマンサク(丸葉万作。マンサク科マンサク属)の葉が紅葉をしはじめていました。こうして少しずつ少しずつ色を変えて暖色がやがて大きな面積を占めて、あたり一帯が紅葉となっていきます。
ルーザの紅葉のピークは11月1日あたりです。

アクシバ(灰汁柴。ツツジ科スノキ属)も少しずつ色を変えて。

コシアブラ(漉油。ウコギ科ウコギ属)。
春先の優秀な山菜のひとつコシアブラの葉の大きくなったもの。晩秋、葉は白いクリーム色になってきれいです。
ものの本を読んでいたら、山菜王国を自認する秋田は最近までコシアブラを食べる習慣がなかったとのこと。意外でした。話では、福島でも最近知られるようになってきたとのこと。

タカノツメ(鷹爪。ウコギ科タカノツメ属)。
冬芽が鷹の鋭い爪を連想させることからの命名のよう。これも素晴らしい山菜だけど、地元の人間もあまり知りません。晩秋の黄葉がきれいです。

笊籬橋より西方の笊籬溪。
この透き通った川に、イワナ(岩魚。サケ科)やヤマメ(山女魚。サケ科)、ウグイ(鯎、石斑魚。コイ科)が棲息しています。
宮澤賢治の有名な童話に「やまなし」があります。そこに登場する「お魚」は、筆者も含めてだいたいの人がイワナやヤマメを想像すると思うのだけれど、「お口を環(わ)のように円くして」とあります。これはコイ科の特徴です。けれどもたとえば、この「お魚」にウグイのイメージはないですね。したがって賢治はそれらを一緒くたにして、ある意味いい加減に設定してるきらいもあるような。

家に帰りつく途中に、ゲンノショウコ(現証拠。フウロソウ科フウロソウ属)がいくらも咲いていました。庭にもたくさん。今が盛りなのかもしれない。
この命名もおもしろいです。ゲンノショウコの名は、下痢止めや胃薬として干し煎じて服すれば、現の証拠にたちまち回復することからです。代表的な民間薬。別名にイシャイラズ、タチマチグサ。
同じフウロソウ属では高山植物で有名なハクサンフウロ(白山風露)があるけれども、東北ではだいたい1,800メートル以上の山で目にすることができるもの(吾妻連峰や磐梯山では見かけないなあ)。けれど学生時代の気ままな旅で釧路に降り立ったときには港にこのハクサンフウロがあってびっくりした覚えがあります。標高と緯度の関係です。
礼文島が花の島といわれているのは、これも標高と緯度の関係。海抜0メートルにして中部山岳地帯3,000級に相当するためなのでしょう。ただ礼文島には、このへんの里山に育つ種も混じるので、純粋に山岳のお花畑のようではありませんけれど。

帰りついたら、花壇のへりに、ニラ(韮。ヒガンバナ科ネギ属)の花が。
家の周りは草ぼうぼうになってきており、近々草刈りをせねばと思っていたので、それならとせっかくきれいに咲いたニラを摘んで食卓に飾りました。摘んだあとの独特ないい香り、餃子が食べたくなりました(笑い)。腹が減りました(笑い)。
このニラ、野生化したわずかな株を移植したのだけれど、この繁殖力たるやすごいです。我が家ではときどき、このニラを摘んで食材にします。

そうこうして10日、宮城県大崎は古川で蕎麦屋を営むHさんご夫妻が遠路はるばる遊びにおいででした。昨年12月以来のおつきあいですが、ずーっとずーっと前からの友人、知人のような。
夕方から夜にかけての微妙に移り変わる光の中、焚火をしながらマキネッタ(モカ。モカエクスプレス)のコーヒーカップを片手に、尽きない話のあれこれを。
火って、いいですね。魂を撫でてくれるという言い方でよいかどうか。
アオゲラ(緑啄木鳥。キツツキ科アオゲラ属)が狩りから帰り、ヨタカ(夜鷹。ヨタカ科ヨタカ属)は草むらに埋もれてキョキョキョキョキョキョキョと鳴きはじめていました。

こんな、ルーザの秋口。

※今回から植物などに科や属などの分類名も必要に応じて入れてみました。自分の習得のついでです。