磐梯山から下りて、宿に入る前に立ち寄りたいと思っていたひとつが、曾原通りにある“パン工房ささき亭”。
立ち寄りたいと思ったのは有名だからということではなく、パンに興味があったというのでもなし。高校時代からの友人の(現在は埼玉は幸手でラーメン屋を営む)K君が、裏磐梯に行ったのなら是非にと勧めてくれていたのです。時間があって(ご夫妻と)話すことができたら、きっと通じるものがあるよと。それで。
入店したのは3時頃だったと思います。そしたらすぐさま、「売りきれデス」の女将さんの声です。
それで、こうこうしかじかの話をしたら、「そう言えば、聞いていたわ。米沢でものつくりをしているひとがいるって。あなたがそうなのね」とお客が絶えた店内にこころよく招き入れてくださったのでした。
パン屋さんであるのでいい匂いに包まれているのは当然だけど、その空間は見る者を唸らせるもの、随所にご夫妻の美意識やこだわりが散見できるものでした。
まずは、地元の職人の上質な作品のコーナーがあること。喜多方の“わたなべ木工”は友人に紹介されて近々訪ねてみたいと思っていた工房。その工房の作品が販売のカトラリーのみならず店内の什器や調度としても活躍していました。
もうひとつは、千葉在住のアイアン作家の松岡信夫という方のアーティスティックな作品が、店内のところどころにさりげなく、しかし存在感をもってしつらえられていたこと。いざないの玄関口のオブジェもそう。椅子やテーブルもそう。
そしてその典型がささき亭付属の施設、“磐梯山眺望文庫”でしょう。メインに据えられた大きな円形暖炉も、階段の手すりもそうです。作品とも相まって、そこにいるだけで上質な時間が流れていくようです。
この磐梯山眺望文庫は利用者が本を持参して本に親しむスペースなのだそうで(本に人生を導かれたという経験訓をお持ちなのです)、コーヒー1杯がつくサービスで利用1,000円と案内にはあります。
つまり、ささき亭はパンだけでなしに、包まれる空間そのものに、まわりの語りかけるべく品物に妥協はしたくない、できれば本物がいてほしいという“空間の主宰者”の思いが満ちているということなのです。筆者はそれを、素直に、美しいと思ったものです。
情報によれば、埼玉は川口でフレンチのシェフだった佐々木さんのアウトドアのお気に入りの場所が裏磐梯だったのだそうで、それでここに越してきて今年で25年の歳月なのだとか。
そうですよね、25年をかけて作り上げたクオリティーですよね。納得なのです。
下は、佐々木ご夫妻と。
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宿は、昨年同様、ペンション ヴァンブランです。裏磐梯は剣ヶ峯地区にあります。
筆者はとりたててフランス趣味ということはないのだけれど(我が家にもヨーロッパのテイストは確かにあるのだけれど)、このペンションは昨年知って以来とりこになったもの。
筆者たちはペンションも北海道を中心として結構利用してきたけれど、どこにもこのペンションほどの質と安らぎはなかったように思います。
ペンション ヴァンブランはオーナー夫妻が細やかな応対をしてくれることはもちろん、この建物すべてにご夫妻の愛情が注ぎ込まれていることが随所に散見できるのです。ご亭主の木工も奥様がなさるトールペイントも腕に覚えあるもの、外観も館内もそのふたりの感覚で貫かれているからこその美しさなのだと思います。
何にしてもそうだけど、1本筋が通っている、これが美の条件ですよね。
写真にはあえて挙げないけれども、ご夫妻が腕を奮う料理(フランス料理、コース料理)、これがまた素晴らしいのです。ソムリエシェフ(オーナー)にセレクトしていただいたワインを飲みながら、登山のことなどをぽつりぽつりと……、暮らしのあれこれを……、ゆったりとしたよい時間が過ぎていくのです。
そういう贅沢を味わいながら、それでいて利用料金はきわめてリーズナブルなのにも驚かされるのですが、それはヴァンブランのホームページを参照してください。
https://www.p-vinblanc.com/
ヴァンブランのIさんご夫妻とのもうひとつのつながりが、実は筆者の作るドアリラなのです。
昨年登山のあとに泊まったあと、11月はじめに、今度は当ルーザの森クラフトにご夫妻しておいでになり、ドアリラをお求めいただいたのです。筆者たちは一介の客でしかなかったのに、これには感激でした。
そのドアリラがペンションの玄関にしつらえられてあるのです。
自分が生み出したものがこうして暮らしの空間に生きているというのはとてもうれしいことです。
お別れに、ご夫妻と一緒に記念撮影。
また、山を越えてきます(笑い)。
裏磐梯の2日間の休暇が終わって家にもどれば 、庭にはヒメヒオウギスイセン(姫檜扇水仙)の赤い花が咲いていました。これは、梅雨明けのサイン、夏到来のサインです。
さあ、工房へ工房へ。今、新しい作品の構想が進んでいます。