森の小径森の生活

ふたつの花の交差する

 

ふたつの花の交差する……。
谷川にカジカガエル(河鹿蛙)が鳴きだし、森にアカショウビン(赤翡翠)の「トゥルルルル…」が響きわたる頃、ウワミズザクラ(上溝桜)が咲いて、それより少し遅れてフジ(藤)が咲きます。このふたつの花が交差する時間こそ、ここルーザにあって1年で最も美しい季節といえます。

ウワミズザクラは、名にサクラがつくとはいえ薄桃色の五弁花のなじみのそれとはちがい、ひとつひとつが瓶ブラシのようなまっ白い房状の花をつけます。この花が咲き出す頃というのは、春百彩(はるひゃくさい)から全体が早緑色(さみどりいろ)に変わる微妙な時間、春から初夏へと刻々と急ぐ自然の、一瞬のような時間なのです。

このウワミズザクラは花期が過ぎればまばらな葡萄の房のようになった若い実をつけますが、これを塩漬けにしたものがアンニンゴ(杏仁子)です。筆者はあまり食べたいとは思わないけれど(笑い)。
実はやがて赤黒く熟すとクマや鳥の餌となります。方々に分布があるのはその“落とし物”のためとのこと。

ウワミズザクラの満開が過ぎ去ろうかという時に、ついでフジが咲き出します。
このフジ、山持ちや林業に携わっている者からすれば実に厄介な代物で、木に巻きついては樹上へと伸び、しまいには木自体を倒すまでになります。フジの花が咲き誇っている……、それはやがて訪れる倒木の兆しでもあり。その力たるやすさまじく。フジに絡みつかれた木って、つらいだろうな。
しかし、藤色という色の名の由来ともなっているこのフジの花はことのほか美しいものです。森が一斉に早緑に染まる中にあって、この藤色はすがすがしくも鮮烈です。

ところで、筆者はフジそれからヤマフジ(山藤)という呼ばれ方があるとは知っていたけれど、ルーザのような山ふところに自生するものをヤマフジ、よく町場などで見られる藤棚をこさえて這わせる一種園芸化したものをフジだと思っていました。それはまちがいでした。フジもヤマフジも別個の固有の標準和名でした。
ものの図鑑によると筆者たちが日ごろ見ているものはフジで、ヤマフジとは近畿地方以西の中国・四国・九州に自生する種とのこと。ヤマフジはフジに比べて花序は短く全体が球形に近くなり、しかも決定的なのはフジの蔓が左巻きなのに対して、ヤマフジは右巻きなんだそうで。ビックリです。

そうしてフジの花が咲きだす頃、野山は緑にあふれかえり、この時こそがゼンマイ採りのシーズンなのです。フジはいわば指標です。
めざすは当然にゼンマイだけれども、考えてみると、日がさんさんと降り注ぐあたたかな緑の森を歩く、一年で最も美しい季節を身体中で受け止めて歩く……、それだからこそ山に森にと足を向けるのだとあらためて気づかされるのです。もうこれは無条件反射、身体に染みついた習性ともいうべきもの。

ここでちょっと、山菜採りのために山や森に入る時の恰好を。
山や森に入るからにはそれなりの服装と装備が必要です。基本はまず肌を出さぬこと。筆者の場合は、薄いヤッケを上にはおり同じポリエステル生地のズボンをはきます。暑くなることを予想し、ヤッケの下はTシャツ一枚です。
藪にはサルトリイバラ(猿捕茨)やクマイチゴ(熊苺)などの棘のある植物も多いし、山菜を採るにはそのような藪を漕いで進むこともあるわけで、ヤッケの着用はけがと衣服の破れ防止のためです。これで少々の雨でも大丈夫。

筆者は山菜バッグ(古道具屋で100円でした。これが結構、重宝するんです)を肩にかけていますが、バッグには常に熊鈴をつけています。クマに出くわさないためです。
クマは菜食を基本とするおとなしく臆病な動物です。けれど、何の前触れもなく目の前に人間が現れたとしたら驚いてしまって、その場をやり過ごすには攻撃するしかなしでしょう。事故の大半はそうした状況によって起きています。したがって、こちらから人間の存在を知らせる必要があるのです。

同じように(おもちゃの)火薬銃、これは人間由来の最たるものです。最初は半分冗談と思ってダイソーで求めたのですが(今はセリアでも扱っている)、これがなかなかの実力派なのです。ちょうど運動会のスターターピストルのようで爆発音は迫力満点、その銃声は森中に響き渡ります。
いつかの朝の散歩の時、引き金を引いた瞬間に遠く100メートルほども先からドタッという重くて鈍い音が返ってきたのだけれど、それはたぶん木に登っていたクマが驚いて地上に落ちたものだったでしょう。

それから、蚊取り線香を常に燻しています。これは虫よけにあらず。
このことはクマ撃ちに聞いた話だけれど、クマの鼻は敏感で人間由来の匂いを極力避けるとのこと。本当はタバコがいいそうだけれど(筆者はタバコをやめて久しく)その代用として蚊取り線香を下げているのです。
熊鈴、火薬銃、そして蚊取り線香、これが筆者のクマ除け3点セットです。

筆者は手製の杖を常に携えています。
金具は物干し竿の引っ掛け用として売っているもの、これを棒の先端に取りつけたものです。これでタラノメやコシアブラをたぐり寄せます。また、急斜面での身体の支えや安全を確保するために手の延長として木の枝へ取りつき、進行方向の眼前の蜘蛛の巣払いと大いに活躍します。クマに出会ったら、これで闘います(これはウソ!)

下は、簡易なリュック。サッポロビール6缶のおまけ(笑い)。
不要なときは手のひらぐらいのサイズにたたむことができるし、収量を期待できる時などは必携です。

そして、出ているのです。神々しいほどのゼンマイが。

一枚岩の川に立つ相棒のヨーコさん。
喉が渇けば、この水を手ですくって飲みます。汚染源がゼロ、冷たくておいしい水です。

ゼンマイ採りをする人は分かると思うけど、その最中というのはアドレナリン全開です。ゼンマイは魔力、どうにも興奮して止まらなくなるのです(笑い)。
一緒に行く相棒はよく筆者に釘を刺すように言うのです。「(クマが怖いから)絶対離れないでよ!ズエッタイ!(クマに会ったら)守ってもらわなくちゃならないんだから!」と。
ところがどっこい、離れていくのはいつも彼女の方でして。いつの間に見えなくなってしまう(笑い)。
こちらは火薬銃を撃ち、相棒はホイッスルで応じ……。

そうして森の中を歩きまわってだいたい2時間、それでふたりとも背中のリュックが満杯になっています。
そしてたどり着くいつもの美しい淵。
筆者はこの静謐な淵に会いたくて、このゼンマイの時期のみならず、早春に、盛夏に、晩秋に、厳冬期を越えた頃にとやってきます。
今は木漏れ日がおちて、静かに水を湛え……。ここはまさに心と命の洗濯場です。

帰り着けば、休む間もなくゼンマイの処理にかかります。干しあげるところまでを午前中に済ませたいのです。
一本一本の堅い部分の茎を折り、薪ストーブを焚いて茹で揚げ……、

簀の子に広げて、日光をたっぷり浴びさせて……、

乾きを見て、揉んで、それを繰り返して……。

こうして幸福に満ちた春の時間が過ぎてゆきます。

庭の一角にヤマブキ(山吹)が咲きました。

 

ヤマブキの根元にハルリンドウ(春竜胆)。

ニホンタンポポでも希少なウスギタンポポ(薄黄蒲公英)が咲きました。

野原で見つけて移植したユキザサ(雪笹)も白い花を。これも山菜のひとつ。増えればいいな。

ノギラン(芒蘭)の若い葉。

ヤマツツジ(山躑躅)咲いて。

これはサワシバ(沢柴)のようです。

タカノツメ(鷹爪)の若葉。もう少し前の葉で混ぜご飯にしたけど、春の香りがプーンと漂っておいしかった。これは絶品です。

庭に自生するオオイワカガミ(大岩鑑、大岩鏡)が咲きだしました。

隣接の森の広場の現在(5月19日)。そして、我が家。