春がようやくめぐってきた西吾妻に、あまり日を置かずに登ってきました。
「山のいぶき」という(中学校あたりでよく取り上げられる)合唱曲があったと思うけど、あれはいい曲でした。
♪ 山裾を洗う せせらぎに 耳を澄ませば しみじみと 山のいぶきが 思われる……(作詞:松前幸子 作曲:川崎祥悦)
そう、この曲そのままの山の息吹を感じての、今年になって2度目の西吾妻行。今回はその記録です。
下は第2リフト終点あたりの、山小屋風レストランのホワイト。残念ながらこれはもう廃屋です。
かつて子どもと一緒にスキーに興じていたころは昼食や休憩などにずいぶんと利用したものです。中央に開放型の暖炉が供えられたよい建物だったのに……。
下は第2リフト終点より見える米沢の街、置賜(おいたま)平野。
澄み渡る天気のよい日にはここから朝日連峰、蔵王連峰はもとより、月山、そして鳥海山も見えるのです。福島と県境を接する西吾妻から秋田と県境を分かつ鳥海山(直線距離にしておよそ150キロ)までもが見えるのですからすごいと思いません? 今回はそれほどまでに澄んだ空ではなかったので見えませんでしたが。
登山道の取りつきからすぐにもバイカオウレン(梅花黄連)の出迎えです。今が多分最も美しい時期なんだろうと思います。
毎年この時期に同じコースを歩いているのですが、バイカオウレンがこんなに咲き乱れているのを目にするのははじめてのことです。例年だと6月第1週ころの山開きの時期には登山道には雪という雪が消え去っていて、もうそのころはバイカオウレンの季節が過ぎていたのだと思います。そういう意味でも、今年の西吾妻の季節の進行の遅さはある意味ラッキー。
4日の間をおいて、登山道の雪もだいぶ少なくなってきました。
昨年よりはかなり遅く、サンカヨウ(山荷葉)が咲きはじめました。雨に濡れると花びらが透けて見えるようになる繊細さです。やがて花は散って、宝石のようにきれいな青紫色の実をつけますが、これがおいしいのです。
サンカヨウの周りに、山菜としても利用できるユキザサ(雪笹)、その直下にモミジカラマツ(紅葉落葉松)、背後にコバイケイソウ(小梅蕙草)の若葉です。実にみずみずしい光景。
この日に出会った山中の登山者は5人。
おひとりは筆者のようにソロで、あとは二組のご夫婦。二組とも奇しくも横浜からおいでのご様子。筆者もたまに相棒と一緒に登るけど、夫婦で山というのはよい時間ですよね。
山で出会う多くはいずれも60代後半の、日いち日に眼を輝かす人たちであるのは確か。筆者もそうだけど、この年になると山の魅力が膚の毛穴から入ってくるのですよ(笑い)。風景も音も霊気も。それはものを食べると同様のエネルギーに変わってゆくのです。
下は、出会ったお一人に撮っていただいた一枚。ちょうど飯豊連峰(雲でかかって残念ながら見えず)を背景としたかもしか平にて。
西吾妻最大のお花畑の大凹(おおくぼ)の雪もだいぶ少なくなってきました。周りには池塘もあって、風景としても美しく、ここには何より東北の名花のヒナザクラ(鄙桜)が咲き競います。もうすぐです。
清冽な雪解け水の、流れの軽やかさ。
人形石への途中のチングルマ(稚児車)はまだ蕾固くして。
それからこんなに美しく咲いたミネズオウ(峰蘇芳)ははじめて目にするもの。やはり雪解けの終わりごろの花なのですね。
チングルマともどもミネズオウも10センチほどの落葉小低木です。
人形石(1,964メートル)は、西吾妻山(2,035メートル)に向かう途中の梵天岩(2,005メートル)や天狗岩(2,005メートル)と同様、岩海です。この美しい岩海の風景ってそうはないと思います。
ここから東大巓(1,928メートル)を通って、今話題の(噴火警戒警報発令の)一切経山(1,949メートル)までの縦走路が伸びています。
この岩海の岩と岩の間にガンコウラン(岩高蘭)やコケモモ(苔桃)が繁茂し、秋口ともなればこれらにジューシーな実をつけます。これがおいしいのです。
下はコメバツガザクラ(米葉栂桜)の白い花(こんなに美しいのははじめて見ました)。
そしてようやく咲きはじめたイワカガミの高山種コイワカガミ(小岩鏡、小岩鑑)。ルーザの森のような低山型より背丈はぐんと小さく、花の色のピンクがあざやかです。受粉のためにより強い色彩で昆虫を呼びよせる必要があるのですよね。
人形石から北ルートでリフト駅までの道のりの途中。登山道に覆いかぶさった雪、ちょっと道を見失ってしまいそうな箇所でした。
折れていたオオシラビソ(大白檜曽)の大木、それに歪んだ幹のダケカンバ。ひとりは倒れ、ひとりは歪みつつも生きのびた。これが自然の営みのリアリティーです。
下は、下山途中に出会ったツマトリソウ(褄取草)の清楚な花、それにハクサンチドリ(白山千鳥)の美しさ。ハクサンチドリって、高山植物の好きな人にとっては憧れの、抜群の人気です。
イワハゼ(岩黄櫨)の白い花はやがて赤い実を結ぶゆえ、アカモノ(赤物)の名もあります。
サラサドウダン(更紗灯台)も見ごろを迎えていました。
第2リフト付近の展望台からのビューポイントのひとつ、明道の滝。望遠の倍率を上げての撮影です。天元台高原から徒歩で30分の距離とのことです。
展望台脇のコメツガ(米栂)の若葉。コメツガは米沢市の木として認定されています。
帰りは道々、ネマガリダケ(根曲竹)を採ってきました。この量は自分の家だけではとても食べきれるものではなく、日ごろお世話になっている家々におすそ分けしました。
余談だけど、当地方でのおすそ分けの際の添え言葉のひとつに、「食って助けてけろ(食べて、助けてください)」というのがあります。あまりに手持ちが多すぎて(あるいはたいへんな量を収穫してしまって)、捨てるのはもったいなくてしのびないことだし、ここはひとつ人助けと思って協力してほしい、と言うのです。麗しい言葉だと思いません?
米沢にあって、ネマガリダケはソウルフード。(ネマガリダケを食する文化のある地方ではどこもそうだと思う)。
これを採ることがどれほど難儀するものかをみなさんよく知っており(林立し、しかも雪の重みで押しつぶされ傾いているネマガリダケの強靭な株をかき分けかき分けして進むので、腰がやられてしまいます)、その香り豊かな風味と食感は同じ筍類にして別格なのです。
市民は細いネマガリダケをていねいに処理して、節も食べられるところとそうでないところをひとつひとつ区別して落とし、それを鯖缶で汁ごと煮て食べるのを無上の幸福としているのです。
なお、鯖の缶詰が健康志向に乗って今ブームのようですが、当地方では“ひっぱりうどん”に煮物にと昔から続いていること、鯖缶の消費量はたぶん山形県(置賜地方)が全国で断然一位なのではないでしょうか(笑い)。
ネマガリダケのお汁は本当においしい。当然ながら我が家も幸福に包まれたことは言うまでもありません。
山の恵みに感謝です。
刻々と変化する西吾妻を、これからも時間を見つけて追いかけていこうと思います。