本日はさわやかに晴れあがった(2024年)5月30日、もう5月も終わりです。
今回のsignalは5月のメーンともいうべきワラビとフキをめぐる物語、それから5月といううるわしい時間を少しかいつまんで。題して、「ワラビやフキや」です。
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5月は山登りシーズンの到来、それは雪残る一切経山(いっさいきょうざん/いっさいきょうやま/いっさいきょう)からはじまりました。
一切経は吾妻連峰の東端に位置する山です。
下は、(ここからクルマで約90分で行ける)登山基地の浄土平から見る一切経山(1,949メートル)。堂々としていて実にたおやかな山容です。
一切経は1893年の噴火からわずか130年、赤茶けた山肌がむき出しの荒涼とした景観は若い火山であることを物語っています。実際、大穴火口というところからは今も轟音をともなって噴煙が上がっている活火山です。
標高1,600メートルの浄土平に至る道(磐梯吾妻スカイライン)沿いにはムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅)が咲き競いいかにも5月の装いなのに、いざ登りはじめるとほどなく長い雪渓が待っています。これがこの時期の一切経登山の魅力です。
5月に、アイゼンをつけての雪渓歩きなんて実に楽しいものです。
簡単に着脱できる軽アイゼンをつけて。
そうして歩きはじめて約80分、もう頂上です。
一切経は登山基地から頂上までの標高差は350メートルで、難儀な急坂もないし、歩いていればいつの間に着いているという手軽な山なのです。
そうして眼下に見下ろす魔女の瞳(五色沼)のうつくしさ、こんな胸のすく風景ってそうあるものではありません。
3年連続してやってきた(相棒は2年ぶり)、同じ時期の、やはり同じような青空の元の、山上のみずうみのすばらしさ。
このみずうみの対岸の山(家形山1,887メートル)の向こうに筆者たちが住む米沢があります。
同方向のその先に月山、(空気が澄んでいれば)その先に鳥海山も見えるはず。
魔女の瞳から離れがたく、しばしたたずむ多くの登山者たち。
道々、茨城からの、家業が蓮根農家という娘さんとお会いしてしばしの同道、相撲の話をしながらの(笑い)楽しい山道でもありました。
こういう山に登ると、元気が湧いてきます。そう、山にはエネルギーをもらいに行くのです。
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さて、5月は何といってもワラビ(蕨/コバノイシカグマ科ワラビ属)の季節。
タラ(楤)の芽にしてもコゴミ(屈)やコシアブラ(漉油)にしても、これら有名どころの山菜の採り頃というのはせいぜい10日間、あっという間なのです。これをのがせばありつくことは叶いません。ゼンマイ(薇)とてせいぜい2週間がいいところです。それに対してワラビは収穫期間がとても長いのが特徴です。
今年でいえば4月26日にはよいものが出はじめ、現在の5月末にしてまだまだたくさん採れています。これはあと10日ぐらいは続くのではないでしょうか。
ワラビ採りはキックキックトントンならぬ(賢治の「雪渡り」デスヨ)、ポッキポッキポッキポッキ、ポッキンキン(笑い)なのです。この、手元の、ワラビを折る感触がたまりません。
日をさんさんと浴びて、ワラビを探して野原を歩きまわるのはとにかく楽しい。
自分でも不思議なことですが、山菜採りというのは、コシアブラならコシアブラ、ゼンマイならゼンマイと、その時期になればそれを見定める専用の眼に変化していくものなのです。
だから、ワラビ採りなら“ワラビ眼”になります。
下の名人の眼光鋭くいかにもワラビ眼になっていますが、これはもはや異界=ワラビ界に入っている証拠です(笑い)。
ワラビ眼になるとは具体的にどういうふうかというと…、
野原にすっくと伸びたワラビの茎の太さと膚のみずみずしさ、
個体によって何色かに分けられる膚の色(油色/カーキー、鶸萌黄/ひわもえぎ、松葉色/ジャスパーグリーン、木賊色/とくさいろ/ボトルグリーン、鶯色/セイジグリーンなど)、
首の曲がり具合、穂先の様々な形状、握り拳のような穂先の丸まり具合と微細な毛、
穂先の梅茶色から黄土色にかけてのスペクトラム、微妙な赤味…、
それらワラビ全体の情報がもれなく脳にインプットされ、草のすき間からチラっとでもそのファクトを認めると不随意に足が出て手が伸びるという神経動作に直結するのです(笑い)。
それは恐ろしいほどの識別能力と反射対応です(笑い)。
知られた童謡に「かわいいかくれんぼ」があるけど(これはサトウハチローと中田喜直という大センセイコンビの作なのですね。ビックリ)、お庭でひよこがかくれんぼをして「どんなにじょうずにかくれても きいろいあんよが めっかった」、まさにこれなのです(笑い)。
ワラビがどんなに上手に隠れても、名人にかかればそれは無駄ということです(笑い)。
名人ともなれば、小1時間でこんな風です(笑い)。
下は、同じ時間で、左が名人、右がお供の拙者のものです。
一目瞭然の差!(笑い)
いやあ、今年はどういうわけだか豊作です。ここに住んで30年、こんな出方ははじめてだと思います。とにかくすごいのです。
筆者たちはふたり暮らしだし、とても食べきれるものではなく、食べきれないものは冬分の食材として塩漬けにしています。
塩漬けといっても限度はあるし、それでも日々どんどんと収穫されるので、食べてもらえる友人・知人やおつきあいのある方たちに配り、宅配で知り合いに発送しと、とにかくもらってもらっています。食べて喜んでもらえるのが何よりですから。
ワラビはとにかくおいしいです。朝昼晩と毎食毎食ではちょっとだけど、この時期は1日1回は食べていたい。
ワラビを食べないと夏にならないような、それは通過儀礼のような、身体に染みこんだいわばワラビ信仰とでも言ってよいような(笑い)。
ワラビにはアクがあって、そのまま茹でても食べることができません。
このことを草食の動物たちもわきまえていて、草食に依存するサルにせよクマにせよイノシシにせよ、大方を草に頼るカモシカでさえワラビに手を出すことはありません。
カモシカでいえば、今この辺では、イタドリ(虎杖)をよく食べているよう。
ワラビのアク抜きは各家庭でそれぞれでしょうが、我が家のものを紹介しておきます。
下は、アク抜き1回分のワラビの量、大人の男性の手首ぐらいでしょうか。
ワラビを器に並べればヒタヒタになるくらいの分量の湯を沸かし、
(我が家の薪ストーブで出た)灰をひとつかみ、
灰を入れて沸騰させて攪拌し、
数秒おいて茎の根元を熱湯にひたし(これは我が家だけの工程かも)、
沸騰が落ち着いたらワラビを投入、
あとは落とし蓋をしてひと晩置いておけばOK。
なお、苦みを取るために途中1、2回水を換える家庭もあるようですが、我が家はそのままです。
このあと鍋からワラビを引き上げてきれいに洗って、穂先を切り落とします。
それから根元の1本1本に包丁を入れてみて堅い部分を取り去って、食べやすい長さに切ればおひたしの完成です。
本当は、ワラビを採る際に堅い部分を確かめて折ればいいのですが、ワンサと出ていればそういう余裕をなくしてしまいがちです。ということでの最終段階での取り去りをするのです。
何も湯にひたす前に手で堅い部分を折ればいいじゃないかと思うでしょうが、採って時間が経てば経つほどワラビにはシナリが出てきて、そのほどよい折り取りの感覚が分からなくなるものなのです。
ちなみにいうと、市販されているものは立派な形に見せるために意図して堅い部分も含んで長さを出しているように思います。こういう場合は、アク抜きの前でもあとでも一様に5センチ程度を切り落とすのがよいのではないでしょうか。
そうして、ワラビが食卓に上がります。
ここに我が家ではカツオ節とかショウガの千切りとかを載せ、トウガラシを添え、醤油(または醤油に「創味のつゆ」や「白だし」などの味醤油をまぜて)でいただきます。
我が家ではワラビ料理のバリエーションはなし、ほぼおひたし一択です。
ん、めえー、です(笑い)。
ちなみにですが、ワラビを盛った皿は沖縄の陶器、やちむんです。
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ここからは趣をかえて、5月というさわやかな時間を彩る森の風景や花々を。
下は、ゼンマイを採っていたときの森。
若いみどりが日々クロロフィルを増やしつづけています。
ゼンマイが採れるすぐわきを流れる川。ここの川底は一枚岩です。
ということはルーザの森全体が巨大な一枚岩でもあると思います。
木漏れ日が川面に映えて。
庭に咲くヤマブキ(山吹/バラ科ヤマブキ属)に夕日が差して、黄金色にかがやいていました。
タニウツギ(谷空木/スイカズラ科タニウツギ属)。
タニウツギは(ここ米沢も含まれる)地方名でダニバナとも呼ばれ、これは不吉なものとして忌み嫌っての名づけです。
ダニはダミでしょう、ダミはダビでしょう、つまりダニバナは荼毘花です。
昔、火葬の場でこの木の枝を骨拾いに使ったということに由来するものです。よって、この地方で庭木として植えている家はまずないのではと思います。
逆に、この花にうつくしさを認めて庭木にしている地方があれば、そこはそうした因習のないところということでもあります。
ある意味、不当に意味づけられる気の毒なタニウツギ。
でも我が家はソンナノカンケイネエ(笑い)、花瓶に活けたりもします。
近くの国道(13号)沿いで見かけた一面のサギゴケ(鷺苔/サギゴケ科サギゴケ属)。近くに、白花種の群落もありました。もう、それは見事なものでした。
ところが数日後、ここに除草剤がまかれてすべてが枯れてしまっていました。かわいそうに。
筆者はこの光景をうつくしいと思うのに所有者はそうは思わず、邪魔者扱いにしたということです。
同じものでも、見方はそれぞれ。世の中、こういうことに満ちていますよね。
庭に咲いたイワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)。
近くには近縁の白花のヒメイワカガミ(姫岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)も咲きます。
フランスギク(仏蘭西菊/キク科フランスギク属)。市郊外で。
植物にあまり関心を寄せないひとはこれをマーガレットとか除虫菊とか思っていそうですがさにあらず、葉に切れこみがないのでこれはフランスギクです。
このような白い群落は風景に映えてうつくしいと筆者は以前は思っていました。
ところが近年、北海道は旭川からいらした客人が言うには、これは北海道では駆除を対象とする指定外来生物に指定されている植物、繁殖力が旺盛で生態系・生物多様性を侵しかねないと危惧されているのだそうです。
この指摘はとても意外でした。東北でも、その指定は近いのかもしれない。
庭に咲いたウンベラーツム。別名ベツレヘムの星。標準和名ではオオアマナ(大甘菜/キジカクシ科オオアマナ属)と言います。
花言葉は潔白、純粋、無垢なのだとか。
職場勤めの頃、同僚にクリスチャンがいて、株を差し上げたら翌年にきれいに咲いたと感激して報告してくれたのが印象的でした。何せ、ベツレヘムの星、イエス=キリストの生誕地の名をいただく植物ですからね。
それにしても、嗚呼パレスチナ! 何とかならないのか。
これにもうひとつつけ加えることとして、大甘菜という名があります。
植物学上の命名の基準のひとつがこの「菜」という文字、これは食用に適するという意味があるのです。
アブラナ(油菜)やカラシナ(辛子菜)がそう、コマツナ(小松菜)やミズナ(水菜)も、コウゾリナ(髭剃菜)やゴマナ(胡麻菜)もそう、でもオオアマナはアマナ(甘菜/ユリ科アマナ属)という花に似ているからと名づけられたもので、オオアマナは有毒です。これは注意を要します。
いただいた数株を花壇に植えたらば、いつの間にか増え、種が飛んで道端にあふれだしたオダマキ(苧環/キンポウゲ科オダマキ属)。
これは我がヒュッテ(ルーザヒュッテ)の裏のものだけど、こうなるともはやヒュッテは“オダマキの家”になっています。
そして、今が見頃を迎えたヒメサユリ(姫小百合/ユリ科ユリ属)。
この花を目にすると6月ということになります。ヒメサユリまさしく6月を告げる花です。
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5月も後半になってくると野原にはフキ(蕗/キク科フキ属)が出てきます。
フキは雌雄異株、フキの薹(とう)は雌雄で違います。
雄株は花粉を虫に運んでもらって花が終わると枯れてしまいます。
雌株は受粉後に70~80センチくらいにまでどんどんと成長し、白い綿毛をつけた種子を風に運んでもらいます。成長は、よい風を受けるためのフキの戦略なのですね。
種の散布が終わると今度は地下茎から葉柄を出して葉が大きくなる、これがフキの生長サイクル…、この伸びた葉柄こそ筆者がこよなく愛するフキです。
フキの薹の、これが雌株、
これが雄株。
成長して葉柄が伸びた葉。
筆者がフキ採りをするときには下のような特殊な形状のナイフを使います。フキの葉の根元に引っかけて引く、これが使い勝手よいのです。
どこで手に入れたか忘れたけど(金物屋だったかもしれない)とても重宝しています。
筆者は郷土料理が好きで自分でもつくったりしますが、そのレシピ本は下の2冊です。
この2冊はともに米沢及び米沢を含む置賜(おいたま、おきたま)地方の、昔から今に伝わる郷土料理を網羅し、的確に紹介していてとてもよいガイドとなっています。
筆者が特別に好きなフキの炒め煮は、上記左の『おわえなえ』(“おあえなえ”は米沢の方言で、「召し上がれ」の意)を参考にしています。
筆者はフキが採れるようになってからというもの、今年ももう4回ほどもつくったでしょうか。おいしくておいしくて、消費量が半端ないのです(笑い)。
筆者は調理の蓄積がまるでないのでいつも手探り、分からないことがよく出てきます。
例えば(ものの情報では)フキを茹でるときには「塩で板ずりをする」とあるけど、これがよく分からない。何も、パスタのように湯に塩を入れて茹でてはいけないのか、となるわけです。
で、やってみるとどちらも変わるものではない、板ずりなどはしなくてよいことになります。
まずフキを鍋に入るぐらいの長さに切りますが、ここでのひと工夫は、長さだけでなしに根元と茎の先もきちんと包丁で落とすことです。
茎の上下を切ることで、茹でてからの皮の剝きやすさにちがいが出てきます。
塩は(せっかく苦労して大きなブロックを割って小さくしたので)岩塩を使います。
2リットルの水につき15グラムぐらいの岩塩でしょうか。
レシピ本には「熱湯でふきを茹で、皮をむき、5㎝に切る」とあります。
この説明はとても不親切、茹でるのは何分ほどなのか、どういう具合になるまで茹でるのがいいのかが分からない。
そして自分で得た結論は、時間は熱湯にフキを入れて6分程度、食感がちょうどよいくらいに茹でるということです。
茹であげたものを冷水にとって。
ここでもものの情報ではしばらく放置してアクを抜くなんていうのだけれど、フキの魅力はある意味アク(キドさ)にあるわけで、それは無視して、冷えたら皮むきにかかります。
茎の根元に包丁を入れた断面。
くぼんだ部分から皮をむいていきます。くぼんだ部分からむきはじめると、1周が明確だからです。
茹でたフキ300グラムぐらいで皮むきに要する時間は20分くらいですかね。
こういう単純でムサい仕事は筆者は割と苦にしないタチです。
この作業は(相棒が出勤してからの)朝食後にすることが多く、だいたいはNHK FMのクラシック番組を流しながらが多いです。朝にクラッシックはいいものです。
むいた皮と、膚がツルンとした茎と。
食用油で炒め、醤油と味醂と酒で味つけし、
レシピにはフキ300グラムにつきいずれも“大さじ2”とあるけど、フキの風味を消さないよう、筆者はどれも少なめにしています。
また、色づきをおさえるため、“醤油”は白だしと醤油で半々ぐらいにすることが多いです。
水分が飛んだら、トウガラシを入れ、白ゴマをまぶして、これで完成です。
ん、めえーの、何の(笑い)。
盛りつけの皿は、いずれも沖縄のやちむん。いいですよね、やちむん。
我が家のやちむんは、東京駒場の日本民藝館や盛岡の光原社で購入したものがほとんど。
盛りつけの器いかんで料理の味も雰囲気も変わってくるものですよね。
筆者は、値段の高い安いは別にしても、器のうつくしい景色を大切にしています。
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もう溪のみどりも濃くなって、
隣接のコナラ(小楢)の林の頭上も夏の様相、ホトトギスが今日も甲高く啼いています。
ここにアカショウビン(赤翡翠)のヒュロロロローの、あたりに響き渡るうつくしい笛が加わると梅雨ということになります。
ササドチヅコさんもみどりのおべべをお召しだし、
リビングの大甕にはオニアザミ(鬼薊/キク科アザミ属)を活けて。
それじゃあ、また。
バイバイ!
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