製作の時間

新薪小屋日誌2

本日は11月29日、霜月もいよいよ終わりに近づいてきました。あたりは晩秋、冬枯れの装いです。
筆者はこの季節もとても好きで、隙間の時間を見つけてはカメラを携えながらの散歩をしています。

今回のsignalは「新薪小屋日誌1」にひき続く作業の様子、土台の上に小屋が立ち上がり、トタンで屋根が葺かれるまでのこと、題して「新薪小屋日誌2」です。

なお、筆者が写っている写真の大方は相棒の撮影、セルフも一部混じっています。

1号缶詰缶による独立基礎。
この独立基礎の「独立」とは土台をそれぞれが1点で支えること、土台のすべてをクネクネカクカクと布のように渡して支えるコンクリートの布基礎に対する言葉です。
考えてみれば古い神社仏閣や古民家に見られるよう、布基礎が考案される前は石(礎石)の上に土台を載せたわけで、こっちの方が歴史ある独立基礎です。
この基礎が優れているのは、土台の下に遮るものがないのでスカスカなこと、つまり床の下を風が通り抜けるのです。この通気性こそが土台、つまりは建物それ自体を長持ちさせたのです。
逆に言えば、現代の家屋は布基礎ゆえに空気の流れが遮蔽され、それが寿命を縮める大きな要因となっているということです。これを補うために、現在はベタ基礎によってすべての地面をおおうことで湿気を上げないようにし、その上に布基礎は配置しているようですが、いずれ空気の流れがないのは同じではあります。

つごう10箇所の独立基礎の上に載せた土台が完成しました。
見ての通り、材料は2度使い3度使いの廃材です。

土台が設置され、柱をはじめとしてその上物の部材ができていれば、あとは急ピッチ。いきおい上棟(じょうとう)となります。
下は建築現場のわきに、順序良く取り出せるように置いた加工済みの部材。

建物(家屋、小屋)の一番上のヨコ材が棟(むね)で、棟を上げるというのは大工仕事の大きな節目です。これを建前(たてまえ)あるいは棟上げ(むねあげ)=上棟といい、一昔前なら、棟木に御幣(ごへい)を飾り、お神酒をあげて今後の作業の安全を祈願して酒宴をしたり、大工を囲んでおいしい食事をとったりしたようです。
ちなみに、ほぼ30年前の我が家の新築の際は昔ながらの上棟式を行ったものです。
でも建築の取り仕切りが大工の手から工務店へと変わってしまった今、もうこの風習も廃れかかっているのではないでしょうか。それは家への祈りと労働へのねぎらいも薄れてきたということでもあります。
とにかく、現場は合理化・簡略化の名のもとに何でも安直になり、かわいそうにも大工は肩身の狭い思いばかり。
ただ、今回の薪小屋ごとき、上棟とはいえ筆者は何もしませんよ(笑い)。ワインで祝杯ぐらい。これは毎晩のことか(笑い)。

とはいえ上棟を控えるこの日は特別に大切な日、この大切な日には日ごろから懇意にしている同じ町内の佐藤大工の力を得ました。7月5日のことでした。
手伝いを願ったのは半日だけでしたが、この時間がとても貴重なものでした。

ふたりで、すべての柱を土台に挿し…、

柱に桁(ケタ)を渡し、軒桁(ノキゲタ)に梁を連結し…、
母屋桁を見る佐藤大工。
「オイ、曲がってっつぉ!(なんで事前に歪みを取っておかないんだ!)」(笑い)。
大工はブツブツ言いながら、歪みを吸収できるようノミを器用にさばいて継手の仕口を直していきます。あっ晴れです。

なぜ上棟げに大工を頼むのかというと、上棟げは建築の真髄、これこそは大工の腕の見せどころ、素人では適わない作業が集中しているためです。
ここをおろそかにしたならば、そのときの狂いはどんどんと拡大して、しまいには手をつけられないものになってしまう、建築とはそういうものなのです。
上棟げ時の助っ人は、極端なことを言えば年取って大工仕事ができなくなったヨボヨボの元大工でもいいのです。とにかく、重要な場面には知恵を拝借、指示を仰ぐに限ります。

まず、素人は土台に対しての柱の垂直(つまりは鉛直)を正確に取るのがむずかしいのです。
柱に下振り(さげふり)という重しを下げて鉛直を出していく作業はとても繊細なもので、1本の柱の鉛直を決めれば2方向の仮筋交いで固定し、そうしてポイントとなる柱の鉛直を次々と決定していきます。
この時ばかりは筆者は大工の指示に従っての下働きです。そうして下働きしながら大工の技と動きを観察している時間のこころよいこと、感動をさえ覚えるものです。

大工のお世話になったのはここまで。

下の、この姿が上棟です。
あとはただ建築のセオリーにしたがって、ひとりコツコツと進めるだけとなります。

まず取りかかったのは火打ち梁の製作です。
コーナーに斜め材を渡してヨコの遊びを取って、躯体を強固にしていきます。

火打ち梁の掛けの部分を(桁と梁に)ドリルとノミを使って彫りこんでいきます。

火打ち梁を仮渡しし、「かたぎ大入れ」でがっちりとはめ込まれました。

火打ち梁を仮渡ししたあとは結束ボルトのための穴を開けますが、これがむずかしい。
筆者はマスキングテープでガイドをつけてから慎重に行っていますが、それでも当然狂いは生じてきます。

そうしてようやく、「かたぎ大入れボルト締めつけ」火打ち梁が完成しました。
こういうめんどうな作業が思い通りにゆくと充実感に満たされるものです。

今現在、このように梁と桁を彫りこんで火打ち梁をはめ込んでいく作業が生きているのかどうか。
多くは工場でのプレカット仕上げ、それよりも安直に火打ち梁金具をスクリューで取りつけるのが一般的なのではないでしょうか。
たぶんこれだと、地震に弱いでしょうね。火打ち梁こそは家屋の構造上、きわめて重要な部材なのです。

つづいては、屋根の下地材の垂木(タルキ)を桁に渡し、交差するところに両側から70ミリの釘を打ち込んでいきます。
タルキを桁にすべて打ち込むと、躯体はさらに強度を増していきます。そうして作業が進むごとに建物の強度が上がっていくのです。それは作業に当たる身が一番感じることです。


タルキの端に墨を打って同じ長さにし、その墨線に沿って丸ノコで切りそろえていきます。
こうして高所で電動工具を使うのはとても危険、身体のバランスを維持しようとして身体全体に力が入り、脚が震えます。終えると安堵の息です。

タルキの端をそろえ終え、タルキの上に野地板を載せるまでの間は、全体をブルーシートで覆って雨をしのいでいました。

いくら2間ものの小さな小屋とはいえ、ブルーシートで全体を覆って、風に飛ばされないようにするのはむずかしいもの。
筆者はシートの穴に紐を結んでその端に重しをつけていました。そうして1週間、覆いました。
こうなると雨天も平気、屋根の下の作業がどんどんとはかどります。

仮の筋交いの役目を本筋交いにバトンタッチ。
この本筋交い「大入れ欠き込み」つくりは従来の大工が引き継いできた技のひとつです。
ノミを駆使して溝を彫り、そこに筋交い材をはめ込んでいく作業なんて今はどこにも見られないのではないでしょうか。
せいぜい金具の板をかぶせて何カ所かのスクリュー(ビス)をねじこんで終わりでしょう。
筋交い入れも実に安直になったものです。これで本来の筋交いの役目をしっかりと果たせるのかどうか。

本筋交いが入って、仮筋交いを取っ払うときのすがすがしさたるや。

本筋交いがきちんと入ったコーナー。

薪の端留めのために、間柱を1尺おきに配置し、そこにそれぞれ板厚30ミリの欠きを入れて、筋交いをはめ込んでいきます。

写真の、ウラのものが仮筋交い、表の本筋交いができるとウラの筋交いを取り払います。

床板を解体材で張り終え、中間の仕切りとなる間柱を入れているところ。
間柱をバールで持ち上げて、玄能(ゲンノウ)で叩いて欠き部分に落とし込んでいます。 

3面に間柱を入れて、外側2面に筋交いをはめ込んだ姿。これは大きな区切りとなりました。 

ちょっとここで小休止、コーヒーブレイク。
根を詰めてかかりきりの作業というのはときにはつらくなるもので、区切りのついたところで休憩、久しぶりに西吾妻を歩いてきました。
春から秋、山はいつ行っても、気持ちのいいものです。

西吾妻の湿地ならどこにでもあるようなモウセンゴケ(毛氈苔/モウセンゴケ科モウセンゴケ属)。食虫植物。
ただ全国的には絶滅が危惧されるレッドリストに入れられているのだとか。
もうすぐウメバチソウに似た白い花を咲かせそうです。

西吾妻の名花のひとつ、ミヤマリンドウ(深山竜胆/リンドウ科リンドウ属)。
何とも言えない鎮魂の青です。
宮澤賢治は作品の中でアオという色をよく使い、それをケンジブルーなんて言いならわしたりするけど、ケンジブルーのひとつはこのミヤマリンドウの青のようで。

ギンリョウソウ(銀竜草/ツツジ科ギンリョウソウ属)。
腐生植物として有名な種で、別名はユウレイタケ(幽霊茸)です。その名が示すとおり、気味が悪いと言って怖がるひともいます(笑い)。
ギンリョウソウは直接的には菌類に寄生し、間接的には菌類と共生する樹木が光合成により作り出している有機物を菌経由で得て生活しているのだそうです。実に神秘的です。
栗駒山の湯浜ルートはどこまで続くか知れないほどのギンリョウソウの道だったことを思い出します。

キヌガサソウ(衣笠草/シュロソウ科キヌガサソウ属)。
直径が40センチもあろうかという放射状の葉に囲まれて中心にひとつ白い花を咲かせます。実に見事な花姿。
西吾妻でキヌガサソウが自生する場所は登山道から見えるところにはないのでワタクシの秘密ごと、内緒ごとだけど、場所がだんだんと特定されつつあるようで非常に残念。どうかそおっとしていてほしい。

ツルコケモモ(蔓/ツツジ科スノキ属)。
赤く熟す果実は、クランベリーとして食用にされます。
クランベリーは食したことがないけど、酸っぱみがあるとのことで、生食よりはジャムに向いているようで。

この日は山頂で名古屋から来たというソロの青年に会って、しばしあれこれと山談議をしました。
3週間の休暇を取得して百名山に挑んでいるのだとか。
さわやかな青年に幸多かれ、だ。

西吾妻最大のお花畑の端にある大凹(おおくぼ)の水場。
この水は冷たくておいしく、夏場でも枯れることがありません。
実はこの「泉看板」、スクラップ状でボロボロになったものをワタクシがデザインをほぼ踏襲し、一からつくり直して再生させたものです。
筆者はたまに山行の記録のYAMAPを見ることがありますが、西吾妻に登るひとがよくこの場面を写真に撮って掲載してくれているようです。作者として、素直にうれしいです。

植えたわけでもないのに自宅の敷地に咲き出したヤマユリ(山百合/ユリ科ユリ属)を大甕に活けて。
「四又の百合」(賢治作品)ならぬ十又の百合で、それが2株隣り合っていて、あまりに花が重たいものだから茎が折れてしまっていたのでした。
それにしても豪華な花です。
ヤマユリは日本特産の、世界に誇れる花です。

小屋の建築現場のすぐわきの(たぶん園芸種の)オオバギボウシ(大葉擬宝珠/キジカクシ科リュウゼツラン属)。
まだ母親が健在だったころ、近くの親切な方が母親のためにと株を分けてくださったのです。
そうして母親が亡くなってちょうど20年、オオバギボウシは今こうしてうつくしく咲き競うようになりました。
ただし、このオオバギボウシ、今後のさまざまな作業で踏みつぶす恐れがあって、株ごと近くの別な場所に移しました。

満開となったオオバギボウシ。

どうしてだかまったく分からないけれど、栃木県民がマツタケ(松茸)ほどに珍重し興奮してしまうというチダケ(乳茸)がすぐ近くの林の広場にわんさと出ていました。
一度試したことはあるけど、汁に入れても炒めてもゴモゴモとして食感はよくないし、よい出汁が出るとは言われるけれども(-_-;)。

製材所に出向いて、杉板を買ってきました。今回の薪小屋つくりで買った木材はこの杉板のみです。
このご時世、木材も急騰していて、野地板4分(12ミリ)厚4坪分と壁板5分(15ミリ)厚3坪分で、35,000円ほどでした。
ただ、壁板についてはこののちに設定の変更をして不要になり、大方は使わずじまいとなっています。まあ、そのうち使い出は出てくるでしょう。

あまりに長尺(4メートル超)で、のちの作業をしやすくするためにチェンソーを使って切断しました。

自動カンナで野地板の厚さを整え、少なくとも片面だけは化粧を施すようにしました。
カンナ掛けで表面をきれいにすることを化粧をするといいます。

自動カンナの作業。

ようやく張り終えた野地板。見栄えがいいよう、化粧の面を下にしています。
板材の表面が白いところ(白太)と赤いところ(赤身)がありますが、 これはスギの木の辺材と芯材のちがいです。
芯材の赤身は腐食に強く、辺材の白太はよりやわらかく傷みやすい特徴があります。
断然、赤身材の方が価値があります。

鼻隠しをし、破風板を張り、屋根の周囲にカラクサ(唐草。屋根の周囲の小割材)を回しました。
カラクサは、トタン葺きの納め(雨仕舞)のために必要な部材です。 

この状態を終えて、またブルーシートで保護しました。 

防水紙たるアスファルトルーフィングシートを敷きつめ、ところどころをタッカーで押さえています。
このシートも結構な値段、20メートル巻きくらいで8,000円ほどはしたと思います。ずいぶんと高くなりました。

頼んでおいた斎藤建築板金がほどなくいらして、半日仕事でトタンで屋根を葺いてくれました。
これでもう、雨の心配はなくなりました。
屋根というのは実にありがたいものです。

そうして筆者は最低限の壁を張りつけ、今は塗装の最中です。
保護メガネをかけているのは、水溶性ステイン系の塗料がはねて目に入るのを防ぐためです。ハケ使いによって、塗料はけっこうはねるものなのです。

そうして、ほぼ完成というところまできました。

7月23日のことでした。

われわれは、家を建てる楽しみを、いつまでも大工に譲り渡したままでよいものだろうか。
ヘンリー=デイヴィッド=ソロー著『森の生活』「経済」の章から。飯田実訳、岩波文庫

上は、200年近く前にソロー(Henry David Thoreau 1817-62)が語っていた言葉です。
なんてしみいる言葉なんだろう。
そうして今、筆者の隣にソローが寄りそっています。

次回は3回シリーズの最終回、新薪小屋の冬場の覆いつくりに焦点を当てたいと思います。乞うご期待!

それじゃあ、また。
バイバイ!

 

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