製作の時間

キツネ小屋の解体

本日はお久しぶりという感じの雨の(2024年)5月28日、もう初夏の様相、あたりのみどりはどんどんと濃さを増してきています。
今回のsignalは(合間合間ではあるけれど)この約1か月にわたって取り組んできたこと、長年よく働いてくれた薪小屋(この小屋はキツネの図柄の看板をつけていたのでキツネ小屋と呼びならわしていた。以下キツネ小屋)の解体作業についてつづってみます。題して「キツネ小屋の解体」です。

筆者の職場の異動にともなって我が家は仙台から一旦は米沢の市中へ引っ越し、市中にとどまって借家住まい4年ののちにここルーザの森にやってきたのは1993年の11月のことでした。今からちょうど30年前のことになります。
当時まわりからはよく言われたものです。なんでわざわざ不便な山奥に、自分だけならまだしも女房子どもを道連れにして、と。
道連れねえ(笑い)、でも反論は簡単でしたね、筆者が森の暮らしにあこがれたから。そこで家族と暮らしをともにしたかったから。
カッコよくいえば、住むなら町場よりは森の方が希望の匂いがしたのです。そう、希望の匂い。
家族の反対なんてなかったですね。子どもはまだ小さくて町暮らしとの比較対照なんてできなかったし、相棒も町場よりは郊外に住むことを望んでいたのは確かなので。

森の生活の何よりの魅力は、筆者にしたら薪ストーブで暖をとることにありました。薪があってそれを炉にくべれば熱を発して部屋があたたまる、身体があたたまる、それには電気も灯油もいらないのです、こんな素敵なことが他にあろうかと思ったものです。
だから、筆者の森の生活というのはこの薪ストーブを中心としてめぐるものといってもよいのです。

薪を作るためには薪になる材料を集めなければなりません。
でもこの30年、薪材を買ったというのは最初の(晩)秋の1度きり、あとは果樹園の雪折れの枝の譲り受けとか、頼まれての伐採とかすべてがもらいものです。
アンテナをめぐらせれば薪材はいかようにも集まるもので、ご親切にも大量の薪材をわざわざ届けていただいたことも何度あったことか。
費用のかからない薪材の入手は、今後も約束されています。

我が家で活躍する4つの薪ストーブ。
下は、2013年の設置の、(ゲストルームを兼ねる)私設の山小屋たるルーザ ヒュッテのもの。新潟のホンマ製作所が企画し、中国で生産されたもの。とても気に入っています。
当時は6万円ほどでしたが今は相場で10万を軽く超えているよう。鋳物の薪ストーブが高騰しているようです。

2007年の設置の主屋のストーブ。これは2代目です。
4つのうちこれだけがブランドもので、アメリカのバーモントキャスティング社製のイントレビッドⅡという名がついているものです。(上部から薪を入れる)トップローディングが特徴です。
イントレビッドⅡは当時で25万円ほどだったでしょうか。今は40万を超えているよう。

2016年の設置の、筆者の生業とするドアリラ製品の(最終組み立てと塗装の場ともなるアトリエを兼ねる)ギャラリーの、高さはたかだか56センチ、奥行き28センチの小さなストーブ。
ギャラリーの広さは6畳なので、これぐらい小さくとも十分な暖かさが得られます。

工房のストーブ。高さが60センチ、奥行きは40センチで、値段は7万円ほどだったと思います。
工房は15畳もの広さがありしかも天井が高いのでこの程度のストーブでは十分な暖房はできませんが、工房というのは絶えず身体を動かしている場所、よってこれで十分。
最初は現在ギャラリーで使っているものをここに設置していたのですが、さすがに小さすぎてちょっとという感じでした。それでギャラリーをつくったのを機にこのストーブに換えたのです。

薪ストーブが発する熱とひかり…、この完璧ともいえる人生のよろこび。

「米沢の春・夏・秋は冬のためにある」、とはかつての職場の年配者がポツンと言っていたこと。これは実感として分かるし、正しいと思います。
米沢の暮らしではまず何より、(ここらで積雪が200センチを超すこともある)豪雪の冬をしのぐ、冬を越すということが肝心なのです。よって暮らしは冬を中心としてまわるといっても過言ではないわけで。
食べ物を夏期にたくわえて冬のために保存するすべが今に伝わっているのもそう、庭の樹木や家そのものを守るために雪囲い用の十分な量の細木やそっぺ板(皮板)を確保し収納するスペースを備えているのもそう、そして我が家のように冬分の暖かさを薪ストーブで得ようとすればそれなりの準備が必要になるのです。
冬のために他の季節のすべての時間を費やすわけではないですが、大きく時間を割かれるのは確かなのです。

でも思うのですよ、ひとって目の前に課題があって、その課題を解決するために知恵を出し手をかけていく、そのくりかえしの中にこそ喜びは用意されるのだと。このことを置いてきぼりにしたら、ニンゲンはどこまでも安易と快適を望んでしまって、ゆえに怠惰になっていくようで筆者は危惧するのです。
だから筆者は東北の、雪深い米沢が好きです。望む望まないにかかわらず課題がそこかしこにいっぱいころがっているのですから(笑い)。

薪ストーブには当然にもくべるべく薪が要り、薪はたくわえる必要があるのでその保管場所が必要になります。
そうしてとにかく引っ越し後に、優先して、見よう見真似で薪小屋をつくったものです。
下は、薪小屋2棟目であった1999年当時の(今回解体することとした)キツネ小屋の思い出の写真です。

小屋自体の建築もこれが3棟目(1棟目は細工用の材料置き場)となり、それまでもう6年も過ごしているわけで、この時点では建築の技術もかなり高まってきていました。それを反映するよう、キツネ小屋は今見ても機能的でうつくしい躯体だと思います。
これも材料のほとんどがもらいものの廃材です。廃材を利用して小屋をつくるというのは筆者の一貫した姿勢です。

キツネ小屋は、1間(けん。約180センチ)×3間の十分なスペース。
基礎はコンクリートブロックを1間ごとに置くこととし、ひとつの基礎(独立基礎)につき5個のブロックを使っていました。
当時はこれで十分と思っていたものです。

でも築25年もたってみると近年傷みが出てきていました。
原因は安易な基礎づくりにありました。畑のようなやわらかい土を掘ってコンクリートブロックを埋めただけの基礎、一部は沈んで土中の湿気を吸って土台が腐植してきたのでした。土台が腐れば床が歪んできます。
一部の土台が腐ってきたからと言ってこれで薪小屋としての用途も限界とは思いませんが、まだ材料のあるうち、筆者の余力あるうちによりしっかりしたものに建て替えたいと思ったのです。

そうして、キツネ小屋の解体をはじめたのはこの4月17日のことでした。
そのときはちょうど庭にイワウチワ(岩団扇/イワウメ科イワウチワ属)が花盛り。

そして我が家のシンボルツリーのひとつ(イタヤカエデの変種の)アカイタヤ(赤板屋/ムクロジ科カエデ属)の黄色な花も満開でした。

解体というのは建築の真逆、建築で0~100までの工程があるとして、解体は逆に100~0を辿る作業です。
解体では工程59から55をまとめてということはあるけれど、たとえば工程87から91に行くような逆戻りということは決してありません。
解体は何より逆順に忠実にスモールステップを踏むことが肝要で、それは危険の防止にもつながっていきます。
意外に思うかもしれませんが、解体作業は、材料を再利用したいがためと危険防止のために絶えず頭を働かせる必要があり、建築にも比して面白く充実した作業なのです。

そうしてまずは、トタンはがし。
こうしてみると、トタンの下にルーフィング(下地の防水紙)がないのが分かります(-_-;)。
甘かったですね(笑い)。当時はまだ屋根にルーフィングを施すということを知らなかったのだと思います(笑い)。

波トタンの下のすき間にはびっしりのカメムシ君、ハチ(種を同定できず)やテントウムシもいっぱいでした。
こうやって昆虫は暖かさを確保して冬を越しているのです。

トタンの下には野地板というものが張ってあります。
現代の住宅建築では製材した板を張る代わりに合板を使うのが一般的です。2枚で1坪分が張られるわけで作業が圧倒的に楽ですし、板よりは合板の方が安価だからです。
けれども合板は湿気にきわめて弱く、現代の住宅の寿命が短いのはこうした見えない部分の安直さによることが原因していると思います。悲しいかな、建築の素人にはそんなことは分からない。

本当は野地板でも1枚1枚をていねいにはがせば再利用が可能です。でも高所での作業は常に危険をともなうもの、ここは作業の安全と時間の短縮を優先しました。
タルキ(垂木)に沿って電動丸ノコで野地板をすべて切り落としました。

屋根に上がって電動丸ノコで野地板を切り落とす作業は疲れました。
高所ゆえに絶えず足場を気にしなくてはなりません。足がプルプル震えるのです。
こうした作業をした日の夜はドロのようになって眠ります(笑い)。

野地板の切り落とし材の散乱。

切り落とした野地板は紐でひとくくりして、焚きつけ材として収納していきます。

はがしたトタンを集めて。

バールを駆使し、タルキ(野地板の下地材)を取り払ったところ。

解体の大きな節目のひとつが終了しました。

ここでちょっとコーヒーブレイク。

米沢市に申請しておいた道の砂利敷きが入ったのは4月17日、ちょうどキツネ小屋の解体をはじめた日のことでした。砂利敷きは春の恒例行事なのです。
我が家から約200メートル先までは砂利道、それゆえ冬季の除雪車による除雪で道は荒れてしまい、砂利敷きをしないと道の凹凸はひどくなるばかり。区間に約10立方メートルの砂利が敷かれます。

と、4月29日のこと、水道の水が出なくなって慌てました。
実はここに住まって30年、2012年に一度だけ渇水状態になったことがありました。伏流水の水位が極端に減って(計測では53センチだった)、吸い上げの管が水面から離れてしまったのでした。
その時は懇意の設備屋の知り合いに頼んで、管の先端に30センチほどの管を付けたしてもらって事なきを得たのでした。

計測では水位は通常の110センチ、この数値は1週間計測し続けてもほぼ変わることはありませんでした。ということは渇水ではないということ、今回は水位の低下ではなくポンプの不具合ということが分かりました。
ニュースではリニアモーターカーのトンネル掘削工事で岐阜県瑞浪市で井戸枯れや水位の極端な低下が起こったと報じられているけど、こんな事態を引き起こすなんてとんでもないことです。
水は本当に大切なもの、水は生命の源なのですから。

下は、水位の計測をしているところ。

下は、桁(ケタ)をはずしにかかっているところ。
高所での作業、しかもバールに力を込めて動かすということは重心の移動をともなうもの、気を抜けば落下の危険があります。そのため、角材を梁(ハリ)に架けて簡易足場をつくっての作業をしています。

解体作業で最も重要な道具はバールとハンマーです。
この年季の入ったバール、叩かれ叩かれ、頭が潰されすり減ってテカテカです。このすり減りはバールの勲章ですね。
これは茅の屋根葺き職人だった父親の形見です。今も大切に使っています。

筋交い(スジカイ)の金具をすべて取り除き、羽子板ボルトのボルトをすべて抜いて桁(梁に直交する材)を外せば残るは壁面を構成する梁と軒桁と柱です。
この壁を掛矢(カケヤ)という巨大な木槌で力任せにぶっ叩いて倒します。

もう、ここまでくれば安心です。やれやれです。
身体はミリミリ、腰は痛たいし、これまでに幾夜、ドロのようになって眠ったろう(笑い)。
ワインを飲めば一発のバタンキュー(笑い)。

腐ってしまった土台と継いだ柱の根元。

腐った材木には大きな蟻(クロオオアリ?)が巣を作っていました。 

床は、板を再利用したくていねいにはがし(半分は使い物にならず、それらは短寸に切って焚きつけ用にした)、土台とネダ(根太)だけになりました。
作業の大きなひと区切りにほっとしています。

下は、ネダから釘を抜こうとしても抜けなかったもの。湿気のために釘が木材の中で錆をふいて膨張したのです。
これはもう焚火の材料にします。燃やした後に強力な磁石(スピーカーの廃材)で釘を回収します。

すべての釘を抜いて、まだ何かに使えそうな材料を種類ごとに分類しました。
いずれ見定めてよい材料を保管することにします。他は薪にします。

またいつか、生かされる日がくるといいな。

5月18日の朝。森は一層みどりを濃くしています。


ルーザの森には今、いろんな鳥がやってきてはさえずっています。そのうつくしい声たるや。
今やってきていて筆者が聴き分けられるものとして…、
イカル(鵤)、ホオジロ(頬白)、ウグイス(鶯)…、
キビタキ(黄鶲)、シジュウカラ(四十雀)、ヤマガラ(山雀)…、
オオルリ(大瑠璃)、ミソサザイ(鷦鷯)、ホトトギス(鵑)、ツツドリ(筒鳥)…、判別できない鳥も多い…、
それからまるで野鳥のようなカジカガエル(河鹿蛙)は溪から、もはや森中に響き渡るハルゼミ(春蝉)とエゾハルゼミ(蝦夷春蝉)…、解体の作業はこんな声のシャワーを浴びながらなのです。

解体作業の最終段階は、土台を支えた基礎の掘り起こしです。

掘り起こしてみると、掘った穴に地固めとして石を詰めるでなく単にコンクリートブロックを置いただけのもの。やわらかな土だけに、これでは基礎としては不十分だったのです。

掘り起こしたコンクリートブロック。

コンクリートブロックをていねいに洗って、積み上げました。これだけで1日がかりでした。
こんなにたくさんのコンクリートブロックはただ保管していてもしょうがないこと、またどこかの場面で使うことでしょう。

そして、キツネ小屋はとうとう更地になったということです。
めでたしめでたし。

キツネ小屋の解体をはじめたのは4月17日のこと、更地になったのは5月22日でした。
季節は大いにめぐって、オドリコソウ(踊子草/シソ科オドリコソウ属)が咲いていました。

 

山形県と新潟県、福島県の県境付近にのみ生息する貴重なユリのヒメサユリ(姫小百合/ユリ科ユリ属)が今年も咲きました。今年も会えてよかった。

新たな薪小屋の主な部材の刻みの大方はもう済んでいます。
これから、基礎づくりがはじまっていきます。また1からやり直しです。
新しい薪小屋の完成はいつだろう。目標として8月末頃にはと考えてはいますが、どうだろう(笑い)。

それじゃあ、また。
バイバイ!

 

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