山歩き

雪残る魔女の瞳

うつくしい季節になりました。
この5月のさわやかな時期、遠くの山を見るたびに筆者はウズウズしてくるのです。早くおいでおいでと山が呼んでいるのです。
ということで、ここらで日々の労働から解放されて、山に行くことにしました。
めざすは吾妻連峰の東端の一切経山(いっさいきょうやま、またはいっさいきょうざん。以下、一切経。標高1,949メートル)、その眼下にうつくしい湖の魔女の瞳(五色沼)があるのです。残雪の魔女の瞳に会いたいと思ったのです。
今回のsignalは、題して「雪残る魔女の瞳」です。

時は(23年)5月10日。天気予報をにらみながら快晴の日を待っていました。
一切経の登山基地は磐梯吾妻スカイライン(山岳道路)のピークの浄土平(1,600メートル)、そこまでは我が家から63キロ、クルマで約90分で行くことができます。一切経は距離にしても身近な山なのです。

下は、吾妻連峰の麓(福島市側)から見た吾妻小富士と一切経、一切経は遠くからでも噴気を上げていることが分かります。
現在も火山活動が続いています。

浄土平への途中の高湯温泉あたりは青葉若葉の春で、万緑の中にムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅/ツツジ科ツツジ属)がひときわ目立っていました。
このムラサキヤシオはわずかながら我がルーザの森にもありますが、こちらのものは花の色味がとても濃いです。

ルーザの森にはないミツバウツギ(三葉空木/ミツバウツギ科ミツバウツギ属)がうつくしく咲いていました。
米沢の隣の高畠町ではこの植物が珍重されていて、若葉を山菜として摘んで利用しているようです。
高畠では“コメゴメ”と呼んでいましたが、花のひとつひとつが白く輝く米のつぶつぶに見えることからの発想なのだと思います。
先日立ち寄った道の駅では、摘んだ生のものや乾燥品が店頭に並んでいたものでした。

もうすぐ浄土平というあたりから見る一切経。
草木はわずかで荒涼とした風景が広がっていますが、このガレ場(岩屑が広がっている場所)こそはここら一帯が火山活動の若さを物語っています。

浄土平には7時過ぎには着いて(駐車場は7月末まで観光キャンペーンで無料開放のよう)、7時半には歩きだしました。
あたりは氷が張るほどの寒さ、一気に早春に逆戻りです。
筆者は(ジンセイの、若い頃がよかったとかの)時間の逆戻りって望まないタイプだけど、季節の逆戻り、春から早春へ冬へというのはとても好きです。

ズボンの下にはスポーツスパッツ、上は透湿防水のレインウエアを着込んで。
山は天候が変わりやすく気温差も激しいもの、どのような気候気温にも対処できるよう、すぐ着脱可能なよう山用の着こなしがいちばんと思います。
朝は冷えても日中は暑くなることを予想し、レインウエアの下は薄い2枚のシャツだけです。

ところどころに雪が残っています。

雪は昨年の今頃よりはぐっと少ないものの、雪渓の登り区間もあって、持参した軽アイゼンが役立ちました。
軽アイゼンは靴床全面をおおうタイプのものをはじめて使ってみたけど、なかなかいいですね。歩きが実にスムーズです。
アイゼンをつけないで靴のエッジを利かせて歩けないことはないけど、急坂の場合は体力の消耗の度合いはちがいます。

噴気あげる一切経。

左に進めば鎌沼、上方が一切経の、高層湿原の酸ヶ平(すがだいら)の分岐。
上方の先に酸ヶ平避難小屋が見えています。

高度を上げると鎌沼が見えてきます。その奥にはうっすらと磐梯山が。

登りはじめには地元福島の20代半ばの青年と一緒に歩きました。
その彼、出身も在住も福島市ながら、どういうことか山形県が大好きなのだとか。
サッカーはモンテディオ山形の大ファン、試合には直接出向いて応援しているとのこと。そしてとにかく山形県の山が好きで、先週は米沢の笹野山(660メートル)と一念峰(470メートル)に登ってきたとのこと、何ともマニアック!(笑い)
山形県の会社の就職試験を受けたけど叶わなかったと残念そうに話していました。
世の中にはこういうひともいるんだ(笑い)。

高度を上げて鎌沼が見えてきたあたり、山から下りてきた新潟から来たという妙齢の女性に会いました。
「(一切経山は)はじめて来たけど、雪が残っている“魔女の瞳”がきれいだった。時にはダンナや友だちと登るけど、こうしてひとりでの登山もよくあること。いいよね、ひとりの登山も。なんかウズウズして、明日は快晴と思うと会社に“明日は休みます”って連絡して出てきちゃった。これから(吾妻)小富士に寄って、それから磐梯山に登って、今夜中に帰ります」ということでした。
何ともタイトな日程だけど、この感性とタフさは素晴らしいです。
だいたい、筆者と匂いが似ていたなあ(笑い)。
では同志、ごきげんよう(笑い)。

途中、巨大なクレーター(爆裂火口)の吾妻小富士の姿が。

一切経の頂上、1,946メートルにて。
一切経のピークには登山基地の浄土平から約80分で着きます。
途中急坂はあるけど、決してむずかしいコースではないです。
空はよく晴れて、頂上は全方位が見渡せるパノラマです。いい風景、いい空気です。
遠くの山並は我がフィールドの西吾妻。東大巓(ひがしだいてん。1,928メートル)、中大巓(1,964メートル)、西吾妻山(2,035メートル)、西大巓(1,982メートル)のそれぞれのピークが分かります。
ここ一切経は吾妻連峰の約25キロにおよぶ縦走路の基点でもあります。

そしてめざしてきた“魔女の瞳”こと五色沼。
いやあ、やはり残雪のあるこの時期の魔女の瞳は格別です。
“魔女の瞳”とはよくぞ言ったものです。この魅惑的な眼玉!

以下、時間的な経過はそうはないのに湖の色が微妙に変わっています。これが“五色沼”の所以なのだと思います。

この特別な、青味の強い瑠璃色、露草色、藍、群青…、コバルトブルー、セルリアンブルー、パープルネイビー…、まったくまったく、こういう青のスペクトルは胸のすく思いです。
とくとご覧あれ。

居合わせた登山者に、記念に撮ってもらいました。

湖水へは急なガレ場が続いています。
見下ろすあたりに陣取って、ズーッと見入っているソロの女性や男性ふたり組もおりました。
やはり、この透明な青のスペクトルは見飽きることがありません。

そうして筆者も十分な時間をそこで過ごし、十分に堪能してから山を下りたのです。
今年も早春の時期に来れてよかった!

酸ヶ平小屋までもどってコーヒーブレイク。山で飲むコーヒーは格別です。

酸ヶ平湿原のへりは矮小化したチシマザサ(千島笹/イネ科ササ属。別名にネマガリダケ)におおわれています。
木道をたどって鎌沼へ。

あたりの湿原はまだ早春のこと、高山植物はようやく目覚めたばかり。
赤い小さな葉はイワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)です。

姥平(うばだいら)の分岐から、鎌沼と一切経。

たおやかでまどかな東吾妻山(1,974メートル)。
東吾妻山の頂上からの鎌沼と一切経の眺めも絶景です。

このあたりで会った登山者に聴くと、「東吾妻山に登ろうとしたけど、道に(雪に圧しつけられた)木がおおいかぶさっていて進めるものではなかった(笑い)」とのこと。
真ん中に見える細くて白い直線が登山道だけれど、そのことがよく想像できます。

清冽な雪解け水。

サクラの基本野生種のひとつであるミネザクラ(峰桜/バラ科サクラ属)の、特徴的な幹の色と皮目(ひもく)。

一切経の大穴火口から噴気が上がり、ゴウゴウという大きな音があたりに響いています。
ここはいかにも地球の火山活動の現場という感じです。

浄土平に下山してから近くの兎平の駐車場に移動して、昼食タイムとしました。
浄土平のレストハウスを利用することも考えたけど、こういうところって得てしておいしいとは言えず。自分で湯を沸かしてカップ麺、これで十分です。
正面に大いなる一切経を見ながら。

兎平の駐車場の近くに営業小屋である吾妻小舎とキャンプ場があります。
この吾妻小舎に一度宿泊したことがあるけど、とてもよい雰囲気だったことを思い出します。

せっかくここまできたので、少々の雪の斜面を乗り越えて近くの樋沼まで行きました。
湖水は静か、ここもまた雪を残して絶景でした。

ここの説明看板ではじめて知ったことだけど…、五色沼(魔女の瞳)も鎌沼もそしてこの樋沼も今から5~6千年前の火山の爆裂でできたもの。
五色沼と樋沼はカルデラ湖、鎌沼は窪地の水たまり。
五色沼の深さは最深部で9メートル、鎌沼は5メートル、そしてこの樋沼は13メートルとのことです。どれも意外に浅くてびっくりです。ことに五色沼(魔女の瞳)はその青の深さからして30メートルほどはあるのではと思っていましたので。

そうして帰りに高湯温泉の共同浴場に立ち寄って汗を流し、米沢の我が家まで戻ってきました。
靴の泥を落として、アイゼンを洗って干して、早春の一切経への山旅は終了です。

今年は、6月の末にクロユリ(黒百合)を見に月山へ、それから夏に鳥海山に登る予定にしています。
もちろん、ヒマを見つけては西吾妻には幾度となく行くでしょう。西吾妻は我がフィールドですから。
嗚呼、山ってなぜにもこうこころを満たすんだろう、なぜにこうも魅惑的なんだろう。

4月の下旬から今日までというもの、ルーザの森は野鳥の楽園です。
うつくしく、やさしくという表現よりもけたたましいという方がふさわしいくらいの声で野鳥が鳴きかわしています。

ここ数年気になっていた声の主がようやく分かりました。
ひとりはオオルリ(大瑠璃)です。
とにかく複雑な節回しでなかなか耳に残らないのだけれど、この声のうつくしさは絶品です。さすがは“三鳴鳥”に指折られるだけのことはあります。
オオルリは一度だけ、笊籬溪(ざるだに)で見たことがあります。瑠璃色がとてもうつくしく今も目に焼きついています。

下2枚は、ネット画像から。
オオルリ。

web; birdlandひがし北海道

そしてもうひとりは、キビタキ(黄鶲)。キビタキはまだ見ていません。
「ティーティリン、ティーティリン、ティーティリン」とくりかえす、まるで金属を叩いているかの高音の響く声はいったい誰だろうとずっと思っていたのです。
筆者は所持している野鳥のCDやネットにも声を拾うことがあるけれど、聴き方としてそれを典型としてはいけないようです。いろんな種の録音をたくさん聴かないと、実際の鳥の特定はむずかしいということを今回はつくづく思い知らされたものでした。
いやあ、正体がわかってよかった。

キビタキ。

web; 撮影 岡久雄二氏

あたりにはカジカガエル(河鹿蛙)の、とてもカエルとは思えないうつくしい声が響くようになりました。
ここにホトトギス(不如帰)の甲高い声とエゾハルゼミ(蝦夷春蝉)のリズミックな声が森に響きわたれば、いよいよ初夏の到来です。

ようやく咲いたウワミズザクラ(上溝桜/バラ科ウワミズザクラ属)。

高山のミヤマリンドウに非常によく似ている、敷地のハルリンドウ(春竜胆/リンドウ科リンドウ属)。

現在の我が家。

それでは、本日はこのへんで。
じゃあまた、バイバイ!

 

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