山歩き

残雪の山

春は足早にやってきて、ことのほか多かった雪をぐんぐんと消していきました。積雪の沈みぐあいも雪の範囲の後ずさりも加速度的でした。
そうして我が家の雪の一切がなくなったのは、5月10日のこと。
ここルーザの森に住まって来年(2023年)で節目の30年、これまでの雪の消え去りの記録はいくら遅くとも連休はじめでしたので、これで今年の雪の猛威ぶりが分かろうというものです。

ルーザの森はコナラ(小楢)の森。そのコナラの萌えの銀鼠(ぎんねず)が集積して銀の森となり、それも束の間、銀の森はみどり味を差して鶸(ひわ)の森に変わり、今は全体が生命のシンボルともいうべきあざやかな萌黄(もえぎ)の森となっています。
※銀鼠、鶸、萌黄はいずれも日本の伝統色。イメージがはっきりしない方はネット検索や色彩図鑑などに当たって調べてみてネ。

その移り変わりの微妙な、けれどもはっきりとした階調(かいちょう/グラデーション)、そして諧調(かいちょう/ハーモニー、トーン)。これこそは神が為しうる業というものです。言葉がないほどに、まったく美しい。
けれどもその日々刻々、その時々刻々の移り変わりに筆者の受容する力がついて行けず、それがとても悔しいのです。

そんな5月の、連休が明けた11日、現在の仕事(下屋の建築)にひと区切りつけて、磐梯朝日国立公園の浄土平エリアと裏磐梯エリアに出かけました。
具体的なめあては雪残る一切経山(いっさいきょうざん。以下、または一切経)に登って、眼下の、氷から解け放たれた“魔女の瞳”(五色沼)を見ること、それから満々と水を湛(たた)えているだろう磐梯山爆裂火口の銅沼(あかぬま)のほとりにたたずむことでした。
もう何度か訪れている山域と言えど、5月半ば前というのは初めてのことであり、新鮮であり。

浄土平までは家から63キロ、クルマで約1時間40分の道のりです。
下は、磐梯吾妻スカイラインに入る前の、麓からの東吾妻連山、左に吾妻小富士、右に一切経です。

歩きはじめてすぐの浄土平湿原から仰いだ一切経山(1,949メートル)。
一切経は今もゴウゴウと音立てて火山ガスを噴出する活火山です。

浄土平湿原を過ぎて坂に差しかかるあたりからそこはもう雪原、いやあ、こういうのは何かうれしくなります。サクサクとした一歩一歩の軽快な音がなんとも心地よいのです。
雪は酸ケ平避難小屋を過ぎて一切経の中腹にまで延々と続き、距離にすればおよそ2キロにおよぶロングトレイル、これは想像した以上の雪です。

登山靴には久しぶりに軽アイゼン(金属製の爪)を装着し、トレッキングポールの(登山道を傷つけないためにつけておく)先ゴムを外せばポールは雪に刺さって道のりも楽々、これふたつがあるのとないのとでは歩きがまったく違ってきます。
まして夏季の一切経の登山道は小石混じりのむき出しの土やガレ場の連続、そこが雪に覆われるのですから歩きやすさといったらなかったです。とてもスムーズです。

はるか先を行く相棒のヨーコさん。

と、雪原に何と、サンショウウオ(たぶんクロサンショウウオ/黒山椒魚)ではないですか。
どうしてキミがこの雪の上に?
積雪深が1メートルも2メートルもあろうかというこの場所に?
最近、雪解けの川筋で鳥が捕らえくわえたはいいが、不覚にも落としてしまった??

ちなみにだけど、このサンショウウオ(ハコネサンショウウオ/箱根山椒魚)を福島県桧枝岐村では長く食材にしてきたということです。ところ変わればです。
筆者は一度ご相伴(しょうばん)にあずかったことがあったけど、背骨が気になって、ちょっとでした(笑い)。
実は我がルーザの森の清涼な小川にもサンショウウオ(こちらはトウホクサンショウウオ/東北山椒魚=特別天然記念物)が棲息しています。

ふりかえればそこには、たおやかな東吾妻山(1,975メートル)が。
麓には解氷した鎌沼が。

南東方向には、びっくりしてしまうほどの巨大な吾妻小富士が。

そうして着いたのです、一切経山の頂上に。
背景は我がフィールドの西吾妻の山なみ。


眼下に見下ろすあこがれの魔女の瞳(五色沼)。
残雪の白に縁どられた青い青い湖面、この感動をどう表現したらいいんだろう。まったくもって素晴らしい。

一切経の魔女の瞳に対して蔵王のお釜は匹敵するんだろうけれど、あちらは近くまで車道が伸びてサンダル履きの罰当たり(笑い)でも見下ろすところにまで行けます。
それに対してこちらは、装備をきちんと整えて、歩いて歩いて汗かいて、(夏場の標準タイムで)1時間20分ほども歩かなければお目にかかることは叶いません。
魔女の瞳はこれでいいのだと思います。
これは便利快適に慣れ過ぎて、足を使う手を使う、さらには知恵を使うことを遠ざける現代社会への警鐘でもあり。価値あるものに容易に手が伸びてはいけない。

この深いコバルト、群青は、どんなにか心を落ち着かせることか、どんなに沈潜することか。
平和です。静かです。穏やかです。

湖面の群青に対して岸の瑠璃(るり)色は、水に浸かったままの雪が紡ぎ出した絶妙な色であり。

わずかな時間の経過でも、空を映して湖面の色を微妙に変える魔女の瞳。これが“五色沼”の名の所以ですね。

魔女の瞳を友として。
遠くに米沢北部や高畠の町、蔵王や月山や朝日連峰も見え隠れ。
場所を変え、位置を変え、筆者はどんなにか瞳に見入ったことだろう。

魔女の瞳を十分に堪能し…、あれは磐梯山、猪苗代湖、あれは安達太良山、あれは蔵王に月山、朝日に飯豊、そして一切経より西に連なる西吾妻への縦走路と、一切経頂上からの360度のパノラマに見入りました。
本当に来てよかった。

一切経を下りれば鎌沼の岸はまだたくさんの雪に覆われていました。

鎌沼より望む一切経山。

湖畔で湯を沸かしてコーヒーブレイク。
山で飲むコーヒーって、どうしてこうおいしいのだろう。

途中にご一緒した(猪苗代町在住の)Mさんはかわいい雪だるまを作っていました。お勤め先からブログを発信しているのだとか。
お世話になりました。

鎌沼をぐるりとたどり、姥ケ原からの(スタート地点までの)登山道も雪に覆われたままで。


先に歩いたひとの踏み跡と木に巻きつけられた道しるべのテープだけが頼りです。
このテープは絶対見失ってはいけない。勝手な判断は遭難の因(もと)です。

雪道に、ノウサギ(野兎)の糞もあって。
ノウサギは今も白い毛のままにここらをピョンピョンと跳ね回っているんだろう。

いやあ、早春の一切経と鎌沼は素晴らしかったです。天候にも恵まれ、とても満足です。
夏や秋の色とはあきらかにちがう早春の群青の魔女の瞳はこれからもずっと脳裏に焼きついていくことだろうと思います。そして思い出すたびに元気が出るだろう、それほどに強烈な美しさを湛えていたのでした。

この絶景に人影はポツリポツリでまるで独占状態、申し訳ない思いです。
雪対策の(ウエアも含めた)簡単な装備があればここは容易な山なのになあ、本当にもったいない。

浄土平を後にして、裏磐梯に向けたスカイライン上は新緑のブナ(山毛欅)と白い幹が際立つダケカンバ(岳樺)のシンフォニー。

そうして裏磐梯は曾原湖エリアの最奥に位置するペンションともに行き着きました。

このペンションのオーナーであった友坂豊さんは、裏磐梯の公認エコガイドにして花のカメラマン。その彼が急逝したのは2020年の3月のことでした。
※豊さんについては、当signalの2020年3月24日公開(カテゴリー「森の小径」)の「早春について」に詳しい。
ペンションは今、未亡人となったヒロコさんと娘さんが引き継いでいらっしゃいます。

それにしても、このペンションの建つロケーションが素晴らしい。一帯が、小さな湖沼が点在する森林浴よろしい散歩道なのです。
ここは標高にして850メートル。我がルーザの森が350メートル(ちなみに米沢市中心部は220メートル)ですから、500メートルも高いところに位置しています。

ここは東北の日本海側気候、多雪地帯のブナ帯。ルーザの森もおなじブナ帯ながら主木はコナラ(小楢)、それに対してこちらはブナ(山毛欅)そのものです。
多くのブナにミズナラ(水楢)やカツラ(桂)やトチノキ(橡)も入り混じって、その樹種構成が美しさを醸(かも)しているのは確かでしょう。

ルーザの森は現在、山菜が様々に出はじめるころ、こちらの山菜はどうかと思って小1時間ほど周辺を散策すれば、わずかにゴマナ(胡麻菜)とハリギリ(針桐)があるくらい。
たとえばタラノキ(楤木)はごくごくわずか、意外にもコシアブラ(漉油)は全く見当たりませんでした。
やはりこれは時期ではなく林相の違い、標高の差なのかと思います。

わずかに見られたゴマナ(キク科シオン属)。これを米沢ではサンゴクダチと言います。
軽く茹でて、叩いて、そこに味噌(焼き味噌ならなおgoo!)と胡麻を加えれば切り和えの出来上がり。
この切り合えをご飯に載せれば、柑橘系に似たすがすがしい香りが漂って食が進みます。

とはいえ、このサンゴクダチの切り和えというのは米沢地方以外はほとんど広まっていないものだと思います。地域限定の食材なのだと思います。
事実、曾原湖エリアのようにわずかなものしかない場所はともかくたくさん生えていた裏磐梯スキー場あたりでも採られた形跡はありませんでした。知られていないのです。

これもわずかに見られたハリギリ(ウコギ科ハリギリ属)。
これはコシアブラに似て、おひたしや天ぷらに美味です。
キドさ(苦さ)はこちらの方が少し上回って、コシアブラに対してこちらに軍配を上げるひともいます。
炊きあがってからの混ぜご飯もいいです。
でも、これも一般的ではないですね。米沢でもようやく知られはじめたきたという感じでしょうか。

山菜に変わって目についたのは…、

高山植物と目されるコバイケイソウ(小梅蕙草/ユリ科シュロソウ属)、

ヤマトリカブト(山鳥兜/キンポウゲ科トリカブト属)の群落(春先のトリカブトは注意です。山菜のニリンクソウ/二輪草の葉にそっくりなのです)、

それに、ミズバショウ(水芭蕉/サトイモ科ミズバショウ属)、

それからいたるところにあった、オオウバユリ(大姥百合/ユリ科ウバユリ属)でした。   

トチノキの若葉は傘をすぼめ、

ブナには雌花と雄花がついて(右が雌花)、

見上げればカツラの大樹だ。

林床にはたくさんのスミレが…。

下は、たぶん(笑い)、タチツボスミレ(立坪菫/スミレ科スミレ属)、

下は、ミヤマスミレ(深山菫/スミレ科スミレ属)、

下は、ニョイスミレ(如意菫/スミレ科スミレ属)、別名ツボスミレ、

下は、かなり怪しいけど(笑い)、雪のように真っ白なアメリカスミレサイシン(亜米利加菫細辛/スミレ科スミレ属)?、園芸用に作られ野生化したもののよう。

下は、よく見ることができる、オオタチツボスミレ(大立坪菫/スミレ科スミレ属)……。

スミレは交雑が激しい植物らしく、判別がむずかしいものも結構あって同定するのはたいへんです。
スミレに詳しい方は上の画像の名の真偽を是非ご教示ください。

こんな時ですね、友坂豊さんが側にいたらなあと切に思うのは。きっとあふれる知識からチョイスして適切な説明をしてくれただろうに。
69歳だったなんて、早すぎましたよ豊さん!

ペンションともでは、まるで豊さんの生まれ変わりのように誕生したハル君が愛嬌をふりまいていました。
1歳と2か月という彼は早くも“カンパイ”を覚えたらしく、空のマイカップを携えて、筆者とも何度カンパイ!をしたことか(笑い)。
5回? 10回? それ以上? これを訪れるお客さんと毎晩? 毎晩? それは堂に入ることでしょう?!(笑い)
こんな早くから乾杯の練習をしちゃって、行く末、大丈夫?(笑い)
いやあ、それにしてもかわいいものです。
ハル君が加わってペンションともは希望でいっぱいです。

こちらも、カンパイ!(笑い) そして、お疲れ!

次の朝、ペンションの前に広がる“とも湖”(笑い)に、ボートで漕ぎ出して、湖上からパチリ。
ボートも楽しめるなんて、なんて贅沢な時間を提供してくれるペンションだろう。
よくしていただきました。たいへんお世話になりました。

湖面は水鏡。
紅葉で超有名な曲沢沼にて。

大沢沼にて。

朝の散歩で訪れた、(五色沼の)毘沙門沼に磐梯山を映して。

そうして、裏磐梯スキー場から登って、磐梯山の爆裂火口の銅沼(1,120メートル)に至りました。

裏磐梯スキー場は磐梯山爆発時の岩雪崩の跡そのもの。
檜原湖を眼下にして。

1888年(明治21)年に大爆発を起こして風景を一変させた現場がここです。
そんな荒々しい過去などまったくのウソであるかのような静けさを湛えた湖面です。平和です。穏やかです。
秋になるとグンと水が引きますが、この水は強酸性で鉄やアルミニウムやマンガン等が溶け込んでおり、水に埋もれている石たちが赤く染まって現れ出るようになります。
紅葉と周りのマツのみどりと赤い石と澄んだ湖面と、それはそれは美しい風景を紡ぎます。

そうして楽しい思い出をいっぱい詰め込んで米沢に戻りました。
休暇はエネルギーの源です。また、労働に勤しまなきゃ。

それじゃあ、また。バイバイ!

 

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