(もうずいぶんと前のことになるけど)この夏は8月いっぱい暑かったですねえ。今までかつてなかったような異様な暑さが続きました。これは長年のニンゲンの強欲が痛めつけてきた地球のバランスのバネが働いた、そのひとつの現れだったのだと思います。
けれども9月に入ると気候は一変、こんな句が新聞(朝日川柳)に載ったものです。
カレンダーめくった途端燗の酒 吉澤泰而
車庫つくりの“木取り”と“墨つけ”がおおよそ済んだのは8月10日あたりのことでした。
それから墨にしたがっての“刻み”の工程に進み、それがほぼ終了したのが9月5日過ぎのこと、ずいぶんと時間がかかったことになります。
たぶんこの時間の長さと言ったら、本職の大工は呆れかえるでしょうね。
素人は時間をかけないとつい粗雑になりがち、失敗を極力防ごうとすると結局はこうなってしまいます。
まあ筆者は日常、大工仕事だけをやっているのでもないし。
下には、記事の参考のために、“和小屋”の小屋組みの構造の図を載せておきます。
で、今回のsignalは車庫建設の“刻み”の実際を記します。
題して「軽トラに住まいを 5 刻み」。
“刻み”をさらに正確にすれば、“手刻み”のことをさします。
“手刻み”とはノコギリ(鋸)やノミ(鑿)を使って墨線にしたがって切ったり欠いたり彫ったりすることですが、ここには手道具だけでなしにマルノコ(丸鋸)やマルノコ盤(マルノコ昇降盤)だったり、ドリルやカクノミ機(角鑿機)などの電動工具を使うことも含みます。
つまり、“刻み”や“手刻み”というのは、(今やスタンダードとなった)大きな工場でコンピュータ制御による大型の工作機械によって部材を作る“プレカット”という工法と対の概念なのです。
現代の住宅建築のキーワードは(消費者心理を反映して)“見栄え”と“安価”。
現代住宅の寿命が20年とか25年などとまことしやかに言われたりするのするのだけれど、そんな短命だなんてとんでもないことですよね。つまり、見えないところの構造自体からしていい加減にしているからこうなるのだと思います。まがい物を多用していることも確か。
よほど目を鍛えておかないと簡単に騙されてしまう……。これって、現代社会では建築だけでなしにいろんなところに見え隠れしています。
従来の大工というのは、設計図から必要な材料を拾って製材所に発注し、一本一本の木の癖を見て適材適所に材料を配り、木の個性を引き受けながら自分で墨をつけて(墨線を引いて)、それをもとに自分で刻んで材料を準備するのが普通だったのです。
つまり建物の準備から完成に至るまでにすべてに目を凝らす一貫性があったわけです。
ところがそういう工程は合理性・功利性の名のもとに徐々に駆逐されて、今や大工というのはどこか知らぬところでできあがった部材が用意され、あとは巨大なプラモデルでも組み立てるかのごとくの単なる歯車になっているのが現状なのです。大工はマルノコとドリルが使えれば事足りるといわれるゆえんです。
大げさに言えば大工は、クリエイターもしくはアーティストからマニュアルレイバー(manual laborer)に成り下がってしまったということです。
このままだと、日本の大工が営々と築き上げ伝承してきた技術が消滅する日は近いような気がします。
今大工は、義憤にかられて泣いているのだと思います。
で、筆者の車庫つくり・小屋つくりというのは従来の大工が持っていた醍醐味の追体験という側面を持つことになります。
そうでなしに用意された材料を組み立ててゆく、(DIY愛好者に流行っているらしい)いわゆるハーフビルドだったら(出費は大変にせよ)どんなにか楽で短期間でできたでしょう。が、筆者はそこに建築の魅力を見出すことはできません。
ということでの、刻み。
刻みで最も活躍するのがマルノコです。
これは信頼のブランドのマキタ製ですが、このマキタという名ははやり偉大ですね。期待を裏切ることがないのです。
下は、柱のホゾ(臍)のマルノコによる下処理。
シショウ(師匠)に言わせれば大工は決してこんなことをしないそうで、木口(写真でいえば手前の切り口)の方から下から上へとマルノコで一発で切り込んでしまうのだとか。
そんなミリ単位に関わることを筆者できません。
第一、マルノコを水平ではなく垂直に、しかも重力に反して動かすなんてあまりに危なっかしい。
よって筆者の場合は、ホゾ幅の30ミリを残してたくさんの切れ目を入れて、あとはゲンノウ(玄能=金槌)でたたいて取り去って、平面をノミなどで整えるということになります。
時間は要しますがこちらは確実です。
下は、梁(はり)が軒桁(のきげた)に乗っかる際の、“大入れアリ”のオス型を彫り出すための切れ込みです。
これはちょっと考え過ぎのやり過ぎです(笑い)。
マルノコの刃の深さ(出)を調整しながら数種使い分けているのがわかるでしょうか。
右が、大入れアリのオス型の出来上がり。
左がその途中です。途中の、へその出っ張りのような台形の形を彫り出すために、補助線を入れたところです。
ノミを研磨して用意して、“おかもち(岡持ち)”に並べたところ。
このおかもち、どっかで見覚えありません? そう理科の実験道具を運ぶ際に使ったあれ、これはそれを参考にして作ったものです。
このおかもち、物を運ぶときに便利で、野外で食事をするときなどはとても重宝しているものです。
ノミを入れて、彫りにかかったところ。
梁は3本なので、この仕口で両端の6箇所を仕上げました。
時にバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が。
下は、梁同士を継ぐために、尺杖(しゃくづえ)を当ててオス型とメス型の継手の見当をつけているところ。
いろんな形の継手・仕口の“アリ型”のサンプルを作りました。
ひとつ作ってはこれに当てはめながら入り具合を調整していきます。
継手・仕口のアリでも、オス型に対してメス型を彫り出すのは数倍やっかいです。
下は、角材の厚さの半分を受ける土台部分のアリのメス型を作ろうとしているところ。
(筆者の場合ですが)マルノコに傾斜をつけて、半分まで切り込みます。
写真は傾斜切り込みの深さを調整しているところ。
傾斜をつけたマルノコで途中まで刃を入れたところ。
マルノコでの作業のできない右側は慎重にノコギリで切り込みを入れます。
そうしたあとはノミで仕上げていきます。
車庫の仕切りの中間部の柱を支える“中引き”は継手なしに唯一2間(けん。約364センチ)が取れた部材。
ところが相当なねじれが入っており、柱が載る部分、梁を受ける部分と“小屋束”が入る部分は墨線にそってていねいに欠いて修正を施しました。ずいぶんとやっかいな作業でした。
下は、継ぎ部分の“腰掛け大入れアリ”のメス型とT字に受ける“大入れアリ”のメス型が近接している土台部材。
刻みをくりかえしていると、欠き取った切片やらおがくず(大鋸屑)やらが大量に出ます。
容れ物がいっぱいになると隣接の広場の炉に持っていって焼却します。
晩秋とか冬分なら薪ストーブの燃料にするところですが。
おがくずを燃やす時間というのもなかなか乙なもの。
あたりは木の燃えるいい匂いが漂います。
これが日中ではなしに、もう仕事の引き上げ時間の夕暮れ時であれば、当然にも片手にビールです(笑い)。
焚火の煙とほのかな灯りは何よりの肴なのです。
*
ここでちょっと、コーヒーブレイク。
9月に入って空からは入道雲が消えて、箒ででもさっとひと掃きしたようなすじ雲がおおうようになってきました。
いつの間に、秋です。
今年の筆者の生活は大工仕事がメインのくりかえしに次ぐくりかえしの単純ゆえか、時のたつのが本当に早いです。まるで日はがし(日めくり)に羽がついているがごとく。
いつの間に敷地に咲いていたアキノノゲシ(秋野芥子/キク科アキノノゲシ属)。
アキノノゲシは秋の訪れのシンボルのひとつ。
キノコが例年より1週間ほども早く出はじめました。
いずれも敷地内に顔を見せた……、
ナラタケモドキ(楢茸擬/キシメジ科ナラタケ属)。
折り採るところの音からの通称は“ボリボリ”です。
食菌です。ただ、とてもよく似たナラタケの方がよりおいしいです。
ニセアブラシメジ(偽油湿地/フウセンダケ科フウセンダケ属)。
すばらしい食菌で、汁物の具やバター炒めで食べます。これは地元のひともあまり知らないようで。
サクラシメジ(桜湿地/ヌメリガサ科ヌメリガサ属)。
これもおいしい食菌です。傘の表面がほんのりとさくら色をしています。味噌汁などに放つとよい味がします。
ハタケシメジ(畑湿地/シメジ科シメジ属)。
木くずが埋まっているあたりに出てくるようで、敷地のあちらこちらに出てきます。これも素晴らしい食菌です。
サクサクシコシコとした食感も味も抜群です。
クサウラベニタケ(臭裏紅茸/イッポンシメジ科イッポンシメジ属)?ではないかと思う。
だとするとこれは毒菌。
特にハタケシメジに本当によく似ていてついうっかりしがちなのだけれど、ハタケシメジの傘の裏は襞(ひだ)は非常に密で真っ白なのが特徴。こちらの襞はハタケシメジに比べたら粗くほんのりとした薄いべに色がかっています。筆者がもっとも警戒するキノコのひとつ。
路上販売や時には道の駅などにも誤って並んでいたりすることもあるそうで厄介です。買って食べて食中毒という事例も年に何度か聞きます。要注意。
タマゴタケ(卵茸/テングタケ科テングタケ属)。
一見毒々しい色で毒キノコと思われ敬遠されがちだけど、立派な食菌。とてもよいだしが出ておいしいキノコです。
幼菌のうちは本当に白い卵かと見間違うほどに似ていることからの名。
畑に植えた“ガーデン・ハックルベリー”が黒熟してきました。
ベリーとはいえ、これはナス科の植物で生食はできないとのこと。
地区の方からジャムにしたものをいただいたのですが、パンにつけたりヨーグルトに乗せたりして食すと抜群の味です。ブルーベリーと見まごうほど。
今年畑で挑戦したひと品。
サルやイノシシなども手を出さないのだとか、それもgood!です。
近くにあるウワミズザクラ(上溝桜/バラ科ウワミズザクラ属)の黒熟した実。
食べておいしいとは思わないけど、ほんのりとした甘さがあります。
ツキノワグマの大好物で、この実がついているところはちょっと警戒かも。
ものの情報では果実酒としておいしいというので今度作ってみようと思います。
ウド(独活/ウコギ科タラノキ属)の実。
これを鳥が食べて、落とし物として方々に種を蒔いて繁殖していきます。
ナツハゼ(夏櫨/ツツジ科スノキ属)の実。
ナツハゼは岩場の栄養の乏しいところをわざと選んで生育しているふうです。これも戦略なのだと思います。
もうすぐ収穫の時期です。
ホワイトリカーに漬け込んでナツハゼ酒を作ります。果実酒はこれまでいろんなものを作ったけど、ナンバーワンはこのナツハゼです。
野性味ある甘みも酸味もあってとにかくおいしいです。
*
さて、作業場を第一車庫(相棒の普段使いのジムニー用)に移しました。
車庫はコードリールで電気を引けば、灯りもつくようになっていて、広さが必要な作業には最適な環境です。
刻みの最後は、カクノミ機によるホゾ穴開けです。
カクノミ機は高価で10万円ほどはしたと思いますが(今なら中古をネットで購入したでしょうが、購入の2000年当初はそれができなかった)、これがあるおかげで作業は劇的に進んだもの。この車庫も、工房もヒュッテもこの機械なしには考えられないことでした。
これを手に入れるまでというのは、ドリルで穴を開けて、手ノミで整えるということをくりかえしたわけで、正確にホゾ穴を作ろうとすると1日に5つがせいぜいだったように思います。
この機械を使うと、一つの穴がものの1分2分でできてしまいます。素晴らしいマシンです。
休憩です。
カクノミ機で彫ってホゾ穴が仕上がった部材のすべて。
よし、あと少し。
最後に(マルノコ盤を駆使して)小屋束(こやづか)を作ろうと思って、もう少しというところまできて気がつきました。
小屋束のホゾは、上と下は同じ方向ではなくすべて交差する(一方がタテなら片方はヨコになる)のでした。
ガビーンです、うっかりです。ティラリ~~ンです(笑い)。
失敗、失敗、ああ失敗です。こんなときは力が抜けてしまいます。
まあ、時にはこんなこともあります。
マルノコ盤で切りこんで、刃が入らない部分にはタテ挽きノコで切り進めて、束つくりをやり直しているところ。
やっとのことで刻みが完了しました。それは9月の5日のことで、鶴岡旅行に出かける直前でした。
まあ、旅行をひとつのめあてとして頑張ったということもありましたね。めあてがあるというのはいいことです。
この続きはまたの機会に。
シリーズ「軽トラに住まいを」の次回は、その6として「棟上げ」を予定しています。
いよいよ形が見えてきます。
それじゃあ、また。バイバイ。
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