この9月はじめ、ようやくのこと新作が完成しました。今回はこの新作にまつわる話をしようと思います。
前にもこの記事で触れていたと思いますが、筆者が作る無垢材のドアリラの主材料であったハルニレ(春楡)がとうとう切れてしまい(正確に言えば、ドアリラの顔ともいうべき表面板に適する材料が切れたという意味。側板用としてはまだある)、今後は手持ちのサクラ(桜)でということになりました。今年3月のことです。
ハルニレの木目は部位によってもちがうけれども、とても美しいものでした。樹齢が500年ともいわれていましたのでその時間が刻んだだけのすばらしい材料でした。
下は、現品限りのハルニレによるD-05 horn left(Dはgroup、無垢材のグループを指します。hornはホルン、マッターホルンの“ホルン”、“頂き”という意味。group Cにも同様の型があり、こちらはトップの向きを左にしたという意味の left)。
分厚い板から薄い板を引き割る際、作業のしやすさを考えてまずはブロックにするのですが、ここで肝要なのは隣同士のどの面もできる限り直角に近づけていくということです。このためには自動カンナに付属する手押しカンナによる“直角出し”機能を使います。これをクリアしないと取ろうとする板に段差が出たり狂いが生じたりするばかりか、重大な怪我につながってしまいかねません(でもこれは、木工に詳しくないひとには伝わりにくいことですね)。
丸ノコ盤に負担をかけないよう、刃はタテ挽き専用のものに替え(タテ挽きは繊維に沿って進行するため繊維を切っていくヨコ挽きに比して負担が大きいのです)、25ミリを目安に徐々に切り込みを深めていきます。表面板の厚さの(筆者が割り出したところの)規格は4ミリ。歩留まりを考えて、筆者は6ミリで挽いています。
大きなブロックから薄い板を引き割っていくのは機械類が十分とはいえない筆者の工房ではこれはたいへんなことです。常に緊張を強いられます。
3月、ARTS MEET OKITAMAという展示会に出品したときのもの。空間がちがうと、見え方伝わり方もちがいました。18年秋の展示会でもっとも評判のよかったハルニレによるD-04 treeを展示しました。
今後の長期的な活動を考えて、知人の紹介で福島の原木市場に連れて行ってもらい、クヌギ(椚)とクリ(栗)を原木買いしました。大きな経験でした。
写真はクリ。クリは木工の材料として今までに何度も使っているけれども、その手触りといい、木肌といいほれぼれするほどです。クヌギは未知、どうなんだろう。
共に、材として使えるようになる乾燥の5年後が楽しみ。乾燥は、1寸につき1年以上といわれています。
買いつけた原木が米沢市内の製材所に到着したところ。
クレーンを操縦しているのは原木市場のSさんですが、こういうのを見ると、男の仕事!という感じがします。世の中、ユニセックスばやりだけど、基本はちがうと思いますよ。すべてを一緒くたにしてはいけない。
1枚につき100キロはゆうに超していると思われる3寸5分に挽き割ってもらった原木を工夫して積み上げたところ。ひとりの作業だったので、たいへんでした。
下は、サクラにプレーナー(自動カンナ)加工したもの。サクラの木肌の美しさ。
いくらかでも材料を確保しようと、骨董店から買い入れたサクラ材と思われる炉縁。囲炉裏の枠です。多くはナシ(梨)が使われたという情報もあり、サクラ材とした骨董屋と小生の見立てはまちがっているかもしれない。
当然、完璧な乾燥状態、しかも吟味された材料であり比重も非常に高く、当然にして高価でした。
表面の薄い板を接(は)いだところ。たぶんこれは企業秘密に属する技術と思います(笑い)。
上から圧力をかけ、狭い間隔で横から押しつけなければ薄い板を接ぐことはできません。ハタガネを上下にかけただけでは絶対にできないと判断して筆者が考え出したものです。基本の台座は捨ててあった学校机の天板を利用しています。
金属棒の両側に四角の木片のあるものがハタガネですが(これも考案したもの)、すぐれものです。これは締めつけた状態でもワンタッチではずすことができるものです。締めつけにはラチェットレンチを使います。これは、全体が金属製のハタガネが高価でいくらも買えないために工夫したものですが、安価で製作できる上、市販のものよりずっと使い勝手がいいです。特許でも取れそうなくらい(笑い)。
ものづくりの職人って誰もそうだと思うけど、その工程その工程ごとに、ときにはこういうふうな冶具をこさえて工夫しているものですが、この冶具の工夫こそ職人の職人たるゆえんのような気がします。
できあがったサクラ材によるF-01 pick(group Fは、group Aとgroup Bの型の表面板と側板を無垢材に置き換えたもの。Aと Bの表面板は合板、側板はSPF材。4弦、4球)、E-02 sakura。
3月にこの作業に着手したのは、E-02 sakuraを所望するひとがいて、ハルニレによるものが現品2点ほどしかなくなり補充の意味でサクラ材で作ったのでしたが、購入のKさんは結局は現品のハルニレ材のものを選んでいったという落ちです(笑い)。
この間、サクラ材によるD-05 horn leftも製作したのだけれど、構造上の重大な欠陥があって、成形し終えた12点ほどを泣く泣く処分したこともあったっけ。見通しの甘さが製品の不備につながることを思い知らされた事例でした。
サクラ材による製作が一段落したのは5月下旬のこと。
次の課題、長い間いだいていた目標、それが銘木を表面板にはさみ込むことでした。そのために16年にはすでに銘木は準備をしていました。
下は、銘木の一部。シタン(紫檀)、カリン(花梨)ではないかと。このほかにコクタン(黒檀)も所有しています。
筆者は、実物を見てもまだ正確には銘木の種類(特に外材)を言い当てることができないでいます。勉強が必要です。
銘木を薄く挽き割り、細い棒状に加工したもの。これもむずかしい作業です。今後も作業のさらなる工夫の必要を感じています。
銘木をはさんで、薄板を接ぎ、大まかな型を取ったところ。この時点で、サウンドホールの加工は完璧にしておきます。
一区切りついて7月下旬、暮らしのアクセントとして磐梯山登山を楽しんだのち、裏磐梯はペンション ヴァンブランに泊まってきました。
オーナーに購入していただいた我がドアリラが美しいドアにかけられていて、よい音で迎えてくれました。こうやって自分の生み出したものに再会できるのはうれしいものです。
なお7月は、ホームページへのいざないを目的として、youtubeへの動画の投稿に没頭していて製作は小休止でした。
銘木をはさみ込んだ新作の製作が本格化し、手によるサンディングを行っているところ。
最後の仕上げはやはり手で、目をつぶって側面のカーブを指でなぞり狂いを少しずつ少しずつ正していきます。ものにもよりますが、日に4点ぐらいしか進みません。気の長い、根気のいる仕事です。
背面に、ルーターにてキーホール加工(木ねじや釘にドアリラを引っ掛ける穴。引っ掛ければ特殊な抜けない形状になっています。プラスチックの丸時計にもよく見られます)を施しているところ。これはルーターを正確に動かす冶具が勝負です。
ピンを刺す孔を開け、サウンドホールの加工が済み、キーホール加工を施し、背面下に当クラフトの焼き印を押せば、場所は工房から(ギャラリーを兼ねている)アトリエに移ります。工房が成形の場所なら、アトリエは塗装と最終組み立ての場所です。
写真は、ダニッシュオイルのオイルフィニッシュが済んだところ。2日くらいかけて十分に乾燥の時間を取ります。
次はピンを打ち、弦を張る作業へと流れていきます。
下は、下左が(自作の)アイアン製サポートピン、上が(自作の)ブラス製サポートピン、下右がチェンバロチューニングピン。
実際の作業では、山用の食器のシェラカップに入れて(笑い)。
チェンバロチューニングピン。琴やハープやピアノのチューニングピンもどれも同じことだけれど、頭が四角に切られています。それぞれに大きさと規格がちがいます。
筆者は製作の規格に合うピンを浜松の業者から相当数購入しました。国内製造がすでに終了しているということなので、よってもはや、“Ø4ミリ、長45ミリ、N11(トップから11ミリ)”という規格の入手はきわめて困難となっているはずです。手持ちがきれたら、どうしよう(ヤバイ!)。
ストリングス(弦)。ギターのアコースティック弦、エレキ弦を作によって使い分けています。
木製の、球を吊るピンを上部に打ちこみ、次に、左にサポートピンを打っているところ。
サポートピンは単に弦を支えるだけのものなので、孔の向きを張るストリングスの方向とできるだけ平行になるようにします。ストリングスの処理の見栄えもあるし、購入したひとが鋭利なストリングスの端で怪我をしたりしないようにという配慮からでもあります。
ある程度の向き(位置)が決まったら、ピンの高さを均一にするために添え木をしてたたきます。
右は、チェンバロのチューニングピンです。
チューニングピンの向きは特に注意を要しません。専用のチューニングハンマーでいくらも調整ができるからです。均一の高さに打ち込みます。
チューニングピンとストリングスの収まり。
銘木をはさみこんだ表面板の部分。
新作の数々です。一点ものだけに、すべてに表情が違います。
下4点は、F-01 pick。group Aとgroup Bの型の表面板と側板を無垢材(サクラ材。側板の一部はハルニレ材)に置き換え、吊ピンを丸ピンから角ピンへ、サポートピンをアイアン(鉄)からブラス(真鍮)へとしたものです。値段は、15,500円としました。
銘木をはさみ込んだものは、1,800円増しとしましたので、このタイプで計18,300円(税込み)となります。
下は、D-05 horn left。group Dはその他のものも含めてすべて18,400円です(参照;works)。
銘木はさみ割増で、計20,200円となります。
この値段が高いと見るか安いとみるか、適切か、それぞれの持っている美への価値基準が判断することですね。
これでちょっと、一息です。