山歩き

栗駒、この秋

本日は10月26日、明日は衆議院選挙というそんな日です。
5年ぶりとなる展示会(ルーザの森クラフト展)が終わったのはこの6日、展示会には製品づくりにはじまってその準備に会期中のさまざまなことがらにと気を張っていたものです。
だから、終わったとなるとボーッとしてしまい、しばらくは身体がフワフワ気持ちはホアホアのままでした。
それから公的私的な忙しさが続き…、ここらで休暇を取りたく思って栗駒山に行くことにしました。というより、この栗駒行きが10月を乗り切るモチベーションになっていたのです。

ということで今回のsignalは相棒といっしょの栗駒行きのこと、まあ展示会を終えての互いの慰労も兼ねた山行(笑い)でもあり。題して「栗駒、この秋」です。

出発はこの17日、延伸した高速道路(東北中央道)を通って山形県北の新庄まで、そして秋田県湯沢市の雄勝へと抜けました。そこから湯沢市の山中、木地山高原にほど近い泥湯温泉をめざしました。
まずは、もうなじみの温泉場となった泥湯でのんびりです。

下は腰を落ち着かせる前に立ち寄った、泥湯のちょっと先の川原毛地獄の荒涼とした風景。

川原毛地獄は塩酸酸性の熱水の噴出によって凝灰岩が広範囲にわたって珪化(白化)したもので、日本三大霊場(他は恐山、立山)のひとつに数えられるとのこと。
なんだろうね、筆者がこういう風景に落ち着きを覚えるのは。青森は下北の恐山もそうだったけど。
クルマを停めて40分ほど歩いて川原毛大湯滝(滝全体が湯で、滝壺はほどよい天然の露天風呂になっている)に行くことができるのですが、今回は有毒ガスの発生につき通行止めとなっていました。ただし大湯滝へは別ルートもあります。

泥湯、小椋旅館。
小椋旅館は木地山系のこけし工人の小椋久太郎と切っても切れない縁、確か親戚筋、女将のヒナコさんの結婚の御仲人は久太郎夫妻だったと聴いていたような。
筆者は久太郎のつくるこけしに感動を覚え、木地山高原に位置する工房跡や周辺の風景をくまなく探索し、久太郎の影を追ったものです。そのときに宿泊したのがたまたま小椋旅館だったのです。
今から8年前の2016年、ちょうど今頃の時期のことでした。

はじめてお訪ねしたときの女将。

旅館に飾られる久太郎作の名品の数々。


筆者はもう小椋旅館にはなじみということで宿泊客(素泊まり)として受け入れてもらえますが、普段は日帰り入浴のみの営業です。女将にすれば、もう高齢で何のお構いもできないのでということでした。

相棒の普段使いの、愛車ジムニー。
もうだいぶ走っており、もう少ししたら新型ジムニーに乗り換える予定です。
新型ジムニーは憧れですね。雪国にあって、ジムニーの走破性は抜群です。

本来はここは湯治用自炊棟の建物。

ここに滞在した部屋があります。
敷布団と掛け毛布は借りましたが、あとは持参のシュラフで。
筆者たちは避難小屋泊りもだいぶ経験しているので自炊は慣れたもの、この夜は簡単にレトルトのご飯と牛丼、それに赤ワインでした(笑い)。
翌朝は途中で買ってきたパン、地元の道の駅にあった「いぶりがっこチーズディップ」(笑い)、それにドリップコーヒー。
こんなものです。
そしてここに湯船があります。これがいい湯なのです、まさに極楽のような湯です。
この湯はまったくの独占状態、入浴時間の制約もないし、筆者は翌朝までに4回ほども入ったでしょうか。

小椋旅館。左が本館、右手が本来の自炊棟。
俗世間からは遠い、鄙(ひな)びたよい風情です。

なお泥湯にはもうひとつだけ、こちらは有名な奥山旅館があります。
奥山旅館にははるか遠く四国は愛媛ナンバーのクルマも目にしました。東北の紅葉と秘湯へのあこがれからの遠征でしょうか。

出発前に記念のショット。
女将、お世話になりました。また来ます!

18日の朝、泥湯から8キロほどで小安峡(おやすきょう)へ。
下は、橋の上から約60メートル下の大噴湯をのぞき込んだものです。大噴湯は小安峡最大のビューポイントです。
ここは昨年の秋にも立ち寄ったところ、その時は谷底まで下りてみましたがそこかしこにモウモウたる湯けむりを噴き上げ、その景色は圧巻でした。
小安峡大噴湯は地球が生きていることを実感させる場所のひとつ、ここは川原毛地獄とともに「ゆざわジオパーク」を構成する重要なポイントです。

小安温泉郷から奥小安を抜けて約10キロほどで須川高原へ。
宮城、岩手、秋田にまたがる栗駒山へのアプローチは大きく宮城の大崎・栗原から、岩手の一関から、そして秋田の湯沢・小安峡からという3つのルートがあります。
筆者の好みは湯沢・小安峡から入るルートです。このルートは日本海側気候を色濃く反映する森がうつくしく、紅葉の頃のそれはまったく素晴らしいのです。

登山基地に位置する須川湖。その思い出のキャンプ場。

約32年前の、同じキャンプサイトにて。なつかしいです。 

紅葉のピークを迎えた須川湖。
ここにクルマを置いて、いざ須川高原温泉の登山口まで歩きます。

うつくしい紅葉を愛でながら。

須川湖から取りつきまでは約30分くらいだったでしょうか。
ここが登山口、須川高原温泉。 

今回のルートは天馬尾根コース。須川高原温泉口から栗駒山(1,627メートル)に登って、秣岳(まぐさだけ。1,424メートル)を通って須川湖に下りる(半ば周回の)縦走コースです。
紅葉の須川湖を眼下に見下ろしながらの天馬尾根コース、もうそれを思い浮かべるだけでワクワクドキドキ、期待感は高まるばかりの日々でした。

が、天気、特に山の天気はそうはうまくはいかないもの。
下は、登山口からそう遠くない名残ケ原。残念にもこのあたりからガスは濃くなるばかり。
この先は、徐々に濃くなるガスと強風に阻まれて眺望は乏しく、あとはただひたすらに登山道を歩くばかりとなりました。

せっかくの錦繍の栗駒、待ちに待った栗駒でしたが濃いガスと強風、登山というのは往々にしてこういうものです。
岩手山、尾瀬・燧ケ岳、鳥海山、森吉山、焼石岳、そして今年7月の月山…、これまで残念だった登山はいくつもあり…。そうしてリベンジしてきた鳥海山や燧ケ岳。

でも山歩きをする者はガスであれ風であれ雨となってもそんなには気落ちはしないものです。そうなればレインスーツを羽織って雨や寒さから身を守って淡々と歩くだけ、あとは気持ちを切り替えて楽しみを見つけていきます。
山とはそういうもの、そして今回は道々の紅葉・黄葉のいろどりを楽しみに。

ガクウラジロヨウラク(萼裏白瓔珞/ツツジ科ツツジ属)の、セザンヌのごときの色彩。

雪解けの後に真っ先に咲くマルバマンサク(丸葉万作/マンサク科マンサク属)、そのうつくしい黄葉。
マルバマンサクは目の覚めるようなオレンジに発色する個体もあります。


ハナヒリノキ(嚏の木/ツツジ科イワナンテン属)の濃い臙脂(えんじ)。
この名は鼻がヒリヒリするところからの命名、葉についている粉が鼻に入ると激しいクシャミを引き起こすということです。ハナヒリとはクシャミの古語だそうです。
またハナヒリノキは有用な有毒植物で、かつては乾燥させた葉や茎の粉末を汲み取り式便所の中に入れてウジ殺しに使っていたのだとか。

コシアブラ(漉油/ウコギ科コシアブラ属)。
山菜として徐々に親しまれるようになってきたコシアブラの葉は、秋にはクリーム色から白色にと変化していきます。

オオカメノキ(大亀木/ガマズミ科ガマズミ属)の紅葉。
オオカメノキの紅葉は色のバリエーションが豊かで大いに目を楽しませてくれます。個体によっては深紅にも、臙脂にもなります。

ハウチワカエデ(羽団扇楓/ムクロジ科カエデ属)の紅葉、深紅になるものもあります。

ミネカエデ(峰楓/ムクロジ科カエデ属)。
ミネカエデと紛らわしいものにコミネカエデ、それにナンゴクミネカエデがあります。
ミネカエデの葉の先端をつなぐとだいたい正五角形となり、ナンゴクミネカエデは基本が正五角形ながら葉の切れ込みが激しく先端が鋭いものです。
それに対してコミネカエデは五角形でも小ぶりでややタテ長に伸びています。
秋のミネカエデの葉は黄色なのに対して、コミネカエデは黄色や赤とバリエーションがあり、ナンゴクミネカエデは深紅というイメージですが、はたしてこの区別でよいのか筆者は不安ではありますが。

黄葉の中を行く、相棒のヨーコさん。

広い意味でのシダ類、ヒカゲノカズラ(日陰鬘/ヒカゲノカズラ科ヒカゲノカズラ属)。別名で「狐のしっぽ」と呼ぶのだそうな。
宮澤賢治の作品にも出てきていた植物。何だったろう、そうそう「蛙のゴム靴」。

マンネンスギ(万年杉/ヒカゲノカズラ科ヒカゲノカズラ属)。本当にスギの幼木、スギの苗のようです。

アスヒカズラ(翌檜鬘/ヒカゲノカズラ科ヒカゲノカズラ属)。
葉の枝分かれがアスナロ(翌檜)のそれに似ていることからの命名だそうです。

ヒカゲノカズラは近場の天元台高原などいろんなところで見てきたけれども、マンネンスギとアスヒカズラについて気にとめたのはこの栗駒がはじめてです。

イチイ(一位/マツ科カヤ属)。高級な弓の材料になるということです。
北海道の西、羽幌に近い海に焼尻(やぎしり)という小さな島があり、そこには天然のイチイ(地元ではオンコという)が林をつくっています。学生時代にこの島に渡ったことがあり、とても印象的な光景だったと記憶しています。
が、イチイと言えば神社仏閣に植えられているという印象で、天然に自生するものを焼尻以外に見たことはありませんでした。今回、栗駒の山中にあったのには驚きでした。
登山道に少なくとも10株以上は確認できたと思います。

この赤い実は甘くておいしいです。でも種は有毒とのこと、これは注意。

アカミノイヌツゲ(赤実犬黄楊/モチノキ科モチノキ属)。
当方のルーザの森にはイヌツゲが自生していますが、アカミノイヌツゲはグンと標高を上げないと見ることはできません。奥羽山地では約1,000メートルくらいからでしょうか。

ナナカマド(七竈/バラ科ナナカマド属)、赤い実があざやかです。
栗駒の山中ではもはや葉を落とし、実だけになったものを数多く見ました。
ナナカマドは標高400メートルほどのルーザの森にも見られますが、尾根筋の貧栄養状態のようなところに多いように思います。

濃いガスと風の中の栗駒山頂。
相棒は32年ぶり2度目のことのよう、筆者は4度目のピーク。
こんな天候でも、宮城県側のイワカガミ平からの登山客が多く登ってきていました。
登山者に撮ってもらった1枚。

天馬尾根コースは本当はここからが絶景というのにあいにくの天候、文句を言ってもしょうがないこと、また植物を愛でながらの山歩き…。

見ようによってはうつくしい、褪めたオレンジのネバリノギラン(粘芒蘭/キンコウカ科ソクシンラン属)。

7月に咲くはずのコメツツジ(米躑躅/ツツジ科ツツジ属)が、紅葉しながら満開の花をつけていました。
これって、めずらしいこと?
このコメツツジは2,000メートル弱の朝日岳でも見ますし、ここは1,400メートルぐらいのところ。何と我がルーザの森の400メートルぐらいのところにもあるのです。

この木の黒い実はどうにも不明、いくら調べても筆者では分かりません。
イボタノキ(水蝋木)? 誰か教えてください。

ミズナラのようだけど、さにあらず。これはミズナラの高山型のミヤマナラ(深山楢/ブナ科コナラ属)です。葉はもはや飴色です。
栗駒の北方約10キロのあたりにそびえる焼石岳でも見たのでしたが、実はルーザの森にも生育している場所があります。そこを植物の専門家といっしょに歩いたとき、「こんな低いところにミヤマナラ!」と驚いていたものでした。

葉脈が波打つブナ(山毛欅/ブナ科ブナ属)の葉も黄色から飴色に変わっています。

ミズナラ(水楢/ブナ科コナラ属)がうつくしい黄色に色づいていました。

ナンゴクミネカエデ(南国峰楓/ムクロジ科カエデ属)の見事な紅葉。

秣岳のピークにて。

飴色のしろがね草原。 これはこれでうつくしいです。

ずいぶんと大きく育ったサルトリイバラ(猿捕茨/サルトリイバラ科シオデ属)。
サンキライ(山帰来)という名の方が通りがよいのかもしれない。

マグノリア(モクレン科モクレン属の総称)のひとつ、タムシバ(田虫葉/モクレン科モクレン属)の黄葉。

そうして約6時間半の山歩きの末、ようやく須川湖口に下山したのでした。
濃い霧で足元はぬかるんで滑りやすかったけれども、それでもよい山歩きでした。

麓は紅葉のピーク。

ときに強風が通り過ぎ。

ヤマウルシ(山漆/ウルシ科ウルシ属)の紅葉。
ウルシの紅葉というのは本当にうつくしいものです。須川湖畔にて。

須川湖から6キロほども秋田側に下って国道398号線に出、それを宮城県の花山方面に向かって15キロほども走ればその温泉の入り口に着きます。その温泉とはランプの宿としてつとに有名な湯浜温泉三浦旅館です。
三浦旅館は筆者は2度目のこと。
前回は2019年7月、ここを登山口として山頂をめざして山小屋(笊森避難小屋)に1泊、戻って翌日にお世話になったのです。
栗駒山へのルートはいろいろあれど、この湯浜コースは登りだけで6時間というロングコース、あの時は雪田がたくさん残っていました。栗駒山頂までは、行きも帰りも誰にも会わなかったです(笑い)。

三浦旅館にはクルマで乗りつけることはできません。国道わきの駐車場にクルマを停め、そこから山の中を10分ほど歩くことになります。ということは容易にクルマに戻れないということ、よって準備を万端にして宿に向かう必要があるということです。

途中の一迫川(いちはざまがわ)の清冽な流れ。

 

ランプの宿として有名ということはここには電気が来ていないということでもあります。したがって必要最小限の電気は自家発電で得ていますが、一定の時間が過ぎればあとの灯かりはランプだけが頼りということになります。
でも、ときにこういう暮らしもいいじゃないですか、格別なぜいたくだと筆者は思いますが。

壁面にはマタギでもある宿の主人が捕った、空飛ぶムササビとモモンガ。
夕暮れ時に懐中電灯を照らして光った目の方向めがけてズドンとやるのだそう。肉は食べたとのことでした。

主人の父親もマタギだったという。
廊下の壁に飾られるヘラのようなものはコナガイ(現地の名を聴き忘れた)、かつてのカモシカ猟のときはこれで殴り殺し、クマ猟などで雪の斜面を滑り降りる時にはブレーキおよび舵取りとして用い、それからスコップにもなるという優れものです。イタヤカエデでつくられています。

脱衣場のランプ。 

浴室に灯るランプ。

踊り場のランプ。

お疲れ様でした(笑い)、カンパーイ!

料理はほとんどが山由来の品々です。
筆者たちは普段が山暮らしなので、食材はどれも身近なもので分からないものはまずありませんでした。
宿の息子さんのチヒロさんが宿泊客みんな(7人)に問いかけた天ぷらの食材、今までに当てた人はいないということだったけど、筆者はしっかり当てましたよ(笑い)、それはトンビマイタケ。それから彼は当てられたのが悔しくて寝込んだそうです(笑い)。これは冗談(笑い)。
ご一緒した関東からの山仲間のお三人は山の食材に興味津々、ボリボリ(笑い)のことを熱心に覚え込んでいました(笑い)。
ボリボリねえ、ボリボリとはさて? 鍋の中のキノコがボリボリ。

部屋に灯るランプ。
ここでもワインでカンパーイ!(笑い)

翌朝19日。部屋の窓から見える景色。

ランプ吊り下がる簡素な部屋。

前回訪ねたときにはなかった露天風呂。
雪で建物が壊れて屋内の浴槽が使えなくなったときに臨時に設置したものだそうで、もったいないのでその後も活用しているということでした。

眼の前にブナとミズナラがすっくと立って。
いい湯、でした。

ミズナラノユ(水楢の湯)という看板、木の枝を組んでつくっています。チヒロさんの作でしょう。

見送りを受けて、ランプの宿にバイバイ。

そうしてまた、山道を歩いてクルマに戻りました。

そんなこの秋の、栗駒の休暇でした。
さあて、冬支度、雪迎え。腕が鳴ります(笑い)。

それじゃあ、また。
バイバイ!

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