旅の空、飛ぶ声

かもしかやのこと

白布温泉(しらぶおんせん)は山形県の南端、(福島県北塩原村)裏磐梯に通じる山岳道路の西吾妻スカイバレーの米沢側の入り口に位置しています。
白布はかつて“奥州三高湯”と呼ばれた温泉場のひとつで、筆者の幼少の頃のなじみの呼び名は“白布高湯”でした。今でもこっちの方がピッタリきます。
ちなみにあとのふたつは“最上高湯”(もがみたかゆ)と“信夫高湯”(しのぶたかゆ)、今でいう蔵王温泉(山形市)と高湯温泉(福島市)を指します。
高湯とは文字通り高い山にある温泉という意味で、筆者は単に温泉というよりはこっちの方が正確な表現だと思うし、詩的だと思うのだけれどどうだろう。

下は、(ワタクシが生まれる前の)父と母も参加していた(近隣の宮内町…現南陽市宮内の内原町内会の)子ども会旅行の記念写真です。
バス中央の直下の女性が母、玄関灯のほぼ真下が父です。
筆者が知っている顔からして、これは戦後10年もたたぬうちの1954(昭和29)年頃かと思います。
娯楽やレジャーなど乏しい時代のこと、大人たちにしても子ども会旅行に混ぜてもらって日帰り旅行をするぐらいがせいぜいの休暇だったのだと思います。したがって、小中学生と保護者だけではなしにその他もだいぶ含まれているようです。
これがかつて存在した地域のコミュニティー。筆者もこういう中で育ちました。

写真は往時の白布の温泉街のにぎわいを伝えてもいます。
場所は、かつての東屋(ひがしや)です。
この貴重な家屋は2000年の火事で中屋ともども焼失してしまい(西屋は難を免れた。中屋は焼失のまま、東屋はその場所に近代風に再建した)、木造茅葺の圧倒的な景観が失われてしまったのでした。実に残念なことでした。
筆者はこの報に大きな誇りを失ったようでショックを受けましたが、地元米沢置賜のひとはみんなそうだったろうと思います。

下は、焼失前の中屋と東屋。

yamagata pref.

さて今回のsignalは、いつもとは趣きかえて、白布高湯(温泉)つながりの酒屋のこと。
題して「かもしかやのこと」です。

筆者がこの店に出入りするようになったのは、今年(2022年)に入ってからのことです。
西吾妻に頻繁に行くようになったのはここ7、8年のことですが、それは白布の温泉街を必ず通っていくわけで、その道沿いのこの店の存在は当然知ってはいました。
でも、酒類の購入は町場にあるチェーン店(やまや等)で十分で、酒を売っているからといって特別にここに立ち寄る理由はなかったのです。

ただ、“九郎左衛門  雅山流”(くろうざえもん  がさんりゅう)と染め抜かれた青い垂れ幕と幟(のぼり)はいつも気にしていました。


というのは、地元米沢の新藤酒造がつくる“雅山流”という酒はそちらこちらで買えるものではなく、聴くところによれば市内では7カ所限定の特約店(指定店)でしか手に入らない、そういう代物なのです。
このことは、ただとにかく売れればいい、売らんかなの商売方針とはちがい、我が方が手塩にかけてつくった品は信用のあるところを通して愛飲家に届けたいとする蔵元の矜持(きょうじ/きんじ)なのかもしれません。

実は筆者は、“雅山流”のもうひとつのブランド“裏雅山流”(うらがさんりゅう)の方が気になっていました。
それは、“雅山流”はいざ知らず“裏雅山流”なら比較的安価で親しみやすいのではないかと思ってのこと、それで店内を覗いてみようと思ったのです。

店内に入ってまず目を見張ったのが、土産物の数の多さでした。
酒の専門店というイメージがあっただけに、これは少し意外でした。
そして、その陳列の様子がとても美しいこともさることながら、同時にさまざまなことが見えてきました。
この店は、ちょっと違うなあ。これはフツウじゃあない。

フツウではないことのひとつは、陳列の品が地元山形の県産品に限られているということです。
この限定は何だろう。
蕎麦(そば)だろうが豆菓子だろうが、煎餅(せんべい)だろうが牛肉の加工品だろうが、よそのものが見当たらないのです。

フツウではないことのひとつは、ひとつひとつの商品に、女将のKさんによる美しい筆文字で、商品名と共に素朴なひと言が添えられていることです。
それはどんな安価な品でも同じことです。
品物のひとつひとつに店からの愛情が降りそそがれているというべきか。しあわせな商品たちです。

下は、昔ながらのなつかしいお菓子、地元の“おしどり ミルクケーキ”。
これにはこうあります。
「ミルクケーキはママの味/みちのくの名菓/牛乳のお菓子/食べる牛乳/高カルシウム/二一六円」。
これは筆者も大ファン。

下は、庄内は酒田米菓の“オランダせんべい”。
「おらだのオランダせんべい/20枚入  ¥162/50年以上愛され続けている庄内米のうす焼せんべいです」。
というように、すべての商品に対して。

フツウではないことのひとつは、県産のユニークな商品を提案していることでしょうか。

下は、県内の醸造所がつくるクラフトコーラ(手作りコーラ)。
筆者ははじめて知ったことだけど、今、クラフトビールならぬクラフトコーラが注目されているらし。

下は、西置賜は飯豊町の若乃井酒造が作る“雪室珈琲酒”です。
雪室珈琲酒は通年8℃の雪室の中で寝かせた珈琲豆を焙煎し、日本酒による水だし製法で抽出したもので、アルコール度数は10パーセントとのこと。
試しに購入して、冷たい牛乳で割って飲んでみると、薫り高く、まるでブランデー入りのカフェラテのようでした。とてもおいしかったです。

そして、商品は食品だけにあらず。
県内の工芸品も取り扱っていますが、これすべてKさんの目を通したおすすめの逸品ということです。

下は、当米沢を代表する民芸品の“笹野一刀彫”。
その名の通り、サルキリという包丁のような大きな刃の道具一丁で作っていくものです。
木の素材は今では山菜として一般化してきたコシアブラ(漉油)です。

次の“蔵彩布”(くらさいふ)という帆布細工は、酒を醸造するときに使われる酒袋をイメージした草木染めの品々とのこと。
風合いよく、いずれも頑丈そうです。

 

下は、上山市の蔵六面工房の張り子です。
西吾妻一帯に毛並みの白い猿(白猿)が生息していることは有名になっていますが、そのモチーフもあり。
なお白猿については、山形大学の研究によれば、白はメラニン色素がきわめて少ないためのもので、突然変異によるアルビノ(色素欠乏)ではないそうな。

その他、西置賜の小国町のアケビのつる細工だとか、鶴岡は関川のシナ織りだとか、県内の秀逸な品々が並んでいます。

ささやかな雑菓子から値の張る一流どころの工芸品にいたるまで、すべてに愛情が注ぎ込まれている…、こういう空間はとても一朝一夕でできるものではありません。
これにオーバーラップして連想したのは、盛岡にある民藝の専門店の光原社です。
そうそうこの匂い、同じ空気…。
つまりここは、モノが語る店、そのモノの発する声を聴くことのできる店、モノとの会話を楽しむことができる店なのです。

もうひとつ大切なことをつけ加えれば…、
女将のKさんの商品に寄せるていねいな説明と、口を開くたびにどうしてもこぼれてしまうしあわせな心持ちのひとつふたつ。
そのこぼれたひとつふたつを受け取ることの、しあわせな気分。こういう感覚って、そうはないんだよなあ。
このひとはどうしてこんなに満たされているんだろう。
ここで、Kさんのクシャミがひとつ、ハックション!(笑い)

店名の“かもしかや”は愛称(通称)であって、正式には太田酒店といいます。
店の小さなリーフレットにこうあります。
「猿や熊、かもしかが時折買い物に来るような、山中の小さな店にお越し頂いた一期一会に感謝し、…」。
この「猿や熊、かもしかが時折買い物に来るような」がなんとも言えず笑みがこぼれてしまうけど、よい命名と思います。

扱っている酒は山形の、店主自らが納得した地酒のみとのこと。
白布温泉・天元台エリアの情報紙『白布遊人』VOL.04に店主Mさんのこんな言葉が載っています。
「つくり手の努力や人柄がお酒に表れるんです」「農家の人がお米を育て、杜氏が不眠不休で仕込んで。命を吹き込み造られたお酒を中途半端な気持ちで販売できません」。
扱う商品は店主が実際に酒蔵に赴いて杜氏や蔵元と話を重ねながらセレクトしているようで、その充実した探訪記はかもしかやのHP(「かもしかや」で検索)に見ることができます。

下は、品質を落とさぬよう、すべての酒を冷蔵庫で管理している様子。

つい目が行ってしまう、雅山流と裏雅山流のコーナー。
我が家(ふたり)は日本酒をたしなむのは晩酌のときのわずかな量。
雅山流、裏雅山流といえど、純米酒の四合瓶(720ミリリットル)で1,200~1,400円程度ですので気軽です。
この、麴くささが残る豊かな風味が何とも言えずにおいしいです。

品質証明の説明書き。

下は、折り畳み式の名刺大リーフレットから。

リーフレットに、こうあります。

よい宿で
どちらも山で
前は酒屋で    山頭火

ここに漂泊の俳人・種田山頭火(1882-1940)が登場とは。
山頭火の、下句の「前は酒屋で」の、破調の自然さとセンス。
こんなところに登場出来て、さぞ山頭火も草葉の陰でニタニタしているのでは(笑い)。
宿と、山と、酒と、山頭火…、いやあ、実に結構!(笑い)

店内に書「夏」が掲げられていますが、山形県を代表する酒蔵の出羽桜酒造の(3代目蔵元の)仲野清次郎氏の詩を店の旧知の菊地和彦氏によって揮毫(きごう)してもらったものということです。美しい書です。
仲野は、山形の詩人・真壁仁とも親しくしていたらしく自ら詩人をめざしていた時期があったよう。
詩は酒への愛着が込められていてこころよいものです。
なお、これには春夏秋冬のシリーズがあるそうで、今は「秋」が掲げられています。

ある日、二十四節気がうつくしく染め抜かれた手ぬぐいを発見、思わずゲットしました。

知人に贈るために、2本の裏雅山流を。

店内の様子。

玄関口には、杉玉がつるしてあります。杉玉は日本の美しい造形です。
杉玉は酒蔵によく見かけるものですが、青い(緑の)杉の針葉で作ったものなら新酒を絞りはじめましたというサインです。

入り口には小流れを受ける石(高畠石)をくりぬいた大きな手水鉢(ちょうずばち)があって、そこには季節季節の花が活けてあります。
時に庭に咲いている花を。時に友人が届けてくれるという花を。
とても心落ち着く、片隅のよい風景です。

 

看板娘のギンさんがいつもお出迎え。
ただし、かもしかやの飼い猫ではないそうな。

そんな空間がとても居心地がよくて、筆者は山登りの帰りによく立ち寄るようになりました。
そして、膝を打ちました。
そうだ、ワタクシにカモシカの絵があった、それを店に贈ろう!

この絵は実はもう23年も前に年賀状の図案として描いたものです。
実寸はB4判ほどの大きさの、ボールペンによる線描画です。
それを(古道具屋で見つけたものか)手持ちの古い額に合わせて、データ化した図柄を風合いのよい版画紙(鳥の子)に印刷し、さもエッチングのようにしたものです。

 

これを7月18日に、サプライズでかもしかやに贈りました。
こちらが勝手にしたこと、いきなりなこと、受け取ってもらえるものかちょっと不安だったのですが、それは杞憂(きゆう)でした。
たいそう喜んでくださいました。
そして後日、恐縮することには、特等席に飾っていただいていたのでした。

いつの日か、白布高湯(温泉)に来られるときには、是非かもしかやにお立ち寄りください。
きっと静かな感動がよぎると思います。
そして、ついでに筆者の絵も見てやってください。

記念に女将のKさんと一緒に写真に収まりました。

「おしょうしなっし。また来ておごえなっし!」
※米沢弁対訳(笑い)/ありがとうございます。また来てくださいね。

本日はこのへんで。
それじゃあ、また。
バイバイ!

 

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