山歩き

西大巓にも春が来て

このところ車庫の建設予定地の整地作業(コンクリート土間打ちの下作業として、約4×4メートルの土を約15センチほど掘り下げている)をずっとやり続けています。
日差しは強く、掘った土を畑用の土、石や砂利、埋まっていた金属くずやプラゴミなどにより分けるといった地道な作業の連続なものだから疲労はたまって身体の節々が痛く、ここらでリフレッシュ休憩です。

ということで、天元台の今季のロープウェイとリフトの営業初日である(6月)12日(土)、西吾妻山(2,035メートル)とその先の西大巓(にしだいてん/1,981メートル)まで足を延ばしてきました。
今回は、その山行スケッチです。

実は筆者は、営業初日に合わせて天元台高原に行くのははじめてです。
今までは、初日というのは混みあうだろうからイヤだな、できれば客足の落ち着く平日がいいなと思ってのこと。
けれども今回は、この早い時期ならではの草花に会いたいものだと思っての山旅です。

天元台高原といえば、竹の子(地元で“吾妻竹”。ネマガリダケ/根曲竹)がとても有名。
やはりこの日は竹の子めあてのひとがたくさんいました。見るからに長靴か爪つき地下足袋に山菜リュック、登山者とはあきらかに違います。
高原のリーフレットのトップには“磐梯朝日国立公園”とあって、紙面中ほどには「天元台高原では、竹の子を採ることができます」という謳い文句です。しかも今年で言えば19日(土)は「吾妻竹の子感謝デー」として、往復ロープウェイ代(通常1,600円)が何と無料なのです。
国立公園を謳いながら、竹の子採りの奨励とはいかがなものかと思います。これは国立公園内で高山植物の採取も可能とする誤ったメッセージを発することにはならないか、それは大いに疑問に思いますね。
ただし、筆者もここのネマガリダケは大好き(笑い)、ここは米沢市なり山形県は環境省とかけあって、“天元台高原”を国立公園対象地域から外す必要を感じます。

リフトの周辺はエゾハルゼミ(蝦夷春蝉)の大合唱、空に響きわたっていました。

営業初日ということで、特別な方たちもおいででした。
リフトに乗りながらにして植物観察ができるよう(高原では“動く植物園”と銘打っています)、眼下の高山植物に植物名の標識を設置する5人ほどの作業員の方たちもそう。
「コバイケイソウ」「マイヅルソウ」「モミジカラマツ」「ハクサンチドリ」……、魅力的な草花がたくさん。すばらしい“動く植物園”は、このひとたちの労働あってこそのもの。
それから、山形県を通し米沢市から委託されたという山小屋清掃のお二人が大きな背負子を身につけて。
いずれも、お疲れ様です。心からの感謝です。

リフトトップから歩きはじめるとすぐ、里でも普通に見られるけれども、咲きはじめたばかりのオオカメノキ(大亀木/レンプクソウ科ガマズミ属)が。
中央のたくさん集まった花に対して白い装飾花が縁取っています。葉がシワシワなのも特徴的です。

サンカヨウ(山荷葉/メギ科サンカヨウ属)はどうだろうと思っていたのですが、ほとんどは開かずじまい。
見頃というのはあと10日くらいしてからのようです。
雑誌か何かで、ミュージシャンにして山登りにも造詣の深いみなみらんぼうが一番好きな花としてサンカヨウをあげていたけど、本当に美しい花です。
この花びらは雨に濡れると透明になるのだけれど、それも風情があることです。

西吾妻の名花のひとつ、バイカオウレン(梅花黄連/キンポウゲ科オウレン属)。
中央に見える黄色な部分が花で、まわりの白いものはいわゆる萼片です。
バイカオウレンがこんなに咲き乱れている様ははじめてのこと。つまり雪解けとともに真っ先に咲くということですね。
そういえば、ルーザの森に咲くキクバオウレン(菊葉黄連)もそう、春告げの花です。

6月も半ばにさしかかれば下界は梅雨へ夏へと向かう時期ですが、高山はさにあらず。
雪がまだまだたくさん残っており、下界の季節感覚でいえば西吾妻は今、早春から春というところでしょうか。

下は、かもしか展望台にて。
リフトトップから歩いて20分もすれば到着です。ここから眺望が開けます。
写真は登山者に撮っていただきました。
左に歩いている方は70歳を越したくらいと思いますがなかなかの健脚、この時期の西吾妻山登山を恒例にしているということです。

西吾妻最大のお花畑の大凹(おおくぼ)はこの通りの雪。
あたり一帯に咲き乱れるはずの高山植物はまだほとんど姿を現さず、いかにも早春の風情です。
今回、ここのヒナザクラ(雛桜)を見ることをひとつの目的にしたのでしたが、残念。

大凹の水場もこの通り。
水が流れ出ているところだけがぽっかりと口を開けて。

斜面に雪があるというのは歩くのに苦労します。靴のエッジを立てながら慎重に一歩一歩を踏み出す必要があります。
ちょっと気温が低い場合は表面が氷状になっていて滑りやすく、そういうところで転倒でもすれば身体ごと滑落してしまい、とても危険です(筆者は実は朝日連峰は以東岳で、15メートルほどでしたが滑り落ちた経験があります)。
今回は長いアイスバーンは予想していなかったので軽アイゼンは考えませんでしたが、春山登山では必携かもしれません。 

雪のある樹林帯の中を縫うように登山道がある場合は、踏み跡とともにところどころに巻きつけてある赤のリボンが頼り。
こちらが楽そうだとかこっちが近道だろうなんていう勝手な判断は禁物です、絶対にしてはいけないことです。即、遭難につながりかねません。
ここは慎重に、慎重に。

梵天岩や天狗岩(ともに2,005メートル)あたりまで来ると、歩くのに支障のあるような雪はなくなっていました。

下は、天狗岩の岩海。いつ見ても美しい光景です。

岩のところどころに、常緑小低木のコメバツガザクラ(米葉栂桜/ツツジ科コメバツガザクラ属)が白い花をつけていました。

西吾妻の美しい風景のひとつ、斑雪(はだれ)にある池塘(ちとう)が青空を映して。

で、早春ゆえに風景にあまり彩りがないなあと思っている中、サクラの基本野生種10種のうち最も低温に強く標高の高いところに生育するタカネザクラ(高嶺桜/バラ科サクラ属。別名、ミネザクラ/峰桜)がそちこちに。かもしか展望台にはじまって行く先々で目にしました。しかもどこも、8分咲きから満開に近い状態で。
ゆえに今回は、期せずしてぜいたくにも、山上の花見となったのです。

野生のサクラは小さいながらもサクランボをつけ、熟せばひとの口にも入ります。
これを鳥が啄ばんで、落とし物をして増えていきます。

山上のサクラもまた、美しいものです。

西吾妻小屋(避難小屋)の手前にも。

実は、西吾妻小屋にさしかかるまで、小屋を起点に折り返して戻ろうか、それとも西大巓(にしだいてん)まで足を延ばそうか迷っていたのです。それは当然、かかってしまう時間の問題、体力の問題からです。
すっきりと晴れなら眺望が期待できるので行く、そうでないなら引き返すとしましたが、天候はどんどんと視界良好になるようで。

と、登山道にヒメイチゲ(姫一華/キンポウゲ科イチリンソウ属)です。
いやあこれには感激しました。初めての出会いです。これまでは図鑑の中にだけ住んでいた花だったので。
里でよく見るキクザキイチゲ(菊咲一華)やアズマイチゲ(東一華)もいいけど、このヒメイチゲの可憐さ・清楚さは何とも言えませんね。

そして、西吾妻第2のお花畑は西吾妻小屋から西大巓の中間地点にありますが、何とそこには今、ヒナザクラ(雛桜/サクラソウ科サクラソウ属)が一面を覆って満開だったのです。
さながら、西大巓にも春が来て、という感じです。
大凹では早過ぎたヒナザクラにここで出会うことができました。こちらにも足を向けてよかったとつくづく思いました。

ヒナザクラは東北を代表するの名花のひとつ。
西吾妻が南限(ということは西大巓が南限)、八甲田山を北限とするきわめて限定的な花なのです。
それにしても、何という美しいたたずまいだろう。

西大巓山頂まではあともう少し、あとひと登り。

ようやく着いた山頂にもタカネザクラが。
タカネザクラごしの北東方向に、西吾妻小屋の赤い屋根が見えます。

このあたりでカッコウ(郭公)の鳴き声が響いていました。
でも、なんでこんな山域にカッコウがいるんだろう。さして食糧になるような昆虫などはあまりいないと思うのだけれど。相手を探しての叫び(鳴き声)がどこまでも響き渡るからだろうか。

その時、西大巓山頂にたたずんでいたのは筆者を含めて3人。
ひとりは(youtubeにでも投稿するものか)自撮りのビデオカメラに向かって「ここはニシダイテンです!」などとしゃべり込んでいました(笑い)。

山頂からは眺望は抜群なはずですが、裏磐梯方面はガスがかかっているようで視界はイマイチでした。
でも、南東方向に安達太良山と猪苗代湖、小野川湖、秋元湖、ほぼ南に爆裂火口をもって山塊崩壊した磐梯山の雄姿、その稜線の右に雄国沼(おぐにぬま)、そしてその直下に檜原湖が見て取れます……、いずれも足跡を残している思い入れのある場所です。
こういうのをパノラマというのだと思います。
やはり西大巓は、西吾妻最大のビューポイントです。

道々の登山者…。

行き交った30人ほどの、半分は筆者のようなソロ。そのまた半分は、ふたりないし3人の連れだった男性諸君(連れ立つひとって、若い人が多いね)。あとは60代後半の中年のご夫婦が3組ほどだったでしょうか。

中に、裏磐梯側のデコ平(この“デコ”は大根のこと、地元民の福島なまりからきているようです)から登ってきたという若いカップルにもあったけど、さわやかだったなあ。
ふたりは天狗岩経由で西吾妻山を回って西大巓に戻り、またデコ平へという行程のよう。

天狗岩で会ったパーティーはめずらしくも5人の中年男性の中に、比較的若い女性がひとり。
筆者は眼下のすぐには思い出せない花があって、もしかすると知ってるかもと思ってそのパーティーに聞いたのですが、「花を見て名前が出てくるようになりたいな、と自分も思うわけです。ガハハ(笑い)」、物は言いよう、つまりは分からないということです(笑い)。
他のもうひとりは「こっちには夜の花が咲きますがね、ガハハ(笑い)」、同行の女性は夜に咲くという(笑い)、その女性もガハハで、とにかく楽しいグループでした。

女性のソロふたりとも行き合いました。
ひとりはトレイルランでもしていそうな颯爽とした若い女性、あいさつそこそこに風のように過ぎ去っていきました。
おひとりは関西弁を話す70歳を少し過ぎたと思しき方、「行くときは若い3人に引っ張られながらだったけど、ついて行きひんワ」と笑っていました。ご健脚で何より。

7歳くらいの坊やを連れた若母に会ったのは筆者の戻り道の大凹を過ぎての人形石への分岐あたり。
母親は筆者に、「オオクボは、花、咲いてました? チングルマはどうでした?」と話しかけてきました。「全然です!」にがっかりの様子。
坊やに花畑を見せてやりたい一心で登ってきたみたいだけど、そういう思いこそが何よりです。よい親子の風景でした。

でも基本、山で会うひとというのは概してさわやかな印象を残すのはどうしてだろう。

時間的にはちょっと戻るけど、帰りに西吾妻小屋に立ち寄りました。登山のはじめに会ったおふたりが清掃の最中でした。清掃は年に1度、このリフト運行初日なのだとか。
どこの山小屋でもそうだけど、問題はトイレ。この小屋の場合は、担いできた小型の遠心ポンプで便槽の内容物を汲み上げ、それを約20メートル先にホースで流しているということです。
「便槽はほぼ満杯になっているけれどもほとんどは雪解け水が入り込んだもので、臭いとかはあまり感じない。今はポンプを使うけど、以前は柄杓で汲み上げての作業でたいへんだった。ヘリコプターでの荷下ろしも検討したみたいだけど、何せ費用がね」とのことでした。

そうなんです。
我々登山者は何気にトイレを利用させてもらっているけど、それぞれの小屋の管理者はそののちの処理がたいへんなのです。
筆者たちは、いろんな山域でいろんな試みがなされているのを見てきました。用を足してから(自転車様の)ペダルをこいでバイオ菌を混ぜて撹拌するトイレとかもあったなあ(飯豊連峰の門内小屋)。
磐梯山では携帯トイレの普及が進んでいた印象でした。ブースを設けてそこで用を足し、その携帯トイレ(袋)を自分で持ち帰って、登山口に設置する収集所で回収するという方法です。
西吾妻山域でも携帯トイレの取り組みが必要な時期に入ってきているように思います。

上の話と通じるかどうかだけど、臭いものには蓋、醜いものは見て見ぬふりをすることができる…、そうして自分は絶えず安全・安心な場所に置いて、便利と快適さをむさぼって苦労せずに暮らす…、これが都市生活者の流儀でもあるような。山はそういう思い上がりを教えてくれるところでもあると思うのです。

下は、天狗岩の一画に立つ吾妻神社。
原始的な家屋のようで、この石造りは造形的に美しいです。

あとは、雪道を注意して大凹まで下り、いつものように中大巓(なかだいてん)分岐より人形石を経由してリフトトップに戻りました。
下は、その途中で出会った美しい花々。

ミヤマキンバイ(深山金梅/バラ科キジムシロ属)のあざやかな黄色。
この時期に黄色の花ってとてもめずらしいので、目立ちました。
筆者にとっては西吾妻では初めての出会いです。

イワカガミ(岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)。
ピンクが美しい、高山では定番の花ですね。
以前イワカガミは、コイワカガミ、イワカガミ、オオイワカガミという類型分類もあったようだけど、DNA集団構造解析では違いが認められなかったのだとか。
それにしても、ルーザの森のイワカガミと比べたら、何とも葉が小さい。

人形石(1,964メートル)には美しく咲き競う、常緑小低木のミネズオウ(峰蘇芳/ツツジ科ミネズオウ属)がたくさん。
今がちょうど見頃を迎えていました。

今年も決まって同じ場所に、コミヤマカタバミ(小深山片喰/カタバミ科カタバミ属)が。
どうしたわけか、この花の撮影には常に苦労します。あたりがオオシラビソ(大白檜曽)の樹林の中で、照度が少ないせいだろうか。
筆者はこの花を西吾妻山域でも中大巓以外では見かけたことがありません。希少種なのだろうと思います。

ベニバナイチゴ(紅花苺/バラ科キイチゴ属)。
ひときわ目立つあざやかな臙脂(えんじ)色の花。やがてツブツブの粒の大きい、とてもおいしい実をつけます。
野イチゴ摘みの好きなぐりとぐらにも是非教えてあげたい味覚です(笑)。モミジイチゴ(紅葉苺)以外にもおいしいイチゴがあるんだよ(笑い)。

ということで、今回の山旅はリフトトップから登りはじめて戻るまでに、およそ5時間の歩行でした。
もしこれが西大巓に足を延ばさなかったなら4時間弱といったところ。やはりこの1時間というのは大きかったと思います。もう身体はクタクタにしてヘロヘロでした(笑い)。
それでもまた行きたくなる、これが山というものですね。
山には夢や憧れが棲んでいるのかもしれず。

さあてまた、車庫作りに精を出すとしますか。

それじゃあ、バイバイ!

 

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