森の小径

早春スケッチ

弥生3月ももう末、本日は28日です。
この時期のルーザの森の早春スケッチを。

すぐ脇の笊籬溪(ざるだに)はジャージャーという大きな音を立てて雪解け水が流れ下っています。
まごうことなき早春の音です。
川面の光!

地上をあたたかな空気がおおえば一斉に沸き立つ霧、春の霧です。
まったく甘美なベール。

上からは日光の降り注ぎ、地面からは光の乱反射、地中からはじわりじわりと熱が伝わり、そして何よりあたたかな雨が降って、風が吹いて…、これらを受けながら堅くしまっていた雪は徐々にザラメ状となり海綿状となって組織が崩れ、しまいには崩れ去って解けて水に変わっていきます。
そうして雪は3月も後半ともなれば加速度的に姿を消し、急いで春本番を迎え入れようとするのです。

冬の間待ち望み、心から欲していたのは、雪解け水に反射する光なんだなあ。まったくもって、こころ躍ります。
下は、アスファルトに流れ出た雪解け水。

ソロー(Henry David Thoreau 1817-62)が『森の生活』の「春」の中でこう言っています。
「私が森の生活にひかれた理由のひとつは、春の訪れを見るゆとりと機会が持てそうだということだった」と。
そうなのです。
冬と春は確実に違うのにそれがどんな風に移りかわってまるで別人のようになるのか、どうやって希望の光がさすのか、衰弱や死の象徴である冷たく白い姿からあたたかく彩りめく生命のそれに移行するのか……、それは漠としていて漫然とした暮しからはなかなかとらえることができない。
これらを時間をかけて見ることができるのは森ならではのこと。森の時々刻々たる時の流れ、特に早春の時間の流れは見ていて飽きることがありません。

下は、幾重にも重なった雪の層。
よくよく見ると十数にも数十にも重なって見える層は、気候条件によって霰(あられ)であったり霙(みぞれ)であったり、音もなくただ垂直に垂直に止むことなく降り続ける粉雪だったり(これが何より堪えるんだよなあ)、厳しい寒さと相まった猛吹雪だったり、時には春を知らせる牡丹雪であったりする時々の跡、時々の記録です。
それから層には自然積雪でなしに、ひとやクルマを通す必要から筆者が除雪機ではいて飛ばして積もったものも大いに含まれています。
そう、雪層は冬場の時間の記憶なのです。
こんな雪の層を見ていると当然ながら地層を連想します。
激しい造山運動の太古の時間、ゆったりとしてたゆとう遥かな時間、落ち着き静まり返った自然の時間…。そしてさらに、ひとびとの営みの歴史(人工的な細工)の時間も想像します。
ひとの営みなんて深遠な地球時間からしたらこの一番上の表皮も表皮、うすっぺらい箔(はく)のようなもの。
ここ100年という単位で見てさえもヒト属は地球の表情を大きく変えてしまったけれども(“便利”と“快適”と“功利”の名のもとにどれほど地球をいじってきたことだろう)、これなどはうすっぺらい箔のさらに薄い薄いミクロンフィルムのようなものであるはず。
ヒト属にはこれ以上大きな顔をしてほしくない…、森に暮らすとついそんな感慨を持ってしまいます。

室内からも伝わってくる早春の風景。
木立ちにも春の光が降り注いで。

ドアを開ければ、スーッと射す強い光。

そんな早春の候に、町場ではARTS MEET OKITAMA 2021(3月28日で終了)という展覧会が催され、筆者も(変わり映えしないながら)出品していました。
今年は新型コロナウイルスの感染症対策のため作品には触れさせないようにとのお触れで、このドアもノブをつまんでの開閉叶わずです。
注意書きを貼った上に、念のためにヨコからビスを刺して動かないようにしています。
作品は、ハルニレ(春楡)材によるドアリラD-03 butterfly/26.5×23.0×5.2センチ。。

下には、特に印象的な2作品の紹介です。

ちかしいケイコさんの「浮遊するミュウ~予感」(アクリル)/194.0×162.0センチ。
圧倒的な迫力でした。作品の志向・傾向は変わってはいないけれども、年々進化している緊張感がたまらないです。

“板や”を名乗る、やはりちかしいクニオさんの抽象彫刻「ただここにいる」(ハルニレ材)/14.0×92.5×8.0センチ。
丸ノミの彫り跡が小気味よく。
でもこの材料とこの形、どこかで見たことがあるんだよなあ(クスクス)。

雪はグンと減って、我が家の風景も様変わりしました。
下は、ほぼ同じアングルの3月1日と現在の比較。 これが1か月30日という時間の流れです。

笊籬沼(ざるぬま)はすっかり開けました。
2月には氷上を渡ってくつろいでいたものでしたが。

定番のハイキングコースの鑑山(かがみやま)に早く行きたいものだとかながね思っていて、この11日に一度は試したのです。けれども登山道には厚くやわらかな雪がたくさんおおいかぶさっており、しかも右から左からと雪のために樹木の枝が道に倒れかかってもいて進むのはとても無理というものでした。
それで今回のリベンジなのです。
道は取りつきまではまだ雪におおわれていますが、登山道そのものにはもうごく一部だけのもの。

歩きはじめると、何と先客がいました。ついちょっと前、カモシカ君が先を行ったではありませんか。
筆者と同じことを考えているんだなあ(笑い)。

道のかたわら、イワカガミ(岩鑑・岩鏡/イワウメ科イワカガミ属)が臙脂(えんじ)の冬葉を輝かせていました。
イワカガミの葉はこれから美しい緑色をまとうようになるのだけれど、冬はどうして臙脂色なんだろう。
“晩秋の森の強い光(落葉広葉樹でおおわれる東北の森は、紅葉のあとの晩秋には葉を一斉に落とし一気に明るくなる)と冬の寒さから葉緑素を守るために色素を出すのでは”と、ものの情報にはあるけれども、本当はどうなんだろう。
5月10日頃にここは全山イワカガミが咲き競います。それはもう圧巻というものです。

イワナシ(岩梨/ツツジ科イワナシ属)。
もう少しで花が咲きます。
イワナシは高さで5センチに満たない小さなものだけれど、よくよく観察するとこれはれっきとした樹木。幹はしっかりと木質です。

マルバマンサク(丸葉万作/マンサク科マンサク属)。
マンサクでもマルバマンサクは北海道南部から日本海側に分布するマンサクの亜種とのこと。
今この鑑山はマンサクの山なのです。そこかしこ、たくさんたくさんのマンサクが咲いていました。

マンサクはルーザの森の早春のシンボルです。

久しぶり、4か月ぶりにいただきに立ちました。
笊籬溪から湧き上がってくる音、キジバト(雉鳩)の平和そのものの声、風はやさしい。
いやあ、気分がいい。
姿は見えずともすぐ近くでガサゴソの物音がしますが、これはカモシカ君の動く音だね。
君も気持ちがいいんだろう。きっと春の日になごんでいるんだろう(笑い)。

中央の山の陰がちょうど西吾妻山。姿が隠れるのがちょっと残念。
眼下に、赤い屋根の我が家が見えます。

米沢の現在のアメダスの積雪深の数値は0。もうこれはだいぶ前からです。
町場はもう雪を探すのに苦労するぐらいなのに、ルーザの森は今もこの通りです。
道には雪はありませんが、設置している積雪の計測地点では28日現在でちょうど50センチ。でも消え去るのは時間の問題です。

雪によってこんなに変形してしまったコナラ(小楢/ブナ科コナラ属)。
こんなふうに頑張って、この下から生えてくる樹木の傘になり屋根になって成長を見守るのです。
こういうのを犠牲というんだね。エライなあ。

下は、コナラの幼木。
雪に押しつぶされることを前提として、コナラは幼木期の冬季を過ごします。
つぶされることが負けではなく、逆らわずに我慢する時期があっていいと教えられているみたい。
雪が解けたら垂直に立ち上がって天を衝きます。これも、エライなあ。

雪に押しつぶされていたコナラが一斉に起きはじめました。

笊籬溪の天王川にそそぐ小川の、美しく透明な水。
ゴックンゴックン、手ですくって飲むことができるおいしい水です。
“笊籬早春水”として、ウタダヒカルさんの宣伝ならバカ売れでは(笑い)。

奥に見えるは登山道取りつきに相棒と筆者がかけた橋。
毎年、整備をしています。

笊籬沼からの水が轟々と滝となって天王川へ。

笊籬橋直下の浅い淵。きれいなんだなあ。

と、小一時間の散歩から帰りつくと、ヒュッテ前、植栽のブナの根元に明るい明るいフクジュソウ(福寿草/キンポウゲ科フクジュソウ属)が一輪咲いているではありませんか。
いやあ、きれいなもんです。気持ちまでもが黄色に染まってしまいそうです。
このフクジュソウは種(しゅ)として正確には、ミチノクフクジュソウ(陸奥福寿草)というのだそうです。

玄関口のしつらえにはネコヤナギ(猫柳/ヤナギ科ヤナギ属)を。
近くの山から一枝を頂戴してきました。

ねこやなぎ活けて茶の間に春が立ち
『本間金声川柳句集 飯場の窓』私家版1990所収より。

筆者の父親はこんな句を残していました。

フキノトウ(蕗の薹)がふたつだけ出ていたので、水に浮かべてみました。
これは雄株です。筆者は、花が黄色をおびたものより白が強く少し小ぶりな雌株の方が好きだなあ。

そして今年も咲きはじめました。オオヤマザクラ(大山桜/バラ科サクラ属)の七郎右衛門桜。
この韓紅(からくれない)に近い蕾の桃色が何とも言えず春なのです。感激です。
七郎右衛門桜の来歴と出自についてはまたの機会に。

早春の森を歩いてひとつひとつと小さな春を発見し、それでも足らずと家の中にも春を招いて……。
そうして雪国のニンゲンは本当の春を迎えるのです。

それじゃあ、バイバイ!

 

※本文に割り込んでいる写真はサムネイル判で表示されています。これは本来のタテヨコの比から左右または上下が切られている状態です。写真はクリックすると拡大し、本来の比の画像が得られます。

 

下は、昨年にアップしたyoutubeの「早春篇」です。参考までに。