森の小径製作の時間

早春の溪

3月も半ばともなり、雪深いルーザの森にも春のにおいがしてきました。そんなにおいに誘われて、谷筋の右岸(上流から下流を見て右側)を歩いてきました。
谷は笊籬溪(ざるだに)、川は奥羽脊梁山脈に位置する栗子山(1,217メートル)を水源とする天王川で最上川源流のひとつ、ルーザの森を北東から南西へと走っています。
深く切れ込んだ溪(たに)の水は清澄で、ここにはイワナ(岩魚)とヤマメ(山女魚)が共棲しています。
笊籬溪はルーザの森と相まって筆者の何よりのこころのよりどころです。

現在の自然積雪深はちょうど100センチ。
2月25日がピークの180センチで、約3週間で80センチの嵩(かさ)を減らしましたが、容積は減ってもその比で重量が減るわけではありません。減ったということは雪が解けて消えたことと共に締まって堅くなってきたことを意味します。雪の比重が増しているのです。

3月に入ればやわらかな東風も吹けば、西からの強風が来ては樹木たちをざわつかせ、あたたかな雨と思いきや雪になり、時ならぬ吹雪になったりもするものです。早春の天気は変化が激しい。
宮澤賢治の童話の白眉(はくび)に「水仙月の四日」というものがあるけれども(この作品は本当にすばらしい。東北の早春をこんなにあざやかに描いた作品が他にあろうかと思われるぐらい)、その物語通り、かがやかしい春が訪れるにはその前に試練が待っているもの。でもそれでこそ、待ちわびるに値する春というものなのです。

下は、笊籬橋から上流を眺めた現在の様子。
ここは四季折々に季節を感じさせてくれるルーザの森のビューポイントのひとつ。
右手にはすぐ脇の笊籬沼からの流れが滝となって落ちています。
※参考として、この記事の最後に、youtubeにアップした「笊籬溪の四季」を貼りつけています。

下は、右岸の林に入って笊籬橋を眺めたところ。

ずいぶんと薄着でも外を歩けるようになりました。
空気は早春の甘さに満ちています。

雪解け水を集めて、流れは急。
水は、轟々とした音立てながら流れ下っていきます。

このあたりに大柄なヤマドリ(山鳥)とヤマガラ(山雀)が羽ばたいていました。 

向こうに見えるは我が家。
対岸から見れば溪と我が家はこんなに近く、溪の崖に立つという感じです。バレーハウス(valley house)とでも言えるような。

早春の溪には右からも左からも無数の滝が現れます。こうして溪は水を集めて徐々に水量をふくらませ、この川は市中で松川(最上川)に合流し、やがて大河となって酒田の海に至りつきます。水の長い旅がはじまったのです。
水はいいなあ。水は平安を誘います。水は生命のにおいがします。
水を大切にしない文明はやがて滅びを迎えると思うなあ。

笊籬溪の右岸のここは15年ほど前までは鬱蒼とした松林であったところ。
約5ヘクタールと思われるこの林の西端にちょうど100年前の1921(大正10)年に建立の造林報恩碑(記念碑)があるのだけれど、ということは植樹種としてアカマツ(赤松)を植えたということだったのでしょうか。
それが一斉に切られて広大な空が開け(その時にはこころにぽっかり穴が開いたように空疎になった)、やがて天然の苗が育ってコナラ(小楢)を主木とする広葉樹が覆いはじめました。

「松林が消えると楢の林になる(逆もまたしかり)」という森の遷移の法則は興味深いもの。その遷移が今静かに進行しています。
その様子を四季折々に肌で感じることができるのはうれしいものです。

歩きはじめてすぐに目についた樹木はコシアブラ(漉油/ウコギ科ウコギ属)。
樹皮に現れる蛙の卵のような帯状の模様がおもしろいです。

何とも、雪野原にラクダ君ではないですか。
君には特別に名前を進ぜようぞ。“コシアブラクダ”ではどうだろう、なんちゃって(笑い)。
これはコシアブラの冬芽、あと1か月半、5月1日にはおいしい山菜になります。

山桜の樹皮。
山桜というのは種名ではなく、山に自生する桜を括った名称です。
本当はオオヤマザクラ(大山桜)とかカスミザクラ(霞桜)とかオクチョウジザクラ(奥丁子桜)とかがあるのだけれど、樹皮で種を同定するのはまず無理。これだけではとても分かりません。

クリ(栗/ブナ科クリ属)の樹皮。
天然のクリは標高を表すものでもあります。東北の垂直分布では500メートルぐらいが限界だと思います。
筆者はクリも薪材にするけれども、斧を振り下ろしてスパンと割れるその小気味よさはたまりません。それだけ繊維がまっすぐに走っているということです。
クリは水に極めて強いので、昔の家では土台回しに使っていたものです。今ではこんなぜいたくはできないでしょう。

アカマツ(赤松/マツ科マツ属)の樹皮。
大木になってくると樹皮はどんどんと切片の層を重ねていきます。
今では故人となった地区の古老が「重くて松、軽くて松」と言っていたのを思い出しますが、これは生木の松はとても重く、乾燥後の松はとても軽い、乾燥のあとさきでこんなに重量差があるものはあまりないという意味ですが、チェンソー遣いをする筆者はこのことを実感しています。
かつては松などの針葉樹は薪材にするにはタールをたくさん含んで不向きといわれていたものですが、乾燥をしっかりすればなんも何も、十分に利用できます。ただ薪にするためには斧では割れにくい(刃がズボッと食い込んでしまう)ことと、あまり火持ちがよくないのは難点ではありますが。
一方、陶芸家の窯焚きには意図してアカマツが使われるようだけど、より強い火力を望むためだと思います。

コナラ(小楢/ブナ科コナラ属)の樹皮。東北のブナ帯の主木です。
筆者の家には4つの薪ストーブがあるので薪の量も半端ではありませんが、最も多い薪の樹種はこのコナラです。火持ちがよく火力も十分で申し分のない樹木です。
当然この実のどんぐりはリスやネズミやクマの大切な食糧になっていきます。
ギャーギャーと耳障りな声を発し美しい羽を持つカケス(懸巣)の大好物でもある。
そういえば、この時期には必ず現れるカケス君の姿が今年はあまり見えないなあ。なぜこの時期に活動が活発になるのかと言えば、雪が解けてまだ地面に残っているどんぐりが現れ出てくるためです。ゆえにカケスは別名、“かしどり”とも呼ばれます。“かし”とはどんぐりのこと。

天を衝くホオノキ(朴木/モクレン科モクレン属)。
日本最大の葉を持つのはこの木です。
材は狂いが少なく、筆者の下駄の替歯はこれでした(高校時代の筆者は、学校が旧制中学の流れを汲んでいたためか、高下駄を履く風潮がまだ残っていた)。
自転車のペダルに下駄の歯が食い込んで自由がきかず、そのまま砂利道の坂で転倒してスゴイ擦り傷を作ってみっともない姿になったことも(笑い)。

アオハダ(青膚/モチノキ科モチノキ属)の株立ち。とても美しい樹勢です。
アオハダの若芽は山菜なのだとか。筆者はまだ試したことがないので、今年はおひたしにでもしていただいてみようと思います。

以上の(コシアブラを除いた)樹木は、伐採に至らなかったエリアのもの。
本当はもっともっと多くの種類の樹木があるのだけれど、筆者が分かるのはこれぐらい。
花や葉ではなく樹皮や樹形だけで樹木を判断するのはとてもむずかしいです。そして幼木や若木での判断はまず無理。

そうして、春は少しずつ。
木の根元は、早春のシンボルの“根開け(根回り輪)”がはじまってきました。
この景色がどんなにかうれしいことか。

松ぼっくり、松葉、枯れ枝…、早春の林の雪の上の敷きつめられしもの。
筆者にとってはこれも早春の点景、春の雄弁なシグナルなのです。

これはカモシカ君の糞。
健康そうで何より!(笑い)。
ヒト属もそうだけど、草を食む動物は季節が移りかわるにつれ糞の色も変化します。
草食のカモシカ(氈鹿、羚羊)の場合はてきめんで、春が近づくにつれこの色にみどり味が加わっていきます。
もちろんツキノワグマ(月輪熊)も草食なので、季節によって糞の色が変わります。

美しい、クリの落ち葉。

そして溪に、マルバマンサク(丸葉満作/マンサク科マンサク属)が黄色な花をつけていました。
長い冬を越して、初めて目にする野生の花です。うれしいです。

むかし耳にしたことだけど、「雪が解けたら何になる?」という問いに、都会の子どもは「水になる」と即物的に答えるのに対し、北国の子どもは「春になる」と言ったという。
雪が解けるというのは重くのしかかっていたものからの解放なのだから、その答えは情緒的にして正しく詩的です。

雪が解けて、じわっと石を濡らしています。春は近いです。

郊外から見える朝日連峰。トップは大朝日岳。
かつて登った時には準備不足が否めず、つらかったなあ。でも次回の朝日行きは準備を万端にして、快適な山旅にしたいと思います。

我がフィールドの吾妻連峰。トップは西吾妻山。
この山を越えれば、檜原湖、曾原湖…、五色沼に銅沼(あかぬま)…、甘いあこがれを醸す裏磐梯が広がっています。
筆者にとって吾妻は庭のようなものだし、今年も幾度も幾度も足を運ぶことでしょう。
嗚呼、山が呼んでいます。

室内には、早春の光を浴びて鳥が飛んでいます。
これは筆者が木を彫って作ったもの。天井から吊り下げていて、わずかな空気の流れにも反応して動きます。

早春の溪の散歩を終えて、筆者はいつもの工房へ。

新潟の業者に作ってもらった“lusa”の打刻印が届きました。うれしいです。
この打刻印はこれから当ルーザの森クラフトのカトラリー等に押していこうと思っています。オリジナルであることの証明です。
下は、バターケースの蓋に押した“lusa”。材はサクラ(桜)とチイク(麻栗樹)です。他に、ハルニレ(春楡)材でも作っています。

ひと日の労働のご褒美は夕暮れ時のビール(笑い)。
外は今、天然の冷蔵庫でして。

少しずつ少しずつ、雪が解けてきている我が家。
上から、3月1日、11日、16日の様子。

ものみなケタケタと笑いだす黄金の春はもうすぐです。

それじゃあ、バイバイ!

 

※本文に割り込んでいる写真はサムネイル判で表示されています。これは本来のタテヨコの比から左右または上下が切られている状態です。写真はクリックすると拡大し、本来の比の画像が得られます。

 

下は、かつてyoutubeに上げた「笊籬溪の四季」です。