山歩き

エゾオヤマリンドウの道

トンテン、トンテン、トンテン、トンテン、この飽かぬくりかえし……。
毎日毎日、石に切れ目を入れては割り、割ったら表面を平らにするために叩くことの連続で、いい加減気づまりがしてきました。でも、(家庭菜園の縁としての)パーツの最終成形は残っているけれども、(最も大きいもので約300キロ、小さいものでも100キロをゆうに超えている)計19本あった石の塊の細分割はあと1本を残すのみというところまできました。本当にもう少し。
それにしてもタガネにチゼルとハンマーという単純な道具を使って、身体を総動員してモノを加工する仕事って好きですね、筆者は。思いのすべてが力を通して物体に注ぎ込まれていく。

で、ここらで気晴らし、気分転換。
そうなるとまたもや吾妻に行きたいという思いがムクムクと湧いて、その日の朝に即決、用意をササっと済ませて家を飛び出しました。(9月)16日のことです。これ以降の9月はいろいろと予定が入ってきており、天候から言ってもこの日しかないと思われたこともひとつ。

天元台の始発ロープウエイを利用したひとは14名ほど、6人ほどの女性のパーティーのほか女性のふたり連れ、それに50代と思しきご夫婦にソロの男性という具合。クルマのナンバーからは群馬や東京、横浜など首都圏からもおいでのよう、筆者以外はほとんどが県外からという感じでした。

今回のルートは中大巓の人形石(標高1,964メートル)より一切経山への縦走路を東にとって、藤十郎の分岐(1,820メートル)を折り返しました。普段はこの時期は南に延びる西吾妻方面に向かうことが多いのですが、そこは趣きをかえて。とはいえ、リフトトップから分岐まではゆっくり歩いておよそ1時間30分ほどの、筆者にとってはほんとうに散歩のようなもの、なにせ気分転換なのですから。
この分岐は吾妻の秘湯中の秘湯・大平(おおだいら)温泉につながってもいます。いつか近いうち、ここからたどって温泉まで行き、宿泊するのがちょっとした憧れです。

下は、人形石。西吾妻の天狗岩や梵天岩とともに美しい岩海の世界です。

池塘(ちとう)が点在する、いろは沼あたりを俯瞰して。

空はさわやかなブルー、雲は白く美しく。

池塘は空を映し。

山巓(さんてん)の冷涼な空気に包まれて、その稜線を歩くのは何とすがすがしいことか。遠くの風景を目に収め、かたわらの花々を愛でゆく道のここちよさ。

こんもりとしたお山の藤十郎(1,860メートル)。
山の名にひとの名前が当てられているものが全国でどれほどあるのかわからないけれども、(蔵王の三郎岳や五郎岳などとちがい)“山”とか“岳”とかもなしに単にひとの名がそのまま山の名になっているのはとてもめずらしいのでは。
それにしても藤十郎サン、いったい何をしたというのだろう。常識的には、登山道の開削?だと思うけど。
それから、ここから続く弥兵衛平および弥兵衛平湿原の弥兵衛サンはどうなんだろう。

大平温泉へと通じる分岐。

道々、高層湿原の際(きわ)にはアカミゴケ(赤実苔/ハナゴケ科ハナゴケ属)がたくさん。
名にコケがついているとはいえ苔ではなく、地衣類(ちいるい)なんだとか。
地衣類ってちょっとむずかしいけど、菌類のうちで、藻類を共生させることで自活できるようになったものとのこと。典型は、樹皮の表面にいろんなものがくっついて色や模様が見えたりする、あれですね。

ゴゼンタチバナ(御前橘/ミズキ科ミズキ属)の赤い実があざやか。

常緑小低木のシラタマノキ(白玉木/ツツジ科シラタマノキ属)。
この実を口に入れるとサルチル酸が発散してスースーし、ほんとうにサロメチールのごとくです。

クロウスゴ(黒臼子/ツツジ科スノキ属)。
この実は和製ブルーベリーの一種。おいしいです。クロウスゴはルーザの森にもあります。
クロウスゴの紅葉は早いです。

クロマメノキ(黒豆木/ツツジ科スノキ属)。
実は丸く大きいし、ブルーベリーに最も近いのでは。とてもおいしいです。

常緑小低木のガンコウラン(岩高蘭/ツツジ科ガンコウラン属)。
ガンコウランの実はとてもジューシー。
もう25年も前のこと、少々実を集めてわずかな果実酒を作ったことがあったけど、ガーネットの色といい野性味が加わった甘酸っぱい味といい、文句のつけようのないほどの絶品だったことを覚えています。

これも常緑小低木のコケモモ(苔桃/ツツジ科スノキ属)。
この実を利用したジャムやソースって、最高に美味です。もちろんのこと、ワインレッドのコケモモ酒は最高の部類。知床の土産物として買って感激したものでした。

とこうしてながめていると、秋ですねえ。山にもおいしい実がたくさんなってきています。落葉樹の葉にも少しずつ赤や黄が差してきました。

そして今回、たぶんそうだろうと楽しみにしていたのはエゾオヤマリンドウ(蝦夷御山竜胆/リンドウ科リンドウ属)の花々。やはりそうでした。見事なものでした。
エゾオヤマリンドウは西吾妻山に続く道ではどこにどのような株があるかは分かっていたけれども、弥兵衛平に続くこの道もまた素晴らしかった。まさしくこれぞ、エゾオヤマリンドウの道というものです。

人形石より東の先というのは百名山の西吾妻山へのルートからは外れていて、県外からくるほとんどのひとはこのルートを選ばないのが普通です。けれども今回はめずらしくも7人ほどと行き交ったのですが、それも池塘の風景とともにエゾオヤマリンドウが咲き競う姿を知ってのことだったでしょうか。

エゾオヤマリンドウの、この青が何とも心に沁みます。
宮澤賢治の作品にはたくさんの青という色が出てきて、それをしてひとは“ケンジブルー”なんていう言い方をするようですが、“ケンジブルー”って、自分としてはこの色なのではと思っています。そしてどうしてだろう、この花を目にすると「銀河鉄道の夜」が思われるのです。作中、確かに竜胆は出てくるのだけれど、それはこのエゾオヤマリンドウのようなイメージなのです。

エゾオヤマリンドウのこの青は、あるいは鎮魂の色とでも言っていいのだろうか。もっと平たく言って、心がスーッと引いていくような、熱気を引かせる冷涼なイメージでもあり。

この時期に筆者は足を延ばして方々の山に出かけることはほとんどないので何とも言えないのですが、吾妻連峰の弥兵衛平から西吾妻山にかけての一帯こそは全国でも有数のエゾオヤマリンドウの名所としてもよいと思います。とにかくあふれんばかりなのです。(どことは言わないけれども)中には、すみれ色した希少な株もあります。

エゾオヤマリンドウは日が差してくるとわずかながら花開くようですが、開いた花を目にするのはめずらしいくらい、ほとんどは蕾のままの姿です。

エゾオヤマリンドウはエゾリンドウ(蝦夷竜胆)の高山型なのだそうで、エゾリンドウが茎の先端や葉腋(葉のつけ根)にも花をつけるのに対して、エゾオヤマリンドウは先端にだけつくことで区別できそうです。
また、花が茎の先端にだけついて似ているものにオヤマリンドウ(御山竜胆)があるけれども、図鑑を見る限り筆者にはその区別はむずかしいです。

一部、湿原にも咲いていますが、よくよく見ると、ほとんどは登山道に添って咲いています。ということは、とにかく日光を受けやすい環境を好むということですかね。

んーん、いい道だ。

下は、戻った人形石にて。セルフ。

それにしても山は、どうしてさわやかなのだろう。どうしてすがすがしいのだろう。そして、山はどうして淡いあこがれを運ぶのだろう。

人形石からは中大巓を巻くように北回りのルートを通って戻る道々。
オオシラビソ(大白檜曽/マツ科モミ属)の根元を見ると様々な地衣類が。これはこれで興味深く。

その木のあたりには美しい苔類が。左のはスギゴケ(杉苔/スギゴケ科スギゴケ属)でしょう。真ん中はコツボゴケ(小壺苔)と呼ばれているもののようだけど、科も属も通り一遍の調べではわかりませんでした。
ネットでも覗いてみたけれど、苔って今、結構な値段で取引されているんですね(今回、苔についていくつか検索をかけたので、今後ユーザーへの売り込み情報=ターゲティング広告がたくさん入ってくるかも)、(笑い)。

チングルマ(稚児車)の葉は臙脂(えんじ)の色を帯びて。

イワカガミ(岩鏡)の葉も、臙脂を帯びて。
山の秋はこうして進行していくのですね。

そうして下山し、この日も麓の温泉につかって汗を流して家に戻りました。

ここ2週間くらいのことだけれど、我が家ではスズメバチが何と玄関口の真上の“雪割り”の下に巣を作って、それが日々拡大しています。最初これを確認したときはゾゾーっとしました(笑い)。これが一気に襲ってきたらどうしよう、怖いなあ。
駆除するといってもとんでもなく高いところで、普通のユニック車でも届きそうにないところなのです。

で、よくよく見ると、一般的なスズメバチの丸い巣とは趣きがずいぶん違います。平面上のものが幕のように垂れ下がって一向に立体化しないのです。はてはて、調べてみると、これはスズメバチでもヒメスズメバチ(姫雀蜂/スズメバチ科スズメバチ属)という種類らしく、スズメバチのイメージに似つかわしくなく行動が穏健で、人に危害を加えることはきわめて稀なようです。
さらに、地区の、蜂の生態にくわしい方に話を聞いたところ、スズメバチというのはだいたい霜が降りる11月には女王バチとオスは次々と巣を離れて、朽ち木や土の中に入り込んで越冬する。したがってその頃には巣の中に蜂はいない。一度作って出て行った巣には再びスズメバチは宿らない。付けくわえては、スズメバチが巣をつくるというのは縁起がいい、子宝に恵まれる??、とのことでした。
物ごと何事そうだけど、(原発由来の放射性物質でも新型コロナウイルスでも、クマでも、ヒトでも)危険なものは賢く恐れる、ことヒメスズメバチについては恐れるに足らぬということですね。安心です。

秋は木の実。
ということで、ここから5キロほどのところにある公園で、トチ(橡)の実を拾ってきました。公園じゅう、今はものすごい数のトチの実が落ちています。十分に商売ができそうなほどです(笑い)。
即、とち餅を作って食べたいなあと思ったけれど、その工程たるやめんどうの極みでめんどうを割と苦にしない筆者にしても簡単にあきらめました(笑い)。ちょっとねえ、筆者は残念ながら悠々自適ではないんだよね、気が向いて自由に割ける時間というものはあまりないんだ。
でもトチの実、この色といい、形といい、艶といい、見ていて飽きず、見ているうちに心穏やかになってくるのはどうして?

トチの実は、我が家の秋のしつらえの定番です。

それでは、今回はこのへんで。バイバイ!