森の小径

イワナシの道、マンサクの道

*写真は、クリックすると拡大できます。

それは(3月)26日夕方のこと。
隣りは山形県南の置賜地方で唯一の注文家具を製造販売する梓工房で、その“かぐや姫”を名乗る(笑い)夫人のS子さんが、レンガ壁(の解体)と格闘中の筆者に声がけしてきたのです。
「この音、これ、フジでしょう?!  フジの実がはじけている音でしょう?! 」。


強烈な機械音から解放されて我に返った筆者が耳を澄ますと、ブン、フン、ピン、ガサの絶え間ない連続音、そうです、これがフジ(藤、マメ科フジ属)の音。硬くなって冬を越したフジの莢(さや)が思い至って満を持して身体をねじり、遠くへより遠くへと種を飛ばす音なのです。
その音は午後の4時半から1時間ほども続きました(今はその翌日のほぼ同時刻だけど、その音はしません)。
身をねじるにはいろんな条件があるんだろう、天候とか、日差しとか、温度とか、湿度とか……。その最高の条件を得て(この時とばかりに判断し)、自らの足元では子どもは死に絶えてしまうために(日光を浴びることができぬゆえ)、自分からは遠くへ遠くへと種を飛ばすフジ。すばらしいです。
筆者のいつの日かの計測ではフジの種は確実に10メートルは飛んでいます。10メートルですよ、これってスゴくない?!
走り幅跳びの世界記録はマイク=パウエル選手(米)の8メートル95センチだそうで(1991年)、それよりもスゴイ! しかも、フジ選手の場合、助走なし、立ちどころ不動の姿勢からですからね(笑い)。幅跳びですね(笑い)。
(ついでながら、いつまでも親元に子どもを置きたがる、まるで甘い日本の世の親をからかいでもするような)。
幸いの森の音を気づかせてくれて、S子さん、あとがとう。

下は、そのフジの種。まるで、碁石のように真ん丸です。こんなチョコレートを発売してもおもしろいかもしれない(笑い)。

ヒュッテに備えてあるシードバンク(種の銀行)の棚から、その中央がフジ。
左は、福島の西山温泉の女将さんが(筆者の所望で庭にあった果実を)送ってくれたハマナス(浜茄子、バラ科バラ属。実はジャムにして食べたけど、絶品のおいしさ)、右は山形のヒルズサンピア近くの公園で拾ったモミジバフウ(紅葉葉楓、フウ科フウ属)。

最初、「レンガの壁と格闘中」と記したけど、これがそのスナップ。
自分でこさえたものを(増築のために)解体しているのだけれど、すごく難儀しています。最終的にはこれだけの壁を取り払うのに丸2日かかってしまいました。
手持ちのディスクグラインダーに105ミリ(4インチ)のダイヤモンドカッターの装着では能力の限界があってなかなか進まなかったのは事実。こんなことを連続してやっていたものだから、身体はもうミリミリ、身体はヘロヘロです(笑い)。
この工房の増築については、またいずれの機会に。

で、気分転換に、久しぶりに手軽な散歩コースの鑑山(かがみやま。470メートル=筆者の三角測量)に出かけたのです。マンサクは満開、イワナシはボチボチかな、と。

フキノトウ(蕗の薹)が今や我が世の春とばかりにそちこち、そこかしこに。
フキノノウって近年に知ったことだけど、2種類あるのですね、雌花と雄花とが。こんな重要なことを還暦過ぎて知ったなんて(笑い)。
下は雌花です。雌花の先はブラシ状(もう少しするとはっきりするでしょう)、雄花の先には星がたくさん。

下が雄花。

笊籬沼(ざるぬま)の水もぬるんで、春です。奥が鑑山。
枯れたアシ(葦、イネ科ヨシ属)はあたたかそう。

上の笊籬沼から(落差は10メートルくらいだろうか)滝になって注ぐ、笊籬溪(ざるだに=天王川)の春。

昨年の夏に相棒と一緒にかけ替えた、鑑山への取りつき口の橋。もらっていた竹と杉丸太を利用して。

鑑山の名としているイワカガミ(岩鏡・岩鑑、イワウメ科イワカガミ属)の葉は、今は茶色の基調です。これからどんどんと緑化していきます。
この山は全山がイワカガミ、いずれイワカガミの道になります。

そうして、意外にも早くイワナシ(岩梨、ツツジ科イワナシ属の常緑小低木)が花を咲かせていました。
この山の中腹以下はイワナシで覆われていますが、そこかしこに花が咲き、あと1週間もすれば満開という様相です。
いい花ですよね、可憐というか、素朴というか。鑑山の登り道は今、イワナシの道なのです。

この花にはいずれ球形の実がなって、それは食用となります。食感そのものが長十郎をほおばったようなまさにナシなのです。

鑑山のちょうど中間地点にあるアオハダ(青膚、モチノキ科モチノキ属)の株立ち。青年のような膚をしていて美しいです。

鑑山は全山が凝灰岩で形成されています。道々こういう岩肌が続きます。
ルーザの森一帯がこの凝灰岩でできていて、我が家よりほど近い南東の山にはかつて石切り場だった跡が確認できます。たぶんその穴には、今はツキノワグマが住み着いていそう。

鑑山の登り口から頂まで続くマンサクの道。
マンサクは、正確にいうとマルバマンサク(丸葉万作。マンサク科マンサク属)。日本海側に多く生育する種です。
今年は極端な暖冬のせいで、本当はもう少しあとにピークが来るはずなのに、この咲き様だと(27日時点で)ピークはもう過ぎていると思います。
それにしても、この質素な華やぎは早春を代表する花としてよい。
もうすぐここは白い花びらが実に清楚な、タムシバ(モクレン科モクレン属)の道となります。

頂が近くなると南西方向に見えてくるのが兜山(1,199メートル)です。
兜山は米沢市のシンボル的な山で、その独特な山容は市内のいろんな場所から確認できます(ここからのものより市街地からの方がより兜を思わせる)。
兜山は、上杉家の米沢移封に際し、直江兼続が城下の整備を進めるため、山頂から城下を眺め、屋敷や道路、堰の配置など、現在の市内の基礎ともなる町割りを決めたとされる山です。その通り、米沢の市街が一望の頂です。
登り口の綱木集落から頂までは約2時間の行程ですが、急峻でキツイ山です。高い山に登るためのトレーニングに使われたりしますが、トレーニングどころか本番という感じ(笑い)。

飯森山(1,595メートル)。会津の白虎隊で有名なイイモリヤマは“飯盛山”。
こちらから見て飯豊連峰の左、東側に当たります。飯豊連峰は残念ながら写真右側手前の山に隠れています。
飯森山には登ってみたいとは思うけど、登山道はあまり整備されていないようで、避難小屋があるわけでなし、日帰りではかなりキツそうです。

兜山と飯森山の位置関係がわかる1枚。

 ルーザの森にある我が家。工房にヒュッテ。

頂から南を望むと、吾妻連峰の東端が見えます。
左の頂が眼下に“魔女の瞳”を擁する一切経山ではないでしょうか。その右が家形山では。そこから右に(西に)兵子(ひょっこ)、烏帽子山、昭元山、東大巓(ひがしだいてん)へと続いています。いずれも愛すべき慣れ親しんでいる山々。

鑑山を下り、笊籬溪にかかると目に入るヤマハンノキ(山榛木。カバノキ科ハンノキ属)の雄花序と果実。
ヤマハンノキの雄花序は近縁のハンノキよりも長い感じがします。
葉はヤマハンノキは卵型で深い鋸歯があるのに対して、ハンノキは鋸歯は目立たずに細身です。葉が繁茂してくると一見して見分けはつきます。

キブシ(木五倍子。キブシ科キブシ属)。いかにもみちのくの早春に似合う花です。
この実は秋に球形になり、この実を乾燥させて粉にして江戸時代の化粧の一つ(女性が歯を黒くする)“お歯黒”の材料になったとか。

笊籬溪の西方の流れ。

で、気分転換の約40分の山行き、途中途中に拾ってきたゴミの数々。
春から秋にはしょっちゅう登っていてそれなりに拾っているのですが、この時期は葉もなくあたりがよく見えることから以下のような数となりました。
ゴミはすべてキノコ採りの仕業です。まったくの不届き者です。ひとり一人が飲んだら飲んだで、食べたら食べたで、吸ったら吸ったで持ち帰ればいいものを。何でそれができないんだろう。
こういう身勝手な輩って、今話題の(コロナ禍がもたらしている精神的な不安からくる)買い占め・独り占めは真っ先にやるような連中なんだろう。自分さえよければという悲しい連中です。よって筆者は、これからもゴミ拾い人生となりそうです(笑い)。
捨てる者とそれがわかっていて見て見ぬふりをする者、そして拾う者、世界はこうして成り立っている。何でもそうだけど。

帰り着くと花壇には、閉鎖した施設の庭から野生化したものを移植したクロッカス(アヤメ科クロッカス属)が真っ先に春を告げていました。別名は花サフランとのこと。

主屋のすぐ近くに、ハリギリ(針桐、ウコギ科ハリギリ属)の鋭い棘も。
これは優秀な山菜、おひたしやてんぷらが待ち遠しい春です。ぽかぽかの春はもうすぐ。