製作の時間

バターナイフ

ドアリラを本格的につくりはじめて3年ほど、そこでどうしても出てくるのが端材です。使用している材木が針葉樹SPF(Spruce蝦夷松または米唐檜、Pine松、Fir樅の総称)ぐらいならどうということもないのですが、もう入手は困難と思われるハルニレ(春楡)であるなら話は別です。またサクラ(桜)クリ(栗)なども端材とはいえ高価で貴重なもの、これらを何かに生かせないかとは常々考えていたことでした。それに、廃材として取っていた、大きな面を必要とするものには適さない銘木のいくらかもあり、それも含めていろいろと考えています。
いわば、もったいない精神、有効利用、です。

そこで以前から興味があったカトラリー(食卓用のナイフ、フォーク、スプーンの総称)、特にバターナイフに絞って取り組んでみることにしました。このことは、デザインの修練にもなりましょうし。

バターナイフの考えるにおもしろいところは、その機能とフォルムにあります。
バターは決して柔らかいものではないので、掬うにはまず切り込むにたる鋭利な刃の角度が大切です。さらに効率よく力を伝えるためには(ナイフを上から見て先端への)カーブが必要になる(と思う)。右利きと左利きでは逆の反りが必要、持ち手の長さ、持ち手の握りやすさや操作性から見えてくるフォルム……。ゆえにそのフォルムは美しく豊かです。
バターナイフは思いつくだけでもこれだけの考えるに値する事柄があります。もちろん、そこに作者自身のオリジナリティが加わらなければなりません。

そこで、ナイフをイメージして何点かのラフスケッチをし、それから絞って数点の少し正確なデザインに整え、これをもとに、まずは(同じ大きさ、同じフォルムのものを含めて)5本ほどの試作をしてみました。
すでに工房にはバンドソーがあり、ベルトディスクサンダーがあり、さらにスピンドルサンダーもあって、道具的には十分です。

機械で成形したあとは番手のちがう3段階(#120、#240、#400など)の紙やすりで手で研磨し、あとは、亜麻仁油があるのでそれを刷り込んでオイルフィニッシュとしました。それを家人に使ってもらい、いろいろと意見を聴きました。大きすぎる、こっちの方が握りやすい、ナイフの先のカーブはこっちの方がよい……。
で、使い終わって洗ってみると、オイルフィニッシュはどこへやら、研磨前の毛羽立ち様なのです。これにはがっかりしました。つまり筆者は、塗装(特に食品を扱うカトラリーの塗装)についてほとんど理解していないことに気づかされました。
そこから、塗装へ興味が飛んだのですが、このことについてはいずれ。

何回かくりかえしてデザインし、試作し、(固まってきた)大きさを異にしフォルムもちがう2種についてかなりの数を作ってみました。
そうやってくりかえし成形していくと、その時々の感覚で微妙にちがうものができてくるのですが、それはそれで意味のあることでした。わずかな違いにも絶えず直感は働いて、美しいと思われるフォルムが徐々に狭められていくのです。
よって、このくりかえす作業なくしてデザインというのは成り立たない、飽きるぐらいくりかえしくりかえしていくことで形が定まっていく、これが筆者の工芸におけるデザインの考え方です。
こうして思いが少しずつ形になっていきます。

話は横道に逸れますが、過日、久しぶりに仙台の宮城県美術館を訪ね、「アイヌの美しき手仕事 柳宗悦と芹沢銈介のコレクションから」を観てきました。アイヌの日々のつつましやかな暮らしに美が宿っていることに大いに感動を覚えたものでしたが、展観中、芹沢のパネルにあった言葉にうなずきました。

「私は、デザイナーとしての目でものを見、いつもそのものをつくった人と勝負しています。してやられた、自分で思いもつかなかった型やデザインだ、などと思うものは、買わざるを得ないのです」〈新聞社のインタビューから〉。

納得です。これはデザイナーの厳しさですよね。芹沢の目の厳しさです。この言葉は胸に刻むに値する。

こうしてできてきたのが、上下の試作品です。すべてが微妙に違いますが、その違いで、最終的な候補作が絞られてきています。

製品になるかもしれない候補作が絞られてきた時点で、「バターナイフ」あるいは「作家もの 木製 バターナイフ」というワードでインターネット検索をしてみました。意外でしたが、不思議なことに、いくら探しても類似のものは見当たりませんでした。
バターナイフにおける機能と美を兼ね合わせて筆者ごときが得たフォルムに類似するものがないとは驚きです。筆者の感覚がずれているのか、美に値しないのか。けれども、これによってオリジナルという関門は抜けたようでうれしかったものです。

カトラリーであるにせよ、作った者の責任という意味でドアリラ同様に焼き印か刻印を入れたいと思っていました。それで、思い切って新潟三条の業者と相談して、刻印を作ってもらいました(決して安価ではありません)。
刻印は、15ミリ幅の“lusa”です。フォントはパソコンに入っていた“Segoe Print”というものを使いました。ロゴとしている“lusa”は実は筆者の手書きによるオールドローマンですが、この4文字で表現するとなると、ローマンよりももう少し表情が欲しく思われ、最終的にこのフォントに落ち着いたのです。
下が実際の刻印です。右利きのナイフには持ち手の右の端に、左利きのナイフには左に打っています。
この刻印は、今後、これらカトラリーをはじめ、様々なものに入っていくことでしょう。

ルーザの森クラフトの設立の趣旨は、ドアリラ専科であるのは変わりはないこと。ただ少々の付随として若干のカトラリーおよびキッチン用具、それから暮らしに彩りのあるオリジナルな工芸品をという構想があるのも事実。今年10月末の第2回のクラフト展(当工房現地で)の、少し違った趣向というのはこういうことも含めてのものです。

バターナイフの最終的なフォルムについてはもう少し時間を要します。
塗装についてはとても奥が深く、単に一般的なクルミ油のオイルフィニッシュだけでなく、安全でしかも美しい塗装であるようこれからも模索は続けます。
乞うご期待、というところです。