森の小径言の葉

斑雪とフクジュソウと

この春先、3月下旬から今日4月6日までというもの、久方ぶりの荒れ模様。
本当の春ってこういう試練を乗り越えてやってくるのは分かっているのだけれど、少々厳しかった。なにせ、この3日には猛吹雪にして20センチほどの積雪でしたからね。
これはまさに、賢治童話の白眉、「水仙月の四日」の世界です。

我が家のシンボルツリーのトウヒ(唐檜)は、まるで時間が逆戻りしてクリスマスであるかのよう。
リビングからの景色も一面の白、せっかく設置した日時計も寒さに震えていました(3日)。

でも、部屋の中はすでに我が世の春です。オオヤマザクラ(大山桜)が満開です。枝折れした古木の枝をもらってきて、しばらく置いたら部屋の暖かさで咲いたのです。
ソメイヨシノ(染井吉野)もいいけれど、このオオヤマザクラの野生の淡いピンクの美しさ、麗しさ。この花の持つ魅力は格別です。
“さいわい”というものを色にしたならば、たぶんこんな色になるんじゃないのか。

春の嵐もようやく落ち着き、ここぞと思って6日、相棒のヨーコさんと西森(と呼び習わしている、森に囲まれた野辺)に出かけました。

春から初夏にかけては山菜採りを兼ねた毎朝の散歩のための、それから晩秋にはキノコ採りのためのいつもの道ながら、久しぶりのそこには倒木の数々が横たわっていました。今年の冬はそんなには厳しくはなかったと思うのだけれど、木々にとっては耐えられない何かがあったんだろう。
この倒木には今後、森の掃除屋たるキノコが生え(一部は恵みとして筆者たちの得るところとなり)、有機物を無機物に分解してやがて土に戻していきます。その土には、新しい生命が宿り、そうして生命はゆっくりとめぐってゆく……。
森がすがすがしいのはきっと、こういう生命の匂いに満ちているからなんだろう。道を進めば、水たまりに映る美しい空、白い雲。
その画面の中央の凸凹する歪みは? そうです、カエルの卵です。寒天様の透明な太いロープの中に無数の生命体がうごめいています。
春が来てここを通ればいつもの光景ではあるけれども、やはり今年も約束したようにありました。こういう、同じようにめぐってくる約束のようなものって、安心するものです。

いつも気にしてはいるのだけれど、はてさて、この卵はどういうカエルのものなんだろう。大きくなってどんなカエルになるのやら、いつか知りたいものです。
ガンバレ、一個一個のタマゴ君! ガンバレ、オタマジャクシ君! 

森の小径を進めば、この早春にして青々とした葉を繁らせるのは、文字通りその名もアオキ(青木)です。枯れ色の早春にあって、これはとても新鮮です。
この青、この緑という色が生命のシンボルとされるのは、早春にこそ実感するものです。

そうして、着きました、着きました。また今年も、フクジュソウ(福寿草)に会えました。しかも今年は、斑雪間(はだれま)のフクジュソウに。
雪を割って映える、フクジュソウの黄色のまぶしさ!

いやあ、フクジュソウはいつ見ても感激します(たぶん冬の閉ざされた長い時間のために網膜にも白や枯れ色の風景が張りついていて、それが黄色の刺激によって何か弾けるような感じ、といえばより正確だろうか)。この黄色の鮮烈な色彩は見事で、ぐっと顔を近づければそれはまれで太陽の光のごとくです。

筆者は、こういう場所を身近に持つことのできる幸いを思わずにはいられないのです。何にも替えがたい、森に暮らすことの喜びです。

少しばかり、フクジュソウに込められた詩の世界、フクジュソウを詠んだ句を写真とともに……。

黄は日射し集まる色や福寿草  a  藤松遊子

妻の座の日向ありけり福寿草  b  石田波郷

福寿草家族のごとくかたまれり  b  福田蓼汀

音もなく日はかがやけり福寿草  a  仙田洋子

地に低く幸せありと福寿草  b  保坂伸秋

斑雪間を行けばフクジュソウのオハヨー  (拙句)

上の拙句は、もうだいぶ前(4、5年も前)に浮かんだもの。
斑雪(はだれゆき)の道を進んで着いたそこには、おはようの声がしていた、フクジュソウがそんな声を発していた、というもの。
自分の中ではとても大切にしている句です。

帰り道に目にしたのは、ホオ(朴)の実、あの美しく豪華な白い花が咲き切ったあとの実です。ここにたくさんの赤い種がしまわれていたんだろう。

それから、東北の早春を彩るひとつ、房状に垂れるはキブシ(木五倍子)の花。
この花が何とも言えず好きになってそれからというもの、森の生活がさらに豊かになったのを覚えています。

翌7日、気温はだいぶ上がってきて、いつもの鑑山(かがみやま)に出かけてきました。
そこはやはりマンサク(萬作)の道からイワナシ(岩梨)の道へと変わりつつありました。マンサクは終わりを迎え、イワナシはこれからまだまだという感じでした。

ここからの眺めは、四季折々、胸がすくような爽やかさ。早春の今も、よしです。
我が家、そしてルーザの森クラフトの俯瞰。もうほとんど雪はなくなって、いよいよ春の到来という感じです。
身体がうずうずしてきました。

 

※斑雪は「はだれゆき」と読む。拙句に入れた“斑雪間”は、これは“読ませ”と思われるが、「はだれま」と読む
※句のあとのaは、ネットより求める。bは『現代俳句歳時記』石田波郷編(主婦と生活社)による