森の小径

鑑山、早春クロッキー

ドアリラの製作は、パーツとして切れてしまった木材の吊りピン作りと木球の穴あけでひと段落。さらにハルニレ(春楡)材そのものが底を尽きはじめ(ハルニレ材によるドアリラはもはや希少)、E-02 sakuraの注文を機にそれこそサクラ(桜)材の挽き割りに入ってひと段落(サクラのほんのりした黄色な木肌の美しさ、香りのすがすがしさ)。そうして3月は10日のこと、気分転換に外に出てみました。
気温はこの時期の朝にしてはやや高めの零度、そして快晴。
下は、少しばかり降った雪。クルマの切り返しの轍(わだち)が何ともアブストラクト!

積雪は現在、60センチ(ただし“米沢”のアメダスの数値は0)。

外に出て目に入ったのは、春から晩秋までの日常的な散歩コースの鑑山(かがみやま)。
あそこにスノーシューを履いてなら行けないだろうか、長靴だけの方が歩きやすいかもとあれこれ考えながら、この季節にしては初めての試み、思い切って登ることにしました。
現在の早春のルーザの森はどうなっているんだろう、マンサク(萬作。正確にはマルバマンサク=日本海側の多雪地帯に多い)の黄色な花はまだだろうか。

笊籬橋(ざるばし)を抜け、山の取りつきにさしかかると、道は雪解け水で小川と化していました。流れくる水はもはや清澄な春です。
スノーシューはかえって歩きを難しくするようで、登り口に置いて。

登りはじめてすぐ目にしたのは、カモシカ(氈鹿、羚羊。正式にはニホンカモシカ)君の足跡。尾根が好きと見えて、これから筆者が登ろうとするルートそのままに足跡をつけています。若い木の芽でも探して歩いているんだか。

カモシカは名前にシカの字が入っているけど、シカ科ではなくウシ科(偶蹄目)です。
カモシカは1934年に国の天然記念物、55年に特別天然記念物に指定されましたが、それ以前に狩猟ができた時代には美味しい獣として人々の腹を満たしたんだろう。
下は、足跡。それから、夏場によく会うカモシカ君。

何度も登っていながらはじめて気づいたような、幹が変形したコナラ(小楢)の木が道わきにありました。風雪に耐えるとはこのことでしょう。
また、伐採後に生えるコナラもこうした変形を余儀なくされます。成長の幼少にして、誰も守ってはくれないからです。そうして自分が変形しつつ成長し、傘のようにして守った第2次3次のコナラは姿勢正しくすくすくとまっすぐに成長していくのです。
このことは川の上流(キリストやマルクスやモーツアルトや宮澤賢治等のことです)についても言えるかもしれない。はじめてのことを成すひとってみんなたいへんな苦労を重ね、貧乏だったり、不遇だったり。それによって潤っている下流域の人間は上流からの恩恵を想像することなく暮らしているというのが大方の現実だね。ひとって、どこまでも愚かだよね。

登り道に常緑の小低木のイワナシ(岩梨)を見つけました。中には陽をいっぱいに浴びてもうすぐ咲かんとする花芽もありました。まもなく小さなカンパネラ(釣鐘)の美しいピンクの花が咲き競います。
6月になれば、果実が実ります。ジューシーで、とってもミニサイズの梨そのものの果実。

続いて目に入ったのは、この山の名の所以、イワカガミ(岩鏡、岩鑑)の臙脂(えんじ)色の葉です。
5月ともなればここは、全山がイワカガミの花に埋まるほどです。それは見事なものです。
去年の晩秋に確認していたのは半分は緑の葉、半分は臙脂だったのですが、こうして見るとどこもかしこも臙脂だとすれば、雪の下ではイワカガミはみんながみな葉を臙脂に変化させて過ごすことが分かります。
越冬とこの葉の変色にはどんな関係があるんだろう。

登山道は、約3割ほどがまだ雪で覆われています。自由に難なく歩けるようになるのには、あと10日から2週間くらいはかかるかも知れない。
今はまだ見当たらないマンサクの花もその頃には咲き出して、この道は両側から覆いかぶさるようなマンサクの道となることでしょう。夏場なら、家から歩きはじめていただきまではゆっくりで15分ほど、でも早春の斑雪(はだれゆき)の道はその倍の30分を要しました。それにしても、いただきから西に見える飯森山のうるわしい姿、そのすがすがしさ。その右わきに山陰になっている飯豊連峰があります。

筆者があの山に登ったのは2014年の夏のこと。今思い出しても甘く漂うほどに魅惑的な神の山です。門内岳(もんないだけ)からの夕ぐれ、佐渡が見えたっけ。
そこを皮切りに、梅花皮岳(かいらぎだけ)、御西岳(おにしだけ)、飯豊本山と縦走して飯豊町の中津川に下山した4泊5日の忘れえぬ山旅。
飯豊連峰の固有種である瑠璃色のイイデリンドウ(飯豊竜胆)、エーデルワイスに最も近い種のひとつミヤマウスユキソウ(深山薄雪草)を目にした時の得も言われぬ感動……。
また、登れるだろうか。せめてもう一度登ってみたい憧れの山、それが飯豊なのです。

下は、飯森山の全容。

目を南に転ずると、吾妻連峰の東端の家形山とその左には(ちょっと分かりにくいけど)一切経山が見えもするのです(その眼下に、ブルーアイの“魔女の瞳”だ。正式には「五色沼」というんだけれど、この湖ほど神秘的なものを筆者は知らない)。
何といういただきだろう、この低山にして見事なロケーションの鑑山は。

そしてここからの最高の眺望は、まるで鳥にでもなって眺めたかのようなルーザの森の景色です。
この森を季節がめぐり、冬を越してようやくのこと春を迎えようとしているのです。早春のルーザです。

いただきで大きな息を何べんもして、胸をいっぱいにして。満足して道を下れば、笊籬沼から笊籬渓にそそぐ雪解け水のほとばしり。
笊籬橋からの現在の景。笊籬沼の景。歌(早春賦)のように、アシ(葦)は角ぐんでいるんだろう。

そして、早春の、ルーザの森クラフト。

※今まで筆者は、鑑山のいただきより西に見える山塊をずっと「飯豊連峰」と思っていましたが、あやまりでした。正しくは「飯森山」でした。よって、さかのぼって文章を訂正しました(2019年5月20日)。