森の生活

2月20日マデ(2)

雪が降れば除雪車が出動します。10センチ以上降り、またはその降雪が予想される場合、行政の土木課が委託の業者に指令を出すのです。1月に入ればほぼ毎日、日によっては早朝とともに夕方にも来ます。ありがたいことです。
委託を受ける建築土木の会社にとっても冬季の大きな収入源となるはず。ちなみに米沢市の除雪費はワンシーズンで、平年で6億~8億円(2017年度は12億4000万円、16年度8億円だった)とのこと!雪のあまり降らない地方の人にとって、家庭用の除雪機を目にするというのはほとんどないことだろうと思います。近年この除雪機が、高価ながら急速に普及しています。
筆者がはじめてこれを目にしたのは仙台から米沢市の市中に越してきた1990年のこと、でもその当時は市中でもめずらしいものでした。でも筆者たちがここ山沿いの万世町梓山笊籬(バンセイチョウズサヤマザル=ルーザ)地区に引っ越した93年には朝と夕のスノーダンプによる除雪だけではすぐにも限界を感じてしまい、家計の迷いはありましたが思い切って購入しました。当時子どもは幼稚園児と小学生、ヨーコさんも筆者も勤め人であり常時在宅しているのは年老いた筆者の母親だけだったのです。
初代はヤンマー社製のもので45万円くらいだったと思います。約10シーズン使用して、次はホンダ社製の小型ハイブリッド(J)に買い換えました。55万円くらいでした。そしてこの暮れに3台目の更新となりました。今回のものはホンダの従来のもののワンランク上の中型、愛称JR、定価で82万円程ですが(ひいきにしている専門店で大いに勉強してもらってずいぶんと値引きをしてもらいました)、いかに値が張るとはいえ冬を乗り切るためにはこれは致し方ないことです。
今回のJR、前のものと比べて威力において数段のレベルアップ、働き様がまるで違います。ヨカッタ、ヨカッタ!

でも、除雪機ではいて道をつけるというのは除雪の全体からすれば実は小さいことです。たいへんなのは、建物に積もった雪を下におろすこと、いわゆる雪下ろしです。毎年毎年雪下ろしによる不幸な事故が報道されますが、それは建物の倒壊の危険を肌で感知して無理をするためです。雪下ろし、雪下ろしをしなければと駆り立てられるのです。建物が潰れたら、という恐怖!

雪下ろしの際の注意事項としてよく、1ひとりではしない、2ヘルメットをかぶる、3命綱をつけるということがニュースでも繰り返し指摘されます。もっともなことです。でも雪下ろしなど絶対にしたこともないような年端の気象予報士などが語りだすと、「君、雪下ろしをしたことがあるのか。本当に知っているのか」、と突っ込みたくもなるもの。
筆者は……、1は心がけています。2は持っています。危険度に応じてかぶるようにしていますが普段はつけません。3はしません。雪留めがないため、綱を掛ける工夫ができないから。まあ、筆者と家族が雪下ろしを行う屋根は高いところでせいぜい4メートル、建坪も10坪程度のものではあるからですが。

上のことより重視するのは、まず気温です。我が家の(主屋も含めて小屋などすべての)屋根にはいずれも雪留め(アスト)がありません。したがって気温が上昇すればそれだけ自然落下の危険性が増すので、高くならないうちを心がけています。まあ、せいぜい2、3度までですね。
屋根に上がってからはまず、四方の端のせり出しの雪をスコップで切って落としていきます。誤って足を踏み外さないためです。次に屋根の下の方の雪を十分なスペースを浅く剥いで動きのベース、いわゆる足場を作ります。これができればあとはスノーダンプで上に向いて雪を掬い、屋根の傾斜を利用して下に落とす、この繰り返しを行います。その際決して、屋根のトタンが見えるところまでは意図的に掬いません。トタンまで掬うと、トタンの滑りに足が取られたり、それを起点に雪そのものが滑り出す危険が増すためです。
まずは作業に適しているかの気候と気温の判断、それから安全な作業のための足場作り(危険をともなう作業はもちろんだけど、たとえデスクワークでもそうだよね)、そして労力を無駄なく使うための合理的な作業、これが肝要と心得ています。

屋根にほとんど雪がない状態で例えば一晩で50センチ降ったとします。それは大丈夫、(雪国の建物は頑丈な材料と構造で作られているのが普通ゆえ)たいしたことではありません。ですが、それが落ちないで約1週間後にやはり50センチの積雪があったとすれば、それはもうたいへん危険です。何故なら、雪は降っては沈み、沈み込んでは降り積もることを繰り返してどんどんと重量を増してゆくからです。相当な重量がかかってきています。

こういういわゆる締まり雪の場合、1立方メートルにつき重量はおよそ500キログラムと言われます。これを我が家のヒュッテ(兼工房)の屋根面積に当てはめてみると、建坪が3間×3.5間ですのでおおよそ6×7=42平方メートル、積雪50センチとして単純に計算すれば実に21,000キログラム、21トンの重量です。こんな重量が建物にかかるのです。この重量、信じられますか。
下はヒュッテに約50センチの雪が積もった写真(ただしこのヒュッテは薪ストーブをよく焚くので屋根の雪は自然落下します。よって締まり雪ではありませんので実際は13トンくらいの重量)。

それからもっと怖いのは、屋根の雪が落ちあるいは下ろしたところにさらに降り積もった屋根の雪がくっつくことです。これを放っておくとどうなるかと言えば、雪が重力にしたがって沈み込もうとする力(強烈な引っ張りの力と横から押す力)が加わって単に垂直方向だけでなしに異様な圧力が加わるのです。屋根だけの雪なら柱や梁は相当な圧力に耐えることができますが、建物というのは横や斜めからの力に弱いのです。こういう状態が続くと倒壊につながりかねません。

下は、車庫の写真。雪下ろし(半ば落雪)したものと積もったものがくっついてしまっています。こうなるといつまでも放ってはおけません。
次は車庫の内部(この車庫は基礎から自作したもの)、窓ガラスに覆いの板を渡しているけど、これがなければガラスはすぐにも粉砕の運命です。

それで、人力と除雪機に頼って(1回または2回分の落雪および雪下ろしの量を想定して)雪を除くことになります。こうなると、除雪というより雪掘りという言葉の方がしっくりきます。ひどい時になると、掘った周りの雪の壁がうず高くなって除雪機で飛ばしてももう上がらなくなります。こうなるともうお手上げですが、そうも言っておれず、また掘るスペースを拡張して飛ばせるようにします。

で、雪の暮らしに思うのは、手を抜けば手を抜いただけ、油断するとそれなりのしっぺ返しがくるということ。準備が不足すればそれなり、甘く見ればそれなりのことが返ってくるということ……。状況を読む、十分に準備して臨む、身につけるものに細心の注意を払う……。さすれば似てますね、山に。山登りもこういうことですよね。筆者が山登りに惹かれるっていうのもこういうことからきているのかも。
そしてこれに通じていくのが敬愛するソロー(Henry David Thoreau 1817-62)。ソローがマサチューセッツ州ボストン郊外コンコードのウォールデン湖畔に独り小屋を建てて住んだのは自分と向き合うためだったと括って差し支えないと思います。容易ではない環境に向き合えばそこに自分というものが見えてきますので。そういう淡い匂いに筆者も憧れるというのはあるなあ。かっこよく言えばね(笑い)。

そうしてこうして雪国の住民は、雪に脅かされ、雪に耐え、雪に痛めつけられ、懸命の労力を使って冬を克服していきます。そして、春の来るのを指を折って待つのです。

(と、ここまで書き進めてきて思うのは……、こんな暮らしができるのは、筆者(たち)には現在、知恵と気力と体力において余裕があるということ、雪に対していかようにも対応できるという自信があるからなんだろうということ。これが今後、知恵と気力と体力が萎(しぼ)み、もたらされる様々な現実を前にただおろおろし、雪はただただ忌々しいと感じ、どうにも雪を恨むしかなくなる……、そういう現実が確実にやってくるんだろう。でも筆者は、“雪が降るから美しい春が準備される”という真実をいつまでもいつまでも心に蔵っておきたいのです)。

下は我が家のシンボルツリーのトウヒ(唐檜)、独特な松ぼっくりも見え。次は雪が降ってさえつけている車庫わきの赤い実のカンボク(肝木)。そして、近くの笊籬溪(天王川)に架かる笊籬橋のわきに生えるヤマハンノキ(山榛木)の実。これらの木々もどんなにか春を待っていることか。

そうしてこうして、2月20日まで、2月20日マデ。
考えてみると、6月の20日頃が1年で最も日の長い夏至です。日が長いということは最も急な角度で太陽が照りつける(日が高く昇る)ことでもあります。けれど、一番気温が上がるのはこの時ではなく、8月に入ってからのこと。その耐えるにしのびない暑さがようやく収まるのがお盆過ぎですよね。
冬もこれと同じ。12月の20日過ぎが1年で最も日の短い冬至です。日が短いということは最も緩い角度で太陽が射す(日足が最も長い、熱を照射しにくい。というより太陽がそもそも顔を出さないのだけれど)ことでもあります。けれど、一番気温が下がり荒れるのはこの時ではなく、1月下旬から2月に入りかけのこと。その耐えられない荒天がようやく収まるのが2月20日頃というわけです。そして積雪深のピークもこのあたりになります。

そうしてこうして、2月20日まで、2月20日マデ。
2月も20日を過ぎればたとえ雪が降り、たとえ一晩で50センチを超えるような積雪だとしてももう心配はありません。その後の雪の降りようは知れています。だから、筆者は、呪文のように繰り返すのです。“2月20日マデ”、“2月20日マデ”、“2月20日マデ”と。2月20日まで耐えて頑張れば、春の声は聞こえると。春はもうすぐ来るんだと。

根明け、根回り輪……、春の声を聴くというのはまずはこの希望の風景。