森の小径

鑑山、紅葉スケッチ

工房に入っての仕事がひと段落、製作の小休止、散歩がてらに近くの山に出かけました。家から歩いて15分ほどで行ける手軽な山で、筆者たちはここを勝手に鑑山(かがみやま)と呼びならわしています。
久しぶりに登って感動しました。いやあ、胸のすくような見事な紅葉、本日は、そのスケッチ。

6月には白い清楚な花をたくさんつけていたアオハダ(青膚)は、今は黄色な葉を落としはじめ、真っ赤な実が目立ちはじめました。その数たくさんのゆえ、もうすぐ赤い木に変身です。としてみるとアオハダ、幹の膚は青味がかったグレー、花は純白、葉はビビットな緑から落ち着いた黄色に、そして実はあざやかな赤。アオハダは何とも芸達者だ。美しく黄色に色づいているのはタカノツメ(鷹爪)。冬芽が鷹の爪のように鋭くとがるところからの命名とのこと。実はこれ、地元の人間もあまり知らないおいしい山菜なのです。春の若芽はおひたしによし、天ぷらによし。この山菜を覚えてからというもの、山菜採りがさらに楽しくなりました。そしてこの新葉はゾクッとするほどの瑞々しい美しさです。
タカノツメは一見コシアブラ(漉油)に似ています。すっくと立つその樹形も木肌のグレーもそっくりです。見分けは葉っぱの数、タカノツメが3枚なのに対して、コシアブラは5枚です。ふたつとも掌状複葉なので本当はともに1枚と数え、正式には3出複葉、5出複葉と言うのだそうですが。

お盆過ぎ頃に花咲くホツツジ(穂躑躅)です。その名の通り穂のように上向きに咲く趣のある花が咲きます。この木を紅葉の時期にしかと見たのは初めてのような。これはこれで美しい色。

なぜここの山を鑑山というかというと、5月には全山イワカガミ(正式にはオオイワカガミ=大岩鏡(鑑))が咲き誇るからです。それはそれは見事です。で、この時期の葉は、初夏と変わらず青々として、てかてかの鏡(鑑)様なのですね。けっこう見ているはずなのに意外でした。季節はこのまま雪を迎えそうな雰囲気だけど、この葉はこれからどうなんだろう。このまま青々としたままに雪の下になるんだろうか。こないだの西吾妻の大凹のイワカガミは臙脂だったのだけど。
これはマルバマンサク(丸葉万作)。鑑山の岩場の頂に至るこの道は、花の道。春から初夏にかけて様々な花で彩られるのですが、雪が消えてすぐはマンサクの道になります。それは見事なマンサク、春を呼ぶ花です。で、この紅葉も美しいのです。

ここは東北の植生に典型的なブナ帯の、その主木がこのコナラ(小楢)です。いわゆるどんぐりの木です。リス(栗鼠)もノネズミ(野鼠)も、タヌキ(狸)もツキノワグマ(月の輪熊)も、このコナラのどんぐり抜きには生きていくことはできますまい。昔は、徹底して渋を抜いて、人もまた食したことであろう実。ルーザの森でも特に重要な木です。
黄色く色づく葉あれば、赤くなるものもあり。

山桜の幼木までもが紅葉しています。ヤマザクラ(山桜)と称する標準和名のものは西日本にしかないと聞いたことがあるけれど、一般には、山に咲く桜を総称して山桜と言うようです。山桜には様々な種類があって、特定がとてもむずかしいです。これも、葉だけでは何とも言えない。オオヤマザクラ(大山桜)やオクチョウジザクラ(奥丁字桜)ぐらいなら花で区別できるのだけれど。

これは9月の半ばに実をつけはじめるナツハゼ(夏櫨)。この実はよく見ると少年が鉢巻きを締めているようなことから、よく付けたもので、ヤロコノハチマキ(野郎子鉢巻)という別名があります。
このナツハゼの実を焼酎につけた果実酒が絶品なのです。色は美しいガーネット色、しかも野趣に富んだワインに匹敵するうまさ。筆者はこれまでにいろんな果実酒を作ってきたけれど、なんてったって筆頭はナツハゼ酒でしょうね。これは自信がないけど、図鑑で見るかぎり、イネ科のイチゴツナギ(苺繋)? これもしっかりと秋色です。紅葉とは違うけど、鑑山にはこんな白い苔も自生しています。かつてうら若い女性と一緒に登ったことがあったのだけれど、彼女は、「クリスマスのイメージ。リースにいいかもしれない」とせっせせっせと採集に大忙しだったっけ。調べれば、ハナゴケ(花苔)と言うんですね。別名はトナカイゴケ。苔の枝先がトナカイの角のような形からとか。なるほど。今、ルーザの森はこんな美しい色に染まっています。この彩りは今がピーク、これから樹々は少しずつ飴色に変わり、やがて葉をすっかり降らせては陽光差し込む束の間の明るい森となり、追ってすぐさま雪がやってきます。
こうして季節はめぐります。この美しい森の住人であることの幸いを思います。

先に、マンサクの道と綴ったけど、マンサクの次はタムシバ(田虫葉、噛柴=ニオイコブシ)の道です。この純白のマグノリアの美しさ、コブシ(辛夷)ともまた違う野性味ある花。その葉も黄色に移りつつあります。

これはクロモジ(黒文字)の黄葉。葉の裏に字を書くと黒く浮き出ることからの命名。和菓子に添えられる高級楊枝はこのクロモジで作られています。葉や枝に芳香があって、この匂いは、宮澤賢治の名品「なめとこ山の熊」の重要なテーマだったなあ。紅葉の名だたる木はハウチハカエデ(葉団扇槭)。いつもながら、驚嘆のあざやかさ。まるで、火事ですね。火事です火事です、山が大変です(笑い)。ウリハダカエデ(瓜膚槭)も紅葉の名手。黄色から橙、赤への変幻の彩り。ウルシに似ているけど、これはヌルデ(白膠木)。葉の軸に翼(よく)があることで区別できます。ヌルデは穏やかな暖色です。

鳥たちが大好きなガマズミ(莢蒾)の赤い実。人が食べても、ちょっと酸っぱいけどおいしいものです。と当然、果実酒の材料になります。ナツハゼ酒の向こうを張るのはこのガマズミかなあ。ワインレッドがこれまた美しい。

鑑山への登山口、笊籬溪の現在。今が紅葉のピークです。これから日一日と色が褪せていきます。溪はもう少しで飴色に枯れ色に無彩色にと変わり、やがて雪が来ます。もうすぐです。

笊籬溪を過ぎ、家に戻る途中にあったヤマウコギ(山五加木)の黄葉中途のもの。春の若芽は炊き込みご飯にします。
ウコギと言えば、上杉鷹山。困窮する米沢藩の領民に、食糧確保のために奨励したのがウコギです。今でもこのウコギを垣根にしている伝統的な家屋も数多く残る米沢、今に鷹山の精神が生きているのです。ただし、このウコギは中国伝来のヒメウコギ(姫五加木)というものです。

冬でもつけ通しの赤い実が美しいコマユミ(小真弓)。ニシキギ(錦木)の近縁腫。ニシキギには枝にコルク質の翼がつきます。葉はこのあと赤くなりはじめます。筆者の特に好きなイタヤカエデ(板屋槭)の黄葉。板屋葺きの屋根のようにびっしりと隙間なく広がるところからの命名のようです。なんて美しい黄色なんだろうっていつもながら感心します。
イタヤカエデは、メープル=標準和名のサトウカエデ(砂糖槭)の代用としてシロップが採取できるとのこと。これを商品化している方もいるそうな。

今年も、この山にはずいぶんと登りました。春先には亡くなった友人の娘さんと、時に高校の同級生夫妻と、ふいに訪れた友人と、毎週末には相棒と、普段は家で過ごす筆者はよく一人で。春から秋の移り変わる景色はどれも美しかったなあ。
岩場の頂からは西に遠く霊峰・飯森山の全容が浮かび上がり、南は魔女の瞳(五色沼)を抱く一切経山も見えたりもします。素晴らしいことです。そして何よりここは、ルーザを俯瞰する場所。「音は天楽  四方はかがやく風景画」とは賢治の「農民芸術概論綱要」にある言葉だけれど、そう、ルーザって、この言葉通りの美しい場所なのです。かつてアメリカ人と中国人のカップルとご一緒したことがあり、その彼曰く、「この場所はあなたの家を見るためのものだね」とつぶやいたのが印象的でした。

「鑑山、紅葉スケッチ」はこれでおしまい。

 

※「リンゴのことなど」の、リンゴクイズの答えは、一番左(手前3つの左)。
これは薪にしようとしたハンノキ(榛木)材を彫刻して彩色したもの。いつか展示会に出品した時に、来場者がこのリンゴを鼻に持っていき、クンクンと匂いをかいでいたっけ(笑い)。